唐突な指名
―――制圧は終わった。
「敵の増援は来ませんでしたね」
エルリィがそんな疑問を口にする。
「この状況だと、例え爆発が起きても誰かが楽しんでるだろうと他の奴らは思うんだよ。だから援軍が来ることはないんだ」
拘束した暴徒である戦姫たちを縛り上げながら、エルリィの疑問にステラが答える。
ちなみに、篝は隠れて指揮を執っていたアリスと、一緒にいる怪我人と衛生兵を守るために待機していたエレンと話し合っていた。
「薄情ととればいいのだろうか・・・」
「ある意味、薄情だよね」
「それで、助けた人たちは?」
「ああ、それならこれから来るデモンズ部隊が保護してくれるよ」
「それはいいんですけど・・・」
「そんなことより」
そこで口を挟んでくる者がいた。屋根の上で狙撃を担当していたストームである。
「いいのかよ・・・んですか。こんな所で足止めを食って・・・」
「むしろそれが狙いなんだよね」
「え?」
首を傾げるストームに、ステラは視線でエルリィに合図を送る。
それにエルリィは「ええ!?」と声を上げるが、不承不承ながらにストームと、その背後にひっつくように立っているトモエに説明を始める。
「えっと・・・元々、この広場を制圧する予定だったんだ。東に位置するここを拠点とすることで、今回の騒動の首謀者、もしくはその一味を、街の反対側に追い込んで、反対側で控えてる別動隊がその首謀者を仕留める・・・という手筈になってたんだけど、思いのほか切羽詰まってたから、人質の救出を優先したという事なんだ」
「つまり、初めからここを制圧するのは予定通りだったと?」
「まあ、そうなるな」
そもそも、篝たちが到着する前にデモンズ部隊が先に到着している予定だったが、アリスたちが思いのほか早く移動していた為に、予定が早まったのだ。
「正直、君たちがあそこまで進んでいた事は、想定外だったんだよ。篝の見立てだと、学園内で籠城するだろうって事だったんだけど、事態は思ったより深刻だった。だから、今、計画を大幅に修正してる所だよ」
「修正?」
「最初はただのクーデターかと思った。だけど、事態は想像以上に深刻。おそらく、この街の復旧はかなり時間がかかる」
ステラの真剣な表情に、エルリィたちの顔が強張る。
「たぶん・・・」
「うわ!?」
その時、何者かの悲鳴が上がった。
そちらを向いてみれば、そこには一人の訓練生の兵士に掴みかかる男が一人いた。
「何をして・・・」
見れば、その男は兵士からアサルトライフルを奪おうとしていた。
「やめろ!一体何を・・・」
「いいから、よこせぇ!!」
その時、背後からも一人、兵士に掴みかかり、それによってアサルトライフルを奪われる。
「しまった!?」
「っ!?ヤベェ!?」
それを見た一同が一斉に駆け出す。
「よくも、仲間を―――」
男はそのまま、アサルトライフルを構える。その銃口の向かう先には、捉えて縛った女たち―――。
「やめ―――」
そのまま、銃声が鳴った。
「ぐあぁあぁあああ!?」
悲鳴を上げたのは、アサルトライフルを奪った男の方だった。
突然、アサルトライフルが宙を舞い、その衝撃で手を痛めた様だ。
「お、おい・・・!」
もう一人の男が駆け寄ろうとした所で、続けて銃声。
その音源に立っているのは、変身を解除し、拳銃を真上へと向ける篝だった。
その傍には、アリスやフェザが立っている。
「篝さん・・・!」
二人組の男が、怒りの形相で篝を見た。
「何すんだよ!」
「図に乗るな」
しかし、彼らの怒りは一瞬で消えた。
篝の放つ殺気が、二人の男を黙らせる。
「覚えておけ。お前たちに、『それ』をする理由はあっても権利はない」
篝は、銃口を向ける。
「この国が革命によって変わった時、皇帝となったモルジアナがなんと言ったか覚えているか?」
そのまま、ゆっくりと、男たちと女たちの間に立つように移動する。銃口は、男の方へ向けられたまま。
「この国は、『法』によって統治する。それは、男も女も関係なく、『殺す権利』も『殴る権利』も持たない国であるという意味を持つ。その他にも様々なルールというものはあるんだが・・・」
そうして、男と女の間に立つと、
「そのまま人を撃っていたら、俺はお前を殺さなければならない」
本気の目だった。
エルリィはそう思った。
「な、なんで・・・」
「それがこの国だ。この国はいかなる者も『権利』を管理される。そしてお前たちにはいかなる『殺す理由』があろうとも『殺す権利』を持つことは無い。その権利を持っているのは、俺たちだ」
一つ一つの言葉を、噛みしめるように篝は告げる。
「権利が欲しければ『法』を守れ。それが出来ないのなら今ここで死ね」
いつか、篝が言った言葉をエルリィは思い出す。
『俺の前では等しく平等で在らせる』
『それで、人が理不尽に死ぬ理由が一つ消えるのなら、俺は喜んでそうしよう』
その言葉に、嘘はないのだろう。例え、男も女も関係なく多くの人に憎まれ、恨まれても、世界を変える為に、彼は、その地獄のような火で自分を焼き続けるのだろう。
「そ、それは言い過ぎだろ!?」
アサルトライフルを奪われた兵士が思わず篝に食って掛かる。
「お前もだ」
しかし、篝はそれすらも叩く。
「そいつを人殺しにしてみすみす死なせる所だった。少しは『殺す権利』を持つ者としての自覚を持て。お前も、一歩間違えれば『殺される側』に立っていた所だ」
「だ、だからって、じゃあ殺された奴らの無念は、どうすればいいんだ!?」
「死んだ人間はそこまでだ」
その一言で、空気が凍った。
「そして、それを連れていくのはお前たちだ」
続いた言葉に、場は静まり返った。
そこで、
「何を揉めているのか知らないけれど」
聞き覚えのある物静かに響く声が聞こえた。
「そこまでにしておいたらどう?」
「あ、ヒナちゃん」
大勢の兵士と戦姫を引き連れて、デモンズ部隊とヒナ・イルタジオが現着する。
「遅かったな」
「思いのほか、暴動が酷くて。まるで動く死体の映画の世界に入ったみたいだわ」
篝とヒナがそんな会話を繰り広げているうちに、デモンズ部隊が行動を開始する。
「動く死体か・・・」
「篝、状況は想像以上に深刻。ここまでの道中、多くの住民が正気を失っていた。ここまでの惨事、おそらく昨日今日で起こることじゃない」
「そのようだな」
篝は手袋を弄り出す。
「・・・ロキシー」
そしてすぐさま、インカムでロキシーに連絡を取る。
『カルスルエの全人口のうち、おおよそ七割が正気を失い、暴れています。その内、女性をいくつかに分け、先導役が声を上げながら、街中を不規則に移動しているようです。また、この『洗脳』にはいくつか段階が存在するらしく、感情が高ぶる程度から言語が支離滅裂になるほどの錯乱、そして口すらきけなくなるほどの廃人状態があるようです』
「それを考えると、この街の人間のほとんどが、その『洗脳』を受けているという事か」
『そして、救命部隊が救出した正気を保っている住民たちの話から、昔からこの街に住んでおり、尚且つこの街で『麦』を日常的に食べていた者ほど、症状は酷いようです』
「麦・・・」
帝国の主食は基本的にカルトッフェル。
一応、パンも食べるのだが、一般的にはこっちの方が主流だ。
だからこそ、不思議に思う。
「この街の住人は、麦を使った料理を基本としていた、か」
『予想通り、洗脳具合が弱い者はカルトッフェルを主に食べていました。問題はその『麦』の出所ですが、今、その『麦』の流通について調べている所です。情報が判明し次第報告します』
「頼む。作戦の方は?」
『引き続き予定通りに。とにもかくにも首謀者を捕えなければなりません』
「分かった」
通信を切る。
「ヒナ。予定通り、ここに拠点を作り、敵を西側に追い込む」
「分かったわ。貴方も気を付けて」
せわしなく動くデモンズ部隊の隊員たちの中、篝は背を向けて歩き出す。
「集合しろ。すぐに次の準備にかかる」
篝が集合をかける。それに応じて、サハラ小隊とエレン、リーシャ、エルリィが集まる。
その様子を遠目に見るのは、助けられた訓練生たち。
「とりあえず、助かったって事でいいのか」
「たぶん、そうだろうな」
ほっと、息を吐くストームとトモエ。
「傷の方は大丈夫か?」
「ええ、なんとかね」
スレイの傷の具合を確認するブリーズ。
「・・・・」
他にも助かった事に安堵する者たちの中で、アリスは篝たちの方を見ていた。
仲間と話し合う彼の後ろ姿をしばらく眺めていた彼女だが、ふと何かを決心したのか、篝たちに向かって歩き出す。
それに最初に気付いたのはエルリィだった。
「ん?どうした?」
それに、アリスは思わずびくりと驚くも、アリスは、篝の方を向いた。
「篝さん」
その声に応じて、篝は視線を向ける。
「私も、連れて行ってください」
篝がアリスの額を小突いた。
「あう!?」
「図に乗るな。仮入団しているエルリィたちと違って、お前は未だ訓練生の身。さっき指揮をとらせたのはお前以外にそれを出来る人間がいなかったからだ。お前たちの護送が終わった今、もう臨時における緊急措置は使えない。大人しく安全な場所に避難していろ」
「訓練生と言えど軍人です。私の指揮能力は先ほど示しました。必ず貴方の力になります」
「お前を抱えてか」
その言葉に、アリスはびくりと体を跳ねさせる。
「お前は、陣頭指揮で真価を発揮するタイプの指揮官だ。後方で戦場を俯瞰しながら指揮するロキシーのようなやり方と違って、戦場に立って指揮するのがお前のやり方だ。そんなお前を守りながらの戦闘はこちらの強みを潰しかねない」
「それは・・・そうですけど・・・・」
篝の言葉に、アリスはそれ以上何も言えなくなる。
(強みを潰される・・・?)
そんな中で、エルリィは篝が言った言葉に疑問を抱いていた。
「あの、篝さ・・・んぐ!?」
「はいちょっと黙ってて」
それを尋ねようとした所でセラに口を塞がれる。
「あとでちゃんと説明してあげるから」
「んむぅ・・・」
そんなやり取りをしている間に、篝とアリスの会話が続く。
「なら、せめて、役に立つことをさせてください」
「具体的には?」
「これから、先行して首謀者の所在を確かめにいくんですよね?ならば、私はここに残って対象の追い込みを手伝います。多少なりとも、危機を知らせたりは出来ると思います」
「お前にそれが出来るのか?」
その篝の問いかけに、アリスは顔を上げて答える。
「出来ます。貴方の婚約者として、そして我が母ディーナ・シグルディングの名に懸けて」
その銀青色の眼差しは、決意の灯った輝きをもっていた。
その表情に、篝は悩むような表情を浮かべる。
「まあいいじゃない」
そんな二人の間に割って入るのはエレンだった。
「どちらにしろ『竜殺しの刃』に入る予定だもの。実践を経験するのが今か後かって話よ。心配なのは分かるけど、少しは信じてあげてもいいんじゃない」
「・・・・」
そんなエレンの言葉に、篝は観念するようにため息を吐いた。
「分かった。いいだろう」
「っ!本当ですか!」
「ただし、お前が指揮する部隊の隊長は―――」
ぽん、と篝の手が隣にいたエルリィの頭におかれた。
「こいつだ」
「へ?」
この間抜けな声はアリスのものである。
「あら」
続いて面白そうな事に笑みを浮かべるエレン。
「・・・・・は?」
そして、外聞も上下関係も関係なく、そんな声を漏らしたのはエルリィだった。
「―――はぁあぁぁああああぁああああああ!!?」




