アリスの実力
「―――この国は腐りきった!男という害虫を育てるための温床と成り果てた!もはや手遅れ、この国はもう一度滅ぼさなければならない!新皇帝を名乗る害悪に天罰を!国を蝕む悪魔に鉄槌を!」
「・・・好き勝手言いやがって」
大通りを占領しながら歩く集団に、トモエは苦虫を嚙み潰したかのような顔をする。
「構わないで。時間の無駄よ」
そんなトモエにセラが声をかける。
一行は、街の外で待機している部隊と合流するべく移動していた。
その道中、洗脳されているのかそうでないのか分からない集団を何度か目撃する事となっているが、事前に発見し、回避出来ているため、衝突は避けられていた。
「ここまでで生存者は確認出来ず・・・どこに行ったんでしょう?」
「想像できるパターンはいくつかある。隠れているか、皆殺しにされたか、あるいは―――」
広場へと通じる道で、先頭にいたセラが手を上げて一行を止めた。
「先輩、あれ」
セラに促されて、篝が顔を覗かせる。
「・・・・捕まって集められているか」
そこには、広場の中央に五十人前後の集団が、十数人の戦姫に取り囲まれているのが見えた。
そしてその周囲には、急造なのか簡素な作りの十字架がいくつかあり、その全てに、血塗れの女が磔にされていた。
「最悪のパターンだな」
「さ、最悪!?生きているのにですか!?」
篝の言葉にエルリィが思わずつっかかる。
「生きてるから問題なんだよ」
そんなエルリィをなだめるように、ステラが口を挟む。
「どういう意味だ?」
ストームが尋ねれば、ステラが静かに説明する。
「生きてるという事は、それだけ護衛すべき人数が多くなるという事。そうなるとその分手数が必要になる。例え助けたとしても、その後の移動が難しくなる。今いる人員だけじゃ、守り切るのは難しいよ」
「でも、だからって見捨てるのは・・・」
「誰が見捨てると言った」
篝が立ち上がる。
「アリス、指揮を取れ」
「え!?」
突然、そう言いだした篝に、アリスは思わず目を見開く。
「ど、どうして私が・・・」
「無論、俺やステラ先輩が動けば、あの数を制圧するのは難しくないだろう。だが、磔にされている戦姫の数と練度を考えると、あの中に相当な手練れがいると考えられる。そんな奴が紛れ込んでいるとなると、人質に傷一つつけずに戦うのは難しい」
そう言って、篝はアリスを見て、続ける。
「だから策を考えてくれ。誰一人欠ける事なく、人質を救出することの出来る策を」
既に、エルリィとリーシャ以外の『竜殺しの刃』の面々の準備は出来ていた。
「その為に、走ってきたんだろう」
その言葉に、アリスは―――
広場の中央に集められた男たち。
その中で、まだ幼い弟を抱き締める兄は、先ほど起きた光景を思い返した。
『逃げて!早く!』
自分たちを守るために、襲い掛かってきた敵に立ち向かった一人の女。
しかし、その女はただ一人を相手にあっさりと敗北し、その胸を斬り裂かれた。
何が起きたのか分からない。ただ分かるのは、自分たちを守ろうとしてくれた人は死んで、自分たちを襲った人たちに捕まってしまったという事。
そして今、いつ死んでしまうのか分からない状況だという事だ。
「おかしいよねぇ」
一人の女が、磔に使われている木材を蹴る。
「なんで一年ぽっちでお前らのようなゴミを守るなんて発想が生まれてくるのかしら。これって何?洗脳、洗脳よね?お陰で無駄な血が流れたわ。どうして私のお友達が傷つかなくちゃいけないの?お前らのようなゴミやこいつらのようなクズの為に、私の友達はどうして傷つかなくちゃいけなかったの?」
恐ろしい形相で、足音を高らかに立てながら、人質の集団へ近付いて行ったその女は、その兄弟の前で、その形相を突き付けた。
「ひっ」
「ねえ、なんで?」
恐ろしくて、小さな悲鳴を上げるので精一杯だった。
「お、おい・・・」
そんな男の子たちを守るように、一人の男が割り込むように声をかけた。
「こ、怖がっているだろう・・・」
その行為に、女は視線だけを動かした。
「は?」
そして、まるで蠅を払うかのような一撃が、その男の顔面を打ち据え、吹っ飛ばした。
その行為に、人質たちは一気にパニックに陥る。
「何を勘違いしているの?何があっても、お前らが下で私たちが上。お前たちは、私たちに踏みつけにされるべき存在なのよ。それなのに、口答えしてきて・・・!」
その女の手が、兄が抱き締める弟を掴んで、奪っていく。
「あ!?かえせっ」
「やめろ殺されるぞ!」
すぐに奪い返そうとした。しかし、他の男に止められてしまう。
「ひぃっ、や、やだ・・・!」
「良く見てなさい。これが、お前たちの正しい在り方なのよ!」
女の拳が握り締められる。
「や、やめ・・・!」
そのまま、振り下ろされる―――かに思われた、その時だった。
「あら、楽しそうなことしてるじゃない」
一人の女の声が聞こえた。
その声に、今幼い男の子に拳を振り下ろそうとしていた女の手が止まった。
次いで、ぎろり、とその声の主の方へ視線が向けられる。
「・・・何、お前」
そこにいるのは、黒の長髪を持つ黒のドレスに身を包んだ女が一人、そこにいた。
「ハァイ」
その女は、片手をあげて笑顔で挨拶をすると、まるで賑やかな街道をスキップするかのように歩み寄ってきたその女は、瞬く間に拳を握り締める女の元へ辿り着く。
「そんなにかりかりしてると、せっかくのお肌が痛んじゃうわよ」
「・・・お前は誰だって聞いてるんだけど」
女の問いかけに、黒髪の女は笑顔のまま言葉を続ける。
「そんなことどうでもいいじゃない」
「なんですって?」
「ほら、貴方言ってたじゃない。男が下で女が上って。今重要なのはその事でしょう?」
「話を逸らさないで。お前は誰だって聞いてるの」
「ふむ。貴方に、私の名前は必要なの?」
「質問を質問で返すな!」
女の男の子を掴む手に力が入る。
幸いな事に、女が掴んでいるのは衣服であり、男の子の身体そのものにダメージはない。
しかし、恐怖はその男の子に刻まれていく。
「お前は、誰だ!」
武器が、黒髪の女に向けられる。
既に黒髪の女の背後には、数人の女たちが、それぞれの武器を構えて取り囲んでいた。
そんな状況の中で、黒髪の女は、一切恐れる事なく、両手を広げて大袈裟な仕草をし出す。
「ああ、私は悲しい!何故この世にはこんなにも理不尽な事が多いのだろう!」
「なにふざけたこと言ってんのよ!私の質問に答えろ!」
「何故?ここにいる奴らの大半の名前も知らない貴方に、何故覚えてもくれないのに名前を教えなきゃいけないのかしら?」
「だから質問を質問で返すなと言って―――」
「実績もない、名声もない、富もない、尚且つ先の戦争に参加する事もなかった負け犬にすらなれなかった哀れな道化師にもなれない落伍者!ああ、そうね。貴方は自分ですら手に余っている!」
「黙れ!今すぐ黙らないとここで―――」
立ち上がる。子供もついてくる。
「ひぅ!?」
「―――フェイズ1」
その瞬間、男の子を掴んでいた女の腕が血を噴いた。
「・・・・は?」
続けて。
「ぶぎゃ」
黒髪の女の回し蹴りが炸裂した。
「「「な!?」」」
続けて、女の手から逃れた男の子の襟首を掴むと、
「投げるよ」
そう言って、黒髪の女は男の子を投げた。
「うわっ!?」
そのまま、人質の集団に突っ込むかと思われたが、その前に突如として現れた巨大な手に受け止められ、衝突する事なく集団の傍へと下ろされる。
そしてその直後に、人質の周囲を取り囲むかの様に、鋼鉄の壁が突如として出現した。
「な!?」
「壁!?なんで・・・・」
「―――フェイズ2」
続けて、爆発。
広場の一角のある店がいきなり吹っ飛ぶ。
「ぎゃあぁあああ!!?」
その近くに運悪くいた戦姫が爆発に巻き込まれて吹っ飛ぶ。
「一体何!?」
続けて、銃声が鳴り響き、戦姫の何人かが倒れる。
見上げれば、そこに、一人、アサルトライフルを構える兵士が一人。
「男!?」
「あんな所に・・・!」
「ふざけんな!」
戦姫のうちの一人が、小石を拾い上げようとするが、その前に、その兵士が放った銃弾がその戦姫を撃ち抜く。
「うぎゃ!?」
「構うな!壁を壊して人質さえ確保しちゃえば―――」
そうして、一人の戦姫がその壁に触れた瞬間―――
ズドォォォォオン!!!
爆発して吹っ飛んだ。
「か、壁が爆発・・・!?」
爆発反応装甲。
篝がラーズグリーズの能力で作ったものだ。
「ど、どうすんのよ!?」
「と、とりあえず、あそこにいるクソを・・・」
その時、一人の戦姫が先ほどの爆発を見ても狼狽えずに壁に近付こうとしていた。
そして、その手を掲げた瞬間、何か、鎌のような見え、それが手の動きと連動するように振り下ろされる。
「セァ!!」
「っ!?」
それを黒髪の女―――篝がウルフランスで割り込んで防ぐ。
「お前か」
その篝の背後から、もう一人、両手五指が全て鎖でつながれた指輪をはめている手で掴みかかろうとする不健康そうな女が襲い掛かる。
しかし、その上空から凄まじい勢いでステラが落下してくる。
「ぐっ!?」
踵落としを繰り出すも、間一髪で躱される。
「はい残念、させないよ」
手練れが二人。それを、実力者である篝とステラが抑える。
「チッ、まずは上の奴からだ!」
戦姫たちが動き出す。
二手に分かれ、挟み込むように屋根にいる兵士へと迫る。
「―――フェイズ3」
射線を避けるべく、飛び込もうとした二つの路地裏。
「え?」
そこに、数人の上にいる兵士と同じ装備を構える者たちが。
「撃て」
数秒待って、放たれる弾丸の嵐。路地裏へと入ろうとする敵が増えた所を狙い、数十発の銃弾が彼女たちに襲い掛かる。
「「「―――――!!?」」」
声にならない悲鳴だった。
慌てて、銃弾の嵐を逃れようとしても、すぐ傍の建物の窓から飛び出してきた、敵の戦姫が退路を塞ぎ、一人残らず倒される。
「そ、そんな・・・」
突撃しなかった戦姫たちは、その状況に狼狽える。
「に、逃げ―――」
「―――フェイズ4」
「残念、そうはいかないわ」
背後からの声。
「ぐえ」
首に腕が回っていた。
「や、やめ・・・」
「命だけは助けてあげるんだから、感謝しなさいよ」
セラがその言葉を囁き、そのままその女を締め堕とす。
残っていたのは、この女を含めて三人。対処したのは、フェザとトモエ。
「トモエ、極まってないわ」
「え!?」
「ご、ごぇ・・・」
「もう面倒だから殴っちゃいなさい」
「わ、分かりました」
「ごべ!?」
トモエが絞めていた女で、ほぼ全員を制圧。
残るは、篝とステラが相手にする手練れの二人。
篝の方では、槍を巧みに振るって、襲い掛かる斬撃を凌いでいた。
「おお、よく凌ぐねぇ」
対峙するのは子供のような言動をする女。その背後には、分かりやすく黒いボロ布を纏い大鎌を持つ骸骨の何か。
「私のコードスキルは自分のエーテルで『死神』を作り出すこと。私の『死神』は不死身。どれだけ攻撃しても、本体である私が無事なら何度でも蘇る!」
死神が篝に襲い掛かる。
その大鎌の一撃を、篝は槍で防ぎつつ、その視線をもう一方の戦いへと向ける。
そこでは、攻撃を仕掛ける不健康そうな女の攻撃を軽々と躱すステラの姿があった。
「ヒヒヒ、どうしたのぉ?避けてばっかりぃ?」
右掌の攻撃を繰り出される。
しかし、ステラはそれを蹴り飛ばす。
「な!?」
「もう見切ったよ」
今度はステラが掌を掲げる。
そこに、『風』が収束する。
「これで―――」
その収束した『風』を、一気に目の前の敵に叩きつけようとする。
だが、
「攻撃するな先輩!」
篝の声が響き、ステラはすぐさま『攻撃』から『回避』に変更。
掌に集めた『風』を、一気の放出して突撃の威力を減衰させる。
それを、目の前の女は左手で受け止めた。その左手に、ステラの『風』が吸い込まれた。
(吸収!?)
「そぉれぇ!」
すかさず繰り出されるは左の掌。
放たれたのは、先ほどステラが放った風。
「ぐぅっ!?」
ステラが大きく後ろに吹き飛ばされる。
「チッ、威力を弱めたか」
「あぶな~。それが君のコードスキルだね」
「くひひ、右手で攻撃を吸収し、左手で全て返す・・・これぞ私のコードスキル、堕落した貴様ら如きでは到底破れないものだぁ!」
そう、勝ち誇った時だった。
「案外しょぼいわね」
「は?」
ごとり、と右手が地面に落ちた。
「右手で吸収して左手で放出。じゃあどちらか片方がなくなれば何も出来なくなるわね」
「―――フェイズ5」
「―――うぎゃあぁああぁあああああ!?私の腕がぁぁあぁああぁあああ!?」
片腕を失い、転げまわる指輪の戦姫。
その傍に立つのは、半透明の刃の剣を持つ梅鼠色の髪の女。
「な、馬鹿な・・・!?」
「時間が無い」
その光景に驚いていた鎌の戦姫に、篝の言葉が届く。
そこには、『死神』を抑え込み、ウルフランスの能力で『死神』を構成するエーテルを吸収している篝の姿があった。
「だがゴライアスを繰り出すほどでもないな」
「ば、ばかな・・・!?」
「作るならせいぜい犬ぐらいにしておけ」
『死神』が『狼』に喰われて消えていく。
その様子を前に、『死神』を操っていた戦姫は後退るも、背後から何者かに捕まり、その首に剣の刃を突き付けられる。
「動くな」
藍色髪を持つ赤い目の戦姫―――エルリィだ。
「な、なん・・・」
「エルリィ、剣をどかせ」
いつの間にか、篝がすぐ目の前にいた。
「え、はい・・・」
篝の指示に従い、エルリィは剣を下ろした所を、
「せい」
「おっ」
「あ」
首に手刀一発。
それで最後の一人が倒れる。
そこまで言って、篝は耳のインカムに手を当てた。
「全ての敵の制圧を完了」
『了解、作戦終了・・・お疲れさまでした』
無線の奥で、安堵の息が漏れるのが聞こえた。




