休息
―――突如として現れた戦姫の登場に、その場にいる者たちは思わず思考を停止してしまう。
その中で、その混乱を引き起こした少女は引き攣った笑顔を浮かべるしかなかった。
「えっと・・・みんなどうしたんだ?」
と、挙動不審になりながらそう尋ねる藍色髪の少女。
そんな少女に向かって、背後から襲い掛かるのは、あのレイピアの戦姫。
「何してるの?」
「っ!?」
そのレイピアの一撃を防げたのは、奇跡と言えるだろうか。
エルリィは恐ろしい反応速度でそのレイピアの神速の一突きを弾いて見せた。
「なっ!?」
そのまま返す刀で赤い刃を振り抜く。しかし、その一撃を、レイピアの戦姫は躱す。
「その程度で―――」
「ええ、貴方を仕留められる筈はないわね」
「っ!?」
ズブリ、とレイピアの戦姫の胸から、半透明の刃が生えた。
否、背後から突き刺さった剣が胸へと貫いたのである。
「な・・・ぁ・・・!?」
「さようなら」
あっさりと引き抜かれ、レイピアの戦姫は、その身を元の生身へと戻して地面に倒れる。
その傍に立っているのは、黒衣の少女。
僅かな時間で二人、その命を落とす。
その事実に、周囲は目を見開いていた。
(この人たちは・・・!)
アリスは、藍色髪の少女の背にある紋章に気付く。
(『竜殺しの刃』の紋章・・・それじゃあ・・・!)
その時、彼女たちの持つ通信機に、通信が入る。
『合図したら目を閉じろ』
短く簡潔にして、冷静にて冷徹な指示。
その声に、アリスは絶対の信頼の下叫ぶ。
「伏せろ!!」
数秒後―――白い光と凄まじい音が、その場に叩きつけられた。
直前、アリス側の兵士と戦姫、そして二人の乱入者は目と耳を塞ぎ、一方の相手はそれがなんなのか理解できていなかったために、180デシベルの大音量と100万カンデラの極光をまともに喰らってしまう。
「「「うぎゃあぁぁあああぁあああぁあああああああ!!!??」」」
いくら戦姫がエーテル以外の攻撃を無視すると言っても感覚器官は別だ。
例え失明も失聴する事もなくても、感覚へのダメージは、精神へ多大なダメージを与える。
故に、感覚系への攻撃は、戦姫に対する数少ないエーテルを用いずともダメージを与えられる方法だ。
そして、それを辛うじて回避した少年少女たちは、既に頼りになる先達たちによって、その場から既に消え失せていた。
そうして、逃げ込んだ診療所にて。
「ぎ・・・ぃあぁあぁああああ!!?」
「ほら、きっちり抑えて」
「我慢しろ。しっかり圧迫しないと出血が酷くなる」
エレンとブリーズ、そして痛みに暴れそうになるスレイを抑えるもう一人で、スレイの傷の応急処置を行っている。
「血液はいるか?」
「大丈夫、すぐに終わるわ」
そんな中で戦姫に変身している篝がそう声をかける。しかしエレンの答えが返ってくると篝は大人しく手術室と化した診療部屋からさっさと出る。
「さて、と、現状、確認できた生存者は十二人か」
そうして広い待合室に戻ってきた篝は、変身を解除して、いの一番にそう呟いた。
「街は想像以上に悲惨な状況でした。未だ革命後の混乱が抜けきらない中で起きたこの一件は、帝国に大きな波紋を与えるでしょう」
疲労困憊となっている訓練生たちの様子を見ていたラーズが、そう呟く。
「分かっている。そして、この一件をどう対処するかで、今後の帝国の動きが変わってくる」
篝は手袋を弄り出す。
考え事をしている時の癖だ。
「・・・篝さん」
そんな彼女に、声をかける少女が一人。
金紗の髪を持つ少女、アリスだ。
「どうした?」
「この度は、皆を助けていただき、ありがとうございます」
「礼なら、勝手に飛び出したあの二人に言ってくれ」
そう言って指差すのは何故かノックダウンしているエルリィと不承不承と言った様子でその看病をしているリーシャの姿があった。
「なんで私がこいつの面倒を見なきゃいけないのよ」
「仕方ないでしょう。今回のアンタたちの課題は互いを見捨てない事よ」
そんなリーシャを監視しているのはセラ。
「というか貴方も貴方よ。なんで事前に説明してあった『閃光手榴弾』をまともに喰らうのよ。ちゃんと指示されてたでしょ」
「めんぼくない・・・」
なんとあの閃光手榴弾の一撃を喰らっていたのだ。
しかもその時のセリフが、
『目がぁ!目がぁああぁああああ!!!?』
『なんで喰らってるのよ!?』
である。
「つい反射で見ちゃって・・・」
「阿呆にも程があるでしょ」
そんな二人のやり取りにアリスは苦笑いを浮かべ、篝はため息を吐く。
「まあ、そんな訳だ」
そう言って、篝はアリスの頭に手を置いた。
「無事で良かった」
それだけを言って、篝はアリスから離れる。
一方のアリスは、顔を赤くして、その表情をふにゃりと崩していた。
「えへ、えへへ・・・・」
「・・・本当に、アリスか?あれ」
「まあ、精神衛生上良いんじゃないか?」
その様子を見ていたストームとトモエも苦笑が隠せなかった。
しかし、そんなアリスの背後から、一人の女が忍び寄る。
「あらあら、随分と腑抜けた顔してるじゃない、アーリス♪」
「きゃぁああ!!?」
そのまま、背後から手を伸ばし、アリスの十四歳にしてはあまりにも大きな胸を揉みしだく。
「え、エレンさん・・・!」
「あら、前会った時よりずいぶんと成長してるじゃない。やっぱり母親の遺伝かしら?それとも良いもの食べてる証拠かしら」
「や、やめてください!そ、それに胸ならエレンさんだって・・・」
「貴方には負けるわよ~。ほら、もっと揉ませなさい、篝好みにしてやるわ!」
「そ、それは・・・って、やぁん!」
「・・・・あの女、あんな変態だったかしら?」
「仲が良くて、いいんじゃないか・・・?」
エレンの奇行にリーシャは呆れ、エルリィはなんとか復活してリーシャにそう答える。
「エレン、その程度にしておけ。それより先にアリスに言う事があるだろ」
「それもそうね」
「はひゅう・・・あ、もう終わり・・・?」
「なんで残念そうなんだ!?」
エレンがアリスから離れると、エレンは診療室へと視線を向け、それをアリスも追う。
「あ、スレイ!」
「止血はしておいたわ。あの程度ならすぐに命に関わるって事はないでしょうけど、あとでちゃんとしっかり縫合してもらった方がいいわね」
「そうですか、良かった・・・」
「何も良くないわよ」
よろよろとブリーズと茶髪の戦姫に支えられながら、腹に包帯を巻いたスレイが現れる。
「麻酔も無しにホッチキスで傷口を塞いで・・・」
「医療用のスキンステープラーよ。消毒もしたし、篝とラーズがいて良かったわね」
「スレイ、大丈夫?」
「少し時間を頂戴・・・そんな心配しないで、あんたのせいじゃないわ」
「でも、私が油断したせいで・・・」
「反省会は後だ」
篝がそう口を挟む。
「偵察に行ってる奴らが戻ってくるまで休め」
「了解」
「そこのソファに移すぞ」
そうして、待合室のソファにスレイが座らされる様子を傍目に、リーシャがエレンに話しかける。
「医療の心得があるみたいね」
「元々医者を目指していたのだけれど、いろいろあって衛生兵まがいな事が出来るってだけよ」
リーシャの尋ねにエレンはそうなんでもないように答える。
その二人のやり取りを他所に、どうにか復活したエルリィは、部屋の片隅にある布を被せたものに視線を向けた。
それを見た時、エルリィは目を逸らしたくなった。
コントロールの出来ないコードスキル。その為、時折り脳内に叩きつけられる情報に眩暈を覚える事が多いが、今回ばかりは発動しないでほしいと思っていた。
『それ』に近付いて、そっと布をどかして、目を見開いた。
そこにあったものを、しっかりと目に焼き付けるために。
しかし、すぐに耐えきれず、布でそれを隠す。
「どうして・・・・!」
「ここの親子は、本当に仲の良い親子でした」
眼をきつく閉じて、悔しそうにそう呟くエルリィに、アリスがそっと声をかける。
「え、あっと・・・」
「不思議ですよね。ただ、静かな日常で、仲良く、幸せに暮らしていたい筈なのに、何故、子供が男だったからという理由で、どうしてこんな目に合わないといけないんだろう・・・」
そう言って、そっと、布の下のものたちに触れるアリス。
そのアリスの姿に、エルリィは思わず呆気にとられた。
そんなエルリィに気付いたのか、アリスは顔を崩して、辛そうな笑顔を向ける。
「ああ、ごめんなさい。まだちゃんと自己紹介していませんでしたね。私はアリス・シグルディング。帝国軍士官学校所属の訓練生です。先ほどは、助けていただきありがとうございました」
「あ、私は、エルリィ・シンシア。その、敬語を使われるのは慣れてないから、普段通りでいい」
「え?でも、『竜殺しの刃』に入団されているんですよね・・・?」
「まだ、仮入団なんだ」
「え・・・」
それを聞いたアリスの顔が引き攣った。
「まだ、十四歳だから、そんなに気を遣わなくていいぞ」
「そ、そう、なのね・・・ウラヤマシイ・・・」
「え、何か言ったか?」
「いいえ何も」
何か様子のおかしいアリスにエルリィは首を傾げるばかり。
「戻ったよ」
そこで、偵察に出ていたステラとフェザが戻ってくる。
「予定していた脱出ルートは問題なく使えそうです。途中、暴徒と化している筈の市民が、扇動者によって誘導されているのを確認しました」
「面倒だな。この調子だと立て直しが効かなくなるぞ」
「それについて一つ情報」
ステラがのんびりと手をあげた。
「その暴徒、まるでゾンビみたいに変だったんだよね~」
「何?」
「洗脳、というか、精神をいじくられてるみたいだった」
「あ、士官学校の方でも、似たような状況でした」
ステラの情報にトモエの言葉を聞き、篝は手袋を弄り出す。
「なるほど」
そう呟いて、篝は指示を出す。
「五分後に動く。各自、いつでも出られるように準備を整えろ」
篝は続けてこう言った。
「このクソったれな状況を叩き潰す」




