邂逅
―――地下水道を通り、地上へと出る。
マンホールから顔を覗かせて、スレイは周囲の様子を探り、そこが人目の少ない路地裏である事を確認する。
「クリア」
そう呟いて、マンホールの蓋を音を立てないようにどかし、先に出る。
そこから、次々と訓練兵たちが出てきて、周囲を警戒するようにそれぞれの武器を構える。
そうして、最後にトモエが出てきた所で、マンホールの蓋を閉じる。
「ここに人を配置してるかと思ったけど・・・」
スレイはきょろきょろと周囲を見回す。
あまりにも静かな状況に、スレイは拍子抜けと言った様子でそう呟く。
しかし、アリスの顔は険しいままだった。
「アリス、ここからどうするの?」
「この近くに雑貨店がある。そこで一時休息を取るつもりだったんだが・・・」
「だった?」
「・・・静か過ぎる」
アリスの言葉に、周りの者たちは目を見開く。
「各員、警戒を厳とせよ。周囲に異変があれば、すぐに報告を―――」
その時、ふと視界がちかりと光った気がした。
(反射・・・?)
何故、と思い、見上げた先に、何かを振りかぶっている女の姿が見えた。
「―――ストーム、足元!」
「えっ!?」
アリスの鋭い叫びに、ストームは思わず足元を見た。その次の瞬間、頭が元々あった位置めがけて瓦礫が通過し、そのまま壁に激突、砕け散る。
「「「っ!?」」」
「チッ、運のいい奴」
見上げれば、そこにいるのは、全身光沢だらけの装束を身に纏った戦姫がそこにいた。
「見つかった!?」
「相手にするな!ここじゃ分が悪い!」
アリスが鋭く指示を出す。
「大通りへ!!」
彼らは裏路地から脱出するべく走る。
「クソッ!完全に罠じゃねえか!」
「私の見通しが悪かった・・・!」
「今は謝ってる暇はないわ!走りなさい!」
彼らは走る。だが、その最中で、スレイとアリスを除いた全員が違和感を感じた。
(あれ、こいつ・・・)
その違和感を抱えたまま、彼らは大通りへ出る―――。
「しまった・・・!?」
その直前で、アリスは何かに勘付いたのか、立ち止まろうとするがもう遅かった。
路地から出た瞬間、そこにいたのは、こちらを待ち構えていた十数人規模の戦姫たちだった。
「ようこそ~」
レイピアを持った柔和な笑顔を見せる戦姫が、そう微笑みながら、そう挨拶をしてきた。
「か、囲まれた・・・!?」
怯える兵士が、そう呟いた。
「女の子は、大人しくリンカーを解除しなさい。男は別にそのままでいいわ。抵抗した分、惨めで家畜にも劣る末路が待っているんですから」
そう、心底おかしそうに笑うレイピアの戦姫に呼応するように、他の戦姫も嫌な笑みを浮かべていた。
絶対絶命―――そんな雰囲気が場に充満する。
しかし、それを引き裂くような凛々しい声が、その場に響く。
「戦姫は目の前の部隊に全面に展開!兵士三名は背後の裏路地に張り付き牽制しろ!敵の数はそれほど多くはない。突破できる可能性は十分にある!」
アリスの声が、場に轟く。
「諦めるな!戦うぞ!」
芯の通った力強い声。その声は、自然と彼らの消えかけていた意思に、火をつけた。
トモエを中央に、スレイと他二名の戦姫が、左右を補う。
そして、三人の兵士が背後の路地へと配置につき、残り四人がアサルトライフルを構えた。
「・・・はあ」
その様子を見て、レイピアの戦姫は酷くうんざりした様子でため息を吐いた。
「面倒ごとを増やさないでください。全く、せっかくストレス発散の機会を得られたと思ったのに、どうしてストレスを増やすような事をするんです?それも女の子が」
そうして女は血走った目をアリスに向けた。
「立場分かってんの・・・?」
その視線に、アリスは気圧されるように後退る。
しかし、アリスの目に宿る光は、一瞬も陰る事は無かった。
「あら、そう・・・じゃあいいわ。全員、死になさい」
そう言って、レイピアの戦姫は、片手を上げた。
それが、何かの合図だとアリスは察した。
そして、自分のミスを悟った。
(あ、上)
見上げる。
そこにいるのは、一人の、手に何かを持った戦姫。
その手にもった何かを振りかぶっているのが見えた。
(そ、げき―――!)
投げる。それは、霊長類だけに許された行為。
二足歩行であり、ものをしっかりと掴むことの出来る手を持った人間にのみ可能な、最も原始的で容易な遠くにいる対象への、攻撃方法。
ただ、そこらへんの瓦礫を投げるだけでは戦姫の身体は傷つかない。
しかし、今この場には、その瓦礫で致命傷を受ける存在がいる。
「上!」
アリスは鋭く叫ぶ。
それに気付いた全員が上を見上げた。
そこにいる戦姫の姿を認めた時、まず真っ先に動いたのはスレイ。
その手のフレイルを振るい、放たれた瓦礫を、その円盤状の金属棍とそれを繋ぐ鎖で迎撃しようとする。
トモエは三角状の盾を構えて、ストームの前に立とうとし、ストームはアサルトライフルを構えて屋根の上に立つ戦姫に狙いを定める。
反応できたのは、その三人だけ。
他の者たちは、それただ呆けてみているだけだった。
そして、瓦礫が投げられ、その直後にストームのアサルトライフルから弾丸が放たれる。
「ぎゃ!?」
屋根の上にいた戦姫に弾丸が数発当たる。
しかし、瓦礫は投げる瞬間に砕いたのか、散弾のように広く振りまかれ、アリスたちに襲い掛かる。
その四割を、スレイが迎撃するも、残り六割が、彼らに向かって降り注いだ。
粉塵が舞い上がる。
「ぐ・・・ぅ・・・」
トモエは、掲げた盾にそれなりの衝撃を感じ、目を開く。
そしてすぐさま振り向いて状況を確認する。
「ストーム、無事か!?」
「俺は、無事だ・・・!」
幸い、ストームにそれほど大きな怪我は見えなかった。
「アリス!?」
しかし、そこでブリーズの声が響く。
見れば、そこには瓦礫が被弾したのか肩を抑えて蹲るアリスの姿があった。
「アリス!?」
「あいつ、なんで・・・まさか・・・!?」
その状態のアリスに、その場にいる者たちが驚きを隠せなかった。
「何?その子、なんでヴァリアブルスキンになってないの?」
アリスから感じていた違和感。
それは、アリスが戦姫形態になっていないという事だった。
しかし、それ以上の非常事態が今、スレイの身に起こっていた。
「あ・・・・な・・・・!?」
スレイの腹に、レイピアの戦姫の刃が突き刺さっていた。
「貴方は、知っていたのかしら?」
「は・・・・はっ・・・・」
刃が引き抜かれる。
「テメェ!!」
ストームが銃爪を引く。しかし、それより一歩早くレイピアの戦姫は一歩下がって放たれた銃弾を躱す。
「スレイ!」
剣を引き抜かれたスレイは、その場に座り込み、その腹を抑える。
その腹から、どくどくと血が溢れ出る。
(さ、刺され・・・血、こんな・・・だめ、抑えないと・・・し・・・いや、とまって、熱い、熱い、お腹が熱い・・・しぬ、しんじゃうの?わたし、死ぬ、の・・・?)
「しっかりしろスレイ!」
激しい呼吸を繰り返すスレイに、トモエは駆け寄る。
「ブリーズ!」
その二人の前に立つストームが、そう叫ぶ。
「分かっている!」
ブリーズが、アリスの治療を後回しにしてスレイの下へと駆け寄る。
「邪魔よ」
そこへ、レイピアの戦姫の鋭い刺突がストームの眼球へと突かれた。
「ストーム!?」
トモエが叫ぶ。だが、その切っ先がストームの眼球を潰す事は無かった。
「・・・は?」
なんと、銃床で切っ先を逸らしていた。
「舐めるな・・・!」
「・・・殺すわ」
レイピアの戦姫がストームにしつこい攻撃を繰り出す。
それをストームは辛うじて躱し続ける。
しかし、状況はどんどん悪化していく。
「ストーム!」
「余所見すんな!」
ストームを助けようとしたトモエに、他の戦姫が襲い掛かる。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・!」
「スレイさん!」
「呼吸を鎮めろ、出血が酷くなる・・・!」
致命傷を負ってパニックになって呼吸が荒くなるスレイ。そのスレイを心配するついてきた戦姫の一人。そしてスレイの傷を塞ごうとするブリーズ。
「くそっ!何か近付いてくる!」
「俺たち、ここで終わりなのか・・・!?」
路地裏から、こちらを追ってきているであろう戦姫たちの足音。
徐々に悪化していく状況に、肩に瓦礫を喰らったアリスはぼんやりと思考していた。
(状況は最悪・・・罠に次ぐ罠、わざと丁度いい数を待ち構えさせる事による本命の秘匿、そして、その隙をつく事の出来る手練れの戦姫・・・対して、こっちは実戦経験のない、学生の集まり・・・)
その上、二人負傷、うち一人は致命傷を負い、その治療の為に二人が裂かれ、それらを守らなければならず、更には、背後の路地裏から追ってきているであろう追手の対処をしなければならない。
(手が、足りない・・・)
もっと人がいれば、もっと練度があれば、そもそも、罠に最初から気付いていれば。
(命を預かると言っておきながら、この体たらく・・・)
被弾した肩から血が流れている。痛みで、頭がぼんやりとする。
けれど、
(・・・・だから、どうした?)
地面に手をつく。
(あの人たちなら、絶対に諦めない・・・!)
そのまま、力の限り、立ち上がろうと体を起こす。
(状況を正しく認識しろ。今ある手を数えて捻りだせ。状況を打開する為の手段を作れ・・・!諦めるなアリス・シグルディング・・・!)
そうして、顔を上げた先に―――戦姫が一人、立っていた。
「なんで戦姫にならないの?」
首を傾げるその戦姫をアリスは見上げた。
「気持ち悪」
その戦姫は、アリスを見下し、そして道端にいる虫を踏み潰すかのような気持ちでその手の剣を振り下ろした。
その時、アリスの脳裏に映ったのは、一組の男女の姿だった。
(篝さん、エレンさん――――)
その瞬間、赤い軌跡が迸った。
夕焼け色のような輝きと共に、その戦姫の胴体は一撃で寸断され、血が飛び散る。
「・・・・え?」
そのまま、べちゃり、と地面へと落ちた。
その瞬間を、アリス、次いで、その場にいる全員が呆気にとられながら見ていた。
胴体を叩っ斬られた戦姫は、呆気にとられたままの顔のまま絶命。
その戦姫を斬ったのは、夕焼け色に輝く赤い剣を左手に持つ藍色髪の戦姫―――。
「・・・えっと、無事か?」
返り血に塗れた顔で振り返ったその戦姫は、あまりにも場違いな表情で、アリスに声をかけた。




