アリス・シグルディング
―――カルスルエ 帝国士官学校 地下にて。
(くっ、ここにも・・・!)
ブロンドの独特な髪型の少女『スレイ・アルスター』は物陰から向かい側の空間の様子を見て、そう内心で悪態づいた。
同行者は二人。内一人は負傷し意識不明、もう一人がその負傷者を背負い行動中。
そして向かい側にいるのは、数人の変身状態の戦姫。
数では圧倒的不利。
「ここはダメ、別のルートを行きましょう」
スレイは、彼我の戦力差を鑑みて、そう判断した。
「分かった」
それに応じるのは、同伴者の内の一人。長い緑髪と女性として群を抜く身長と鍛え抜かれた肉体を持つ少女『トモエ・ソーンズ』。
その背には、頭を打ち、気絶している金紗の髪の少女が背負われていた。
頭に包帯が巻かれ、血の滲んでいくその痛々しい姿に、スレイは移動しながら、どうしてこうなったのかを思い返した。
事の発端は、街中で起きた反乱。
街の至る所に潜んでいた謎の武装勢力が暴れ出し、それに呼応した現政権に不満を抱く市民が混乱を広め、それは街中に設けられていた士官学校にも生み出された。
幼少の頃より女尊男卑が当たり前であり、そして革命が成功しても尚、不満、そして肉親をかの内乱で失った少女たちは、その混乱を追い風として受け止め、『今こそかの時代を取り戻す時』とのたまい、反対する者たちとの間で激しい戦闘が始まった。
その際、新政権の一環として、士官学校にも男を入学させていた為、当然のことながらその男たちが最初に狙われた。
そして当然の事ながら、男たちも反撃に出る。
問題はそこからだった。
かつてのような一方的な戦いにはならない。そこまでは良い。問題なのは、かつてのように女が男を攻撃した事だった。
女尊男卑という風習が浸み込んでいるのは男も同じ。そして男は反撃する方法を持ってしまった事で、その反撃は過剰となる。
人は他を『個』ではなく『集団』としてみる。それ故に、その惨劇は回避できなかった。
男女の違いだけで敵味方が分かれ、それ故に女の中にいる新政権を受け入れた者たちすらも、男には敵に見えてしまう。
その混乱が、凄惨な拮抗状態を生み出し、そしてそれを収めようとした一人の少女が意識を失う負傷を負った。
そうして、スレイとトモエは、その少女を抱えて地下に逃げ込むしかなかった。
「これからどうするんだ?」
トモエが、不安そうな顔でスレイに尋ねる。
「どうにかして、ここから離れましょう・・・この子だったら、良い手が思いつくんでしょうけど・・・」
「帝国軍史上最高の『指揮官』になれる逸材、だったか?噂には聞いていたが・・・」
「その頭も気絶してたら使えないわね・・・」
少女は今も眠るようにその意識を閉じてしまっている。
偶然か必然かは分からないが、飛んできた瓦礫が頭に激突したのが悪かった。
(正直、今すぐにでも容体を確認したい・・・もし重大な障害なんてものが残ってたら・・・)
恐ろしい想像が頭を過ぎる。それを頭を振って掻き消し、スレイは現実を見る。
(今はそんな事を考えてる暇はない!今はここから・・・)
その時、前方の通路から、足音が聞こえてきた。
「「っ!?」」
二人の足が止まる。
「ひ、退きましょう!」
スレイは慌てて踵を返そうとする。だが、引き返そうとしたトモエが、ついさっき曲がった通路で立ち止まってしまう。
「だ、だめだ、こっちからも来る・・・!」
「くっ・・・!」
いきなりの窮地に、スレイの思考がぐるぐると回り出す。
(行くことも出来ない、引き返せもしない・・・!このままじゃ、でも、私たちは女だけ。上手く取り合えば命だけはなんとかなる筈、それに相手が学生だけなら・・・)
「ん?ここで何をしてるの?」
スレイの背後で声がした。
振り返れば、そこには四人の女たち。内、一人は―――
(教官・・・・!?)
スレイの中で、警鐘がけたたましく鳴り響く。
「貴方・・・見たことあるわね。確か、私たちの神聖なる行いを邪魔してくれた子よね」
スレイは必死に頭を回す。
この状況を切り抜ける為の策。思いつく限りの出来る事を。
しかし、その前に目の前に立つ、かつて教官だった女の視線が、背後のトモエに―――その背に背負われている少女へと向けられた。
「・・・アリス・シグルディング?」
今度こそ、全身の毛が逆立った。
「こんな所にいたのね」
スレイは、腰に下げていたフレイルを引き抜こうとして、その前に頭を踏みつけられ、床に叩きつけられる。
「がっ!?」
「スレイ!?」
「動くな反逆者ども」
女教官からの冷たい一言が聞こえた。
「その少女を渡しなさい。さすれば命だけは保証しましょう。女同士、争う必要はない筈でしょう?」
女の言葉に、それ以上の意味はない。言葉通り、トモエの背負う少女を渡せば、二人とも命は助かる。
しかしスレイは知っている。今、気絶している少女―――『アリス・シグルディング』という存在は、この場にいる誰よりも重い役割を持っているという事を。
そして彼女たちに囚われた時、どんな目に合うのかという事を。
それ故に何より、友人として、スレイは彼女を渡す事は出来なかった。
「トモエ、逃げなさい・・・!」
頭を踏みつけられ、迸る激痛の最中でスレイはそう叫んだ。
「くっ」
しかし、トモエは背後から迫る足音を気にしてすぐには逃げ出せない。
その間に、女教官の背後に控えていた少女たちがトモエへと迫っていく。
「だめ、アリス・・・!」
「動かないで。殺したくないわ」
女教官が優しくそう諭す。しかし、その言葉をスレイは信用できない。
じりじりと下がり、曲がった通路を半ばまで通り過ぎた、その時だった。
通路から一人の兵士が飛び出してきた。
その姿を認識し、一秒すら数える時間すらなく、その兵士が手にもっていたアサルトライフルから銃弾が放たれる。
その銃弾に撃ち抜かれ、二人の少女は地面に倒れる。
それを見た女教官は、その顔に青筋を立てた
「男―――」
そうして武器を振り上げようとするよりも早く、その兵士は姿勢を正し、アサルトライフルを頬付けして、銃爪を引いた。
放たれた銃弾は、正しく女教官へと向かって放たれた。
それを、女教官は、頭部のみに、自分の武器である剣を構えて防ぐ。
しかし、まるで狙いすましたかのように、頭を狙って撃たれた筈の弾丸は、剣でその軌道を変え、腹、足に直撃、女教官はバランスを崩してその場に倒れこむ。
「うっが・・・!?」
何が起きているのか分からないまま、起き上がった瞬間、その眼前に、アサルトライフルの銃口が向けられていた。
「・・・・!!」
その光景に、女は最期に、信じられないという顔をした。
三度放たれた弾丸は、正しく女教官だったものの眉間を貫き、絶命させた。
そうして、その戦闘はたった十五秒で決着した。
「はあ・・・はあ・・・」
その男は荒い呼吸を繰り返していたが、ふと思い出したかのように振り返って、彼女たちの無事を確認する。
「無事かトモエ!」
正確には、トモエ一人だったのだが。
その顔を、トモエは良く知っていた。
「ストーム?ストームか!」
その顔を認めたトモエの顔が明らかに明るくなる。
「なによ、知り合い・・・?」
スレイがよろよろと起き上がる。
「同じ教会で育った幼馴染だ。無事で良かった・・・」
ストームと呼ばれた少年が、スレイに手を差し伸べる。
「ストームだ。うちのトモエが世話になったみたいだな」
「・・・スレイ・アルスターよ」
そうして、ストームがスレイの手を引っ張って立ち上がらせた所で、ストームが来た通路から、数人の男女が現れる。
「良かった。他にも生存者がいたんですね」
その中で、戦闘にいた最も帝国らしい軍服姿の少女が心底安堵した様子でその手の武器を下ろす。
「どちらにしろ、ここは危険よ。移動しましょう」
「そこの女はどうした?」
そこで口を挟むのはストームたちについてきていた、目付きの悪い少年だった。
その少年が指差すのは、トモエに背負われているアリスだった。
「怪我してるのよ。見て分からない」
「俺は衛生科の学生だ。多少の傷なら見れる」
「安全な場所に移動してからだ。この先に地下水道があった筈だ。まずはそこまで行こう」
ストームの提案に乗り、一同はその場から移動する。
「―――クリア」
ストームが、安全である事を確認し、一同はようやく地下水道へとたどり着く。
「そこに寝かせろ」
「分かった」
上着を枕替わりに、アリスを寝かせて、衛生兵の役割を担う『ブリーズ』がアリスの容体を見る。
そうしている間に、スレイとストームは互いに情報交換を行っていた。
「上はほぼダメそうなのね?」
「ああ。この極限状態に耐えられずに狂っちまった連中が敵味方問わずに暴れまくってる。しかも妙なのは、女同士ならともかく、男同士でも殺し合いになってるって所だ。まるで何かに操られてるみたいにな」
「操られてる・・・?それもここまで広範囲で?」
スレイは頭を抱える。
「普通、戦姫のコードスキルは、使用者から離れれば離れるほど減衰する・・・それなのに、気が狂うほどの精神干渉なんて、普通は出来ないわ」
「何か条件があったりとか?」
「たぶんそう・・・」
スレイはぞっとなる。
ここまで広範囲に、これほど多くの人間の精神を狂わせるには、それ相応の準備が必要になる。
きっと、長い時間をかけて行ってきたはず。
もしかしたら、街はさらに酷い事に―――。
(やめましょう・・・)
スレイは頭を振った。
「まずは避難する方が先決よ。まずは自分たちの安全を確保しましょう。ここもいつ誰が来るか分からないわ」
「了解。俺が前に出て警戒する」
その時、玲瓏でありながら凛とした声が響いた。
「この地下水道は、外にはつながってないわ・・・」
その声の主に、スレイは思わず声を上げる。
「アリス!」
頭を押さえながら、トモエやブリーズの手助けを受けながら起き上がる、金紗の髪の少女。
「大丈夫!?」
「瓦礫が霞めるように当たったせいで、綺麗な切り傷が出来ていた。今はそれを閉じたからこれ以上出血はしないだろう」
「ありがとう、ブリーズ・・・」
「・・・名乗った覚えはないが」
首を傾げるブリーズに、アリスは微笑んで答える。
「目ぼしい人の顔と名前は、覚えるようにしているの」
そうしてアリスは立ち上がる。
「まずは、この街からの脱出を目標する。それを最終目標として、まずは地上への脱出を図ろうと思う」
「このまま地下水道を抜けていくんじゃだめなのか?」
訓練兵の一人がそう尋ねる。
「この地下水道は歩いて外へは出られないようになっている。このまま真っ直ぐ進んでも、外へと繋がる水道管が水中にあって、外に出るまで耐える事は出来ない。その代わり、その行き止まりの所で上に繋がる階段がある。それに、敵は必ずこの地下水道を見つけておいかけてくる。戦闘になれば、騒ぎを聞きつけた他の敵が押し寄せて、今ある弾薬が持つかどうかも分からない」
「地上に出る、というのはどういう事だ?」
今度はトモエが質問を投げる。
「こんな事態になって国が黙っている筈がない。おそらく既に、鎮圧部隊、もしくは救出部隊が編制され、こちらに向かってきている筈・・・その人たちと合流出来れば、一先ずの安全は確保される筈だ」
「つまり、その救援部隊に助けてもらえれば、一先ずの命は助かる・・・そういう事だな」
それにアリスは頷く。
「みんな・・・特に男は、女である私に指揮される事は癪だろうけれど、一先ずは従ってほしい。私は『アリス・シグルディング』。我が母『氷撃』のディーナの名にかけて、指揮官として貴方たちの命、預からせてもらう」




