初任務
「今日は悪かったわね」
「部下のメンタルケアも上司の仕事だ」
「貴方は組織の長でしょう」
「それでも人間だ。贔屓もする」
しばらくして、落ち着いたリーシャとそう話し合う篝。
「部屋まで送るか?」
「そこまで世話になるつもりはないわ。一人で戻れる。それと、一つ聞きたい事があるのだけれど」
「なんだ?」
「星礼姉さんの事、『あに』って言ってたわよね。それってどういう意味?」
「俺の父親曰く、姉の男バージョンというそうだ。うちの妹たちは『お兄ちゃん』『兄さん』と呼んでくれていたが」
「貴方、一番上なのね」
「長女ならぬ長男というらしい。最も、一番年上なだけで血が繋がってるわけじゃないがな」
「結構複雑な家庭環境ね・・・」
リーシャは、『兄』『お兄ちゃん』『兄さん』という言葉を並べるように順番に呟いた。
「星礼兄さん・・・星兄・・・うん、こっちのほうがしっくりくる」
何かに納得した様子で頷いたリーシャは、少し微笑んで篝の方を向く。
「おやすみなさい、篝さん」
「ああ、おやすみ、リーシャ」
リーシャは、軽い足取りでその場から立ち去っていく。
その様子を見送り、篝もまた、自室へと戻っていった。
それから数日、厳しくも穏やかな日々が続いた。
「へヴ!?」
エルリィは相も変わらずズタボロだった。
「あ」
「おい今何メートル飛んだ?」
「結構飛んで行ったわね」
「まあ、相手があの人じゃあ流石にねえ・・・」
今回の相手は、雨依剣太郎。
団長直属の執行小隊『灰鉄小隊』の切り込み役。
「ばたんきゅう!?」
「あ、頭から落ちた」
「そして顔面から倒れた」
「貴方たち面白がってない?」
振り抜かれた剣を受け止め、宙を舞い、縦に高速回転、そして頭頂部から地面に激突し、少し浮いて顔面から地面にダイブ。ナムサン。
「おほしさまがみえる」
「おーい大丈夫かぁ?」
そんなエルリィにぺちぺちと剣太郎が顔を叩いた。
幸い、ヴァリアブルスキン状態であれば地面にどんな形で叩きつけられようが傷がつく事はない。
「うう・・・腕が吹っ飛んだと思った・・・」
「悪い悪い。お前反応が良いからつい本気で振り抜いちまった」
エルリィの反応速度はやはり目を見張るものがある。
「剣太郎さんやエレンさんはともかく、どうして一勝も出来ないんだろう・・・」
「まあお前真っ直ぐ過ぎるからなぁ。バカみたいに愚直と言っていい。だからこそ攻撃が線になって見える。ここの連中なら、もう少し駆け引きを使う。特に男は、生身で戦姫と対峙しないといけないからその辺りがガチガチに対策を立ててる」
「だから男の人たちはあそこまで殺気立ってるんですね・・・」
ここ数日で見慣れている筈なのに、今すぐにでも雄叫びが聞こえそうなほど鬼気迫る勢いで訓練に男たちに、エルリィは戦々恐々していた。
「色々あったからな」
「駆け引きはどうしたらいいですか?」
「そうだな・・・」
その時、一際大きな衝突音が聞こえた。
見ればそこでは、リーシャとルクスが激しく切り結んでいた。
リーシャの踊るような剣舞に対して、ルクスが繰り出すのは実直な剣術。
激しく翻弄するように動きながら斬りかかるリーシャだが、ルクスはまるで要塞の如き身構えで迎撃しており、リーシャはどこかそれに苛立っているように見えた。
「例えば、さっきからリーシャはルクスからカウンターが狙える攻撃を誘い出そうとしているんだが、ルクスはそれに気付いて乗らず、下がろうとするあいつを追撃しようとしてない」
それを指摘されている通り、エルリィは確かに、ヒット&アウェイのように動いているリーシャに対してその戦法を潰そうと追撃しないルクスに違和感を抱いていた。
「下手に攻撃を繰り出せば、その防御から攻撃に映る意識の空白に斬り込まれる。リーシャはそれが出来る奴だから、ルクスもおいそれと手を出さない。根性や我慢強さに関してだけ言えば、ルクスはうちの中じゃ一番。そんなあいつから、攻撃を引き出そうとするのは骨が折れるぞ」
そこまで剣太郎が言い切った瞬間、ルクスが声を漏らす。
「あ、隙」
瞬間、エルリィの目には、リーシャが気持ち分、いつもより遠くに下がった気がした。
その瞬間を、ルクスが喰らい付いた。
「なっ!?」
一歩。それだけでルクスはリーシャとの距離を詰め、その長剣を叩きつけた。
「ぐっ!?」
その一撃に、リーシャは思わず押し返す。
それを待っていましたと言わんばかりにルクスは先ほどの勢いを殺して一歩下がった。
続けて、ルクスの長剣が、リーシャの剣を蛇のように絡め取り、真上へと弾いて見せた。
「なっぁ・・・」
そして、弾く為に上へと振り上げた剣を、そのままリーシャへと振り下ろした。
「このっ―――」
リーシャはそれでも反撃を試みて、結晶のナイフを作り出そうとしたが、間に合わず、その首に長剣の刃が当てられた。
「まだ続けますか?」
「ぐ・・・っ、参ったわ」
ルクスの勧告に、リーシャは、悔しそうに顔を歪めながらも降参を口にする。
その様子に、ルクスは少し仕方なさそうに微笑み、剣を引いて背中の鞘へと納めた。
「ま、ああいう感じだな。今のはリーシャが仕掛けた駆け引きをルクスが食い破ったって感じだ」
「なるほど・・・」
「手本はいくらでもある。まずは上手いやつ、自分でも出来そうな事してるやつを参考にするといい。あと、指摘されたことは、全て実践してから役に立つかどうかを判断しろ。実践ほど、分かりやすいものはないからな」
「上手い人」
その時、再び、何かの衝突音が聞こえた。
振り返れば、そこにいるのは篝と、それを囲む四人の戦姫。
うち二人は、見知った顔。
『イオ・シュバッテ』と『セラ・セルト』である。
他二人はエルリィは知らない。
一人はサーベルを持った帝国らしい黒軍服のピンク髪の女性。
そしてもう一人は短剣を持ったボブカットの女性。
その四人が、篝に向かって次々に攻撃を仕掛けていた。
だが、篝はその全てを捌いて見せていた。
「セヤァ!!」
セラの拳が繰り出される。
その身から青い炎のようなオーラのようなものが溢れ出しており、そのオーラを纏った状態で殴りかかるセラの拳の素早さは凄まじい。
しかし、その拳を一度、二度と、軽い身のこなしで躱して見せる篝。
その背後からイオが飛び上がって強襲。繰り出すのはボレーキック。
延髄を狙ったその蹴りを、篝は後ろを見ずに繰り出した裏拳で迎撃。衝突し、イオの蹴りの威力は死ぬ。
「くっ・・・!」
そこを狙ってセラが手刀で目元を狙ってくるも、それをもう片方の手で受け流し、その手首を掴んで着地しようとするイオに向かってぶつける。
戦乙女流決闘術『流』
「うぐ!?」
「うお!?」
間一髪、わざと前に出たセラをイオが踏み台にする形で衝突を回避、続けて、ナイフを持った黒髪の女がイオを追撃しようとする篝に向かって逆手に持ったナイフを振り抜く。
それを篝はイオへの追撃を中止して回避。続けて、セラを踏み台にして篝に向かって赤く光る拳をぶつけようとするイオ。同時に、ナイフを持った女が逆手を戻して返す刃で篝を追撃しようとする。
「せあ!」
「シッ!」
そこで篝は後ろに飛び、イオに自身の背中を叩きつけた。
「ぐお!?」
その篝にナイフを突き立てようと再び前に踏み出したナイフの女。だが、篝は顔面への掌底で対処。
戦乙女流決闘術『猫パンチ』
「ぐぶっ」
そうして、二人を吹っ飛ばした瞬間、差し込むようにサーベルが篝へと迫り、その切っ先を篝は二指で挟んで止めて見せる。
「くっ・・・!」
そのまま膠着―――となった瞬間に背後からセラが襲い掛かる。
しかし、セラが拳を繰り出した途端、篝は一歩下がって半身をずらし、同時にサーベルを引いてサーベルを持っていた女を引っ張り出してはサーベルを持っていた手を掴んだ。
それと同時にセラの拳を躱してもう片方の手でその手首を掴んだかと思えば、
「ふぎゅ!?」
「んぐあ!?」
そのまま引っ張って顔面を正面衝突させるのであった。
「「ぐぉぉぉぉおおお!!?」」
鼻っ面に当たったらしい。
「おお・・・」
そんな鮮やかで一方的な光景に、エルリィは感嘆の声を上げる。
「あいつの場合は駆け引き以前に相手の思考を完全掌握してるから、全部筋書き通りなんだよなぁ・・・」
「でも、その間に鍛錬をして成長したりもしてるのでは?」
「あいつはそれ込みで圧倒する」
もはや言葉も出なかった。
「だから、あいつには勝つにはあいつでも『勝てない』と思わせるほどの実力を持つか、あいつが思考を完全に掌握する前に叩くぐらいしか方法がないんだよ」
「人の思考を掌握する・・・届くかな」
エルリィが、小さく呟いたその時だった。
「団長!」
そこで篝の事を呼ぶ声が響いた。
見れば、一人の黒髪で眼鏡をかけた女性が焦った様子で篝の下へと走ってきていた。
それを見た篝の表情が、数秒して険しいものになった。
「トトちゃん?」
「何があった?」
鼻を抑えたセラがその女性の名を呼び、篝はそれだけを尋ねた。
そう聞かれた女性『トト・オルクスワン』は息を整えた後に、篝の質問に答える。
「か、『カルスルエ』で、反乱が起こりました!」
それを聞いた瞬間、篝はすぐさま指示を飛ばす。
「すぐに部隊を編成し出撃する。各自、司令部からの指示に従って準備を始めろ」
「「「了解!」」」
そこからの行動は早かった。
訓練に打ち込んでいた者たちが、次々と兵舎へと駆け込んでいく。
「あと、そこの新入り二人も準備しとけ」
続けて、篝はエルリィとリーシャにそう指示を下し、さっさと本部のある建物へと、トトと一緒に去っていく。
「気に入らないわね」
そこでリーシャがそう呟く。
「どういう意味ですか?」
それをルクスが怪訝そうに尋ねる。
「この行動の早さに篝さんの反応・・・よっぽどそのカルスルエって所が大事みたいね」
「ああ、そういう事」
得心が言った様子で、ルクスは言う。
「あそこには、篝さんとエレンさんにとって大事な人がいるんです」
「二人にとって大事な人?」
それに聞き耳を立てていたエルリィが思わず尋ねる。
「それと同時に、この国の現陸軍大将の娘さんでもあります」
アルガンディーナ帝国において、軍は大きく陸軍と海軍の二つに分けられる。
それに加えて、それら二つを統括し、戦略的配置等の指示や皇帝の住まう帝都を守る『総司令部』が存在し、そこで全軍を指揮する権利を有する総司令官には『元帥』の地位が与えられている。
その一つ下、陸軍と海軍、それぞれを統括する者が存在し、尚且つ『大将』の地位にいる者を、それぞれ『陸軍大将』『海軍大将』と呼ぶ。
「その陸軍大将の娘が『竜殺しの刃』の指揮官として入団している為に、カルスルエにある士官学校にいる、と・・・随分と大事にされているみたいね、そのお姫様」
「まあ、そのお陰で革命の時は陸軍大将が味方してくれたからなぁ・・・」
用意された軍用ヘリにエルリィとリーシャは灰鉄小隊とサハラ小隊と一緒乗り込んでいた。
「陸軍大将が味方するほどって、余程の事でもあったの?」
「その辺りはエレンやユーゴ辺りが詳しいみたいだが、えっと・・・なんだっけ?」
剣太郎がサハラ小隊の方を向いてそう尋ねた。
それにサハラ小隊の面々ががくっとシートベルトに繋がれたままずっこけた。
「あはは・・・えっと、確か、あの子がかなり危険な状態だったのを、篝くんが助けて、その流れで篝くんがその子の婚約者となるって事で話をつけたって聞いてるよ」
と、サハラ部隊の隊長であるステラがそう答える。
「へえ・・・え、婚約者!?」
聞き逃しそうになったワードにエルリィが喰いついた。
「ええ、その子と篝は、一応は婚約関係にあるのよ。大義名分の為とはいえ、篝もエレンも、その子の事は大事にしているのよ」
「どこの三流作家の物語の主人公よ・・・」
リーシャは酷く呆れていた。
「コンヤクシャ、コンヤクシャ、コイビトと、コンヤクシャ・・・」
「・・・・どうかしたのですか?」
その一方でもやもやとした感情で目を虚ろにしているエルリィの様子に小首を傾げているのは、サハラ小隊の一員である『フェザ・アーシア』。
何故かメイド服。
「ケッ」
そんなエルリィを、今の今まで空気だったシモンが鼻で笑う。
「どういう意味だコラァ!?」
「何に突っ込んでんだ?」
そんなシモンにセドリックがツッコミを入れる。
「あはは・・・まあ、そういう訳で、篝さんが行動を起こすのも無理はないという事です。その上、地形的にも、私たちが動いた方が早いのも事実。その上、司令部からの命令で、騒動の鎮圧、及び被害を受けた民間人の救出を任務として請け負っています」
「民間人、ねぇ・・・」
リーシャは、含みのある言い方でそう呟く。
『皆さん、聞こえますか』
その時、支給されたインカムから、ロキシーの声が届く。
『これより、ブリーフィングを始めます』




