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TS戦姫 黄金のアテナ  作者: 綾波幻在
3/29

翌日―――

エルリィは、再び篝のいる独房を訪れた。

「出てきてください」

独房を鍵を開け、篝が牢屋から出ることを促すエルリィ。

「ああ」

それに応じて、篝は外に出る。

「今日はどんな事をやらされるのかな」

「どうしてそんな平然と・・・」

「慣れてる、とは言わないが、まあ、生き残る自信はあるからな。人間、思い込みなんかで色々と出来たりするし」

「そうであったら羨ましいんですけど・・・」

エルリィは苦笑いするしかなかった。

「お前の方はどうなんだ?」

「え?」

篝に尋ねられ、エルリィは目を見開く。

「昨日はよく寝られたか?」

その問いかけの意図を、エルリィは掴みかねた。

突拍子もなく、こちらを心配するような言葉に、エルリィは疑問に思うほかなく、

「え、あ、はい・・・」

と、答える他なかった。

「そうか」

と、篝はエルリィの返答にそう返した。

「今日はどこだ?」

「あ、昨日と同じ部屋です。案内します」

慌てて案内を始めるエルリィ。

(というか、なんでこの人の方が率先して行こうとしているんだ・・・!)

なんて事を考えながら、エルリィは篝の前を歩く。

そうして、指定された場所へ向かっている途中で、ふと篝が立ち止まる。

「なあ」

「なんですか?」

「今日は何かの集まりでもあるのか?」

「え、そんな事は無い筈ですけど」

「じゃああれはなんだ」

そう言って、篝が見る方を見ると、そこには、数人の女たちがこちらに近付いてきていた。

それを見たエルリィは体が冷たくなるのを感じた。

「よぉ、能無し」

先頭に立つ女が、エルリィに話しかける。

「あの、何か、用ですか・・・?」

「まあな。ちょっと、そいつと一緒に来てくれねえ?」

と、要求してくる女に、エルリィは閉じた口の中で歯を食いしばる。

「それは、どうして・・・」

「分かってんだろ」

女が近づいてくる。エルリィの近くまで来ると、片手をエルリィの肩に置くと、すぐ傍で囁く。

「お前はいつも通りにしてればいいんだよ」

「・・・・」

冷えている感じた体が、今度こそ冷たくなった気がした。

思考が鈍くなる。呼吸をしているのかどうか分からなくなる。視界がぐにゃりと歪む。

(また・・・)

エルリィが完全に動かなくなった事を確認した女は、そのまま篝の元へ向かう。

「よお、ゴミクズ」

エルリィは、動けなかった。これから起こる事を、容易に想像出来るのに、動く事が出来なかった。

「これからちょっとアタシらと一緒に来てくんねえかな。何、心配すんな。アタシらはここの所長よりヤサシイからさ」

体のあちらこちらに痛みが起こる。その痛みが、エルリィの止まった思考に、思い出したくない傷を抉り返す。

「なあ」

そう、固まっている間に、女たちの魔の手が篝に迫る。

「・・・・そういう事か」

しかし、篝は至って冷静だった。

ため息を一つ吐いて、まるで知り合いの間違いを指摘するかのような気軽さで、篝は女を見返した。

「確かに、お前らの言う通り、こっちの方が()()()そうだな。何しろ、集団で囲まねえと、噛みつかれないかって怖くなるんだろ」

篝のそれは、恐怖でおかしくなった訳でも強がりでもなかった。

ただただ、事実だけを告げるようなそんな口調で、篝は目の前の女を馬鹿にした。

「・・・・へえ?」

声だけで分かった。

その声を聞いた瞬間、エルリィは振り返っていた。

「まっ―――」

振り返った時には、すでに篝の体が飛んでいた。

既に、ヴァリアブルスキンに変身していた女の蹴りが、篝の腹に直撃し、そのまま篝の体を飛ばす。

その光景に、エルリィの体は再び止まる。

しかし、着地する時、篝は腹を抑えながら膝をつきながら着地した。

「ッ・・・やろぉっ」

「おい、おいおいおいおいなんだよなんなんだよ。なんで無事でいんだてめぇ」

女は酷くイラついた様子で篝に向かって捲し立てる。

一方のエルリィは、何が起きたのか、なんとなく理解していた。

(本当は股間を狙った蹴りだった。それを後ろに下がって、わざとお腹で受けたんだ。ちゃんと、後ろに飛んで、足を両手で抑えながら、威力を殺して・・・)

明らかに、慣れている。

殴られる事に。暴力を受けることを。

「しっかりきっちり這い蹲っていろよ。なあゴミムシ」

「それはお前の蹴りがへなちょこだからだろ馬鹿が。やるならもう少し腰入れろ」

立ち上がった篝が構えを取った。

半身を前に出し、緩く握りこんだ拳を、右を上に、左を下に置く。

まるで洗練されているそれは、とてもではないが暴力を受ける事に慣れた男のものとは思えなかった。

(戦い慣れてる・・・?)

「はっ、面白ぇ」

先頭の女に続いて、他の女たちも篝に近付いていく。

(どうしよう・・・)

エルリィにだってリンカーはある。腰の無骨な剣がそれだ。戦えない事はない。

だが、体が動かない。冷たくなった体が、動く事を拒む。

ただ、剣の柄を握るだけだ。それだけで良い。

(体が、動かない)

それでもエルリィの体は動かない。

どうしればいいのか分からない。分からないから、エルリィは顔を上げて、篝の顔を見た。


その静かな眼差しが、彼女に動くなと告げていた。


「――――」

女が、拳を鳴らす。

「覚悟はいいかぁ?」

「無駄口しか叩けないのか」

篝は、考えていた。

(このタイミングで襲われたのはありがたい。責任をある程度こいつらに擦り付けて逃げれば、少なくともエルリィに責任が向かう事はないだろう)

そんな、浅はかな考えを頭の片隅に追いやり、

『この人数を振り切るのは少し骨が折れそうだね。さらに言えば、この要塞は敵の根城だ。一度姿を隠す必要がある』

(わかっている。この包囲を突破する方法は見つけた。あとは、相手の出方次第だが・・・)

篝は、自身の正面から三時の方向の包囲が緩い事に気付いていた。

だから、ある程度の攻撃を捌いた後、そちらに向かって逃げようと考えていた。

そのような算段を軽く立ててから、再び正面を見た時、

「ん?」

予想外の光景を見た。

「あ?なんだ?今更怖気づいたのか―――」

「危ない!」

その声は、篝のものじゃなかった。女の後ろから聞こえてきた声だ。

女が振り返った時、そこには、剣を振りかざして襲い掛かるエルリィの姿があった。

その姿は、変わっていた。


今更だが、この場にいる女たちは全員、この『要塞』における制服姿ではない。

連合国特有の白の軍服をエルリィは着ていたが、今はその藍色の髪に見合う、黒のジャケット、白のノースリーブシャツ、ホットパンツ、そしてロングブーツとなり、下ろしていた長髪を後ろ髪と横髪を縛るような髪型へと変化している。

戦姫は、リンカーを使用しヴァリアブルスキンに変身する時、その姿を変化させる。

その最も著しいのが衣装の変化。

戦闘装束と言えるそれらは、彼女たちの持つ性質などを反映しているとされており、戦姫がリンカーを起動していると最も分かりやすい状態であるといえる。

この状態は『戦姫形態』と呼ばれている。


そして、戦姫形態へと移行させる事の出来るリンカーとは、いうなれば持ち主の分身に等しい。

元々は、真っ白な結晶である


戦姫状態となれば、少なくとも身体能力だけは互角となれる。

だが、致命的な事に、彼女は戦姫として『欠陥品』の烙印を押されている。

その挙動は、他の戦姫と比べれば、あまりにも遅い。

「ああ?」

振り下ろされた剣はあっさりと避けられた。

そして、躱されてバランスを崩したエルリィに向かって、それはそれは苛立ちに任せた蹴りが入った。

「があ!?」

勢い良く吹っ飛ぶエルリィ。そのまま、包囲網の一部に激突。

「「「きゃぁぁあああ!?」」」

「っ!?」

それに篝も、蹴っ飛ばした女も、その他大勢の女たちも目を見開く。

もつれるように倒れたエルリィは、すぐさま起き上がって、篝に向かって叫んだ。

「逃げてっ!」

そう叫んだ頃には、すでにエルリィを蹴っ飛ばした女は、エルリィを追撃するべくその拳を握り締めてい駆け出していた。

しかし、その拳がエルリィの顔面を砕く前に、篝がエルリィを抱えて走り抜けた。

「はあ!?」

女が驚く声を無視し、篝は床を蹴って走る。

「走れッ!」

その手を、エルリィの手と繋いだまま。

「逃げられた!?追え!」

その後を、何人もの戦姫が追撃する。

その最中で、エルリィを蹴っ飛ばした戦姫は、己の手を震わせ、逃げる篝の背中を睨みつけていた。

「ありえねえ・・・」

あの時、確かに自分の方が、エルリィを先に殴りつける筈だった。

それなのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて、到底信じられなかった。

「なんなんだ・・・なんなんだ!あいつはァ!?」




そうして、篝たちは追手の手から一時的に逃れる事に成功した。

「どこに行ったの!?」

「男と能無し相手なのよ!?なんで見失うのよ!」

なんて声が、扉の向こうから聞こえてくる。

その声がやがて遠くなるのを確認した所で、篝はそっと物置の扉を閉めた。

「ここならしばらくは誤魔化せるか」

「はあ・・・はあ・・・」

(この人、なんで息上がってないの!?)

戦姫形態と常人の身体能力は歴然の筈。しかし目の前の男は、息一つ上げずに平然とその場に座ってみせた。

「なんであんな無茶をした?」

そして、すぐさまエルリィに向かってそう問いかけた。

「あのまま何もせずにいれば、余計な罰を受けずに済んだ筈だ。このまま見つかれば、おそらくただじゃ済まないぞ」

責め立てる篝の言葉に、エルリィはすっかり縮こまってしまう。

「ごめん、なさい・・・」

震える声で謝罪するエルリィに、篝は一つため息を吐く。

「・・・まあ、お陰で余計な手間が省けた。助かったよ」

「っ!」

そう篝の褒められた途端、エルリィは胸の内が暖かくなるのを感じた。

今まで、そう感じた事は無かったのに。

(こんな事、初めて・・・)

そこで、がしゃ、という音が聞こえた。そちらに視線を向けると、篝がダクトの格子を外していた。

「・・・一体何を・・・」

「ダクト通って移動するぞ。基本的に、戦姫は自身のエーテルしか感知する事が出来ない。だが中には他人のエーテルを探知する事の出来る戦姫もいるが、たいていは()()()()コードスキルでもない限りは、男である俺や、エーテルを放出出来ないお前を感知する事は出来ない。あ、剣は上手く抱えて移動しろよ。俺が先に行くから、後からついてこい」

「どこに行くんですか?」

「とりあえず外」

「他の人たちはいいんですか?」

「あの大人数を助けろって?戦姫相手に何も出来ないのに?囮には使えるかもしれないが、解放する時間自体、無駄だ」

「そんな・・・」

「それに、今はそんな事を考えている暇はない」

「そんな事って、同じ男ですよね」

「だからこそだ。時間、場所、状況、有利不利、その他諸々考えて、最良な時に行動する。今は解放する時じゃねえって話だ」

篝の言葉に、エルリィは口ごもってしまう。

「まあ、お前が心配するような事は、すぐに解消されるさ」

「え?それってどういう・・・」

「だが、行動を起こす前に、どうして俺を助けたのか、改めて聞きたい」

乗っていた台座から降りて、それでもなおエルリィより高い身長をもってエルリィを見下ろす篝。

「何故、あんな事をした。お前には、一切のメリットは無かった筈だ」

そう、こちらを射抜くような眼差しに、エルリィは思わず、一歩退いた。

やがて、エルリィの方から視線を外し、右手で左腕を掴んで、口を開いた。

「以前、『収容所』の清掃をしていた時、襲われたんです」

「襲われた?」

「収容されていた男たちにです。私が、リンカーを起動していない事を良いことに、剣を奪い、全員で組み伏せ、幾度となく殴られ、傷をつけられました。その時のあの人たちの顔を、私は、忘れられません。でも、その時、この『要塞』の人たちが途中で助けてくれたんです」

「助けた、か・・・」

「私を襲った人たちを、彼女たちは、瞬く間に鎮圧してみました。そこからは、いつもの見慣れた光景。私を襲った人たちに制裁を加えて、酷く打ちのめしました。でも、その時の私は、助けてもらった事が嬉しかったんです。私も、ここの一員なんだって、実感出来た」

そう語るエルリィの言葉とは裏腹に、エルリィが左腕を掴む手は、食い込みそうなほど力強く震えていた。

「傷も、残らないほど治してくれた。だから、あの人たちの表情も、その顔から出た言葉も、私は、忘れました。忘れて、しまったんです」

「・・・・餌か」

篝の顔が、嫌悪に染まる。

「はい。彼女たちは、私を仲間意識で助けた訳じゃなかった。ここのルールを利用した、口実を作りたかったんです。ルールに違反せず、男を弄ぶための口実が」

エルリィが項垂れて、その肩を震えさせ始める。

「それに気付いたのは、三度目でした。一度目は、助けてもらったと思ってた。だけど、二度目で違和感は感じていた。けど、私は、その違和感を無視したんです。だから、三度目で・・・!」

声を荒げかけて、口を押えて声を押し留める。

やがて、手を少し離し、隙間から絞り出すように、話を続けた。

「・・・私が、殺したんです。私が、忘れたから。つけられた傷の意味を、忘れてしまったから・・・」

「・・・それで?お前はどうしたいんだ?」

篝は、静かに問いかけた。

「・・・もう、これ以上、私のせいで、誰かが傷つけられるのをみたくない」

絞り出すかのような声だった。

「だったら、戦うしかないな」

その言葉に、篝は彼女の向かってそう言った。

「え・・・?」

「どれだけお前がそう思っても、周りはお前を無視して置いて行く。置いて行って好き勝手にやるだろう。そうならない為には、必死にしがみつくしかない。しがみついて、振り解かれないように、戦うしかない」

「・・・でも、戦えば、別の誰かが傷つきます」

「だったらお前は一生そのままだ」

俯いたままのエルリィに篝は言葉を投げかけ続ける。

「この世界は、もう弱者の声に耳を傾ける者はいない。人が理不尽に死ぬのが当たり前の世界だ。その世界で生き残る為には戦うしかない。戦って、変えるしかない」

「・・・・もし、変わらなかったとしたら?戦った先に、何もなくて、何もかも無駄だったとしたら・・・」

「それでも道は消えない」

篝が、手を差し出す。

「結果がどんな事になろうとも、俺が辿った道は残る。その道に刻まれた俺の足跡だけは何があっても残る。例え、時代のうねりに飲み込まれる事になろうとも、俺は、俺があるいた道だけは見失う事はない。そして、その道を糧に、俺は歩き続ける」

その手を握り締め、篝はエルリィをまっすぐに見つめて、告げる。

「世界を変える為に、その道をもとに、変わるために」

「変わる・・・?」

そこで、エルリィは顔を上げた。

「そうだ。変わるんだ。変えたい世界があるのなら、まずは自分が変わらなければならない。変わって、新しい自分を見据えて、進んでいく為に」

その顔を、篝はまっすぐ見つめて、再び問いかける。

「お前はどうしたい?このまま進み続けるか、変わって進んでみるか」

「・・・私は、変われますか?」

エルリィは、恐る恐る、その答えを求めた。しかし篝は、それに答える事はなかった。

「決めるのは俺じゃない。お前だ」

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