月光の結晶
目の前に立つ月のような少女に、エルリィは腰に下げた剣の柄を握っていた。
「・・・・」
「・・・・」
睨み合う事、数十秒―――
(間違えたかな?)
もしかしたら、本当は『竜殺しの刃』の一員で、何かしら事情があってあのようなルートを使って篝に会いに来ただけかもしれない。
もしそうなら、土下座して誠心誠意、心を込めて謝罪しよう。
エルリィはそう心の中で決意した。
しかし、エルリィの問いかけから相手は一切動きもしないし反応もしない。
ただ真っ直ぐにエルリィを見るだけだった。
「・・・・えっと」
「・・・・」
そうしている事、追加で数秒。
唐突に、目の前の少女の右手が懐に入れられた。
その行為に、エルリィは思わず身構える。
そのまま取り出されたのは、なんと刃のない剣の柄。
「・・・・?」
それを取り出したかと思えば、刃の無かった筈の剣に、いきなり半透明の刃が形成され始めた。
(コードスキル!?)
彼女の瞳が光っている事に気付いた時には、刃は形成され、月光に照らされた軌跡がエルリィに迫っていた。
「うわぁ!?」
それを驚異的な反応と瞬発力で剣を鞘から引き抜いて防いだのは、彼女の身体的才覚故の必然だろうか。
何はともあれ、目の前にいるエルリィと同い年くらいの少女は、エルリィに向かって容赦のない攻撃を繰り出してきた。
「このっ」
「・・・・」
少女は未だ無言。
しかし、だからと言ってやられてやれるほど、エルリィもまた、人が出来ていない。
その為、剣を押し出して距離を取ろうとする。
「ふっ」
「え」
しかし、それを待っていたと言わんばかりに少女はエルリィの押し込みを流した。
そのまま、くるりと踊るように回って、エルリィの背後へ半透明の剣を叩きつけようとする。
「うわぁあ!?」
間一髪、再びエルリィの超反応によって前に飛んだ事で攻撃は回避された。
「・・・?」
その反応に、少女は眉をひそめ、一方のエルリィは前へと転がった後に再び少女へと向き直る。
しかし、エルリィは右手でうなじ辺りを掴んだ。
(き、斬れてない・・・!)
少女の鮮やかともいえる一撃は、エルリィの悪寒を全身に巡らせるほど鮮烈だった。
(強い・・・)
そして、この短いやり取りの中で、エルリィは確信する。
その為、剣を左手から右手に持ち替えて、『終穹』の柄を掴もうとする。
「チッ」
しかし、その前に少女の舌打ちで手が止まった。
「時間がかかりそうね」
そして続けてそう呟いた。
「え、時間・・・」
少女が呟いた独り言に、思わずエルリィが尋ねようとした所で、少女は再び剣を振るって襲い掛かってきた。
「づっ!?」
下から掬い上げるような斬撃をなんとか防ぐも、剣が大きく弾かれ、しゃがんでいた態勢から強制的に立ち上がらされる。
続けて、時計回りに回転して今度はやや下から斜めに切り上げるような斬撃を、これもなんとか防いでエルリィは後退する。
しかし、そんなエルリィとの距離を一瞬で縮め、今度は反対側から叩きつけるような斬撃を繰り出される。
その一手一手が鮮やかなまでに美しい軌跡を描いてエルリィに襲い掛かる。
まるで『剣舞』だ。
「ん、の!」
「っ・・・!」
しかし、だからと言って黙ってやられていられる事はない。
なんとか斬撃を自身の右側に逸らして、そのまま左側上段に剣を構え、振り下ろす。
「遅い」
しかし、一歩も二歩も早く射程距離から外れていた少女は、左手を剣から離し、それを背中へと回すと、その状態で剣を右手のみで水平に構えだし、鋭く突き出してくる。
「このっ!」
それもなんとか弾く。しかし、どうにも手応えが軽いと感じた。
そのまま、少女は弾かれた剣をそのまま背中へもっていき、次の瞬間には左手から剣の切っ先が飛来する。
それが、エルリィの腹部へと向かった。
「っ!?」
直撃―――かに思われた。
意表をついた攻撃を、エルリィは間一髪で剣の柄を使って防いでいた。
(防がれた・・・?)
「う・・・がぁああ!!!」
その状態で、少女の剣を弾いて、エルリィは反撃に剣を振り抜く。
しかし、一歩早く、少女はエルリィの射程圏内から逃れていた。
「はあ・・・はあ・・・」
「・・・」
幾度となく晒された命の危機に、エルリィは呼吸を荒げていた。
その一方、少女は澄ました顔で剣を左手から右手へと持ち替えていた。
そして、そのまま少女は、再びエルリィへと斬りかかる。
それから、幾度となく二人の剣がぶつかり合った。
少女のそれはまさしく踊るようであり、同時に苛烈にエルリィを責め立てた。
その猛烈な攻撃の嵐に、エルリィは防戦一方になるしかなく、持ち前の反射神経でなんとか凌いでいた。
しかし、それでも時間もたてばエルリィの特性に気付いたのか、少女はより効率的な動きでエルリィを追い詰めていく。
気付けばエルリィの身体には、いくつもの切り傷が出来ていた。
「はあ・・・はあ・・・」
エルリィはまだ満身創痍ではない。
しかし、このまま反撃の糸口もつかめないままではジリ貧である。
少女の表情は変わらない。
剣をエルリィに向けたまま、次の一手を考えているのだ。
これまで彼女が打ってきた手を、エルリィが辛うじて全て対処してみせたからだ。
(なんとか凌げてるけど、このままじゃ、いつか・・・)
そこで少女が動いた。
今度は、真っ直ぐ突っ込んでくる。
しかも、エーテル放出による加速のおまけつき。その速度は、まさに弾丸のようだった。
「ぐっ!?」
その振り抜かれた剣を、エルリィはなんとか自身の剣で防ぐことに出来た。
パリィン
しかし、直後に聞こえたのは、何かが割れる音だった。
「なっ・・・!?」
なんと、少女の持つ剣が砕けたのである。しかも少女はそれを気にせず、そのままエルリィの背後へと駆け抜けていく。
「なんっ・・・」
「『結晶流儀』」
無数に砕けた結晶の刃。それをもって、少女はエルリィへの決め手とした。
「『錦鯉』」
無数の刃が、エルリィへと迫る。
そのまま、無数の破片に体を刺し貫かれる事は容易に想像出来たであろう。
だが、その前に真紅の軌跡が飛んできた結晶の刃を全て叩き落とした。
「な―――」
その光景に、少女は驚愕を隠せなかった。
少女は最初からエルリィの持つ『もう一つの剣』の脅威は見抜いていた。
だからそれを抜かせないよう、素早く着実に仕留めようと、絶え間ない攻撃を繰り出していた。
しかし、自身の手を悉く回避するエルリィに苛立ち、つい発動に時間のかかるコードスキルを使用してしまった。
意表をつく筈の攻撃が、逆に自身を追い詰める悪手となった。
「『終穹・―――」
エルリィが、引き抜いた終穹を引き絞る。
剣の射程からは逃れている。しかし少女はその悪寒から、その距離を一瞬で縮める、もしくは無視できる攻撃が繰り出せされると察知した。
だが、エルリィもまた気付かない。
少女が操る結晶は、砕いたとしても、未だに操作可能だという事を。
「『結晶流儀』・・・!」
エルリィの背後に、砕けた結晶が再び形を成す。
「―――抜刀』・・・!」
「っ・・・!?」
(間に合わない・・・!?)
次の瞬間、エルリィの左手から、赤い軌跡が解き放たれる―――
「はいそこまで」
―――前に、篝がエルリィの背後から左腕を掴んで阻止され、直後に襲い掛かってきた結晶の刃は篝が作った壁によって阻まれる。
「なっ・・・」
「え、篝、さん・・・?」
突然の篝の登場に、エルリィは戸惑いを隠せず、少女は目を見開いていた。
「全く、お前はいつも予想外の事をしでかしてくれる」
「ど、どういう事ですか?」
意味が分からない女形態の篝の言葉に、エルリィは思わず尋ねる。
「ぐっすり眠ってるかと思えば起きてて、そのまま俺のところまで素通りさせようとした侵入者と斬り合っている。つくづく、お前は俺の予想を超えてくるな」
「は、はあ・・・」
(す、素通りさせようとしたのか・・・!?)
エルリィは困惑を隠せなかった。
「まあ詳しい説明は後にする。まずは」
篝の視線が、エルリィが先ほどまで戦っていた少女へと向けられる。
「お前の名前とここに来た理由を聞こうか」
立ち上がっている少女に向かって篝はそう尋ねる。
その直後に、少女の首に刀の刃があてがわれた。
「社交辞令だけど、言わせてもらうぜ。動くな。こちらの質問に答えろ」
戦姫状態の剣太郎だ。
「・・・」
しかし少女は特に動じた様子もなく、剣太郎の刀を一瞥した後、篝へと向き直る。
そして、しばらく篝を見た後、片手を腰にあてて、言い放つ。
「私を『竜殺しの刃』に入れなさい」
「・・・・は?」
エルリィは、そんな間抜けな声を出した。
少女のいきなりの発言に、エルリィの思考は一瞬停止。しかし、数秒を要して我に返る。
「い、いきなり襲い掛かってきておいてなんだその要求は!?」
「何よ、あんたには関係ない事でしょ?」
「大ありだ!仮入団とはいえ、一応私も『竜殺しの刃』だぞ!?」
「だから?」
「だから!?」
「はい黙ってろ」
篝の拳骨がエルリィの頭に叩きつけられた。
「いたぁ」
「まあ、エルリィの言い分も最もだが、まずは名前だ。名前も名乗らない相手に、おいそれと『はいそうですか』と返す事は出来ない」
「確かに、礼を失していたわね」
そう言い、少女は姿勢を改め、その黒夜のようなドレスの裾を片方だけ持ち上げ、お辞儀する。
「お初にお目にかかるわ、『竜殺しの刃』団長。私は神龍皇国出身の『幽黎霞』。此度は私の『竜殺しの刃』入団の許可を頂くべく、尋ねて参りました」
先ほどとは変わって丁寧な口調でそう挨拶と共に要求を口にする少女―――『ユウ・リーシャ』。
その仕草一つ一つが見惚れるほどに丁寧な所作だった。それ故エルリィは思わず呆けるが、そうしている間に話は進む。
「理由を聞いて良いか?」
篝がそう尋ねる。
それに応じて、顔を上げたリーシャの顔に、エルリィの背筋が凍った。
「復讐、ただそれだけ」
思わず、一歩後ろに下がってしまった。
「・・・篝」
そこでリーシャの後ろに控えていた剣太郎が、篝へと視線を向ける。
一方の篝は、考えるように右手の手袋を整えている。
「・・・・とりあえず」
篝は、変身を解いて、ぽん、とエルリィの肩に手を置いた。
「今日はこいつと一緒に寝てくれ。空きがない」
「え?」
「いやよ、そいつ追い出しなさい」
「は?」
「残念だが、おそらくお前の入る入らないに関わらず、こいつと一緒に行動する事になると思うぞ」
「あの」
「どういう意味?」
「元々、エルリィには仮入団中の四月までの間で試用期間として適正を図るつもりだった。丁度、『チームワーク』関係でどうしようかと頭を悩ませてたんだが・・・」
エルリィが置いて行かれている中で、話が進んでいく。
「丁度、都合よく、お前が現れた」
リーシャの顔は、少し不機嫌そうだった。
「悪いが、今日から一緒に過ごしてもらうぞ。ルームメイトとして」
「・・・・ちょっと、私を、置いていくなぁぁあああああ!!!」
エルリィの絶叫が、深夜の『竜殺しの刃』敷地内に響き渡った。




