エレン・スタジア
一部修正しました。
大慌てで湖から飛び出すエルリィ。
「うっ・・・げほっ、ごほぉっ!?」
水が肺に入ったのか激しくせき込むエルリィ。
突然の事に驚いた故に、水の中からついつい飛び出してしまったが、それどころではないほどにエルリィに意識を占めている事がある。
「ねえ」
何者かに声をかけられ、エルリィは水面に半分浸かった状態で顔を上げた。
そうして見上げた先に、件の赤髪の女がいた。
まさに宝石と見紛う程に美しい赤髪と、それに見合うほどに美しい容姿を持った全裸の女性が、膝まで湖に浸かった状態でエルリィを見下ろしていた。
「誰かしら、貴方」
そして、人を食ったような笑顔で、そう尋ねてきた。
その笑顔すら、人を魅了してやまない魅力があった。
「あ・・・えっと・・・私・・・」
紅玉の髪に似合う真紅の瞳。そして玲瓏さを持つも鋭い刃のように心を抉ってくる容姿に、エルリィはたちまちに我を失う。
「きれい・・・」
そうして場違いにも漏れ出してしまった言葉に、その女性は目を瞬かせた。
我に返っても遅く、ただエルリィは、その女性を見上げたまま固まってしまう。
しばらくして、
「・・・ぷふっ」
赤髪の女性が噴き出した。
「あは、はははっ!貴方、面白いわね」
女はおかしそうに笑いだし、そしてその綺麗な顔をエルリィの目と鼻の先まで近付ける。
「面白いわね、貴方」
(ち、ちかい・・・!)
吐息がかかる距離にまで近付いた素顔に、エルリィに心臓の鼓動は加速する。
気恥ずかしさで今すぐにでも爆発しそうになる。
しかしその時、
「来たぞ、エレン」
聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返れば、そこには軍服姿の篝が立っていた。
「篝さん!?」
「ん?エルリィ?お前もいたのか」
軍服姿という初めての姿にエルリィは新鮮味を感じるが、それ以前に何故彼がここにいるのか気になった。
「あら、遅かったじゃない。暇だったから水浴びしちゃったわ」
「いつも通りで何より」
そう言って篝は背を向ける。
「ん?私が全裸なのがそんなに嫌?」
「いや、エルリィが全裸なんだよ」
「ふぅん・・・」
エレンと呼ばれた女は、エルリィを見下ろす。
「貴方、エルリィって言うのね」
「・・・・は!?」
エルリィは、そこで自分が全裸だという事を思い出した。
「みられた・・・みられた・・・」
「いつまでうじうじしている」
レジャーシートの上で、エルリィは両膝を抱えてぶつぶつと何かを呟いていた。
その横では、篝が呆れていた。
「面白い子ね。この子が貴方が見つけたっていう期待の新人なのかしら?」
その篝の隣で弁当を用意するエレン。
「まあな。名前は『エルリィ・シンシア』。一応、今は試験中の筈だ」
「・・・あ、ヒナさんに黙ってここに来ちゃった」
「連絡しといたから安心しろ。今ラーズにお前の分の昼を取りに行ってもらっている」
「何もかもすみません・・・」
そう言って謝るエルリィ。そんな彼女を他所に、エレンは弁当であろうバスケットを篝に差し出す。
「はい。今日は久しぶりだから奮発したわ」
「ありがたい」
そう言って、篝はバスケットを受け取り、開ける。
そんな二人の仲の良い様子に、エルリィは疑問を抱く。
「・・・なんだか、他の人とは仲が良いですね」
その質問に答えたのはなんと戻ってきたラーズ。
「そういえば言ってませんでしたね」
「っ!?ラーズさん!?」
戻ってきたラーズの手にはエルリィ用のお弁当があった。
「二人は付き合っているのです」
そして、いつもの無表情でそのような事をぶちかました。
「・・・つき、あう・・・?」
その言葉を、頭の中で数回反芻した後、
「・・・・・っ!!?」
信じられないという表情で二人をバッと見るエルリィ。
「ん?そんなに意外か?」
「まあ貴方、傍から見れば堅物だものね」
「へ・・・え!?つ、つまり、二人は、こ、恋人・・・!?」
ここにきて一番の衝撃。エルリィは混乱する頭を整理出来ない。
(こ、恋人・・・篝さん、付き合っている人いたんだ・・・っというか、男と女のカップル?こ、ここまで違うものなのか?っていうか、なんか頭がぐるぐるする、わたし、いま、なにしてるんだ?というか、なんだか、むねが・・・)
「リスみたいに飯食ってんな」
与えられた弁当にサンドイッチがあったのか、しゃくしゃくと食べるエルリィに、篝はそんな感想を抱いた。
「はっ!?す、すみません!」
「まあ、自分のペースで食え。ロキシーが考案した振るい落とし用の試験で疲れてるだろうし、ゆっくりな」
そう言って、篝は箸を持つ。
「悪いなエレン。二人きりになりたかっただろ」
「たまにはこんなサプライズも合っていいとは思うわ」
と、あざとそうに首を傾げて見せるエレン。
その視線は、篝からエルリィへと移る。
「それに、面白いものはきっちり楽しまなくちゃ」
そう言って、エレンは手をついて、レジャーシートの上を四つん這いで移動し、エルリィの元へと近寄る。
「っ・・・!?」
再び、至近距離で二人の顔が近付く。
なおも端正で美しい顔を間近で見て、エルリィは思わずどぎまぎしてしまう。
しかし同時に、
(なんか、胸がもやもやしてずきずきする・・・・)
未知の感覚に、エルリィは戸惑いを隠せていなかった。
そうして、何もかもを飲み込むような赤い瞳に見つめられ、微動だに出来なくなるエルリィ。
しばらくそうしていると、不意にエレンが笑みを零す。
「ねえ、この後、どうするつもり?」
「え?」
「まだ試験とやらは終わっていないんでしょう?」
エレンの笑顔は、何ものをも喰うような表情をしていた。
「午後は私が相手をしてあげる」
「全く・・・」
ロキシーが頭を抱える。
「どうしてこうなるんですか・・・」
「貴方の考案した試験なら、確かにかなり絞れるでしょうけど、彼女の場合は時間がかかったと思うわ」
「確かに体力重視で考えましたが、それにしても彼女が相手をする必要はなかったでしょう」
それに、とロキシーはヒナから視線を外して、背後を見る。
「何故貴方たちまで集まっているのですか!?」
そこには、各部隊の隊長だけでなく、どういう訳か『竜殺しの刃』の大多数の団員がそこにいた。
「いやー、面白いものが見れるって聞いてとんできた」
と、何故かグロッキー状態で積み重ねられた灰鉄小隊の面々のうち、一番下にいる剣太郎がそう言う。
「だからといって業務を放棄しないでください!」
「安心してよ~、ちゃんと仕事は済ませてきたんだから。それに今は色々と落ち着いてるんだし、何かあればすぐに動くからさ~」
「貴方がたがそんなだから私は・・・いたた」
ロキシーが腹を抱えだした。
「ミリア、後で胃薬でも用意してやってくれ」
「言われずとも、もう用意してあります」
そう言って、ミリアはロキシーに胃薬を渡しつつ、グラウンドに立つエレンとエルリィを見る。
「彼女、大丈夫でしょうか」
「あいつだって手加減は弁えている。だが・・・」
篝は右手首の裾を弄る。
「エレンに目をつけられた以上、叩きのめされるのは避けられないだろうな」
「ルールは簡単、リンカーを使った一対一で勝負。終了は参った、失神、もしくは外野からのストップよ」
「あ、あの、どうしていきなりリンカーを使った実戦なんて・・・」
「その方がシンプルだからよ」
エレンの首にはドッグタグネックレスが下げられている。
それを見て、エルリィはそれが彼女のリンカーだと悟る。
「殺す気でかかってきなさい」
「こ、殺す気でって・・・」
エルリィは思わずたじろぐ。
「そんな、いきなりそんな事をやれと言われたって」
「くだらない言い訳してないで、さっさとリンカーを起動しなさい」
そう言って、エレンは自分の首に下がるドッグタグを掴むと、瞬く間にその身を変化させる。
切り揃えられた赤髪はそのままに、彼女の雰囲気に似合う誇張も謙遜もない黒と白を基調とした戦装束へと変身する。
そしてその手には、カッターナイフのような剣と逆手持ちした特殊な形状の剣。
特殊な二刀流。それを見て、エルリィは思わず身構える。
「そう、それで良い。戦いになればどんな理由も言い訳にならない」
人を食ったような笑顔で、エレンは右手の剣の切っ先を向ける。
「存分に叩き潰してあげる」
「・・・」
エルリィは逃げられないと悟った。
どちらにしろ、『竜殺しの刃』に入るためには、いかなる形であれ認められなければならない。
それが、これであるならば、逃げる理由はない。
「・・・コネクト」
エルリィは、腰に下げた剣の柄を掴み、リンカーを起動する。
その衣装を藍色の戦闘服へと変化させ、エルリィは右の剣を引き抜く。
「左は使わないのかしら?」
そう尋ねるエレンに、エルリィは少し顔をしかめる。
彼女が言っているのは無論、終穹の事だ。
「これは、おいそれと引き抜けるものじゃありません」
「そう、なら―――」
ゆら、とエレンの体が傾く。傾いた、気がした。
「引き抜かせてあげる」
「――――ヅァ!?」
気付けばエレンの右手の剣がエルリィの首へと迫っていた。
それをエルリィは間一髪、真上へと弾き飛ばす。
「へえ」
それを受けて、エレンは獰猛な笑みを浮かべた。
(な、なんだ今の!?)
僅かに切れた傷口を抑えながら、エルリィは今起きた事態に混乱する。
「今の防ぐのか」
リンが感心したようにそう呟く。
「人の視覚は、その視野に反して得られる情報は思いのほか少ない。それは人の脳が視界全ての情報を処理できるほどの能力をもたないが故に、不要な情報をカットして必要な情報だけを脳に伝えるからだ。だから、視界の端に何が写っていたかなんて人は覚えていない。だからこそ、そこは視界の中の死角となりうる」
エルリィには、エレンが突然消えて、突然現れたように見えた。
しかし、傍から見ている篝たちからすれば、普通に走って近付いて、斬りかかっているようにしか見えない。
「俺らのような手練れなら、そんな小細工通用しないが、ああいった素人には良くハマるんだよな、あれ」
「お前はいつまで埋もれているつもりだ」
未だに他のメンバーの下敷きになっている剣太郎にそうツッコみを入れる篝。
「それにしても、よく防ぐよなぁ」
ユーゴがそう呟く。
「反応速度と瞬発力が群を抜いております。あの速さ、尋常ではありません」
ユーゴの隣に立つジルが、そう頷く。
「ぐぅ!?」
エレンの刃が、エルリィの腕を掠める。
ここまで、エルリィはエレンの接近方法に翻弄され、一方的な防戦を強いられていた。
「それにしても上手い」
グリスが顎鬚を擦りながらそう呟く。
「剣は初心者並み、体の動かし方も軍学校出身にしては下手も良いところ。だが、エレンと距離を詰める事で視野を狭めて消える瞬間を少なくしてる・・・あれを無意識でやってんだよしたら想像以上だぜ?」
「元々、エルリィの視野は異常に広い。だからこそ飲み込みは早いし、対処法も無意識で叩き出せる。だが、まだ使いこなせていないからこそ、視界の死角が存在する」
今、エルリィの視界では、エレンが何度も現れたり消えたりしている事だろう。
それに悪戦苦闘を強いられつつも、なんとか対処出来ているのは、一重に彼女自身の持つ異常な反応速度と瞬発力故だ。
しかしだからこそ、体力は一気に削られる。
「それでも視野が広い事は武器だ」
エレンが一歩踏み出し、再びエルリィの視界の死角に潜り込んだ。
それによって、エルリィの脳が不要と判断した情報の中に潜り込み、その姿を消えたと錯覚させる。
そのまま、一気にエルリィへと接近しようとした時―――エルリィの視線がエレンを見た。
「っ!?」
エレンの行動は早かった。すぐさま前足で制動をかけ、エルリィが振り抜いた剣を紙一重で躱した。
「へえ?」
それを見たエレンの顔が、より一層笑みを作る。
「もう適応した」
ヒナが抑揚なく呟く。
「異常なまでの反応速度と瞬発力、広く空間を認識する視野、そしてそれに伴う適応力・・・戦姫としては欠陥品でも、人間という規格で照らし合わせてみれば、十分『怪物』の部類に入りますね」
ロキシーがそう言葉を零す。しかし、彼らの表情は変わらない。
「だが、その程度で『魔女』は倒せない」
「才能は十分」
くるくる、と右手の剣を弄ぶエレン。
その様子に、エルリィは剣の切っ先を向けつつ、警戒を緩めない。
(なんとか、消える絡繰りの仕組みは理解出来たし対処する事も出来た。だけど、この程度の事で終わる筈がない・・・!)
エルリィの直感が囁いていた。
この程度の小細工で、あの天城篝の隣に立てる女とは到底思えない。
「技術は途上、期待も出来る」
エレンは、尚も笑っている。
「だったら、後は何かしら?」
まるで舞台に上がった役者のように大げさな振る舞いは、場違いな雰囲気を漂わせた。
しかし、その場違いな雰囲気は、エルリィの悪寒を一瞬薄れさせ、
「―――心よね?」
次に見たエレンの笑顔で、エルリィは全身を何かが突き抜けていくのを感じた。
そして、次の瞬間、エルリィの意識は一瞬、肉体を離れた。
「は―――っあ―――!?」
体が飛ぶ。受け身を取れずに落ちる。両腕で持っていた筈の剣が震える。否、腕がしびれて上がらない。
同時に、そうなる前に幻視したのは、自分の首が落ちる所。自分の腕が消える所。自分の足が落ちる所。自分のはらわたが地面に飛び散る所。
その一瞬で、エルリィは四度の死を覚えた。
「さあ、立ちなさい」
なんとか起き上がったエルリィが見たのは、一人の魔女。
――――エレン・スタジア
『竜殺しの刃』所属 遊撃歩兵 階級『少尉』
二つ名―――『竜殺しの魔女』
「戦いを始めましょう」
Q、灰鉄小隊が何故積み上げられていたのか。
A、ミリアに一日中追いかけまわされたうえに捕まって折檻されたから。
エレン・スタジア
年齢 十八歳
性別 女
容姿イメージ『パニシング:グレイレイヴン』の『ヴィラ』




