『竜殺しの刃』
―――『ニーベルング』
『竜殺しの刃』が本部を構える都市であり、帝国東部に存在する城壁に囲まれた軍事拠点でもある。
帝国北部の国境から入り、ここまで電車で揺らされること数日、エルリィはその街に足を踏み入れた。
「わあ・・・」
多くの人が行き交う駅前、並ぶ出店に走る車。
軍学校では街に出る事はおろか、他の人が恐ろしくて部屋から出られなかった。その上要塞ではどこまでいっても雪景色しかなく、訪れた駅ではそれほど多くの人を見た事が無かった。
その理由は、単純に男女関係なく、その街に溶け込めている事だろうか。
多くの笑顔。見た事のない活気。血の匂いのしない空気。
そこはまさに、エルリィにとっては新天地であった。
「さて、ユーゴたちは既に戻っているだろうな」
そんなエルリィの後ろから、篝と灰鉄小隊の面々が、目立たない格好で現れる。
「篝さん・・・」
「『竜殺しの刃』の本部は、この大通りを真っ直ぐいった所にある。そこまでは歩きだ」
「分かりました」
「めんどくせぇ」
「シモンさん、特別車両でぐっすり寝たんですから文句言わないでください」
「途中で何か買っていこうぜ」
「肉食べたいなぁ」
頷くエルリィ、面倒くさがるシモン、シモンを注意するルクス、出店を見て提案するセドリックと肉を食べたがる剣太郎。
見事に緊張感の抜けた会話に、エルリィは苦笑を零す。
しかしふと、こちらに向かって走ってくる人影を彼女は捉えた。
「ん?」
「せんぱーい!」
軽快な足取りで、黒の軍服に身を包んだ、黒髪を二つ結びにした女が真っ直ぐ、正確には篝に向かって走ってくる。
「セラか」
その女の名前らしいものを口にする篝。しかし、すぐに何かに気付いてエルリィたちに指示を出した。
「少し離れてろ」
「え?」
エルリィには、それがどこか身構えたように見えた。
「せーんーぱーいー!」
そして、やってきたセラという女の顔は―――
「くたばれぇええええ!!!」
鬼の形相だった。
ズドンッ!という重い音と共に、セラが繰り出した拳を篝は片手で受け止めた。
「えええ!!?」
突然の事に、エルリィは驚き、周囲の視線が一気に二人に注がれた。
「いきなりご挨拶だな」
「先輩が勝手に連合国に行っちゃったせいでここしばらくのロキシーさんがずぅぅぅぅぅっと機嫌悪くしてるんですよ!そのせいでみんなおどおどと気を使わなくちゃいけないんです!一発ぶん殴られろ!」
「悪い、悪かった。今から行くからまずは攻撃するのをやめろ!」
何かを言い争いながら目つぶし、レバーブローや金的など、殺意の高い攻撃を軽々と躱す篝。
「じ、ジークンドー・・・」
その動きから、エルリィは思わずそう呟いた。
そしてそう呟いた直後、篝の人差し指がセラの額を小突く。
「ぐっ!?」
「ここまでだ。流石に目立つ」
「くぅ・・・!」
セラは顔を真っ赤にして悔しそうにしていた。
「迎えはお前だけか?」
「ええ。本当は隊長たち全員が行こうとしていたんですが、流石にそれだと目立ちすぎるので、あたしが先に迎えに来たんですよ」
「隊長全員?何故だ?」
セラは、真っ直ぐにエルリィを指差した。
「・・・・え?」
「そこの子ですよ。先輩が推挙するっていう人材、皆気になってるんです」
「そういや、人材登用はほとんどロキシーやヒナに任せていたんだったな。あと志願兵」
「初めて篝先輩自らが引き入れた人・・・『竜殺しの刃』のほとんどの人はその人に物凄く注目してる」
セラはそう手をぷらぷらと振り、呆れたようにそう言う。
「こんな風にね」
直後、エルリィの眼前にセラのフィンガージャブが飛んできた。
「っ!!?」
それを、エルリィは間一髪で腕で弾いた。
張り詰める空気のまま、膠着状態になる両者。
しかししばらくすると、ふっとセラは微笑んで、攻撃を繰り出した右手を収める。
「ごめんなさい。少し試したわ」
(め、目が潰されると思った・・・!)
内心、エルリィの胸はバクバクしていた。
「ほどほどにしておけ、アホが」
ぽこん、とセラの頭に拳骨が軽く落とされる。
「うぐっ」
「さあ、さっさと戻るぞ」
「本当に大丈夫か?」
「ああ、ロキシーの説教を受ける準備は出来ている」
「・・・手、震えてるぞ」
何やら、おかしな事になっていると、エルリィは思った。
そうして、セラの案内の元、一行は『竜殺しの刃』の本部への道を歩く。
その最中でエルリィはきょろきょろと周囲を見るのをやめられなかった。
本当に活気にあふれており、別世界と思うくらいの光景に、エルリィは緊張をほぐす事は出来なかったのだ。
そんなこんなで、とうとう街の最東端。他国との国境に最も近い位置に、『竜殺しの刃』の本部はある。
その城門のような西口の前に、二人の男女がいるのが見えた。
女の方には、見覚えがあった。
「おかえりなさいませ、篝様」
丁寧に礼をする、最初にあった時とは違う、明確な黒のメイド服姿の女性。
栗色のショートカットの髪をもった、柔和な笑みを浮かべる女性の名は『ジル・リスタルテ』。
「おかえり、篝」
その隣に立つのは、黒髪で快活そうな雰囲気を持つ男『ユーゴ・ハルトマン』。
(この声・・・)
「ああ、迎えは二人だけか?」
会話を始める篝とユーゴたちを他所に、エルリィはルクスに尋ねる。
「ルクスさん、ジルさんの方は顔を見合わせたので分かりますが、隣の人は、もしかしてあのエイオスに・・・」
「ええ。あのエイオス・・・『ストライクゲニウス』のパイロット、ユーゴ・ハルトマンです」
ルクスがにっこりと微笑みながらそう紹介する。
「お、よー新人」
そんなエルリィたちに気付いたのか、ユーゴがエルリィに声をかける。
「駅以来だな。俺はユーゴ、『竜殺しの刃』エイオス部隊『ジークフリート』の隊長をさせてもらってる」
そう言って、ユーゴはエルリィに手を差し出す。
その手を見て、エルリィは一瞬固まる。
「・・・・あ」
そして、すぐさまの手を両手で握り返す。
「え、エルリィ・シンシアです!」
その何故か必死な様子に、ユーゴはしばし目を瞬かせると、途端に吹き出して笑いだす。
「くっはは、そんなかしこまらなくていいって」
「え、あ、ごめんなさい・・・」
「気にすんなよ」
と、そこで篝が口を挟む。
「自己紹介は済んだな。あいつに見つかる前にさっさと」
「誰に、見つかる前に何をする気ですか?」
そんな篝に、誰かの声が聞こえてきた。
何故かぎこちない篝が振り向いたその先、『竜殺しの刃』本部の城門の向こう側に、それはそれは見事な笑顔の女性が立っていた。
亜麻色のストレートロングと、白を基調とした衣服に身を包んだ、お淑やかそうな女性ではあるが、その表情にエルリィはどこか恐怖を覚えた。
「ろ、ロキシー・・・」
その存在に、篝の視線は別の方向へ流れていた。
「全く、貴方と言う人は・・・・」
と、すっさすっさと優雅な足取りで篝へ近付いたかと思うと、
「どうして団長という立場にあるにも関わらず勝手に国外へと外出するのですかいくらアリスさんの為とはいえ危険すぎますそもそもあなた自分の立場分かってるんですか団長にして准将ですよ准将この国における将校クラスが貴方を含め五人しかいない事を理解しているのですかいいえ分かっていませんねそうですね私たち若いですものねそれでも限度という事もありますもう子供ではいられないんですあとで溜め込んだ書類終わらせるまできっちり仕事してもらいますからねいいですねでなければその口にケーキぶち込んでその無駄に黒い腹破裂させますから!!!」
凄まじい早口だった。
何を言っているのかは途中から分からなくなったが、とにかくその女性がすごく怒っているという事だけはエルリィにも理解出来た。
言い切ってぜーはーと荒い呼吸をしていた女性であったか、すぐに姿勢を正してこほん、と一つ、咳払いをした。
「とにかく、貴方でなければ処理できない書類が多数あります。独断行動の責任はきっちり取ってください」
「・・・委細承知」
篝はすっかり項垂れていた。
その様子から、エルリィは確信する。
(全部聞き取れたんだ)
すると女性の視線が、エルリィへと向けられる。
「っ!?」
「それで、彼女が?」
その視線にエルリィは思わずびくりとなる。
「ああ、入団希望者だ」
そう篝が答えると、一度考え込むように目を閉じ、女性はエルリィと向き合う。
「ごきげんよう、私は『竜殺しの刃』で団長代理を務めております『ロキシー・フレイア』です。職務は主に指揮や作戦立案を行う所謂『参謀』を行っております」
(だ、団長代理!?)
思いのほか地位の高い人が出てきて内心ビビるエルリィ。
「そしてこの男の尻拭い担当です」
「嫌味ったらしくいうな。あと足も踏むな地味に痛い」
「だったら私に仕事を押し付けないでください【えげつない帝国スラング】」
「ひぃ!?」
「それは良い過ぎだろ」
閑話休題。
「こほん、そろそろ中に入りましょう。流石に外で出迎えをする訳には参りません」
「それもそうだな。エルリィ」
「え、あ、はい」
篝に呼ばれて、エルリィは応じる。
「うちは癖が強い。怖気づくなよ」
「・・・?」
篝の言葉に、エルリィは首を傾げた。
そうして、城門を通り抜けたエルリィ。
そこに、明らかに別格の雰囲気を放つ者たちがいた。
「やっほー、おかえり~」
ピンク色の髪を持つ小柄な女『サハラ小隊』隊長『ステラ・ホルス』
「全く、貴方のする事は本当に飽きないわね」
白髪の軍服を身に纏う同じく小柄な女『デモンズ部隊』隊長『ヒナ・イルタジオ』
「その小娘が例の推挙人材か」
眼鏡をかけ、白衣を着た眼鏡の青年『武装開発部』統括責任者『ゼファー・ゼシス』
「案外普通そうな女の子じゃない」
無精ひげを生やした軽薄そうな男性『ドウェルグ部隊』隊長『グリス』
「それは重要ではありません。重要なのは彼女が戦力となるかどうかです」
空色の髪を持つどこか看護師のような恰好の女性『救命部隊』隊長『ミリア・サザビー』
「んなことよりさっさと終わらせようぜ。篝が見つけたんだ。入るのは確定なんだからよ」
夕焼け色の髪を持つスカジャンを来た小柄な女『スイーパー部隊』隊長『リン・レッドフラッグ』
以上、六名の『竜殺しの刃』所属部隊隊長が、エルリィの目の前にいた。




