決着
状況が動く。
恐怖に支配されている筈のラム。しかし何かに突き動かされたかのように立ち上がったラムが怪しい動きをし始める。その表情は、先ほどとは打って変わって無機質なものだった。
「・・・そう来るか」
篝が左手を横に向かって伸ばす。
「バレルアーツ・・・」
同時に、空気が揺らいだ気がした。
(風の刃・・・!)
エルリィの直感は正しい。見えない刃が無数に篝に襲い掛かってきていた。
しかし、篝にはその軌道がしっかりと分かっていた。
見えている訳ではなく、ラムという『人間』を完全に掌握したが故に、その軌道をイメージする事が出来るからだ。
だが、篝は迎撃態勢を取らない。
(どうして―――)
エルリィが、その篝の行動に驚いている間に、いつの間にか剣太郎が間に割り込んできた。
(いつの間に!?)
信じられない速さだった。
エルリィの覚えている限り、ほんの一秒足らずの時間まで剣太郎は自身の傍にいた。
それが、数メートルほどある距離を、ほぼ一瞬で飛び越えるなど、エルリィには信じられなかった。
しかし、それを可能にする『戦姫』がそこにいた。
「任せるぞ」
「任された」
剣太郎が腰の刀を引き抜いた。
そして、独特な構えを取り、深く呼吸する。
その呼吸の音は、まるで火が燃えるようであった。
日輪式神楽剣舞―――
その刃を振るう瞬間、エルリィは火の精霊を幻視した。
―――『暁の水平線』
横薙ぎの円舞が戦場に舞い上がる。
連続で回転した剣太郎の斬撃が、襲い掛かってきた見えない筈の斬撃を全て、斬り裂いてみせる。
「すごい・・・」
エルリィが感心している間にふと、どこからともなく何かの声が聞こえてきた。
それは、この戦場に似付かわしくない、美しい『歌声』だった。
突如として奏でられる旋律の発生源を辿れば、そこにいるのは一人の白髪の少女。
フードを取ったその姿に、その少女があのぶっきらぼうなシモン・リンクスであると気付くのに、エルリィは数瞬を要した。
普段の態度と、その『声』から信じられないほどに美しい歌声は、戦場を支配するには十分だった。
しかし、そんな戦場のど真ん中でどうどうと歌い始めれば、狙われるのは必定。
当然、ラムはシモンに向かって攻撃を仕掛けようとして、ふと違和感を感じて目を見開いた。
「あれ・・・!?」
「使えねえだろ」
その剣太郎の言葉は的を射ていた。
ラムは今、風の刃が使えなくなっていた。
「シモンの歌は大気中のエーテルを支配する。励起も沈静もお手の物。その歌で、今はお前の後付けの力の方を抑え込んでる」
そう得意げに語る剣太郎。
しかし、ラムは無機質な表情のままコードスキルを発動する。
現れたのは、血の刃。
「本命はそっちか、予想通り」
その赤い刃がシモンに向かって放たれる。
「っ!?あぶな―――」
エルリィが慌てて援護に向かおうとした時、ラムの頭が跳ねた。
同時に聞こえたのは銃声。
セドリックが、ラムに向かって銃弾を放ったのである。
「さっきと違って、随分と狙いやすいな」
その手のマグナムを以て、その頭部を撃ち抜いたのである。
それによってシモンに迫っていた血の攻撃が止まり、力を失ったかのように地面に落ちる。
「流石に頭に一撃受ければ、攻撃も止まる」
頭に一発弾丸を受け、動きが止まったラムに向かって、ルクスが飛び込む。
その長剣には黄昏色の炎が立ち昇っていた。
対天剣術『滝打』
真上に掲げた長剣をラムの背後から全力で振り下ろすルクス。
しかし、ぐるりとラムの首が百八十度回転したかと思えば、ルクスに向かって大量の血が襲い掛かる。
「ぐぅ!?」
その血が、振り下ろされた長剣を迎え撃ち、黄昏色の炎を食い、そのままルクスにも襲い掛かる。その勢いによって、ルクスは背後へと吹っ飛ぶ。
「喰われない・・・!?」
吹っ飛ばされたルクスが、膝をつきながら着地する。
(なんとか防げた・・・)
全身に黄昏色の炎の残滓をまき散らしながら、ルクスは冷や汗を掻いていた。
「流石、生真面目タンク、俺たちの壁は伊達じゃない!」
「私は壁ではありません!!!」
茶化してくる剣太郎にツッコミを入れるルクスであった。
そうしている間に、ラムの周囲には赤い血が溢れ出し、それらが生物のように波打ち始める。
「やはりそう来ましたね」
しかし、その行為に対して、ルクスは危機感を覚えていなかった。
「今までの戦いでお前は理解した。無差別攻撃が最も有効だという事をな」
セドリックはその光景を眺める。
(何度も俺たちがそれを必死に躱し、尚且つさっき篝がぶん殴って阻止してきた事でテメェは確信した)
シモンが、尚も歌いながら不可視の斬撃を封殺しながらそう思考する。
「だからお前は、必ずその手を使う」
周囲に溜め込んだ血を、ラムは一気に解放する―――。
「だからそれが決め手になる」
放たれ、全方位に一斉に赤い血が放たれ―――その直後に、朝焼けのように輝く軌跡が放たれた血を全て叩き斬った。
「『終穹・絶影』ッ!!!」
「・・・・は?」
そこで、ラムの表情が一瞬、呆けたような顔になった。
「素人丸出し。だけど、この成長性・・・!」
「私たちの戦いを見て、学習しましたね」
左手に握った赤い刃の剣。それを以て、彼女は『決め手』を打つ。
エルリィ・シンシア。
コードスキル『記憶閲覧』
能力、対象の記憶を読み取る。
リコレクトリンカー『終穹』
能力―――自身と保持者のベクトル操作。
「さあ御覧じろエルリィ!これが俺たちの『団長』の二撃だ!」
エルリィは見た。
血を失い、それの再生に時間を取られているラムの懐に、既に青いドレスを身に纏った女がいることを。
その右腕には、幾何学模様のような円が筒状に重なり、腕に展開されている何かの魔法陣のようなものが纏われている事を。
「戦乙女流決闘術―――」
その拳を以て、怪物を天へと打ち上げる。
―――『打上花火』バレルアーツ『ビスマルク』砲撃
撃ち込まれた拳が、エーテルを炸裂させてラムを天高く打ち上げる。
腹に叩きこまれたのか、その腹は大きく抉れ、ラムの口からは血が大量に吐き出されていた。
しかし―――
「まだ、足りない!?」
そう、まだ足りない。ラムを仕留めるには、大幅な面積を根こそぎ持っていく強大な一撃が必要になる。
だからこそ、戦乙女は飛び上がる。
炸裂音と共に、飛び上がった篝。それと同時に、虚空から現れたラーズとゴライアスがその後を追う。
すると、篝の右足に、ラーズが両手を掲げ、ゴライアスの剛腕が挟み込むように掲げられる。
同時に、篝の足にあの幾何学模様の魔法陣のようなものが出現し、ラーズが指でその魔法時に新たな形を書き足し、ゴライアスがエーテルを注ぐ。
そのまま、篝が打ち上げられたラムよりやや高く飛び上がり、頭を下に、右足を天高く伸ばした。
月を背に、舞い上がるその姿は、月光の戦乙女を想起させ、エルリィの視線を奪い去る。
「そういえば、血の塊がどこに行ったか知りたいか?お前が篝を警戒して、風の刃を放つと同時に背後から襲わせてみたんだろうが、残念、篝はとっくの昔に対策を立てて全部潰してるぜ」
その証拠に、血の塊だったものが砂の地面の上に飛び散っていた。
「あの世で姉に詫びろ」
エルリィも見ている篝の姿。しかしその姿は、ラムには正反対のものを映した。
「あく・・・ま・・・」
その瞬間、全ての決着がついた。
戦乙女流決闘術奥義『シンデレラ』プロジェクトブレイク
渾身のオーバーヘッドキックが炸裂し、ラムの体が、そのほとんどを焼失させる。
それをもって、ラムの体は今度こそ死んだ。
再生も間に合わず、ラムはそのまま意識を手放し、二度と目覚める事は無いだろう。
だが、その最中で彼女の脳裏に過ったものは、彼女にしか分からないだろう。
それでも、
「お・・・ねえ・・・ちゃ・・・」
予測するのは、難くは無いだろう。
そうして、篝は地面に着地し、その少し後に、首だけになったラムが落ちる。
「・・・安らかに眠れ」
そうして、夜は続く―――。
それから数分後―――
篝たちは何故か、エルリィが外に出るのに使った通路に来ていた。
「あの、どうして戻るんですか?」
「《王国スラング》」
「なんで!?」
いきなりシモンが悪態を吐くのでエルリィはビビる。
「チッ、あのバケモン作った古代兵器なんざ野放しに出来るか。あんなのと二度とやるかってんだ」
「それには同感。あんなのが何体も出てきたら、弾が足りなくなる」
シモンの言葉に、集団の先頭を歩くセドリックが同意する。
そうしているうちに、ふと篝たちが落ちた崩れた通路に辿り着く。その手前で、セドリックは立ち止まった。
「どうした?」
尋ねる篝を他所に、セドリックの視線は、手前の左右へと向かううちの右側の通路へと向けられていた。
「・・・あっちになんかいるな」
「・・・やはりか」
篝は盛大にため息を吐いた。
「やはりって、どういう事ですか?」
ルクスが尋ね、篝は気が重そうに答える。
「どうしてあの古代兵器が起動したままなのかがずっと引っ掛かっていた・・・シモン」
「この先には扉があるだけだぜ。あと、なんかの鼓動が聞こえる」
「そうか」
篝はライトを片手に、右側の通路を照らす。
「こっちに進むぞ」
「あの、あの古代兵器はどうするんですか?」
「こっちに進めば、たぶん、全部解決する」
エルリィの質問に答えつつ、篝はその方向へ進む。その後に、エルリィたちも続いていく。
そうして、しばらく進んでいくと、一つ、頑丈そうな扉が一つあった。
「ゴライアス」
「え、ちょ―――」
ルクスが制止する間もなく、ゴライアスの拳がその扉を粉砕する。
その衝撃とまき散らされる粉塵に思わず顔を庇うエルリィだったがようやく粉塵が収まり、扉の向こう側を見た時、エルリィは目を見開いた。
―――そこにあったのは、夥しい数の球体だった。
「これは―――」
ルクスが口元を抑える。
「安心しろ。ここにあるものは全て破壊されている」
篝が、そう断言する。
「確かに、どいつもこいつも、何かにぶった切られて壊れてるものばっかだ・・・刺し傷から見て、丁度エルリィの赤い剣に合いそうだな」
剣太郎の指摘通り、そこにある全ての球体は、半ばから両断されていたり、何度も刺されたような傷跡が見て取れた。
「ここで戦ってたんだ・・・」
エルリィは、自身のコードスキルで見た剣の記憶を思い出す。
夥しい数の怪物、次々と人を食い怪物へと変える球体―――
思い出すだけでも気分が悪くなる。
「これが古代兵器『エキドナ』の正体・・・無数の『子宮』に『種』を取り込んで『子』として産み落とす・・・まさに『怪物の母』に相応しい古代兵器だな」
「これが全部稼働状態だったかと思うと、考えたくもねえな・・・」
篝たちは、目の前に続く階段を下りる。
広さは、まさに自分たちが蟻になった気分になるほどに広く、その広さを埋め尽くすように、本棚が陳列し、その棚に並べられるようあったのだろうか、棚や通路に無数の球体の残骸が転がっていた。
それらを避けつつ、その空間の中央へ辿り着いた時、それはいた。
「ひっ」
エルリィが小さく悲鳴を上げる。
灰鉄小隊の面々も、『それ』を見て、顔をしかめた。
「こいつが本体だ」
そして篝は『それ』を見て、そう断言した。
そこにいるのは、『肉塊』だった。
剥き出しになった赤い血肉、あらぬ場所に存在する目、耳、鼻、口―――おおよそ、なんとか生物と形容できるだろうそれは、他の球体とは違った意匠の、しかし壊れかけた球体にへばりついて、そこに存在していた。
「なるほどな、古代兵器が起動しっぱなしだったのは、既に『鍵』となる奴が既に古代兵器を起動し続けていたからか」
「そうだ。そして、こいつを殺せば『エキドナ』は停止する」
篝が拳銃を引き抜く。
そしてそれを無造作に向け、銃爪を引いた。
三発、放たれた弾丸はその『肉塊』に突き刺さった。
「ギィィィィィイイイイィイ!!!?」
血が噴き出し、床に広がる。
しかし、瞬く間に傷は塞がり、弾丸が撃ち込まれた事が無かったかのように消えてしまう。
だが攻撃を受けた『肉体』は、激しく暴れ出す。
「ギィィイイ!!ギィイ!!!ギィィィイイ!!!」
その姿に、エルリィは顔をしかめる。
「やはり死なないか。自分を改造しようとして、その途中で妨害されたせいで不完全な状態になったんだろう」
「どうする?俺がやるか?」
剣太郎が腰の刀の柄に手をかける。
「いや、おそらくお前の剣舞でも不可能だ。これが『正しい』姿と断定されている。その上おそらく再生能力に全振りしているから、肉片一つ残せば、そこからまたこの姿に逆戻りだ」
「じゃあどうする?」
「簡単だ」
篝は、『肉塊』ではなくその『肉塊』が張り付いている古代兵器の方へ向ける。
「こいつを殺せば『エキドナ』は停止する。だが『エキドナ』の本体を破壊すれば、『鍵』がいても二度と怪物が生まれる事は無い」




