篝とエルリィ
篝とエルリィの奇妙な関係が始まって、はや一日―――
「――――ぐあああぁぁあああぁあああぁあああああああああああ!!!?!?」
凄まじい絶叫が、拷問部屋から響き、その様をエルリィは見ている事しか出来なかった。
その部屋には光が迸っていた。
眩く光るそれの正体は、なんと『電気』。
それも、人の体から発せられているものだ。
篝が電流を流されている。
両手両足を繋がれ、吊るされるような体制で、ただひたすらに、無慈悲に電流を流されている。
常人では、きっと耐え切れないだろう。
「素晴らしい」
しかし、篝は耐えた。
「はあ・・・はっ・・・はあ・・・」
体から煙が出ている。あれで生きているのかと、エルリィは目を疑う。
「人が死ぬギリギリの電圧で、こうも耐えるだなんて、貴方は本当に他の男とは違うのね」
その頬を撫で、ペネトは嫌らしい笑みを篝に近付ける。
「貴方はどうしたら屈服するのかしら?」
「っ・・・ぐっ・・・」
篝が視線だけをペネトの向ける。
その眼差しは、まるで死んでおらず、怯える様子もなく、唯々鋭くペネトを睨みつけていた。
「生意気ね」
ペネトは、笑みを一層深めて下がる。
「この体・・・」
一歩下がり、篝の体を撫でるペネト。
「細くともみっちりとした筋肉が感じられる。この体を作り上げるのに何年かかったのかしら・・・でも、それも無駄。私たちには通じないわ」
いやらしく、篝の体を撫でまわした後、ペネトは一歩下がって、片手をあげた。
「じゃあ、今度は時間を伸ばしましょうか」
「っ・・・」
「やって」
ペネトの合図とともに、スイッチが入れられる。
「があぁああぁああああぁあああああああああああああああああああ!!?!?」
再び絶叫。エルリィは目をそらす。
(もう、半日もやられ続けてるのに・・・!)
信じられない忍耐力だった。
一体、どれほどの事があれば、ここまで耐えられるのだろうか。
幾度となく、幾度となく電流を流され続けている。
それなのに、篝の表情が恐怖に染まる事は無かった。
そうして、しばらくした頃、
「もういいわ」
拘束が外され、篝の体が床に落ちる。
「エルリィ、彼を独房に戻してちょうだい」
「あ、わ、分かりました」
ペネトに指示され、エルリィは床に倒れ伏す篝に駆け寄る。
「た、立てますか?」
「う・・・ぐ・・・」
そんな二人の傍を、何人かの女が素通りする。
監視、装置の管理、もしくは記録係。そんな人たちだ。
そんな彼女たちが、エルリィに向かって、嘲笑を向ける。
「なんで玩具にあんなことしてんだろうね」
「どーせ、優越感に浸りたいだけだろ。だって能無しだし」
「無駄話はやめろ。所詮、『人形』だ。何もできない」
女たちが部屋を出て、そこには、篝とエルリィの二人しかいなくなった。
「・・・クソがっ、俺じゃなきゃ死んでたぞ」
そうなると、割とあっさりと起き上がってみせる篝。
「好き勝手電流流しやがって」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「ん?まあ、殴られたりした訳じゃないし、まだマシな方だろ。戦姫の腕力でぶん殴られて内臓が破裂するより遥かにマシだ」
そういって、篝はエルリィの方を見る。
「しかし、随分と嫌われているな、お前」
「っ・・・」
指摘されて、エルリィの顔が強張る。
「・・・私、元々、軍の訓練校にいたんです」
「軍の訓練校・・・軍人になりたかったのか?」
「いえ、軍学校なら、学費も払わずに済みますし、何より、お金も貰えますから」
「なるほど、学生手当か・・・ってことは、家族はいないのか」
「そう、なるんでしょうか」
「ん?どういう意味だ?」
エルリィの反応に篝は首を傾げる。
「軍学校に入る前は、孤児院にいたんです。でも、私が『欠陥品』だって分かると、みんな、優しくなくなって、出来損ないだって言って、よく、虐められてました」
「欠陥品・・・見たところ、どこか問題があるようには思えないが・・・」
「・・・エーテルが使えないんです」
その言葉に、篝は目を見開く。
「リンカーを起動して、ヴァリアブルスキンに変身する事は出来る。でもそこまで。エーテルを放出出来なければ、コードスキルすら行使出来ない。戦姫にとって当たり前が出来ない。『戦姫』になることすら出来ない男とは違う、中途半端の欠陥品。だから、実技や訓練ではいつも最低。それに、雑用なんかも毎日やらされるから、勉強もあまり上手く出来なくて。教官には肉盾ぐらいにかならないだろうって、いつもバカにされていました」
「よく入学出来たなお前・・・」
「私もそう思います」
「そんなお前がなんでこんな所に」
気付けば、篝とエルリィは、拷問部屋の壁際に座って、話し合っていた。
「よく、分からないんですけど、私、ある文字が読めるんです」
「文字?」
「名前は知らないんですけど、古代文字とか、古い時代の文字が、なんとなく読めるんです。そのせいか、ここの所長に目をつけられて連れてこられたんです。それで、ここの地下に・・・」
そこまで言いかけて、エルリィは口を紡ぐ。
「どうした?」
篝が声をかける。
「いえ、なんでもありません・・・」
「・・・そうか」
急に歯切れが悪くなったエルリィ。そんなエルリィを見て、篝は一旦、視線を切ると、今度は彼の方から話し出す。
「俺の家族は行方不明なんだ」
「行方不明」
突然の事に、エルリィは戸惑いながらも耳を傾ける。
「そう。末の妹は故郷で一人っきりらしいけど知る手段がなくて、上の姉はどこにいるのか分からん。父さんもどっかをほっつき歩いてるらしく、母さんは・・・まあ、今は、行けねえ所に行っちまった」
「そう、なんですか・・・というか、なんだか不思議な家族構成ですね。あと、『父さん』ってなんですか?」
「ん?ああ、『父さん』ってのは『母さん』の男版だ。それだけ覚えていればいい」
「はあ・・・」
「この時代じゃあ珍しい男女家族ってやつだ。と言っても、上の妹が二人の子で、俺は捨て子、下の妹は父さんの友人の子供だそうだ」
「それは、本当に不思議ですね」
「だろ。でもま、仲良くやっていた。大黒柱らしく頼りになる父親、過激だけど父さんにべったりな母親、頑固で強気な上の妹に、泣き虫な末の妹。本当に、あの頃は楽しかった」
そう遠い所を眺めるように空を見つめる篝。しかし、その優しかった表情は、ふっと険しいものに変わる。
「だが、世界はそう甘くなかった」
「・・・何か、あったんですか?」
「いろいろあってな」
そう言って、篝は立ち上がる。
「そんなわけで、俺たち家族はバラバラにされた。でも、そのお陰で、俺は両親に守られていた事を知った。世界が、こんなにも残酷な事を、知ることが出来た」
そして、エルリィに手を差し伸べる。
「だから戦うことにした。この時代に、この世界に」
「戦う・・・?どうやって・・・」
「それはまだ内緒だ。さあ、そろそろ戻ろう。時間がかかると怪しまれる」
そう言われて、エルリィは差し出された手と、篝の顔を一度交互に見た。
やがて、エルリィは、篝の手を取った。
そして、独房にて―――
「それでは、また・・・」
エルリィが篝を独房に入れ、立ち去っていくのを見送った篝。
『健気な子だね』
そんな篝に話しかける者がいた。
「アネット、今の話、どう思う」
『嘘は言ってない。それは君も分かっているだろう?』
「そっちじゃない。さっきあいつが言いかけた文字の話だ」
『ああ、そっち・・・まあなんとも言えないけど、間違いなく『古代兵器文字』だろうね。それをそらで読めるだなんて、彼女一体何者?』
「知らん。ただ、放っておいていい人間でもないのは確かだ」
『君は君のやりたい事をすればいいよ。ボクたちはそれを手伝うだけさ』
「ラーズの調査も順調そうだ。おそらく、明日の夕方に合図がある筈・・・」
篝は、床に寝そべる。
「もう少しの辛抱だ」
『ロキシーたちが言ってたけど、やはり君が出向く必要のない作戦だ。君がここまで傷つく必要もない』
「じゃあ俺以外に誰が出来る?殴られても耐え忍んで、尚且つ耐えきって死なねえ『男』ってのが」
『君は相変わらずだね。アリスが泣いちゃうよ』
「だったら、謝らないとな」
篝の視線は、天井の一点を見つめていた。
(エルリィ・シンシア、か・・・)
篝は、無理をして笑顔を作る少女の顔を、脳裏に思い出していた。
その一方で、エルリィは夜の宿舎の廊下を歩いていた。
一応、彼女にも部屋を与えられている。個室の一室だ。
だが、そこに行く為には、一度入口から共同スペースを通らなければならない。
ここで、何度かちょっかいをかけられた経験がある。だから、出来るだけ、息を殺して通らなければならない。
絡まれると、どれだけ嫌な思いをさせられるか、エルリィには分かっていた。
だからこそこそと身を潜めながら通る必要がある。
その時―――
「ねえ聞いた?帝国の反乱の話」
「ああ、あれ?失敗したって聞いてるよ」
「それがその逆。反乱は成功したんだって」
「はあ?マジ?確か男が起こした反乱なんでしょ?帝国弱すぎ」
「ほんとだよね。なんで男如きにひっくり返されるんだか」
(帝国―――)
その話を小耳にはさみつつ、エルリィは共同スペースを通り過ぎる。
そして、自室に向かい入る過程の中で、エルリィは先ほどの女たちが話していた内容を思い返す。
アルガンディーナ帝国。
エルリィがいるこの『セーヴェルヌイ連合国』の南に位置する国家であり、実はここ数年、反乱による動乱の最中にあった。
その反乱を先導しているのは、なんと一人の男。
その名前は秘匿されているのか、テレビの報道でも一切明かされていない。しかし、聞くところによると、帝国の陸軍大将や、北の『遊撃隊』と呼ばれる正体不明の武装集団。そして、数多くの男と女を従え、つい数か月前に反乱を成功させたと聞いている。
(すごいな・・・)
きっと、並大抵の努力では成しえなかっただろう。
才能、努力、そして、運。それ以外にも多くの要素が重なり合って、成し遂げる事の出来た奇跡にも等しい偉業。
それを、一人の男が成し遂げたのだから、その反響も一入となる事だろう。
(私も、そうなれたら・・・)
まるで、物語に出てくる英雄のような話を、エルリィは羨ましがりながら、ベッドに寝転がる。
しかし、エルリィは静かに目を閉じた。
そんなものにはなれない事を、彼女は知っているから。
才能も、努力も、運もない自分には、到底出来る筈のない、道のりだから。
だから彼女は今日も目を閉じる。
残酷な世界から、何も出来ない自分から。
しかし、今日はほんの少し違った。
(あの人の手、温かかったな・・・)
未だに残る、手のぬくもりを噛みしめながら、エルリィは、その目を閉じた。