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TS戦姫 黄金のアテナ  作者: 綾波幻在
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決意


―――エルリィのコードスキル。


実を言えば、そのコードスキルの存在は、本人を除いて多くの者たちが知っていた。

対象を目視する事で、その対象の情報を知る―――というより、閲覧する事の出来る。

それをエルリィは今まで『言語』に対してのみ、無意識に使っていた。

本能的に意思疎通が必要であると理解していた彼女が、『言語』のみを認識し、その意味を知り、そしてそこから得た知識から即座に会話が出来るようになっていた。

だが、それ以上に使用する事はなく、即座に言葉を理解して話し出す彼女の存在を周囲の人間は気持ち悪がっていた。

その上、戦姫として欠陥も良い所である『エーテルの放出が出来ない』事は、彼女に対する印象の悪化を加速させた。

それ故に、誰もが彼女に『お前はコードスキルは使えない』という嘘を吹聴し、彼女もまた、それを信じ込んでしまった。


しかし、篝と出会い、幾度にも渡る極限状態を経験した事で、エルリィのコードスキルは、その力を拡張させた。


結果、彼女は白骨死体が抱えていた剣の『記憶』を見る事が出来た。



―――其は憤怒の剣。何ものをも貫き押し通す、不朽の一振り。



その剣は、『怒り』によって鍛えられていた。

あらゆる理不尽に抗い、不条理に立ち向かうために、抑圧に耐え、悪意を受け止め、溜め込んだ鬱憤を燃料に、その剣は鍛えられ続けた。


『怒り』


その言葉に、エルリィは気を取られた。

思えば、どうして篝の姿が鮮烈に映っていたのか、エルリィは思い返した。

他の男とは違う彼に、何故ここまで惹かれたのか。


―――彼が男でありながら戦姫になれるから?


否、それが主な理由じゃない。


―――彼が女に憎悪を抱いていないから?


否、彼は女の悪行に怒りを抱いていた。だから戦っている。


では、何故?

何故、これほどまでに、彼の言葉が胸に突き刺さるのだろうか。彼の行動に、ここまで胸打たれるのだろうか。


何故、彼に拒絶されたことが、こんなにも悲しいのか。


「・・・『怒り』と『憎悪』は違う・・・」

剣の『記憶』を読み取り、そんな解釈を呟いた。


『憎悪』とは、感覚としてはどろどろとした粘液のようなもの。

ねばつき、纏わりつき、決して消える事のなく、這い上がるのが難しい、沼のようなもの。


『怒り』とは、鮮烈な火のようなもの。

消えない沼や泥のようなものではない。強く燃え、周囲も自らをも焼き尽くす、業火のようなもの。


「・・・何が違うんだろう」

どちらも、きっと人を傷つけるものだ。

そこに、違いは無い筈だ。

怒りと憎しみは、結局は同じもので、どちらも変わらないものの筈だ。

溺れることも、燃えることも、どちらも苦しい事には変わらない筈なのに。


『例え、悪魔の誹りを受けようとも、俺は世界の憎悪を受け止める』


ふと、あの路地裏で篝が言った言葉を思い出す。


『覚悟は出来ているんだろうな』


続けて、少し前に怒りを込めた言葉を放つ篝を思い出す。

あれは、どっちだろうか。

(あの人にだって、憎悪はある筈だ・・・)

この世の男たちは、誰もが『憎悪』を抱えて生きている筈だ。

そして、その憎悪をぶつける場所を見つけられず、諦めてしまう者がほとんどだ。

だが、それなら何故、彼は諦めないのだろうか。


「・・・『憎悪を燃料に、怒りという名の火を燃やそう』」


エルリィは、悠長に記憶を読み取り続ける。


「『例え、この身が燃え尽きようとも、その最果てが絶望であろうとも、其の『憤怒』の歩みは、後に続く者への灯火となろう』」


その一文に、エルリィは再び篝を重ねた。

(ああ、そうか・・・)

篝は燃やしているのだ。

その胸の中に、『怒り』という名の火を燃やし続けている。

表面上は、平静を装っていても、その『怒り』の火は彼の中で燃え続けているのだ。

その火で、世界を変えようとしているのだ。


女尊男卑によって暗闇へと閉じ込められたこの世界を、その火で彼方まで照らす事を。


例えその火が、多くの人を焼き、そして自身すらも焼き尽くす事になっても、その蹄跡が決して消えない灯火になる事を知っているから。


傷跡を残してでも、世界を変える為に。


そうしなければならないほどに手遅れになってしまっている世界を、それでも変える為に、彼は全ての理不尽に()()()いるのだ。

そしてその『怒りの火』が、誰かが立ち上がるための道標になるように祈りながら。

「私は・・・もうあの人に火をつけられている・・・」

エルリィは、白骨死体から、その赤鞘の剣を取る。

「だから、忘れてしまった怒りを、今になってぶつけている・・・!」

あの『狩り』の時に、我を忘れて喚いたのも、シムの言葉をユシュナにどれだけ殴られても否定したのも、全て、エルリィの心に『怒りの火』が灯ってしまっているから。

「たとえ手遅れでも、あの人は、その火を燃やし続ける事をやめないんだ・・・」

だから、エルリィを遠ざけた。

その怒りの火で、焼いてしまわないように。

だが、それはもう遅かった。


既にエルリィは、彼の火に焼かれている。


「あの人の、力になりたい」

エルリィは決意した。

「あの人の行きたい場所に、私も行きたい」

手に取った剣を―――何故か自分のリンカーと似た形状の剣だが―――手に取り、その柄を握り締める。

「あの人の、力になりたい!」

理由は漠然としている。

もしかしたら、この選択も間違いで、支えたい人に拒絶されるかもしれない。

しかし、それでも彼女は決意した。


「だから、力を貸せ―――『終穹(ついきゅう)』!」


朝焼けの如き輝きが、薄暗い通路を照らした。



斯くして、エルリィは篝の元に再び馳せ参じた。

「篝さん、無事ですか!?」

振り返ったエルリィは、慌てた様子で篝にそう尋ねた。

その姿を、篝は見上げる。

必死に走ってきたのか、その表情には疲れが見えた。

「何故―――」

篝が何かを尋ねようとした時、彼の視界がラムが動くのを見た。

「来るぞ!」

「っ!」

篝の言葉に、エルリィは振り返った。

「何よお前!」

赤い刃が迫る。

「『終穹』!」

エルリィが左手の赤い刃を持つ剣『終穹』を構える。

(迎え撃つ気か!?)

その光景に、シモンが目を見開く。

(いや、あの剣なら・・・)

しかし、先ほどのエルリィの『迎撃』を見ていた剣太郎は確信していた。

攻撃は、届かない。


「―――『終穹・抜刀』!」


刃が赤く輝く。その直後、凄まじい速度で振るわれた剣が、赤い血の刃を斬り裂いた。

「え!?」

「斬った!?」

終穹の刃は、ラムの血の刃に喰われる事なく、逆にその手応えを失い、砂の上に落ちる。

「な、なんで・・・!?」

ラムは何かの間違いかと確かめるように、立て続けに赤い刃を放つ。

それに対して、エルリィは続けて終穹を振るって迎撃。

赤い刃を全て弾き返して見せる。

「どうして!?」

ならば、と今度は不可視の斬撃が飛ぶ。

それに対するエルリィの行動は素早く、地面の砂を終穹で巻き上げると、その砂の中に見えた風の刃を視認、そしてそれすらも迎撃して防いで見せる。

「危ねぇ!!」

そこで聞こえる剣太郎の声。何事かと横を見てみれば、すぐそこに迂回されていた風の刃がもう迎撃すら間に合わないだろう距離にあった。

(やられる・・・!)

その光景を視界にとらえていた剣太郎は、僅かな時間でそう思った。

しかし、それをエルリィは間一髪という所で終穹を滑り込ませて弾いて見せた。

「ぐぅ!?」

「あれ防ぐのぉ?」

「なんて反応速度!?」

その光景に、セドリックは思わずふざけた口調になり、ルクスはその反応速度に舌を巻いた。

しかし、流石に無理があったのか、その場に腰をついてしまうエルリィ。

「今度こそ死ね!」

そこへすかさず、ラムが攻撃を仕掛ける。

「っ!下だ!」

すかさず、シモンがそう叫ぶ。

「下・・・っ!?」

その声を聞いたエルリィは、すぐさま起き上がって駆け出す。

それと同時に、赤い血の刃が地面から飛び出そうとして、エルリィを篝ごと周囲を囲んで喰らおうとした。


「『終穹・絶影』!」


しかし、それよりも早く、エルリィが篝を抱えて、その危険地帯(キルゾーン)から逃れてしまう。

「っ!」

それに目を血走らせたラムが追撃に血の刃と不可視の刃を放つ。

「くっ!」

それに対して、エルリィはその勢いのまま逃げ回る。

朝焼け色の軌跡を追いかけるように、血と風の刃が、篝を抱えたエルリィに襲い掛かる。

しかし、エルリィはその全てを躱し続ける。

四方八方からの攻撃も、先回りされていようとも、エルリィはその攻撃の全てを躱し、迎撃して見せる。

「おいおい・・・」

(反応速度がいいとか、あの剣の能力とかじゃ説明出来ねえぞ・・・)

エルリィの回避の仕方は異常だった。

正面から迫ってくる攻撃を躱したり、迎撃するのは良い。

問題なのは死角からの攻撃。

死角から迫ってきた赤い刃や不可視の攻撃を、エルリィは視認せずに躱していた。

まるで、最初から来るのが分かっているかのように。

(視野か?視野が広いから、反応できるのか・・・?)

だが、いくらそんな神懸かりな回避でも限界はあった。

「くっ・・・!」

不可視の斬撃がエルリィの頬を裂く。

それでも見えない攻撃を回避し続けるのは無理があったようだ。

それに対して、次の一手を打ったのは篝だった。


「エンゲージ『ミストアサシン』」


煙霧が二人を隠す。それだけにとどまらず、ラムの周囲にも煙霧が迫り、その視界を潰してしまう。

「このぉ!」

それを受けたラムは、もう滅茶苦茶に攻撃を振りまく。

血の刃も風の刃も、でたらめに振りまいた。

しかし、その攻撃がもうエルリィたちに届く事はなかった。

「精密なコントロールが可能なのは十メートル程度、威力を保ったままでいられるのは五十メートル、だがそれ以上を過ぎると、急激に威力が減衰し、血もこちらを食わなくなる、か」

足を創造し、繋げながら、篝はそう呟く。

ミストアサシンの能力でこちらの姿を隠し、見失った所でエルリィの持つ『終穹』の能力で一気に危険域から逃げ、態勢を立て直す。

その終穹は、なんとか安全地帯に移動すると、いきなり飛び上がって、エルリィの腰にある鞘へと自分から戻っていった。

それらを行い、ようやく一息をついた篝は、不安そうな顔でこちらを見るエルリィを見る。

「あ、篝さん、その、私・・・」

「何故戻ってきた?」

篝は、真っ直ぐエルリィを見つめながら、そう尋ねた。

その言葉に、エルリィはびくりと肩を震わせた。

だが、篝はそれ以上何も言わず、エルリィの言葉をただ待った。

その意図を汲み取り、エルリィは恐る恐る口を開いた。

「せ、責任を、とって、ください・・・」

「・・・責任?」

篝は思わず首を傾げる。


「私に、火をつけた、責任、取ってください・・・!」


震える声で、エルリィは精一杯の気持ちを込めて、篝に言い放った。

その言い分は傍から見ればあまりにも意味不明な言葉に聞こえただろう。

しかし、篝にはその意味が分かった。

「・・・・はぁ~」

「え・・・え!?」

盛大なため息を吐いた篝に、エルリィは思わずたじろぐ。

「・・・【ワルキューレスラング】」

「ひぃ!?」

そして次に篝は悪態をついた。

「そうだよな・・・俺が連れてきたようなもんだよな・・・」

『篝さん、いつも言っていますが一々それを言わないでください』

頭を抱えている篝に、ラーズがそう小言を言う。

「分かっている・・・・ん?」

そこでふと、篝は何故か涙目で尻もちをついているエルリィを見た。

「・・・どうした?」

「ひっ!?いえ、すみません、調子に乗りましたごめんなさいごめんなさい」

「待て、何故いきなりそんな怯えている!?」

『そりゃあ、君、さっきの意味、彼女わかっちゃったんじゃないのかな?』

「さっきのって・・・ああ・・・【ワルキューレスラング】か」

「ひぃ!?」

「・・・・そんなに恐ろしい言葉なのか?」

先ほどまでの威勢がすっかり消えて怯えてしまっているエルリィをしばらく見つめる篝。

その様子をしばらく見ていると、篝は少し噴き出した。

「ぶふっ」

「え?ここで笑うの?」

「ああ、悪い」

足を治し、篝は膝をついてエルリィを真っ直ぐ見る。

「分かっている筈だ。俺についていくという事は、傷つくこともあるし、傷つける事も多い。時には、全てを投げ出したくなるような辛い事だって起こる事もある。耐え切れなくなって、潰れてしまう事もあり得ない話じゃない」

篝はエルリィを睨みつけ、厳しい言葉で、エルリィを試す。

「破滅へ向かうと分かっていても、それでもお前はこの道を選ぶか?」

その問いかけに、エルリィは、自身の腰に新たに加えられたもい一本の赤鞘の剣の柄を握り締める。

「・・・この剣の持ち主は、彼女のような怪物を一人で抑え込んでいました」

それは、エルリィが自身のコードスキルで読み取った剣の『記憶』だった。

「恐ろしい数の怪物を、この剣一つで立ち向かい、そしてあの遺跡から一人も外に出す事は無かった。死ぬと分かっていながら、外にいる仲間たちの為に、その人は最後まで戦い続けた。例え、最後は一人だけで力尽きるのだと分かっていても・・・」

エルリィはそれを見た。その最期を見た。

その剣の持つ、記憶を見て、だから彼女はここに来た。

「大切なのは結果じゃない。そこに至るまでの過程であると、私はそう思うんです」

それが、彼女の答えだった。

その答えを聞いて、篝は少し考える素振りを見せる。

「分かった」

少し待って、篝はエルリィの意思を受け入れた。

「なら使い潰してやる。今更やめようだなんていっても、もう後には引けないぞ」

「っ・・・!はい!」

篝が立ち上がり、それにエルリィが続く。

「奴をこのまま野放しには出来ない。その上、シム・ペルから彼女の解放を望まれた」

「やらなければ、ならないんですね」

「ああ」

篝は右手の手袋を整える。

「終わらせるぞ」

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