推参
―――走る。
息が切れ、疲労で今すぐにでも立ち止まってしまいたくなる。
それでも、エルリィは立ち止まらなかった。
走って、体を動かしていなければ、この想いを振り切れないと思ったからだ。
しかし、どれだけ走っても、胸を締め付ける感覚を振り払う事が出来ず、目の端からあふれ出るものを止められなかった。
その最中で何かに足を取られ、盛大に転ぶ。
「うっ!?」
顔から突っ込んだが、戦姫の体は一切傷がつかない。
しかし、それが慰めになる事はない。
(どうして・・・)
起き上がったエルリィが地面についた手に、涙が零れ落ちる。
(どうして、私は何も出来ないんだ・・・)
戦姫として欠陥品のレッテルを張られ、そのレッテルに相応しいまでの無能さを持ち、自分を救ってくれた恩人に何の恩返しも出来ないどころか、大きな重傷を負わせてばかり。
これでは、何のために彼について行ったのか分からなくなる。
(役に、立ちたかっただけなのに・・・!)
涙が止まらない。拭っても、溢れるのを止められない。
もう、苦しいとは思わなくなった筈なのに、どうしてこんなにも苦しいのか、エルリィには分からなかった。
しかし、そんな彼女の事など知らないとでもいうように、遺跡が揺れる。
それに顔を上げ、しばらく呆然とした後、再び顔を俯けた。
「・・・行かないと」
篝に言われた通り、ここを真っ直ぐに進む。
そうすれば、ここから脱出できる。それで、全部終わり。
(ここで、お別れ・・・)
ふと、エルリィは振り向いた。
最後に、自分が何に足を取られたのか見たかったからだ。
そこにあったのは、もう何十年と放置されていただろう、白骨化死体があるだけだった。
「ひっ!?」
その光景に、エルリィは小さく悲鳴を上げた。
肉は全て消え、服も朽ち果て、もはや元は誰だったのか分からないぐらいに骨しか残っていないそれは、まさに無惨という他無かった。
「ど、どうして、こんな所に・・・」
何故ここにこんな白骨死体があるのか。
それと同時に、エルリィは、その死体が抱えている一本の剣に目がついた。
「これは・・・?」
その時、エルリィの瞳が淡く光る。
それが、彼女のコードスキルであることを、彼女が自覚するのはまだ少し先の事。
赤い刃と不可視の刃が襲い掛かる。
「エンゲージ―――『ジャッジアクティブ』」
姿が変わり、ジャッジアクティブへと変身した篝は、その能力によって攻撃を見切り、全て躱して見せる。
「アハ」
ラムが狂気的な笑みを浮かべ、篝を追い詰めるべく、攻撃の密度を上げる。
しかし、そこへ飛んでくる弾丸。
ダガガガガッ!!
しかし、放たれた複数の弾丸は不可視の刃によって出来た壁によって防がれる。
「んもう、いいところなのに」
そこへ、篝がラムに向かって一気に接近する。
その距離は既に、篝の射程圏内。しかし、ラムの対応も早い。
すかさず、赤い刃を背から放とうとして―――
「え?」
篝の左足がラムの左足の膝裏に当たり、かくん、と折れ曲がった。
それによってバランスを崩したラムの赤い刃の起動がずれ、篝は横に飛び転がる事で、いとも容易く、ラムの殺戮圏内を逃れる。
『篝、まだ時間がいる?』
「ああ」
ラムの視線が、篝へ向く。
「下ァ!」
そこへ響くシモンの怒号。その声に、篝は応じ、ステップを踏む。
戦乙女流決闘術―――『妖精舞踏』
まるで風に流されるような動きで、地面から飛び出してきた赤い刃の攻撃を軽く躱して見せる。
「えっ!?」
「見えねえ攻撃も交じってんのに躱すとか相変わらずだな」
地面には、赤い刃のものではない不自然な穴もある。それは不可視の刃による攻撃であり、篝はそれすら見切って避けていた。
「これ以上は限界だ」
『OK、サラに代わるね』
「いや、ジャックだ」
篝の姿が変わる。
「エンゲージ―――『ミストアサシン』」
すぐさまケープ姿へと変わり、その身から莫大な煙霧を放つ。
それによって、篝の姿が煙霧の中に消える。
「そんな事したって・・・」
その時、ラムの首筋にぞわりとした悪寒が走る。
振り返れば、そこには刃を振りかぶった剣太郎の姿があった。
「げっ」
ラムはすぐさま剣太郎に向かって赤い刃を放つ。
それを剣太郎は、足に火刀を作り出してそれを足場にして後ろに飛び、そのまま凄まじい身のこなしで赤い刃を躱す。
「うぅうう・・・!なんで当たんないの!?」
全く攻撃が当たらない事に地団太を踏むラム。
しかし、気付けばラムの周囲は煙霧に包まれ、その姿を隠していた。
「なにこれ・・・」
そこへ首筋に当てられる冷たい感触。それが自分の首を切り裂く前に、その傷口から赤い刃を放ち、その冷たい何かを食う。
そして振り返ってみても、そこには誰もいなかった。
「どこ!?」
その瞬間、背中に何かが当たった。
「え・・・」
ほぼ一瞬の事で、理解するのに時間がかかるが、ラムは瞬間的に理解する。
刺された。
背中から、心臓を一突きされているのだ。ナイフによる一突きだった。
「う・・・ぐ・・・」
その事実に、ラムの体がぐらつく。
しかし、ラムは倒れる事は無く、背中から流れ出た血で自身の身を守るように、血の繭を作り出す。
「いったぁ・・・」
ラムは顔を痛みに歪めていた。
しかし、背中の傷は徐々に塞がっていっていた。
それは、普通の人間ではありえない光景である事は言うまでもないだろう。
「あいつぅ・・・」
ラムの眼差しは、もう何かを楽しむものではない。
気に入らないものを必ず壊すという、決意を込めた眼差しであった。
「絶対―――」
だが、その決意の眼前に、一本の槍の穂先が迫っていた。
瞬間、空気が炸裂する。
「うお!?」
離れた位置でアサルトライフルを構えていたセドリックは思わず驚く。
同時に、割と近くにいたシモン、剣太郎、ルクスの三人は、飛んできた不可視の刃を、煙霧の動きで察知して何とか防ぐも、その勢いに吹き飛ばされる。
「ぐぅっ!?篝さん!」
ルクスが叫ぶ。
その直後に、篝が煙霧の中から飛び出す。
その姿は、既に鈍色の騎士へと変化していた。
篝が着地すると、その篝に向かって赤い刃が飛来する。
「くっ」
篝は、すぐさま飛んできた攻撃を槍で迎撃するが、最後の一撃が槍の柄頭を掠めてしまう。
『ぐあぁあ!?』
その槍から、悲鳴が上がる。
「サラ、大丈夫か!?」
『なんとか・・・だが、喰いつかれた・・・!』
篝の視線が槍の柄頭に向けられる。
そこには、赤い粘液のようなものが僅かに引っ付いていた。
「・・・エンゲージ『アイトクロイツ』」
篝が姿を切り替える。次は巨大な十字架を携えた修道女の姿だ。
直後、再び赤い刃が飛んでくる。
「守れ、十字架!」
十字架を突き出し、その赤い刃を防ぐ。
『うぐぅう!?』
「っ・・・」
しかし、十字架には切れ込みが入り、その傷口に赤い血が引っ付いていた。
『いだ、いだだだだ!!!取って取って取って!!』
『切り替えれば取れる!』
「騒ぐな!エンゲージ『ラーズグリーズ』!」
すかさず、篝は再び姿を切り替え、青と黒のドレス姿へと戻る。
『大分情報が集まってきたね』
ジャッジアクティブがそう呟く。
『あの赤い刃は、攻撃時は凄まじい暴食性で当たった対象を問答無用で食ってしまうけど、対象が肉だった場合は掠ったり残ったりすると、その表面に引っ付いて継続的なダメージを与えてくる。ボクたちの場合は切り替えてもらえれば、喰う対象を見失ってそのまま落ちる・・・まるで血に擬態した小さな虫の集団だねぇ、グンタイアリみたい』
『いたたぁ・・・しばらく出たくない・・・』
ジャッジアクティブの解説に続いて、アイトクロイツがそうボヤく。
『私はまだ出られるぞ』
『サラ無理しないでぇ、柄食べられちゃってるんだよぉ』
無理を言っているのはウルフランス、泣き言を言っているのはミストアサシンである。
『篝さん』
そして最後に、ラーズが篝に話しかける。
『有効打が見つかりません。相殺も考えましたが、血も人体の一部、エーテルの消費が激し過ぎます』
『おまけに、向こうはエーテルが無尽蔵みたいだね。しかも心臓を刺したのにもう治ってる』
煙霧の中から、ラムが現れる。
「赤い血は槍で迎撃可能、だが、当たればなんでも喰い始める赤い血に蝕まれる・・・」
その時、剣太郎が叫ぶ。
「篝!」
瞬間、篝が右拳の甲を振り上げた。すると顔の横で風の刃が弾け飛ぶ。
「その上、この不可視の刃か」
『あのねぇ、音から分かったけど、これ、横から弾こうとしても削られる攻撃だよ?本当ならこれも生身で触れちゃダメなんだからね?』
「だが、俺たちの前じゃただの見えない攻撃だ」
しかし、と篝は内心、否定した。
(防御不可能の赤い血と、見えない風の刃・・・全く関連性のない二つのコードスキルを有している・・・)
もし、赤い血で防御を固め、風の刃で無差別に攻撃すれば、それだけで一帯を更地に出来る事だろう。
(どう攻略する・・・?)
「もういい」
その時、ラムがそう呟いた。
その顔に笑みはなく、ただただ虚ろな眼差しがそこにあるだけだった。
しかし、その眼差しに、篝は猛烈な悪寒を感じ取っていた。
「総員、警戒!」
篝がそう叫ぶ。
「もう、お前―――」
ラムが、指をさす。
「―――死んじゃえ」
「「篝後ろだァ!!!」」
剣太郎とシモンが、全力で叫ぶ。
篝は、その声に従い、全力で右に飛んだ。
同時に、左足に凄まじい激痛が迸った。
見れば、そこに篝の左足は無かった。
「クソがっ」
通り過ぎたのは、赤い血。それが球体に集まった何かだった。
『遠隔操作!?』
「無射程攻撃だ!避けろ!」
篝が叫ぶ。
同時に、何体もの血の塊が、灰鉄小隊に襲い掛かる。
「嘘だろ!?」
「射程距離無視すんなゴラァ!?」
「騒いでないで避けろ死ぬぞ!」
「くっ、篝さん!」
ルクスが篝の方を見る。
(不味い・・・)
喰われた左足の傷口を斬り飛ばし、篝は自身の左足を作ろうとしていた。
だが、それが終わる前に、赤い血が篝に襲い掛かるだろう。
(せめて腕なら動けたんだが)
血の塊が襲い掛かってくる。
しかもそれだけでなく、赤い刃や不可視の刃も迫ってくる。
それに対して、篝が作ったのはワイヤー付きフックを打ち出す装置。
腕に取り付けたそれを撃ち、瓦礫に撃ち当て、ワイヤーを巻き上げて、自身の体を一気に動かし、一度は難を逃れる。
だが、二度目はどう回避するか。
それに対して篝は地面に手をついた。
その次の瞬間には、下からバリケードが飛び出し、それが篝の体を上に弾いた。だが、ラムは尚も篝を執拗に追撃する。
空中に飛び上がった篝に向かって、尚も血の塊やらが迫ってくる。
しかし、今度は突如として現れたゴライアスの剛腕が篝を殴り飛ばした。しかし、その直後にゴライアスが血の刃や風の刃に切り刻まれた。
「ゴライアスっ・・・!」
しかし、そこまでだった。
地面に落ち、篝はその場で四つん這いになるように起き上がる。
「くっ・・・!」
そして、既にその周囲には、既に攻撃準備を完了したラムの血の刃が展開されていた。
その合間には、不可視の刃も存在している事だろう。
「篝っ!」
「篝さん!」
灰鉄小隊の全員が篝の名を呼ぶ。
篝は上体を起こし、首を振って全方位に存在する血の刃を視認する。
(これなら生き残れるかっ・・・!?)
「その目、気に入らない」
ラムが掌を向ける。
「死んじゃえ」
篝はその場に手をついて身構える。
迎撃する気なのか、それとも避けるつもりだったのか。
それはもう、誰にも分からない。
ただ分かる事は、篝は諦めていなかった事だけで、どうするつもりだったのかは、篝にしか分からない。
しかし、そうなる前に、全ての赤い刃と不可視の刃が、ラムの血以上の輝きを持った『赤い斬光』が、全て斬り裂いた。
「・・・え?」
ラムが間抜けな声を漏らす。
しかし、突然の事に止まってしまったのは誰もが同じだった。
篝ですらも。
篝の前に立つのは、見覚えのある、藍色の髪を持つ少女だった。
「エルリィ・・・」
その左手には、朝焼けのように輝く刃を持つ剣が握られていた。




