『エキドナ』
―――一言で言ってその怪物は規格外の能力を持っていた。
「うおぁぁああああ!!?」
シモンの絶叫が響き渡る。
「クソがァ!?なんだこの攻撃はァ!?」
「騒ぐな!死にたくなかったら避けるのに集中しろ!」
放たれる赤い刃。それが、遺跡の壁という壁を切り裂き、崩壊させていく。
否、正確には、斬撃が通った部分が削り取られていた。
「クソったれ、この血の斬撃、防御しようが迎撃しようが、喰われて消されちまう!」
セドリックが放った弾丸は、その血の刃に飲み込まれて消える。
「それに―――なっ!?」
その血の刃による攻撃の嵐の最中、シモンがセドリックの背中を踏み台にするように蹴っ飛ばす。
それと同時に、セドリックたちのいた場所の瓦礫が、いきなり切り裂かれる。
「ぐっ!助かった・・・!」
「チッ、その上、この見えない攻撃も厄介だなァオイ!」
シモンの視線が、その攻撃の主へと向けられる。
そこには、赤い刃を操る少女と、そんな少女を火の刀で迎撃する剣太郎の姿があった。
「剣太郎の奴が最初に気付かなければ終わってた!」
あの少女が現れた瞬間、即座に対応したのは剣太郎だった。
神懸かった神速の対応によって投げ飛ばされた火の刀が空中で炸裂。
その後に襲い掛かってきた血の刃を、全員で回避する事が出来た。
そのお陰で、初見殺しを回避する事に成功した彼らだが、剣太郎の方はほぼ防戦一方であった。
「ぐっ」
襲い掛かってくる赤い刃。それらは手のように剣太郎に襲い掛かり、剣太郎はそれらを紙一重で躱し続ける。
(この赤い刃は防御不可能。下手に受けようものなら、血に刀が喰われる。視認出来る分、回避は容易・・・)
躱しながら、剣太郎は火の刀を胴の横に掲げる。
次の瞬間、その刀に思い手応えが走る。
(次に問題なのはこいつ、風のような見えない刃。こいつは防ぐのは出来るが、見えない分、あいつらがきついだろうな)
火の刀を再び足から引き抜き、今度はそれを赤い刃の隙間を縫って投擲。その瞬間、刀が空中で炸裂。
その直後、少女―――ラム・ペルの背後から、一際大きな赤い刃が飛び出す。
剣太郎は、それを後ろに飛んで躱す。
そこで、一旦攻撃が止まる。
「・・・あは」
その時、少女の顔が笑みに歪む。
「貴方、すごい。すごい。すごいよね」
(喋れるのか?)
「どうして避けれるの?どうしてわかるの?どうして、すごい。わたしつよいのに、どうして私についてこれるの?」
そんな風に、無邪気な子供のように捲し立ててくるラムは、唐突に自分の目を指差した。
「おめめが良いのかな」
「下だァ!!」
その時、シモンの声が響く。
「っ!?」
その声を聞いた剣太郎の行動は早かった。
ほぼ反射的に上に飛んだ剣太郎の足元から、八方を囲むように、赤い刃が花弁のように飛び出してくる。
その勢いは凄まじく、瞬く間に空中に飛び上がった剣太郎との距離を詰めてくる。
「チィッ!」
それに対して剣太郎はすぐさま火刀を作り出し、それを足裏で踏んだかと思えば、それを炸裂させて迫ってきていた血の刃を躱して見せる。
「あれ?」
瞬間、回避に専念していたルクスとシモンが、ラムの両側から攻撃を仕掛ける。
ルクスはその剣の黄昏色の炎を放ち、シモンはハウルから砲撃を飛ばす。
それらが炸裂し、粉塵が巻き起こる。
「うふふ」
しかし、ラムは無傷。傷一つついていない。
全ての攻撃が赤い血に阻まれ喰われたのだ。
「防がれた・・・!?」
「どんだけ喰えんだあの血はっ」
その光景に、彼らは戦慄を隠せない。
「なにこれ?」
すかさず、火刀がラムに向かって飛び、赤い血の隙間を縫うが、即座に弾かれてしまう。
しかし、弾かれた瞬間に爆発し、粉塵が舞う。
(お前なら見えるだろ、セドリック!)
舞い上がった粉塵。その最中にて、見えない刃がその姿を現す。
「そこだ・・・っ!」
赤い血と見えない刃。その両方の隙間を狙って、セドリックのM29からマグナム弾が放たれる。
凄まじい速度で飛翔する弾丸は、そのまま真っ直ぐにラムの頭部へと迫る。
しかし、ラムはそれを躱し、あまつさえその避けた弾丸を掴みとって見せた。
「「「っ!!?」」」
その光景に、灰鉄小隊の全員が戦慄する。
(最低限にまで威力を弱めたとはいえ、最大弾速だぞ・・・!?)
セドリックは冷や汗を垂らし、悪寒を感じる体を必死に奮い立たせる。
「なにこれ?おもしろぉい」
弾丸が弄ばれている。そしてすぐに飽きたのか上に弾き、血潮でそれを喰らう。
「でも美味しくなぁい」
ラムは尚も笑みを浮かべた。
(隙がない・・・)
ルクスは、剣を構えつつそう思った。
防御不可能の攻撃と不可視の攻撃。それを広範囲にして高密度で行使してくる。
先ほどまでは、剣太郎が正面切って牽制していたために、その余波で済んでいたが、その余波ですら、遺跡のフロアの一つが既にボロボロになってしまっている。
このままでは、崩れてしまう。
(せめて篝さんが来るまでは持ちこたえないと・・・)
その時だった。
「ラム・・・」
一人、少女に近寄る女がいた。
「シム・ペル!?」
シムが、よろよろとラムへと近付く。
「遅くなってごめんなさい・・・あなたを助ける為に、十年も時間がかかってしまいました・・・」
その言葉は、無機質なものとはかけ離れた、優しい声音であった。
「結局、あの『エキドナ』の中から助け出すことは出来ず、勝手に開くまで待つ事になってしまいましたが、それでも、貴方を忘れた事なんて一度もない・・・」
最愛の妹に、シムはその手を伸ばす。
「一緒に、暮らしましょう。時間は経ってしまいましたが、また、もう一度、二人で・・・」
「お姉ちゃん」
ラムが口を開いた。
そして、シムの左腕が、赤い血に喰われた。
「・・・・え」
突然の事に、シムの思考は停止する。
そして、間髪入れずに、その赤い血が、シムの腹に深く突き刺さった。
「お腹が空いたの、食べて良い?」
そしてラムは、満面の笑顔で、姉に尋ねた。
「シム・ペル!」
「やべぇ!?」
ルクスが駆け出す、セドリックが銃を構える、シモンがハウルを向け、剣太郎が火刀を抜く。
既に、血はシムの内臓に届いてしまっている。
それでも、彼女らは反射的に動いていた。
そして、彼女もまた、既に動いていた。
投げられたのは鈍色の槍。
それが、シムの腹を貫く血の槍に突き刺さる。
「え?」
その槍から狼のようなオーラが漏れ出し、血の槍を食い破る。
「っ!?」
その光景に、ラムの表情が強張る。そして、その隙を狙うように、女騎士が飛び掛かる。
戦乙女流決闘術―――
「っ!!」
しかし、それに気付いたラムが不可視の刃を、飛び掛かってきた女騎士―――篝に向かって放つ。
それに対して、篝は見えない筈の攻撃を、蹴りで対応する。
―――『隕哭・彗星』『隕哭・流星』
左足による回し蹴りと、右足の後ろ回し蹴りの二連撃を以て、一撃目を打ち破り、続く二撃目を迎撃するが、横に向かって弾かれてしまう。
しかし、それを狙っていたのか、篝は槍を回収すると同時にシムを抱える。
「このっ!」
その篝の背に向かって、血の斬撃を放つも、篝はそれを後ろを見ずに躱す。
続けて、血の刃を追撃に放つも、それを槍で迎撃してみせる。
「なんで!?」
その光景に、ラムは目を見開く。
そして、その顔を怒りに歪ませた。
「全員、上に向かって飛べ!」
シムを抱えながら、壁に槍を突き刺して留まりながら、篝はそう叫んだ。
それに、灰鉄小隊の全員が応じ、上に向かって飛ぶ。
「邪魔しないでよぉぉぉおおおお!!!」
直後、初めて叫んだラムが、めちゃくちゃに暴れ始めた。
赤い斬撃と見えない斬撃が、瞬く間にその空間を暴れまわり、一気に崩していく。
それによって天井が崩れ、大量の瓦礫が落ちてくる。
「ルクス、撃てるか!?」
「無理です!」
「分かった!ラーズ!」
篝の姿が変わると同時に、篝の背後に機甲の怪物『ゴライアス』が現れる。
『武装展開 管制制御完了』
「斉射!」
無数に展開されるは天井を砕くために用意された『ハウル』だった。
それらが空中で照準を定め、その砲身から砲撃が放たれる。
それによって、崩れた瓦礫を粉砕し、更に細かくしていく。
その直後に、下から再び赤い刃と不可視の刃の攻撃が襲い掛かってくるが、それらは彼らに当たる事無く、そのまま砲撃によって撃ち抜かれた天井へ、砕けた瓦礫を足場に上っていった。
そして崩れた瓦礫は、そのままラムの上へと落ちていった。
「滅茶苦茶やりやがって!」
星々の輝く夜空の元、篝たちは岩陰に隠れ、シムを寝かせていた。
「全く、戦姫ってのは本当に面倒だよな。あの瓦礫じゃ絶対に死なないんだからよ」
セドリックが銃の調子を確かめながらそう呟く。
「ラーズ、今から言う銃、用意できるか?」
「任せてください」
実体化したラーズが、セドリックの言葉に応じる。
その一方で、篝はシムを作ったシートの上に寝かせる。
「何か言い残す事はあるか?」
両腕を失い、その上内臓に深刻なダメージを負ったシムは、もう長くない。
だからこそ、篝はそう告げた。
「っ・・・ぁ・・・」
シムの唇が僅かに動く。
「ど・・・か・・・あの・・・こを・・・かいほ・・・して・・・」
「・・・分かった」
篝が、シムの言葉にそう答えると、シムの瞳から、光が消えた。
その表情は、どこか悲しそうで、しかし安心しているように見えた。
そのシムの瞼を、下ろしてやる篝。
「・・・・エルリィさんは?」
ほんの少しの黙祷の後に、ルクスは篝にそう尋ねた。
「逃がした」
「・・・そうですか」
篝はそれだけを告げ、ルクスはそれ以上、何も言わなかった。
「・・・来るぜ」
そこでそれまで黙っていたシモンがそう呟いた。
その言葉に、全員が臨戦態勢に入り、その直後に、瓦礫で埋まっていた穴が下から吹き飛んだ。
「どうする篝?ウルフランスで迎撃は出来るんだろうけど、野郎を直接叩くならラーズの方がいいぞ」
「セドリックは牽制、シモンは地面からの攻撃を警戒、ルクスと剣太郎は攻撃を躱しながら隙を伺え」
篝は立ち上がって、そう全員に指示を出す。
「正面には俺が立つ」
舞い上がる土煙の中、ラムはつまらなそうな表情で周囲を見回していた。
その最中、視界に映った人影に、その口端に笑みを浮かべる。
「何故殺した?」
しかし、突然その人影がそう声をかけてくる。
「殺した?」
「お前の姉だったんだろう」
土煙が晴れ、そこにいるのは仏頂面の女が一人。
その視線は、真っ直ぐにラムを見ていた。
ラムは、その視線を不快に感じながらも、人差し指を唇の下に当てて少し考えて答える。
「殺してないよ。お腹が空いたから、お姉ちゃんにおやつをねだっただけだよ」
そう、無邪気そうに答えた。
「・・・そうか」
「ねえ、私、お腹ペコペコなの。食べて良い?」
「ダメだ」
篝は拳を握り、構える。
「お前が食べられるものは、もうどこにもない」
「じゃあ、貴方、嫌い」
血の刃と不可視の刃が篝に迫る。
「行くぞお前ら」
それらに対して、篝は自身の内にいる『仲間』たちに、そう言い、駆け出した。




