信念
「・・・・」
目の前で、人が殺される。
それは、もう何度も見ている筈なのに、その光景だけは何度見ても慣れなかった。
ただ、酷く、虚しくて、悲しい。
「エルリィ」
「・・・!」
篝が、死んだダリアを見つめていたエルリィに声をかける。
顔を上げたエルリィに、篝は一本の剣を差し出す。
「回収しておいた。お前のリンカーだ」
それは、何の変哲のない剣の形をした、エルリィの剣だった。
「・・・ありがとう、ございます」
「起動しておけ。何があってもおかしくない」
「・・・はい」
「・・・それと、さっきの話だが」
その時だった。
遺跡が、震えた。
「「っ!?」」
それはまるで何かの拍動のようで、規則的な震えるような音が、通路の奥から響く。
「・・・どうやら後になりそうだな」
篝は警戒を強めていた。
「か、篝さん」
「俺はこのまま先に進む。お前はここにいろ」
篝はそう言って、さっさと走り去ってしまう。
「篝さん!」
エルリィは思わず引き留めるが、篝は構わず走り去っていく。
その後ろ姿をエルリィは見送ってしまう。
(どうしよう・・・)
どうすればいいのか分からなかった。しかし、エルリィはしばらく考えると、リンカーを起動して篝の後を追いかけた。
通路を進んでいくと、徐々に拍動が強くなっていくのを感じた。
それは目的地が近いという事を優に指し示しており、その先に何が待ち受けているのかを、篝は想像を固めていた。
そうして、その長い通路を抜けた先で篝が見たのは、それは広い空間であり、円柱状の空間、その床の中央に、それはあった。
「あれが、この遺跡の古代兵器・・・」
そこにあるのは、球体だった。
人ひとり入りそうな球体と、光沢のある表面。左右対称の継ぎ目。その中央よりやや上の部分には時計のような円と時計の針を思わせる長針があった。
そして、その球体の継ぎ目から、赤黒い光が、拍動音と一緒に明滅していた。
「この構造・・・」
「篝さん!」
「っ!?来たのか」
後ろの通路から、エルリィが走ってくる。
その身は既にリンカーを起動しており、しかし少し急いだのか軽く息を上げていた。
「あの、私、やっぱり、篝さんに・・・」
そんなエルリィが、ふと篝の後ろにある球体型の古代兵器を見つける。
「あれは・・・」
それを見たエルリィは、その瞬間、何かに取り憑かれたかのようにその古代兵器をじっと見つめていた。
そして、しばらくそれを見つめていた時、いきなり、エルリィの目を中心に光のラインが迸った。
「っ!?コードスキル!?」
『どうして突然!?』
突然の事に、篝は驚いた。
今まで不明であったエルリィのコードスキルが、ここにきて発動した事に、篝は警戒せざるを得なかった。
(目に関わるコードスキル?だが、あのエーテルラインの光り方は・・・)
しかし、コードスキルを発動している筈のエルリィは、ただ古代兵器を見るだけで何もしない。
だが、しばらくしていると、徐々にその顔が強張り始め、突然、篝に向かって駆け出した。
その行動に、篝は思わず身構えるも、エルリィは篝の腕を掴んで引っ張り出す。
「ここから逃げましょう!」
「何!?」
「早く!あれは、あれの中にあるのは―――」
ぶしゅぅぅぅうう!!!
突然、何か、空気が抜けるような音が響いた。
それは篝の後ろから。正確には、後ろの古代兵器から聞こえてきたものだった。
その隙間から、蒸気のようなものが噴き出しており、継ぎ目が徐々に開いていく。
「・・・なるほど」
篝は、エルリィを抱き寄せた。
「え!?」
「これは―――」
その継ぎ目の隙間から、目のようなものが見えた。
「―――拙いッ!!」
次の瞬間、その空間が崩壊した。
ぐらり、と遺跡が大きく揺れた。
「きゃあ!?」
「うおっ、こりゃ一段と激しいな」
揺れる中で、シムを抱えてその場に座り込むルクスと余裕そうにバランスを保っている剣太郎は天井を見上げた。
「もう、目覚めたのですか・・・」
そんな中で、シムが小さく呟いた。
「目覚めた・・・?一体、何が?」
「オイ!」
そこで、シモンと遅れてセドリックがやってくる。
「今すぐここから逃げるぞ!」
「逃げる?何を聞いたんだよ?」
「なんか、ヤバイのが一気にこっちに近付いてきていやがる!間違いねえ、古代兵器関連の何かだ!」
「増援は抑えてたけど、流石にこっちがやばいと思ってきたんだけど、なんかもっとやばい感じかな」
ルクスは少し考える。
振動は明らかに篝の方から聞こえてきた。だが彼の事ならなんとか生き延びている可能性がある。
しかも、状況を確認しないまま、撤退するのも決定打に欠ける。
「剣太郎さん、篝さんの元へ―――」
ルクスがそう言いかけた時、部屋の一部が吹き飛ぶ。
「「「っ!?」」」
そこかさすぐさま臨戦態勢へと移る灰鉄小隊。
そこから現れたのは、一人の黒髪の少女だった。
伸びた黒髪、シンプルな赤黒いワンピース。そして、その周囲には、流動する赤い液体―――
「総員―――」
ルクスは、その少女の顔を見て、隊員たちに号令を下す。
「―――戦闘準備!」
その少女の顔は、狂気的な笑みに染まっていた。
その最中で、シムは小さく呟いた。
「・・・レム」
放たれた謎の攻撃によって、古代兵器のあった空間は崩れ、床が抜け、底へと落下した。
その落ちた先で、エルリィはなんとか生きていた。
あの攻撃の嵐の中、五体満足でいられたのは奇跡だと彼女は思った。
「篝さん・・・篝さん!」
だが、その攻撃の嵐の中で、エルリィは見た。
「あまり騒ぐな」
篝の左腕が、斬り飛ばされた瞬間を。
突然に、唐突に。赤い刃は躱した筈なのに、何故か篝の左腕が半ばから飛んでいく様を。
「なるほど・・・あれがあの古代兵器の能力って事か・・・」
篝は斬り飛ばされた右腕を抑え込んでいた。
しかし妙な事に、その傷口から血が出てきていなかった。
「クソがっ、人肉を喰らう虫の次は人肉を喰らう血か」
その傷口には、赤い膜のようなものが張り付いており、それがうねうねと妙な動きをしていた。
「ラーズ」
「分かっています」
篝から、ラーズが出てくる。
そして、その手に紐とナイフを作り出すと、それを篝の左腕の上腕にきつく縛り付け、篝の左腕を、その切断された面から上を斬り落とす。
「ぐぅっ!!?」
篝の顔が苦悶に歪む。
その光景を前に、エルリィは何も出来る、言葉を発せなかった。
血が、飛び散り、足元の瓦礫などを赤く染める。
その行為は、確かに驚くべきことだろう。
だが、何より驚いたのは、篝の、否、ラーズが起こした超常だった。
「行きます」
ラーズが、両手を篝の左腕の断面に向ける。そして淡い光を放つと、出血が止まり、そこからさらに淡い光が形を成し、腕の形となれば、そこに、代わりのない篝の腕が作り上げられる。
「これは・・・」
「神経、繋げます」
「ぐっ!?」
篝の顔が苦悶に歪む。
「何度やっても慣れないな・・・」
「初めての時よりはマシです。あの時は細胞を一つ一つ作りながらやっていたので、激痛が絶え間なく続いていたんですから」
「ああ、分かっている」
そう言って、篝は左腕の調子を確かめる。
「問題はなさそうだな」
その時、どこか遠くで、何かが崩れる音が聞こえた。
「あいつらと会敵したか。すぐに戻らないと」
「戦うんですか?」
エルリィが、恐る恐る篝を呼び止めた。
「ああ。あの古代兵器は、おそらく生物・・・いや、人間を一人取り込んで、改造し、自身の私兵にする。そういう能力だろ?」
「え、ええ・・・でも、どうして・・・」
「十年前、ここである事故が起こった。だが、その事故は詳しくは報道されず、被害者はたった一人というだけだったために、人々の記憶からはあっという間に忘れられた。だが、古代兵器のある現場における事故としては、一人という数字はあまりにも不自然だ。だから、一つ仮説を立てた。そのたった一人の被害者が、古代兵器に取り込まれた、という事だ」
篝は右手の手袋を整えながら、話を続ける。
「シム・ペルには妹が一人いた。しかし、資料によれば十年前に行方不明になっているという。だったら想像はしやすい。要塞にてお前を監視し、この遺跡に古代兵器文字を読めるお前を攫ったのなら、おそらくその目的は、妹をあの中から救出する事だった」
「シムさんの、妹が・・・」
「そして、出てきたのが、あのバカげたコードスキルをぶっ放す戦姫と来れば、答えは一つだ」
それはエルリィにも簡単に想像出来た。
「シム・ペルの妹、『ラム・ペル』はあの古代兵器に改造され、そして完成したからあの中から解放された・・・という事なんだろう」
それは、シムにとってはとても喜ばしい事なのだろう。もしくは、あまりにも残酷な事か。
だが、エルリィには、何故か分かっていた。
「・・・今の、ラムさんは、もう、シムさんの知っているラムさんじゃありません・・・」
「それが、お前のコードスキルか」
篝は、エルリィの方を向いた。
「え・・・」
「対象を視認する事で、その対象物の情報を閲覧する事が出来る、か・・・通りで鍵持ちじゃなければ読めない筈の古代兵器文字が読める訳だ」
「あの、それは、どういう・・・」
「しかも本人に自覚は無い、か・・・」
篝は、目を閉じる。
そして、しばらく考えた所で、目を開いて、エルリィに話しかける。
「先ほどの話をしよう」
「え・・・」
「どうして、多くの人を巻き込んでまで戦おうとするか、だったか」
「い、今、するべき話なんですか?こうしている間にも、ルクスさんたちが戦って・・・」
「あの程度の敵にやられるほど、俺の部下はやわじゃない。だから、今、お前に対する疑問を解消するべきだと、俺が判断した」
有無を言わせず、篝は話を続ける。
「確かに、俺は多くの人を、俺が引き起こす戦火に巻き込んでいる。そのせいで、多くの人が家族、友達、恋人を失う事になるだろう。そして、その憎しみが新たな戦火を巻き起こすだろう」
「・・・・なら、どうして、それでも戦うんですか」
「人が理不尽に死ぬ理由の一つを消す為」
篝の答えを、エルリィは理解出来なかった。
「人が、理不尽に死ぬ理由・・・?」
「男だから、女だから・・・そんな理由で殺され、憎んで、争う・・・これほど下らない理由が他に存在するか?少なくとも俺はそう思う」
「でも、貴方がそれをやる必要がない・・・いくら治せるからって、腕を失ってまで、戦うほどの事なんですか?そんな重い事を・・・どうして、貴方が背負わなければならないんですか・・・?」
「そうだな。確かに、俺がやる必要はないだろう。けれど、俺はもう選んだんだ」
篝の言葉に、俯いていたエルリィの顔が上がる。
「ただ一つ、理不尽な理由を消すだけで、これほどまでの事をしなければならない。それほどまでに世界は手遅れで、だからこそ、今やらなければならない。その為なら、あらゆる憎しみも背負って進んでみせる」
拳を握り締め、篝は覚悟の籠った目をもって、エルリィを射抜く。
「この美しい世界を、守るために」
その言葉は、その眼差しは、その表情は、決して殺戮者の目ではない。
ただ、揺るがない信念をもって戦おうとする、戦士がそこにいるだけだった。
その男の持つ眩しさに、エルリィは再び、視線を落とす。
「私は・・・私は、どうすればいいんですか・・・?何もできない、何の役にも立てない私は、どうすれば・・・」
「答えは自分で探すべきだ」
迷うエルリィに、篝は容赦ない言葉をぶつける。
「だが、もし答えを言ってほしいのなら、俺はこう言う。もうこっちには来るな」
その言葉に、エルリィは目を見開いた。
「お前は優しい。それと同時に、いざという時は一歩を踏み出せる危うさがある。先ほど、俺が背負う必要があるのかと聞いたな。それは誰かを思いやれるお前の優しさだ。そして、昼間の『狩り』の時、男の子供たちを守るために、戦姫を一人殺してみせたのは、お前の危うさの一面だ。だからこそ、俺はお前に、これ以上踏み込んでほしくない」
篝の言葉は、とても厳しかった。だからこそ、エルリィはその言葉が良く聞こえた。
「エルリィ」
名前を呼ばれた。エルリィは、応じて顔を上げる。
そこにあったのは、何故か優しく微笑む篝の顔があった。
「お前はここで死ぬべきじゃない。この先も、戦いとは無縁の世界で生きてほしい」
「う・・・あ・・・」
そう言って、篝は振り返る。
「先ほど、ゴライアスのレーダーでこの先に出口があるのを見つけた。そこから遺跡を脱出したら、街に戻り、渡した路銀で、上り方面に三つ先の駅で降りろ。そこから歩いていけば、帝国の国境に辿り着ける。そこで保護してもらえ」
「う・・・あ・・・・」
遺跡が、再び揺れる。
「もうそろそろだな」
「ぅ・・・ぁ・・・わた、し・・・」
「エルリィ」
再び名前を呼ばれて、エルリィは狼狽えるのをやめる。
「生きろ」
たった、一言だけだった。その言葉だけで、エルリィは止めを刺された。
「っ・・・!」
エルリィは、踵を返して走り出す。
その足音を、篝は背に受ける。
「・・・良かったんですか?」
それを見ていたラーズが、篝にそう尋ねる。
「ああ。これでいい。個人的にも、戦術的にも、あいつには離れてもらう方が良い。俺たちの都合で振り回すのはここまでだ」
篝は、走り出す。
「行くぞ」




