灰鉄小隊の実力 その二
襲い掛かるバッタの群体に対して、ルクスが取ったのは、剣を握る手に力を入れた事だった。
握り締めた剣から、黄昏色の光が迸り、それが炎となって、剣から立ち昇る。
そして、その炎を纏いながら、ルクスは剣を力任せに振り下ろした。
―――対天剣術『竜月』
振り下ろされた剣の斬撃の軌跡が、炎の刃となって飛翔する。その炎が、群体に入り、その群れを切り裂く。
炎に巻き込まれた虫は例外なく焼き消えたが、逃れたバッタは切り裂かれたのをいいことに、ルクスの周囲を回り始める。
不快で無数の羽音が鳴り響く中、それでもルクスは炎を纏う剣を構える。
「終わりです」
そのルクスに向かって、シムは無数のバッタをけしかけた。
迫る無数のバッタたち。それを、ルクスは再び剣を振るう事で応じる。
―――対天剣術『縄張』
その炎は、僅かな時間でもその場に残留する。
尚且つ、その剣技は迎撃用の技。
自身の一定範囲の領域を『縄張』とし、侵入した傍から叩き斬る防御斬撃。
素早く剣を振るい、侵入してきた虫たちをルクスは片端から叩き斬っていく。
しかし、剣を振るい、炎の幕を作っても、その合間を縫って虫たちはルクスの体に噛みつく。
「ぐっ―――」
しかしそれでもルクスは剣を振るうのをやめず、虫の大群を焼いていく。
「ぐっ、馬鹿な・・・!?」
その炎の熱から顔をかばいながら、シムは目を見張る。
その勢いは凄まじく、巻き上がる炎が、群体を徐々に飲み込んでいく。
(補充が、間に合わない・・・!?)
シムはバッタが失われるたびに補充を行っていた。
しかし、その補充速度を超える速度で、ルクスは虫を殲滅していった。
このままでは、虫は全滅する事だろう。
だが―――
(数匹入り込んだのであれば十分・・・!)
既に、卵は産みつけられている。
皮膚を食い破り、そこから既に卵はルクスの体内に侵入し、孵っている。
そのまま、神経なりに噛みつけば、凄まじい激痛が彼女を襲う事になるだろう。
そうなれば、後はそのまま、手の止まったルクスに、無数のバッタが襲い掛かり、骨の髄まで食い尽くされるだろう。
シムはすぐさま、虫を操作し、ルクスの神経に幼虫を潜ませ、そしてすぐにその神経を噛ませた。
その手応えを感じた直後―――炎がシムへと迫っていた。
「っ!?」
シムは慌てて横に飛んだ。
(馬鹿な。痛覚を直接刺激されて、まともに動ける訳が―――)
その思考が仇となった。
―――対天剣術『疾風』
風切り音。それを伴い、文字通りの疾風が如き速さで、シムはその脇腹と右腕を切り飛ばされた。
「な・・・に・・・!?」
「痛み如きで、私の心は折れません」
地面にひれ伏すシムに、ルクスはそう告げる。
今もなお、虫が体内で暴れ、激痛に苛まれながらも、ルクスは血のりを払い、剣をシムへと向ける。
「そんなものに気を取られていたら、世界を相手にしようとは思いません」
ここに勝敗は決着する。
「お疲れ」
そこで剣太郎が軽快な足取りでルクスの元へと駆け寄り、
「んじゃま失礼」
その刀でルクスの体を数か所、貫いた。
「いっづ!?」
「なっ!?」
突然の剣太郎の行動に、ルクスは痛みに顔をしかめ、シムは目をむいた。
「い、いきなりやらないでくだざいっ・・・!」
「あのままじゃ体内に入り込んだ虫がお前の体食い尽くすだろ。あとで篝に傷塞いでもらえ」
「馬鹿な・・・」
シムは思わず言葉を漏らした。
今、剣太郎は、その手の刀でルクスの体内で暴れている虫を全て除去したのである。
それも凄まじい神業で。素早く正確、刀という得物であるにも関わらず、剣太郎はルクスの体内の虫を除去した。
それがどれほど難しいことか、シムは理解している。
(ナノサイズの卵すら、除去されている・・・)
「そんなことより」
痛みに悶えているルクスが、視線をある方向へと向けた。
「あれはいいんですか?」
そこには、妙な動きをする黒い影が、不自然にも真っ直ぐ、篝が開けた穴へと逃げ込もうとしていた。
ユシュナである。
(クソっ、クソ!クソがっ!)
ユシュナは不利を悟って戦術的撤退を選んでいた。
(シムはやられるし増援はいつまでたってもこない!このままじゃやられる!あんなクズどもに!だったら逃げて機会を伺ってやる!私のコードスキルは不意打ち向きだ。だから隠れて確実に殺してやる!)
ユシュナは影の中で歯を食いしばっていた。
(だが、奴は・・・奴だけは殺す!この私に、殺した筈なのに女の姿で一発いれた、あのゴミだけは絶対に殺してやる!)
そのまま、影に潜んでさっさとこの場から逃げようとした時―――
「なるほど、影の間を転移できるといっても距離の制限があるのか」
―――何故か影から飛び出ていた。
「・・・は?」
何が起きたのか、理解出来なかった。
影に潜った状態ではあらゆる攻撃を無効に出来る。
だからこそ、彼女は影に潜って逃走する事を選んだ。
それが最善であるが故に、コードスキルを使って逃げようとしていた。
それが何故、解除されている?
「せいぜい三メートルか?その位置まで近付かないと、影ワープは出来ないと言った所か」
「っ!?」
背後から声が聞こえたので、ユシュナはすぐさま振り向いた。
しかし、そこには誰もいなかった。
「ど、どこだ!?」
「その状態でも影に潜る事は可能・・・けど、認識が出来なければワープは出来ない」
「っ!?」
再び背後から声。すぐさま振り返ってみるも、やはりそこには誰もいない。
「だったら視界に映らなければいい。という訳か」
「またっ!?」
再び振り向く。しかし、やはりそこには誰もいない。
「く、クソっ・・・どこだ!どこにいやがる!姿を現せ!卑怯者が!」
「卑怯?当たり前だろ?こちとらそれを生業にしてる人間だぜ?」
「っ!?」
また、背後。振り返っても、やがり姿を認識できない。
それもその筈、剣太郎は、ずっとユシュナの頭の背後に立ち続けているのだから。
「『暗殺において、戦闘を手段にしてはならない』・・・国を守る、敵を迎撃するのが目的であるが故に『戦闘』をしなければならない『兵士』や『戦士』と違って、『人を殺す』この一点のみを目的とする『暗殺者』は、目標と戦ってはならない。一方的な命取りをしなければならない」
ユシュナの体から、血の気が引いていく。
「う、わぁああ!!!」
背後に向かって刃を振るう。しかしやはり誰もいない。
「な、なんで・・・!」
「命を奪うだけなら、戦う必要はないからな。後ろからの不意打ち、急所への一撃、食事に紛れ込ませた毒等々・・・それに、戦えばそれだけ注目を集める。顔を知られればアウトな暗殺者にとっては致命的だ」
ユシュナは、半狂乱になりながら刃を振り回す。
「う、わぁああぁああああ!!」
「だから」
その時、視界が停止した気がした。
(え、なんで、体が・・・)
同時に、体が動かなくなった気がして、そのまま、視界が落下していくのを、ユシュナは見ていた。
まるで、首と胴が離れたかのような―――。
「残念だったな。ここまでだ」
剣太郎の刀が、ユシュナの首を斬り落としていた。
「流石の手際・・・かつて皇国を震撼させた最強の『殺し屋』ですね」
「やめてくれよ。今その話するの」
剣太郎は、刀の形を火を捨て、消滅させて、ルクスの言葉に気恥ずかしそうにする。
「それで、そいつどうするんだよ?」
「篝さんの話では、おそらくこの事件の核心にいるであろう人物だという話です。連れて行って話を聞きましょう」
「・・・・」
剣を突き付けられているシムは、その状態でありながらも、虫を生み出そうとしていた。
そんなシムに、ルクスはこう告げた。
「シム・ペルさん。貴方は『姉』、もしくは『血縁』ですね」
その言葉に、シムが目を見開く。
「・・・なぜ、それを・・・」
「篝さんが最も得意な事です。貴方のデータから、その可能性を推察しました」
「っ・・・・」
その言葉に、シムは顔を背けた。
そして、ダリアと対峙している篝は、槍を構えたまま、静かにダリアを見ていた。
「悪いけど時間は与えないよ!」
しかし、ダリアは時間を与えまいとするように、爪を投げ飛ばした。
「エンゲージ 『ミストアサシン』」
再び、篝の姿が変わる。
その身を、フード付きのケープで隠しながら、複数のナイフで飛ばされた爪を迎撃。
そして、その合間を縫って、その体から大量の煙霧が噴き出す。
それらが通路一帯を埋め尽くし、視界を遮る。
しかし―――
(あたしの爪は『匂い』を覚える・・・!)
その爪は、対象のエーテルを『匂い』として認識し、手元を離れた際、一度だけ覚えた『匂い』の対象に向かって飛ぶ。
それが、一度離れた爪が篝に向かって飛来した理由がそれである。
そして、この通路は狭い。
避けるのは、難しい。
(だから視界を潰しても無駄なんだよ!)
既に、仕込みは済んでいる。複数飛ばし、再び飛ばしたのは七割。残り三割は既に、通路のあらゆる場所に残ったままだ。
そして、煙霧で視界を閉じようとも、匂いは消せない。
「終わりだ!天城篝!」
放たれる無数の爪。
その爪が、全てとある一点に集中し、そして、グサグサグサ、と言う音を立てた。
(手応えあり!)
同時に、煙霧が晴れていく。
音がした方、即ち爪が狙いを定めた場所にあったのは―――
―――人を模した人形だった。
「・・・え?」
その時、ダリアの背後から淡い光が灯った。
(後ろ―――!?)
振り返った瞬間、その腹に強烈な拳が叩きつけられた。
「バレルアーツ『Z1』」
突き刺さる拳。同時に、何かが炸裂し、腹の中に拳がめり込み、壁に叩きつけられる。
「ごばぁ!?」
内臓が潰れ、血が吐き出される。
明らかに、致命傷であった。
「ごほっ・・・『バレルアーツ』・・・瞬間的にエーテルを炸裂させて推力を与え、あらゆる態勢でも威力のある攻撃を放つ事が出来る、オリジナルの『術式』・・・か・・・」
命の危機に瀕していながらも、ダリアは笑みを崩さなかった。
「・・・お前のコードスキルが、なんらかの方法で俺に飛来するようになっていたのは分かっていた。だから、俺自身はエーテルの放出を抑え、ラーズの能力で身代わりを作った」
篝はその手に拳銃を生み出し、それをダリアに向けた。
「あ・・・」
それを見たエルリィは、思わず声を漏らす。
「そして、あとはジャック・・・ミストアサシンで視界を遮り、身代わりを置いて後ろに回った」
「ふ、ふふ・・・分析と予測・・・なんてちゃちなもんじゃない・・・かつて君に関するレポートに、面白いものを見つけたよ・・・君は、人の心が読めるって」
「・・・人の持つ視線の動きや仕草からそいつがどんな思考をしているのか予測するのは出来る。そして、武器は手段を、使い方は手札を、そして傷は経験を物語る」
篝の眼差しは揺れる事は無い。
「お前は科学者でありながら一介の戦士。それに見合った対応をさせてもらった」
「ふ・・・『悪魔』と呼ばれる訳だ・・・その能力で、どんな相手でも手玉にとってきたんだろうね」
それ以上の、言葉は無かった。
篝は銃爪を引いた。




