対峙
篝たちが突入する半刻前―――。
「・・・っ・・・ぁ・・・」
地面にうつ伏せで倒れるエルリィが、僅かに呻いた。
それを、シムは少し訝し気になりながら、エルリィの言葉を待った。
「・・・子供が、いた」
「・・・子供?」
「まだ、幼くて、兄弟と、思う、二人の、男の子供が、いた」
エルリィは、振り絞るように言葉を紡ぐ。
「その二人は、きっと、精一杯生きてるんだと思う。あんな地獄のような所で、明日が来るとも分からない場所で、何時狩られるか分からない日々に怯えながら生きてる・・・」
声が震えていた。痛みへの恐怖が消えない。心が揺れ動く。
けど、それでも、エルリィは自分が知ったことを、精一杯の勇気で振り絞る。
「どうして・・・あの子たちが、怯えなければならない?ただ、生きているだけだ。今日を生きる為に、望みの薄い生にしがみついている・・・けど、あの子たちが、一体何をした?」
その時だった。
「黙れ」
ユシュナが、エルリィの頭を蹴り上げた。
「がっ!?」
蹴り上げられて浮いた頭。その頭を、髪を掴んで持ち上げるユシュナは、汚物を見るかのような眼差しでエルリィを睨みつけた。
「何をしたのか、だと?決まっている。男に生まれた事だ。この世界は決定した。女の優位を。男の不要を。それを疑う事は許されないのだ。このクズがっ!」
ユシュナが、戦姫の腕力でエルリィの頭を石床に叩きつけた。
「ぎあっ」
「ユシュナ、やめなさい!」
「いいや、こいつは殺すべきだ。こんなゴミは生きているだけで周囲に害を及ぼす。我々に必要なのは能力ではない。人柄だ。そして、こいつはその人柄の時点で既に我々の排除対象だ」
「しかし、彼女の能力は・・・」
「そんなものはどうだっていい!」
ユシュナの拳がエルリィの顔面をとらえた。
「ぐぼっ!?」
「ユシュナ!」
「黙れ殺すぞ」
ユシュナが殺気の籠った眼差しがシムを射抜く。
「貴様も貴様だ・・・いくらあの古代兵器が貴様にとって特別な意味を持つとはいえ、こいつにこだわる必要はない。それなのに、何故こいつを生かそうとする?情でも湧いたのか」
「違います。彼女の能力は唯一無二のもの。ここで消してしまっては・・・」
「言った筈だ。我々に必要なのは能力ではなく人柄だ。何度も言わせるな」
ユシュナは聞く耳を持っていなかった。
「こいつはここで殺すべきだ」
その時だった。
エルリィが、ユシュナの手を掴んだ。
「あ?」
「っ・・・か、かがり、さんの事は、こうてい、できない、かもしれない・・・」
視界が霞む、痛みが感じられない、頭が熱い。
そんな事を頭の片隅で考えながら、朦朧とする意識を必死に奮い立たせて、エルリィは、自分の本心を必死になって言う。
「でも、否定も、できない・・・!だって、やっぱり・・・」
エルリィの脳裏に今でも焼き付いている。
今日の地獄を、監獄の非業を、女たちの嘲笑を、男たちの悲鳴を、今でも覚えている。
それを知っている。その事実だけは、揺るがない。
「あれだけは・・・間違ってる。命を、一方的に、笑いながら奪う事だけは、絶対に間違ってる!」
「あっそう、死ね」
その直後、ユシュナの拳がエルリィに叩きつけられた。
そうして、エルリィは力無くその場に倒れ伏している。
その姿を見て、ルクスは嫌な予感を感じていた。
「あの傷・・・まさか・・・」
しかし、剣太郎の視界は捉えた。
かすかにエルリィの唇が動いている事に。
「まだ生きている。っていうか、あれで生きている方が奇跡だな」
剣太郎は、自分の浅はかさを恥じた。
「篝・・・」
剣太郎が篝の名を呼んだ時、篝は既に行動を起こしていた。
「は―――」というユシュナの言葉は、篝の鉄拳によって吹っ飛んだ。
戦乙女流決闘術『蒼火撃』
体重を乗せた拳は、ユシュナの顔面に炸裂し、そのまま壁まで吹っ飛ばした。
「っ!?」
即座に、シムが懐に飛び込んできた篝に向かって、ローキックを放つ。
しかし、篝は既にその場にはいなかった。
「二人とも、しばらく頼む」
そう言って、篝は壁を粉砕してそのまま向こう側へ去っていく。
「任せろ」
剣太郎はそう応じて、刀を構える。
ルクスも頷いて、その長剣を構えた。
「・・・・」
それにシムもまた、剣を構えて二人と対峙しようとする。
しかし、唐突に剣太郎の刀を持っていない手が動いたかと思えば、シムの頭部のすぐ横を、何か熱いものが通り過ぎ、それがシムの背後の壁に突き刺さった。
そこには、不自然に動く黒い影のようなものがあった。
「それが篝に不意打ち出来たカラクリか。案外しょうもないんだな」
「影に潜る、もしくは影に成る・・・どちらにしろ、奇襲以外では役に立ちそうもありませんね」
ルクスは嫌悪の視線を向けて、その影を馬鹿にする。
「そこを動かないでください。今すぐ叩き斬ってあげましょう」
その時、その影からずるり、とユシュナが現れる。
「どいつも、こいつも、私をイラつかせる・・・」
腕に仕込んだ、掌側から飛び出す刃を見せ、ユシュナは血走った目を剣太郎とルクスの二人に向けた。
「心臓を握りつぶしてやるっ・・・!」
「―――リィ・・・ルリィ・・・!」
「・・・・う・・・」
徐々に浮上していく意識の中で、エルリィは聞き覚えのある声に、その瞳を開けた。
そこに映ったのは、こちらを心配そうに覗き込む篝とラーズの顔があった。
「か・・・がり、さん・・・?」
「起きたか・・・」
「バイタル正常・・・損傷していた部分は、問題なく機能しているようですね」
無表情でも分かるほど安堵している様子が分かるラーズが、エルリィの頭に掲げていた手を引いた。
「気分はどうだ?」
「えっと・・・だい、じょうぶです」
「なら良かった」
ほっと息をつく篝に、エルリィは妙な感覚を覚える。
「・・・どうして、私の心配を・・・」
「俺のせいで、危険な目に合わせた。それで死なれたら、寝覚めが悪い」
「本当ですか?」
エルリィは、視線を伏せたまま、篝にそう言った。
「・・・・」
「本当に、そう思っているんですか・・・?」
エルリィは、震える声で、篝に尋ねる。
「戦争が、起きれば、多かれ少なかれ、男も女も関係なく、多くの人が死にます。それ以上に、多くの人が不幸になる・・・男の為に戦争を起こしたとなれば、世界中で男への迫害が強くなる可能性が出てくる。それは、とても、酷いことです・・・」
その言葉に、篝は何も答えず、ラーズは目をそらす。
必死に、言葉を振り絞るように、エルリィは言葉を紡ぐ。
「彼女たちが、女がしてきた事は、絶対に間違っている・・・でも、貴方がやろうとしている事も、絶対に正しいとも言えない・・・!篝さん、貴方は、どうして戦争を起こそうとしているんですか?それで、一体どれだけの人が傷つく事が、貴方は分かっている筈なのに・・・!」
エルリィは、すがるように、篝のドレスの裾を握り締めた。
「教えてください。貴方は、どうして、多くの人を巻き込んでまで戦おうとするんですか!?」
「・・・それは」
それに、篝は少しの間を置いて答えようとした。
しかし、その言葉は紡がれる事は無く、代わりにエルリィを抱く手に力が入った。
それに、エルリィはようやく顔を上げた。
そして気付いた。自分たちがいる通路の奥から、足音が聞こえる事に。
「下がっていろ」
篝は、エルリィを自分の背後に押し込んだ。
そして、通路の奥から現れたのは、一人の女だった。
「おやおや、何やら騒がしいと思えば、どこぞの虫が入り込んだようだねぇ」
それは、どこか不健康そうな様相をした女性であった。
「ここの責任者か」
「ん~?おや、おやおやおやぁ・・・誰かと思えば例の『悪魔』サマじゃあないか」
「俺の顔を知っているという事は、幹部クラスか」
篝は立ち上がって、右手の手袋を整える。
「もちろんだよぉ。我々の妨害を幾度となく振り切り、ついには国を一つひっくり返して見せた君を、組織が注目しないと思うかい?特に、君のようなは『異端分子』我々にとっても良い検体なんだよね」
そう言って、女の指の先から、それは色味の悪いどろどろとしたものが爪のように五本、伸びる。
「君を解剖させてもらうよ。今後、君のような『反則持ち』を即座に排除できるようにね」
(反則持ち?)
女の言葉に、エルリィは疑問に思う。
「・・・アネット」
『OK』
そこで篝が何かをつぶやくと、篝は自身の耳の後ろに手を当てる。
「エンゲージ 『ジャッジアクティブ』」
篝の姿が変化する。
長い黒髪が、編み込みのあるショートカットに変化し、服装も黒と青のドレスから、白のワイシャツとプリーツスカートという、その場に似付かわしくない格好へと瞬く間に変化する。
それと同時に、ラーズの姿も消えてしまう。
「これが噂に聞く『戦姫換装』・・・本来、リコレクトリンカーを持てるのは一人に一つ。二つ以上の所持は不可能とされているけれど、何故か、お前だけはそれを複数所持し、尚且つそれを切り替えて扱う事が出来る・・・」
酷く、面白そうに、その女は言葉を紡ぐ。
「確認出来ているだけでも五個・・・その秘密を解き明かし、丸裸にしてあげつよ」
女―――名をダリアというのだが、その顔を一層悪い笑みに染めながら、篝を見つめる。
それに、篝は静かに構えを取り、つぶやく。
「やるぞ」
一方、その頃、セドリックは、
(・・・弾、足りるか?)
入口からぞろぞろと入り込んでくる敵戦姫の部隊に、セドリックは砕いた瓦礫に隠れながら心の中でそう呟いた。
(思いのほか、敵が来たな・・・まああれだけ派手にやれば当然と言えば当然・・・足止めできっかな)
そう思いながら、外套の下に隠していたバックパックから取り出したパーツで突撃小銃を組み立てる。
「ま、節約重視でやりますか」
そう呟いて、セドリックは飛び出した。
シモンの方では、一人の子供を前に、苦戦を強いられていた。
ガチン!!!
「うおあ!?」
その子供が、大きな口を開けて、シモンに襲い掛かってくる。
正確には、子供のような身なりの女、だが。
「テメッ、腹減ってんのか!?共食いは洒落になんねえぞ!?」
「バウバウバウバウ!!!」
「犬かァ!?」
実際、その女は犬のような身なりをしていた。
「クソがっ、さっき天井崩したのも、天井を食って穴だらけにしてたからだな!?」
再び、顎が飛んでくる。
それを、間一髪、手を引っ込める事で躱す。
「どこでもいいから喰うってか!?ふざけやがって」
「ばう・・・・」
四つん這いでシモンを獲物と見定めるその戦姫。その首にある首輪には『ペディ』と書かれていた。
「丁寧に首輪までつけやがって・・・女であってもペットはペットか」
シモンの言葉に憐れみはなく、ただひたすらに苛立ちを隠そうともしない声音で、輝くような朝日色のエーテルを震わせる。
「灰にしてやるよ、犬畜生が」




