突入
トリグラフ北東の遺跡にて―――
日も沈み、夜の帳が下りて、月明かりが枯れ果てた荒野を照らしている最中、迷彩布を被って双眼鏡を覗き込みレーションを齧るセドリックと、その迷彩柄の布を毛布にして寝ているシモンがいた。
「はむ・・・」
「・・・・毎度毎度思うが、良く何時間も見続けられるよなテメェ」
「一応、狩人の子なもんで。獲物が罠にかかるまで待つのは得意なんだよ」
「けっ、嫌な職業だな」
「まあ動物大好きなお前には嫌われやすいけどな」
「ったく・・・あと、そろそろあいつら来るぞ」
「お、マジか」
シモンの言葉を聞いて、セドリックは後ろを見る。
何もない荒野の中、月明かりしかない視界不良の中、セドリックの視界に、一つの点のようなものが見えた。
それが、時間が立つ度に徐々に大きくなっていくのを見て、セドリックは双眼鏡を仕舞い、腰のホルスターにある武器―――拳銃・マグナム『S&W M29』を抜き、その調子を確かめる。
同時に、シモンも起き出し、傍らに置いていた鉄の塊のようなもの―――キャノン砲『ハウル』をもって立ち上がる。
やがて、二人の目の前に、バイクに跨った篝、その後ろに乗るルクス。そしてサイドカーに乗る剣太郎が到着する。
「様子は?」
「未だ動き無し」
「すぐに仕掛ける」
篝が懐から、一本の鋭利なナイフを取り出す。
「全員、リンカーを起動し、俺についてこい」
トリグラフの遺跡、入口にて。
「ふぁあ・・・」
見張りの女が、そうあくびをする。
「何あくびしてんのよ。まだ夜は長いのよ」
それを隣にいる相方が咎める。
「だって夜だよ。人類は寝るべき時間なんだよ。それで起きている方がおかしいよ」
「昼間にきっちり寝ないからでしょう。賭場に夢中になって」
「楽しいんだから仕方ないよ」
ここには、見張りや警備を担当している彼女たちだけでなく、研究員などの人々も駐在しており、多くの女たちがここに集っており、そんな彼女たちが寝泊まりする為の天幕や設備が多く建てられていた。
それも一重に、例の『古代兵器』による所が大きい。
「それにしても、なんで鍵のいない古代兵器なんかにこんなに戦闘要員を用意しておく必要があるんだよ?」
その指摘通り、かなりの数の戦闘型の戦姫が多く配備されている。
その理由を彼女たちは知らない。
「さあ・・・でも、十年前の事件のせいで、かなり警戒しているそうよ」
「十年前って、何が起きたんだよ・・・」
「私も知らないわ」
そんな会話をしている二人の女たち。その視線は、遺跡の入口へと向けられる。
「あんな頑丈な扉も作らなくてもさぁ」
そこにあるのは、見るからに頑丈そうな鋼鉄の壁だった。
一応、上下に開閉するようになっているらしく、壁が上に向かって上っているようになっているようだ。
何故、それほど頑丈な扉が必要なのだろうか。
「本当にそうよね」
残念ながら、その理由を二人は知らなかった。
そんな二人の横を、一人の女が通り過ぎる。
真っ黒なケープについたフードを深く被った、怪しさ満点の出で立ちだ。
だというのにその存在に、彼女たちは気付かない。
それどころか、外から何の断りもなく入ってきたその一人に、何十人もいる警備の戦姫たちは誰も気付かない。
あまりにも自然体で入ってくるものだから、誰もその存在を気にしていないのだ。
そんな女が、すぅっと、遺跡入口から正面のいくらか離れた位置に立つ。
「ん?」
そんな女の事に、ようやく警備にあたっていた戦姫の一人が気付く。
しかし、既に位置につかれた時点で手遅れだった。
「ん?」
突然、視界が見えづらい事に気付く。
しかし、気付いた頃には、もう既に視界は、薄暗い煙に覆われ、すぐ傍にいる筈の相方の姿を見失ってしまう。
「な、なによこれ!?煙!?」
「いえ、これは・・・霧!?」
視界一面を覆っているのはすさまじい濃度の煙霧。
「―――『霧の帳』」
突如として発生した煙霧に、警備隊どころかその場にいる全ての戦姫が厳戒態勢へ移る。
スラムを襲っていた快楽目的の戦姫とは違い、戦闘の為に鍛えられてきた彼女たちの反応は素早いものだった。
しかし、それでもそうなった時点で遅かった。
既に、灰鉄小隊は彼女らの目と鼻の先にいた。
砂の中から最初にはい出てきたのは金の髪を靡かせるルクス。
その背には、彼女のリンカーである黒の長剣が背負われている。
しかし、彼女はそれを抜く事は無く、変わりに腰の鎖に繋がれていた白の剣のアクセサリーを外して見せる。
それが、両手剣並みの長剣へと変化した途端、ルクスはそれの柄を掴んだ。
「エンゲージ―――『バルムンク』」
其は、竜を殺し、その血を浴びし、聖剣にして魔剣。
かの竜殺しの剣を引き抜き、ルクスは、その身を真白の騎士姿へと変化させる。
「エーテル解放、竜気充填―――ッ!」
その長剣を両手で持ち、目前に掲げ、刀身に黄昏色の光の粒子を迸らせる。
光が溢れ出す剣を、ルクスは天高く掲げ、そしてその光を一気に開放する。
「『怒り狂う邪竜の咆哮』ッッ!!!」
放たれる、黄昏色の光の奔流。
氾濫した川の濁流の如きそれは、たちまちに煙霧に包まれた遺跡入口前の戦姫たちをキャンプごと飲み込み、入口の扉に直撃する。
周囲にまき散らされる熱気は、周囲の砂を溶かし、吹き飛ばし、破壊の跡を残す。
「流石の威力だな・・・」
それを傍で見ていたセドリックがそう呟く。
『バルムンク』。
旧文明時代における『竜殺し』の称号を持つ英雄が使っていた剣。
元々は、邪竜と呼ばれた怪物を殺す為の聖剣であったが、持ち主と共に竜の血を浴びた事で、魔剣としての性質を併せ持っており、二律背反の性質を持っている。
元々、そのリンカー自体は、『ニーベルング』と呼ばれる帝国北部にある都市における宝剣と奉られていたが、ある時、ルクスが主と認められたのか引き抜いてしまい、それ以来、彼女のリコレクトリンカーとして使用されている。
ただし―――
「はあ・・・はあ・・・」
「大丈夫かよ?」
「流石に、大技はエーテルの消費が激しいですね・・・」
ぐっしょりと汗を垂れ流し、疲労困憊の姿を見せるルクス。
エーテルの消費は、体力の消費を招く。それ故に、ルクスは肉体を酷く疲労させていた。
「行きましょう。篝さんが待っています」
しかしルクスは自身の肉体を震わせて、歩き出す。
その後を、セドリックと、彼と共に隠れていた剣太郎、シモンもついていく。
全員、戦姫形態だ。
(リコレクトリンカーはやっぱり凄まじい)
そんな最中でも、セドリックは今はどうでもいいことを考えていた。
(けど、やっぱり色々おかしいのは・・・)
煙霧が晴れ、騒ぎが起こっている最中で妙にこちらに向かってくる戦姫が誰一人としていない。
それもその筈、そのような戦姫は既に排除されているのだから。
「来たか」
ルクスたちの前に、あのケープの女が立つ。
そのフードを取れば、そこには見知った顔があった。
違う点があるとすれば、ストレートだった筈の髪が波打ったウェーブロングと、服装そのものが変化しているという所か。
(こいつだよなぁ・・・)
「行こう」
篝の姿が変化する。
「エンゲージ『ラーズグリーズ』」
淡い光に包まれたかと思えば、その姿は青と黒のドレス姿へと変化する。
その背後には、焼け溶けた鉄の扉があった。
突入してみれば、そこは遺跡らしい石の彫刻やら柱やら壁やらが地下に向かって続いていた。
「シモン、『地図』!」
「もうやってる!」
その地下を一気に駆け抜ける灰鉄小隊一行。
その足取りに迷いはない。
同時に、彼らの向かう先から無数の足音。
「何の音だ!?」
「敵襲!?一体だれが・・・」
「っ!?何者だ!」
姿が見える。丁度階段の終わり、長そうな廊下に繋がる出口に、二人の戦姫を見つける。
「人数」
「十八」
「セドリック、残れ」
「OK、退路確保しとくぜっ!」
セドリックが腰のホルスターから銃を抜いた。
放たれるのはマグナム弾の一発。その威力、人肉如きでは防げない。
「ぷげ」
まず一人、頭部損傷にて絶命。
その直後、隣にいた戦姫の頭も吹き飛び、絶命。
そのまま、階段の出口に突入。その先は、広い間のような空間。
そこに、十六人の戦姫。
「て、敵襲!」
戦姫の誰かがそう叫ぶ。しかし、その時には既に、剣太郎が、その黒髪を靡かせて突撃していた。
その表情に笑顔はなく、ただひたすらに研がれた刃の如き眼差しで、その右手の刀を振り抜いた。
首、首、首、三人の首を1.5秒で跳ね飛ばす。
そのまま集団の中へと斬り込んでいく。
「こ、このっ、一体どこの・・・」
「邪魔だ」
「ぷぎゃ」
剣太郎が中に入り込んで暴れる事で、視線が剣太郎に集中する。
その隙を狙って、後続の篝とルクスが、槍戦棍と長剣で更に外側から潰していく。
そのまま、剣太郎が七人、ルクスが三人、篝が三人を殺し、制圧が完了する。
「このまま進む。セドリック、ここは任せる」
「おう。気を付けてな」
セドリックの応答に、篝は頷き、他のメンバーを引き連れて突撃を再開する。
次のフロアに突入すれば、そこには分岐が出てくる。
「どっちだ?」
「真っ直ぐだ。ってかなんだこの遺跡、変な構造だなぁオイ」
「変な構造?」
「無駄に小さな部屋がありまくってやがる。それになんだ?なんかの破片みたいなもんがあちらこちらに散らばってやがる」
「破片・・・」
篝はシモンの言葉を咀嚼するように反芻する。
「古代兵器の能力によるものでしょうか?」
ルクスが、そう呟いた時、
「上だ!」
何かに気付いたシモンがそう叫んだ。
その次の瞬間、天井が崩れる。
「マジかよ!?」
剣太郎が目を見開いて叫ぶ。
崩れた天井が、巨大な瓦礫となって降り注ぐ。
すかさず、シモンがキャノン砲『ハウル』を構えて天井へ向ける。
ズドォン!!!
放たれた熱量を持った砲弾が、落ちてきた破片を粉砕する。
しかし、二度、三度、天井から音を立てて瓦礫が立て続けに落ちてくる。
それをシモンが迎撃する。
「任せていいか!?」
「さっさと行け!」
シモンの言葉に従い、篝たちは尚も前へ。
その篝たちを追いかけるように、天井の崩壊が進みはじめ―――
「どこに行くんだ、アァ!?」
そこへ打ち込まれる砲弾。打ち込まれた砲弾が天井の中で炸裂。
「うわぁああぁあああ!?」
そこから、一人の戦姫が飛び出してくる。
その戦姫はそのまま床へと落ち、しかし何事もなかったかのように起き上がる。
そんな戦姫に、シモンは不機嫌そうに睨みつける。
「ふざけた真似しやがって、覚悟は出来てんだろォなぁ!?」
階段を下りる。
「シモンさんを残して大丈夫なんですか!?」
「遺跡まとめて潰されるよりマシだ」
「いやむしろもっと酷い事になりそうな気もするんだが・・・」
「どちらにしろ、あれに対処出来るのはシモンだけだろう。このまま行くぞ」
そうして、階段を降り切って、再び廊下を走り抜けると、そこでようやく、目的の人物を見つけた。
「来ましたか」
シム・ペル。そして、篝の心臓を潰したユシュナ。
「貴様、どうして・・・」
「あの程度で俺を殺せると思ったか」
目を見開くユシュナに、篝は静かに吐き捨てる。
その視線は、ユシュナの足元に向けられていた。
「・・・マジか」
「篝さん、彼女は・・・」
「分かってる」
頭から血を流し、真っ赤に染まっていようとも、その藍色の髪を忘れる事はない。
エルリィが、血塗れでそこに倒れていた。
「・・・分かっている」
篝は静かにそう呟いた。




