答え合わせ
『マスター、私は何をすればよろしいですか?』
かつて感情を持っていなかった少女は、その言葉を、まだ何も知らなかった少年に問いかけた。
歴史的に見る大雪で、積もった雪に足を取られ、まともな防寒装備がなければ霜焼けを通り越して凍傷になってしまうほどの寒さの中で、少年は、少女の行為を見上げていた。
手に握りしめていたのは、薄汚い子供には似付かわしくない、美しい青い結晶。
襲われた理由は、それだった。
雪が降り注ぐ『狩場』で、その綺麗な宝石のような結晶を持っている男など、格好の的であり、『狩人』たちがそれを奪おうと襲い掛かってくるのは必定。
そんな少年を、同じ男である筈の者たちは、わざと蹴っ飛ばして
しかし、少年は、その理不尽を許せなかった。
だから―――
『―――決まってんだろ』
風が吹いて、雪が顔に叩きつけられるのも構わず、少年は、少女を見上げて叫ぶ。
『ぶっ壊してやる。こんな世界、なにもかもを――――!』
「・・・・あの頃は本当に若かったな」
「寝ぼけてるんですか?」
目が覚めた時、はじめに視界映ったのは知らない天井だった。
そして続いて映ったのは、見知った銀の少女。
「・・・お前と初めて会った時の事を夢で見た」
「・・・珍しいですね。ラーズたちに関わらない夢を見ないだなんて」
「お前らのは他人のトラウマ上映会だろうが」
そう軽口を叩きながら、篝は自身の胸に手を当てた。
そこには、何事もなかったかのように何の傷のない自身の肉体があった。
「・・・エルリィは?」
「攫われました。篝さんの治療を優先した為、追いかける事は断念しました」
「そうか・・・」
ラーズの報告に返事を返した篝は起き上がって自分がいる場所を見渡す。
「ここは?」
「先ほどの子供たちの家です。ただ、点々と移動しているようで、家というよりは隠れ家と言った方が正しいかと」
「通りで」
そうして、篝は窓のような壁の穴の方を見る。
「いるんだろう」
そして、そう声をかければ、そこからひょいっと剣太郎が顔を覗かせる。
「案外元気そうだな」
「物理的に心臓を直接鷲掴みにされたのは流石に初めてだ」
「ラーズがいてよかったな」
「ああ、いつも感謝している」
そう言って、篝はラーズの頭を撫でる。
「わっ・・・も、もう大丈夫そうですね。では、ラーズはこれで失礼させていただきます」
一方のラーズは、いきなり撫でられて気恥ずかしいのか、白い頬を赤くして、さっさと光となってペンダントの中へと戻ってしまう。
『相変わらずのリンカー誑しだね』
そこで、更に声が響く。
篝は、自身の耳の後ろに手を当てる。
そこには、髪の下に隠した髪飾りがあるのだ。
「アネット、からかうのはよしてくれ」
『事実じゃないか。それじゃあエレンが嫉妬で殺しに来るよ』
「あいつはそこまで嫉妬深くはない。真綿でじわじわと締めにくるだけだ」
「どちらにしろ殺しにかかってるじゃねえか!」
剣太郎のツッコミが突き刺さる。
「まあ悪ふざけはこのぐらいにして、調査は終わったんだろう」
「ああ」
篝の問いに、剣太郎は笑みを浮かべて答える。
「報告を聞こう」
―――篝の心臓が潰された。
それを理解する事を、エルリィは理解出来なかった。
「うぐっ」
手を後ろで縛られ、固い石の床に叩きつけられ、痛みに体が悲鳴を上げていても、エルリィの体は、驚くほど力が入らなかった。
理由は、明白だった。
『か・・・がり・・・さん・・・?』
胸と口から血をまき散らす篝を前に、エルリィの思考は止まっていた。
篝の胸からは、どういう訳か手が飛び出ていた。その手には、どくどくと脈打つ心臓が握られており、その心臓が、いとも容易く握りつぶされた。
そして、その腕が、篝から引き抜かれたかと思えば、そのまま、呆気なく篝はその場に倒れ伏した。
『か、篝さん・・・?篝さん・・・!?』
エルリィは、その光景を前に、よろよろと覚束ない足取りで篝に近寄ろうとした。
しかし、伸ばそうとした手を、後ろから何者かに捕まれ、そのまま背中で固定されてしまう。
『いっ!?』
『見つけたわ、シンシアさん』
背後に立っているのは一人の女だった。
しかし、今のエルリィに、その正体を見る余裕はなかった。
『篝、さん!篝さん!おきてっ!篝さん!』
『うるさいよ』
倒れ伏した篝の名を叫んでいた筈だ。しかし、突如として目の前に現れた黒い影のような女の額を小突かれて、そこでエルリィの意識は飛んだ。
そして、次に目覚めた時には、エルリィは知らない遺跡のような場所にいた。
「起きなさい」
その言葉に、エルリィは視線を上へと向けた。
「あな・・・たは・・・」
エルリィは、その女を知っていた。
あの要塞で、ペネトの秘書を務めていた女だ。眼鏡をかけた金髪の事務的な表情を浮かべる女性。
「シムさん・・・」
名前は『シム・ペル』。
あの『牛』の秘書とは思えない、綺麗だと思う女だった。
「やはり来てくださいましたね」
「やはり・・・?」
その言葉に、エルリィは疑問を抱く。
「一体どういう事ですか・・・?」
「古代兵器文字を読む事の出来る貴方の価値を知れば、彼らは必ず、私が残した座標に向かうと踏んでいました。ゆえに、貴方がたをここで待ち構えていた」
シムの言葉に、エルリィは目を見開く。
「それじゃあ、あのデータは・・・」
「一部、私が追加したものを紛れ込ませました。彼らの本来の目的が、あの『災律武装』であるとはいえ、古代兵器を見逃す事も出来ない事は分かっていました。彼らは戦争を望んでいるのですから」
「戦争・・・」
その言葉に、エルリィは妙に実感を得られなかった。
戦争。国同士の戦い。多くの人々が総動員され、国のあらゆるものを賭けて行われる、一種の国家間交渉。
などと、他人事のような言葉がエルリィの脳裏に浮かんでは消えていく。
「それが起これば、多くの血が流れるでしょう」
「どうして、それが・・・」
「分かるのか・・・ですか?単純な話です。我々は彼らを監視し、そしてその凶行を止めようと行動してきたからです」
その言葉の意味を、エルリィは理解出来なかった。
「我らは『アクトレス』。世界の秩序を守る番人」
「やはりアクトレスが関わっていたか」
篝は、剣太郎と、報告の為に合流したルクスからの報告を受けて、そう呟いた。
「ああ、セドリックの『鼻』で奴らのアジトを見つけた。そこの名簿に、ラーズが回収していた『要塞』の名簿と合致する名前があった。それが秘書のシム・ペル」
「こちらは聞き込みの結果、ここから北東の方向に古代兵器の保管庫を発見されたという話を聞きました。どうやら過去に大きな事件があり、秘匿することが出来なくなったようです」
「事件とは?」
「それはまだ。どうやら遺跡の情報で事件の内容を隠したようです」
「まあ、遺跡の情報の方はそれほど重要ではないからな。奴らが関わっている限り、そう簡単に戦争は起きない」
『アクトレス』
この新生文明歴創立以来、世界の秩序を影から支えてきた組織を指す。
政府公認であり、一般には知られておらず、その規模、人員、戦力、全てが謎に包まれているが、それ故に、あらゆる情報を操作し、不都合な人間を排除し、そしてあらゆる情勢を影から調整しているほどの力を持っている。
だが、篝たちにとって最悪なのは、この『アクトレス』こそ、現在の『女尊男卑』の風習を決定づけている黒幕であるという事だ。
彼女たちは、ありとあらゆる場所に潜んでいる。
企業、組織、団体、政府、一般家庭―――あらゆる場所に、彼女たちの人員は存在している。
そして、それ故に、『男に有利な動き』を敏感に察知し、それを排除する為にあらゆる手を尽くして動く。
例え仲の良い友人であろう、例えどこかの企業の令嬢だろうと、例え、国であろうと、彼女たちは徹底して彼らを排除する。
『女こそが至上であり、男こそは消え去るべき愚物』。
そんなスローガンを掲げるほどの徹底ぶりであり、この千年の『平和』を実現してきた立役者でもある。
「そんな、組織が・・・」
「知らないのも無理はありません。我々は闇に潜み、世界を影から支えてきた組織。世界の秩序の為に、あらゆる手段を使うため、表に出られないだけです」
「どうして、そんな組織に・・・」
その時、シムのものではない声が聞こえてきた。
「どうして?本気で言っているのか」
エルリィの髪を掴み、無理矢理持ち上げるのは、あの影のような女だった。
「ぐぅっ」
「ユシュナ、やめてください」
シムの制止を無視して、ユシュナと呼ばれた女は、エルリィに強かな言葉をぶつける。
「そうだな。貴様はあの男に簡単に唆されるバカだからな。あんな悪魔に共感するとは、つくづく程度の低い女だ」
「いたっ・・・」
「貴様が古代兵器文字を読めなければ、今すぐにでも処分している所だ」
「ユシュナ」
シムが、声を低くしてユシュナの名を呼ぶ。
「・・・チッ」
舌打ちをして、エルリィの髪を乱暴に離すユシュナ。
「シンシアさん、貴方に拒否権はありません」
「一体、私に何をさせる気なんですか・・・・?」
「そもそも、何故奴らは彼女を攫ったのでしょうか?」
ルクスの疑問はもっともだった。
古代兵器それぞれに刻まれた古代兵器文字を読めるのは、その古代兵器を起動できるコードを持った戦姫のみ。
「古代兵器を起動させる為、と言えばそれで十分な気もしますが、私にはどうにもそれだけには思えません」
「考え過ぎじゃないか?」
「いや、おそらくルクスの推測で合っている」
篝がそう言いだし、今度は彼が自身の推測を話す。
「おそらく、エルリィは全ての古代兵器文字が読める」
「全ての古代兵器文字を!?」
その事実に、ルクスが目を見開いて驚き、剣太郎も少なからず目を見開いて反応する。
「妙に大量にあった古代兵器文字に関する文献のデータの中に、既に該当者が発見されていて解読が済んでいるものもあった。それもいくつもだ。何故そんなものも用意されていたのか。推測を捗らせるのなら、おそらくそれはテスト用の問題集。それらをもって、エルリィの利用価値を確かめた後、他の文献も分析させようとした・・・」
「それじゃあ、なんであいつ、要塞でぞんざいな扱いを受けてたんだ?もしそんな価値があるのなら、丁重に扱うはずだろ?」
剣太郎の疑問もまた最もだ。しかし、篝は次の推測を立てる。
「読めるだけだ。起動は出来ない。それに、そんな人材はそうそうひけらかすものじゃない。気付かれればそれだけで大騒ぎだ」
「そのための下っ端扱いですか・・・」
「性根腐ってんなあの所長・・・」
「だが、そのお陰で誰も彼女の価値に気付く事は無かった。そういう意味ではやり手だと言わざるを得ない。唯一の誤算は、俺があの要塞に侵入し、尚且つその世話係をあいつに任命しちまったという事なのだろうが」
「まさか、『竜殺しの悪魔』自らが要塞にやってくるとは思いませんでした。彼は、アルガンディーナ帝国にとって、決して失ってはならない手駒の筈。その認識を逆手にとって、自ら他国へ乗り出すなんて・・・よほど自分の腕に自信があるのでしょうね」
「っ・・・」
そこまで言って、シムはエルリィの顎に手を当てて持ち上げる。
「貴方をここに連れてきたのは他でもありません。ここにある古代兵器の古代兵器文字を読んでいただきたいのです」
「っ・・・ここの古代兵器を使って、何をするつもりなんですか・・・」
「それを貴方に話す理由はありません。貴方に拒否権はない」
「そんな事・・・」
その時だった。
「ぎっ!?あぁあああぁあぁあぁあああああああ!!!?」
凄まじい激痛がエルリィの全身に迸った。
「私のコードスキルを話していませんでしたね。私のコードスキルは『虫を操作する』事。蠅を飛ばして目標を追跡、監視することも、幼虫を体内に潜り込ませて臓器を食い破らせる事も可能・・・今、貴方の体内、その痛覚神経にあたる部位に小さな虫を一匹埋め込んでいます。私が指示を出すだけで、その虫はその神経に噛みつき、全身に激痛を促します」
痛みが引き、エルリィはぐったりと地面に横たわる。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
「シンシアさん。貴方はあの男に何を期待しているのか知りませんが、彼はやめておいた方が良い。貴方が不幸になるだけです」
「う・・・ぐ・・・何を、言って・・・」
「以前までの貴方であれば、ここまで反抗的になる事は無かった。大方、あの男に何かを吹き込まれ、自分は奴の役に立てていると考えているのでしょう。しかし、それは大きな間違いです」
シムはエルリィに囁きかける。顔を近付け、動かない表情のまま、淡々と話し出す。
「彼は貴方を利用することしか考えていない。叶う筈のない願望で多くの人を惑わし、戦いを強いては多くの人々を戦火に巻き込んだ。これは、許されざる行為です」
「でも、それは、女が男を・・・」
「それが『正しい事』なのです」
その言葉に、エルリィは目を見開く。
「この千年、各国の間に戦争が起きる事は無かった。それは一重に『男性による献身的な奉仕』の賜物です。ささやかなストレスを発散させ、優越感をもたらし、子孫繁栄の為、精子を提供する・・・これらのお陰で、我ら人類は千年の平和を維持してきたのです」
「平和・・・だと・・・」
エルリィは、縛られた手を、力の限り握り締める。
「あんなものの、どこが平和だっ・・・!」
エルリィは知った。女たちが笑いながら男たちを虐げる様を。痛みに叫ぶ男たちの悲鳴を。その憎しみが齎す痛みを。
エルリィは、既に知ってしまっている。
だからこそ、その主張は認められない。
「あんな、あんな酷い事が、『奉仕』だと・・・!?あんなものの、どこが平和だ・・・何が奉仕だ!あんまりにも理不尽だ!あんな酷い事があるのに、平和だなんて言うな!」
「人は共通の敵を持てば争いをやめます」
だが、シムの言葉はどこまでも冷たかった。
「『敵』なんですよ。排除し、打ちのめすべき『悪』。故に、世界は平和足りえるのです。『悪』が何かを理解している。だから誰もそちらに行かないようにする。そして、誰もがその『悪』を排除する。排除すれば、誰も『平和』を脅かさない。この時代の『悪』は酷く分かりやすい。だから排除しやすいんです」
その言葉に、エルリィは腹が熱くなるのを感じた。
「ただ生きているだけの人たちを、『悪』だって言うのか!?」
「少なくとも、天城篝は排除すべき『悪』です」
「なんだと!?」
「彼が何をしたのか、未だに理解出来ていないようですね」
シムは未だに変わらない表情でエルリィを諭すように話し始めた。
「アルガンディーナ帝国では、戦姫の質そのものを重視した思想が強く、それ故に、強い戦姫を育成するために、国独自に複数の学園が混在する『学園都市』を有しており、多くの優秀な戦姫を輩出してきました。彼は、そこで反乱組織『竜殺しの刃』を結成し、多くの学徒たちを巻き込み、帝国内に戦火を巻き起こしました」
エルリィは、黙って聞く他なかった。
「戦争が起こるということは、数多くの人々が命を落とすことです。大人も子供も関係なく、傷つき、血を流す。彼が行ったのはそういう事です。彼は、まだ幼い学徒たちを戦力として利用し、数多くの人々を傷つけ殺してきたのです。彼自身もまた、大量の人間を殺した憎むべき犯罪者です」
「でも、それは・・・」
「いかなり理由があろうと、人殺しは許されないことです。何より最悪なのは、学園都市で生活していた子供と、その親が殺し合う事です」
「っ・・・!?」
「学園都市に住むのは帝国各地から集められた戦姫たち。その親の中には当然、帝国軍に所属する戦姫もいます。そうなれば当然、親と子が殺し合う事になるのは必然です。これほど残酷な事がありますでしょうか」
「それ、は・・・」
「それでも貴方は奴を肯定するのですか?そのような『残酷』を強いる彼を。子に親殺しをさせる、彼のような『悪魔』を」
「・・・・・」
エルリィは、何も言えなくなってしまった。
言葉が、何も出なくなった。
「シンシアさん、我々は少なくとも『男』の価値を理解しているつもりです。人類が生きていく為には男が必要なことも理解しています。それ故に、男が絶滅することはありません。しかし、彼の行動は、そんな世界の最低限の認識を壊してしまうものです。もし、本当に戦争が起これば、それは決定的となり、『男』の扱いがもっと酷くなる」
シムの言葉が、体を蝕んでいくかのように、エルリィは抵抗する力を失っていく。
「戦争が起これば、男であれ、女であれ、多くの不幸がもたらされることになる」
そんなエルリィに、シムは追い打ちをかけるように、最後の言葉を投げかけた。
「もう一度問いましょう。貴方は、それでも天城篝を肯定するのですか?」
「きっと向こう側についているだろうぜ」
剣太郎の言葉に、篝は口をつぐむ。
「良くも悪くも、あいつは純粋だ。だから、何色にも染まりやすいし、染められやすい。何より、千年間戦争が起きなかった事―――つまり『平和』だった事実は否定しようがないし、見方によれば、『平和』を壊す事は誰から見ても最悪の行為だ。それを、誰も肯定する事はないだろ」
「ですが、その千年は同時に血みどろの歴史でもあります。どれだけ男を低俗と定義しようと、男の為に戦おうとした戦姫が存在し、その全てが歴史の闇に葬られました」
「それを知っている奴はほとんどいねえよ」
ルクスの言葉を、剣太郎は否定する。
「あいつは歴史を知らない。ただ目の前の事実だけを受け止めている。だが、だからと言って、あいつがお前の行為の全てを受け入れるとは限らない」
剣太郎の言い分は最もで、篝はそれを黙って聞き入れる。
「篝、今から古代兵器の在り処に乗り込むのは構わない。確保、もしくは破壊するのも自由だ。だが、もし奴が向こう側について、敵対してきたとなれば、俺たちはあいつを殺さなければならなくなる」
剣太郎は、篝をまっすぐに見つけて、問いかける。
「あいつを連れてきたのはお前だ。だから、お前が決めてくれ。あいつを殺すか、殺さないかを」




