ダンジョン(食材庫)で、卵がとれた。【後半】
「……のどかだなぁ」
すっきり晴れ渡り、暑くも寒くもないダンジョン。
洞窟みたいにジメジメして、光も差さないダンジョンなどを多く見てきたタケルは、ただの自然豊かな田舎に来たような気分になるこのダンジョンに、不思議な目を向ける。
「タケル……このダンジョンのこと、ギルドには言わないでほしい」
「ん?」
レイジがそう言ってアリカの方を示すと、アリカは湖にいるデカい魚に話しかけていた。
「魔物……!?」
「なんだが、先ほどアリカから連絡を受けた際、敵意はなく、意思疎通がやや出来るそうだ」
「魔物と?!」
レイジはダンジョンボスがいる方へ足を向けた。タケルも数歩離れた位置からついていく。
「色々準備してきたから」
その言葉に、ボスの瞳はキラキラしだす。
死んだ魚の眼ではなく、生きているとこんなにキラキラするものなのか、とアリカは感心してしまう。
「よーし、『食材鑑定 パブリック』」
◇◆――――――――――
逵溘▲逋ス縺ェ鬲のたまご
↓あと90センチ↓
――――――――――◆◇
レイジとタケルにも、ボスが欲しがっている卵を教えると、2人の顔が歪んだ。
「え、ど、どうしました?!」
アリカは肩を震わせてビックリしてしまう。
ただでさえ渋めなレイジの顔がさらに渋くなると、ちょっと怖い。
そして、渋い顔をした男たちは顔を見合わせる。
「これ……多分、知ってるやつ……。『ストレージオープン』」
そう言ってタケルが手をかざすと、みんなの目の前に四角い枠で区切られたようなスクリーンが映し出される。
区切られた四角のひとつに表示されていた星形模様のたまごをタップすると、スクリーンから卵が出てきた。
大きな卵で、両手で抱きかかえるくらいの大きさのものだ。
赤紫と茶色を混ぜたようなドドメ色の卵。
観光地で有名な黒い温泉卵とは違い、見るからに美味しくなさそうには見える。
「うわっ、めっちゃコイツ喜んでいる!!」
尾ビレをバッシャバシャ弾かせて、卵をキラキラした目で見つめるダンジョンボス。
その様を見てアリカはびっくりしてしまうものの、凶悪さは感じないためツッコミみたいな雰囲気の声であった。
「え、こんなのが埋まってるの? ここに?! ちょっと見せて『食材鑑定 パブリック』」
後から共有も面倒なので、最初からみんなに見えるように、アリカはスキルコールをする。
◇◆――――――――――
繝励Μ繝励Μ縺ョ鬲のたまご
魚卵の時点で美味しい。濃厚な黄身が絶品
孵化すると、繝励Μ繝励Μ縺ョ鬲になる。
――――――――――◆◇
「「「ギョラン……」」」
みんなが凝視する。
「文字化けは一緒だけど、さっきと微妙に文字が違うね」
卵を見て喜んでいるダンジョンボスを横目に、アリカは鑑定結果をまじまじと見ている。
「ってか、ギルドの鑑定員のやつより、詳細に出たね」
「文字化けしてるけどな」
タケルがポツリというが、詳細に出たものが味である。アリカのツッコミも入る。
「だな……アイテム鑑定だと、名前しか出なかったからな……」
レイジも頷きながら画面を見ている。
そして、ダンジョンボスは踊るように体をくねらせて、卵を見つめているが、アリカはすかさず口を開く。
「これは、よそさまのだからダメ! あんたのは掘り出してあげるから」
その言葉に一瞬しょんぼり顔を浮かべる魚。
だが、アリカがちゃんと卵を掘り起こしてくれるとのことで、キリッとした顔で待機に入る。
「いよっし、やるか」
アリカは気合を入れて腕まくりをして、シャベルを手に取ったが、その手からシャベルが消える。
「力仕事は俺に任せてくれ」
アリカの返事を待たずに、レイジがザクザクと土を掘り始める。
慌てるアリカの腕を引いて、タケルはその場を少し離れて、レイジの邪魔にならないところに下がる。
「にきゅんに任せた方がいいよ。あの人のパワーはギルド1だから」
「マジで?! 流石、私より4倍腕力あるだけあってすごいわ……」
「え、アリカ腕力20超えてんの?!」
「超えてるよ? 料理って意外とチカラいるんだから」
タケルの顔が驚きに染まるものの、アリカは当然だろうという顔を浮かべていたが、タケルは息をひとつ吹いて、口を開く。
「『ステータス、オープン パブリック』」
どうやら、自分のステータスを見せてくれるようだ。
アリカは遠慮なく覗き込む。
――ステータス(簡易)―――
収納力 : 18
保管力 : 42
整頓力 : 50
腕力 : 17
展開速度 : 10
――――――――――――――
「なんだこれ……」
自分のステータス画面と違うので、つい漏れてしまう言葉。
アリカもパブリックでステータスをタケルに見せてあげる。
――ステータス(簡易)―――
包丁さばき: 39
鑑定力 : 22
鮮度維持 : 22
計量速度 : 21
腕力 : 22
鑑定速度 : 41
――――――――――――――
「なんだこれ……」
全く違う項目にタケルが同じ言葉を放つ。
ただ、2人とも腕力が表示されている。
「って、私より腕力ないのかよ!」
「力仕事なんて、荷物預かるときに持ち上げるくらいだから、たいして筋肉いらないんだよ。おれは戦闘職じゃなく荷物保管係だから」
「へー、でも危険なところに行くんでしょ?」
「まぁ、ダンジョンだから、そうだけど……非戦闘職にはちゃんと護衛がつくし」
危険なところへ、考え無しに飛び込ませるブラック労働ではなさそうで、アリカは安堵のため息を吐き捨てた。
「まぁ、気をつけなよ。何があるかわかんないんだろうし」
「そうだな。ダンジョンのヌシと仲良くなる事なんか、なさそうだしな」
タケルの放った言葉に、アリカは否定の言葉を紡ごうとしたが、バッシャバッシャと水の跳ねる音が聞こえて、そちらを見やると、ヌシが嬉しそうに跳ねてはアリカをキラキラした目で見る。
「……仲良し、なのか?」
ポツリと落とした言葉に、ヌシはさらに喜びの顔・仕草を見せる。
「前例がねぇよ、意思疎通が出来るダンジョンモンスターなんて……」
タケルが言葉を落とすが、ダンジョンは食材庫しか知らないアリカは、同意も反論も出来ない。
――10分後
「採れたぞ」
涼しげな声で言うレイジだが、汗だくである。
肩で息をする、なんて事もなく、平然としているが、汗だくである。
「レイジさん、水分っ!!」
「あぁ、ありがとう」
アリカは慌てて、水筒の蓋を開けて差し出した。
タマゴはタケルが受け取り、レイジはアリカの手から水筒を受け取り、ありがたく頂戴する。
「……ん? レモネードと少し違うような……?」
「はちみつじゃなくて、メープル使ってます。ここで採れるので。レモンもここのやつなんで、香りが少し違うんですけど、2つ合わせると疲労回復効果があがります」
ダンジョン産の食べ物だけあって、やはり付加価値がついていた、とレイジは納得する。
メープルシロップは、樹液にかなりの手を掛けてシロップ化するのを小さい頃テレビで見た記憶があるため、アリカがとても手を掛けてくれたのだろうと、頬が緩みそうになる。
「ほら、アリカ。たまご」
「あ、そだ。レイジさん、ありがとうございます」
「いや、このくらい、なんて事はない」
タケルからタマゴを受け取り、取り出してくれたレイジへ深々と頭を下げるアリカ。
「ほら、レイジさんが掘り出してくれたよ」
ヌシへタマゴをずいっと差し出す。
ヌシはタマゴを受け取る前に、レイジを見てバシャバシャ跳ねた後、体を少し水面に沈める。
頭を下げてお礼の意を表しているように見えた。
「どういたしまして。そのタマゴ、どうするんだ?」
首を傾げ訊ねるレイジ。ヌシは頭を空へ向けて、大きく口を開いた。
「食うのかよ、やっぱり! 殻ごとでいいの?」
アリカがツッコミと質問をいれる。
ヌシは空へ向けて口を開けたままひと沈みして、頷きのような動作をする。
アリカはその大きく開けた口にタマゴを押し込んだ。
タマゴは、ぬるんと入ってヌシは口を閉じる。
主の顔がもごもご動いて、バキン、ゴリッと硬いものを砕く音が響く。
「殻ごと食べて栄養バッチリね……」
人間には信じられないものの、魔物には当たり前のことかもしれないため、おかしいなどとは口にできず、アリカは据わった目を向けるだけだ。
咀嚼が終わり、嚥下したかのような震えを見せると、今度はプハッと息を吐き出すような、「食べた、食べた」と言わんばかりの仕草だ。
「なんか変わったのかな? 『食材鑑定 パブリック』」
アリカは変化を見るために、鑑定を掛けるものの、持っているスキルは食材鑑定だけなので、こうなってしまう。
◇◆――――――――――――――
ダンジョンボス:白身巨大魚
友好度:89%
白身魚だが、雑味しかなく食材に適さない。
ダンジョン内で捌くとダンジョンボス討伐扱いになり、ダンジョンとボスが消えるので、ダンジョンから出て捌こう。
イクサ アリカ、ニキュウ レイジ が親友である。
――――――――――――――◆◇
「「なんでだよ!!」」
レイジとアリカの声がハモる。
以前の鑑定では、友好度も親友表記もなかったのだ。
食材の友達なんて、どういうリアクションをすればいいのか、色々困る気もする。
「ま、スキル系って、よくわかんないこと起こるから」
「スキルじゃなくて、この魚が謎すぎるよ!」
一般の鑑定でも、食材鑑定でも、結果は似たようなものになるらしい。
そんな事を聞いたところで、ツッコミどころが消えるわけではない。
「とりあえず、その魚の欲しいものがあげれたなら、一件落着なのかな?」
タケルが訊ねると、アリカもレイジも、そしてボスも頷いた。
やはり言葉を理解して、意思疎通ができる、極めて異色なダンジョンボス。しかし、この事を公にするとさまざまな組織から研究だ調査だと狙われるだろうから、秘匿した方がいいという思いで、レイジとタケルは見合って頷いた。
「美味しかった?」
アリカが魚に訊ねると、嬉しそうに体をくねらせてキラキラの瞳を向けた。
そして、アリカとレイジに深々と頭を下げるような仕草を見せる。
なんだか、素直な子供にも見えてきてしまう。魔物でダンジョンボスなんて、人々の脅威の象徴のはずなのに。
「ま、喜んでくれているし、いっか。レイジさん助かりました」
「あぁ。力仕事は得意だから、いつでも手伝わせてくれ」
さっきから同じ事しか言えない自分に、もどかしい思いが募りつつも、口が巧いわけではないレイジは心の中でため息を落とす。
終わった終わった、と胸を撫で下ろす。
今度は魚が胸ヒレをシッシと払うように振って、みんなを追い払うような動作を始めた。
「なんだ、食うもの食ったから、お前らは帰れって?」
アリカが笑いながら訊ねると、魚は体を左右に振って否定の意を示す。
胸ビレを上に向けて空を指すと、少し離れたところにドヨンとした雨雲が見える。
むくむくと大きくなる雲。積乱雲が成長していってるように見えた。
太陽を隠しているわけではなかったので、気づいていなかった。
「え、マジ!?」
天気が崩れそうなので、早く帰れのシッシ、だったようだ。
アリカたちは、ダンジョンボスに手を振って家に帰って行く。ボスはダンジョンゲートから彼らが見えなくなるまで見送りの手(胸ビレ)を振り続けていた。
「それじゃ、またね!」
何の気なしに言っているアリカだが、ダンジョンボスは初めて言われた言葉に、心が震えた。
湖に、ポツリ、ポツリと雨粒が打たれ始め、ダンジョンボスは湖の深くへ姿を潜ませた。