ダンジョン(食材庫)で、卵がとれた。【前半】
藺草亜李迦は、今日も自宅兼店舗に巣食っているダンジョンに入り、土に植っている野菜を採り、たわわに実った木の実を採り、食材をせっせと集める。
「『食材鑑定』」
初めて見る食べ物は、鑑定スキルをかけて、どのようなものか調べて、自分の知識に収める。
「へーぇ、これいいね!」
アリカは初めて見た食材を、一生懸命掘り出す。
鑑定結果には、自然薯のような濃いネバネバ芋と出ていたが、掘り起こしたのはカブのような形をしている。
――ビシャッ
水の音がする。湖の方からで元気な魚がいるのだろう。
元気な魚は美味しそうだなぁと、思ったアリカ。
平台車には収穫物が入ったコンテナが載せられていて、今収穫したゴロゴロとした自然薯味のカブが詰まったコンテナを、更に積み上げる。
そしてコンテナを押しつつ湖に目をやると、巨大な魚が半身を乗り出してコチラを見ていた。
「んぶっ!!」
思わずアリカは吹き出してしまう。
先日、仁久レイジにより釣り上げられ、湖に返されたダンジョンボスである、その巨大魚。
水の中にいる魚が、なぜ半身を乗り出しているのか。
アレが人魚とかだとしたら、うっとりする光景であろうが、魚である。人部分がない。
胸ビレを手に見立てているのか、湖のふちに置かれているし、半身乗り出しているし、双眸はアリカを見つめているし。
「な、なんか用?」
なぜ、魚のくせに半身乗り出しているのだろうか。
陸にあげたときは、びったんバッタンのたうち回っていたのに。と、アリカはドン引きしつつ、声をかける。
何故、声をかけてしまったのかは、自分でもわからないが。
すると、巨大魚は口をぽっと開けて、体を少しくねらせて、尾ビレをバシャバシャ振る。逆エビ反りみたいなポーズでもしているのだろうか。
声に合わせて反応したということは、用があるということなのかもしれない。と、アリカは思うものの、相手は魔物だ。
見た目間抜けっぽい魚顔だが、まんま魚で、鑑定曰く雑味があって美味しくない身を持つモノだとしても、魔物だ。
意思疎通はできないにしろ、瞳の先にいるのは魔物であり、自分はハンターという職業ながら、戦闘能力は持たない。
そんなことをグルグル考えていたら、ダンジョンボスは胸ビレをピタンピタンと土に打ち付ける。
こっちに来いということだろうか。湖に引き込まれたら確実に死ぬ。そんなことが頭をよぎりつつも、魚はひたすら同じところを叩いて、そこに視線を送る。
「ん??」
ペチンペチン ジーーーー
「んん??」
ペチン ペチペチペチペチ
「そこに、なんかあんの?」
叩いて、手元ならぬ胸ビレ元を見つめ、その後アリカを見るを繰り返すダンジョンボス。
不思議な行動に、アリカが声をかけると、頷くようにぶんぶん体を倒す。
アリカは恐る恐る近づいて、胸ビレが叩いてたところを見ると、やや土が湿っているが、ダンジョンボスは期待の眼差しを向けるように、スーッと下がりアリカを見つめる。
「掘る?」
訊ねると尾ビレを上下に動かして、頷きのような動作をする。
水は後ろに飛び散っており、アリカにかかることはない。
「ちょっとスコップ持ってくるから」
アリカの言葉を聞いて、ボスは上下に浮き沈みをし頷きのような動作をする。
スコップと言いながらも、アリカは足をかけて掘ることができるシャベルを手に取り、湖付近に戻ってきた。
アリカの姿を捉えたボスは、嬉しそうにスイスイ泳いでは顔をあげて、アリカの方へ視線を向ける。
敵意はないようで、アリカは心の中で胸を撫で下ろす。
「よいっしょ……」
アリカがザクザク掘る。
が、土が硬いのか、なかなか進まない。
「はっ……はあっ……」
30センチほど掘って、汗だくになりつつも、まだ何も見えない。
「くっそー! 『食材鑑定!』」
収穫の時に使うスキルでもあるので、アリカはヤケクソで使ってみる。
◇◆――――――――――
逵溘▲逋ス縺ェ鬲のたまご
↓あと1メートル20センチ↓
――――――――――◆◇
「文字化けしてんじゃん、こわっ!! しかも深いじゃん!」
しかし、ダンジョンボスはキラキラした目でみてくる。
「あんた、食べたいの?」
その質問にブワッと背ビレが立ち上がる。猫がビックリして毛が膨れるみたいなものなのだが、アリカは攻撃を受けるのでは、とビックリして、後ろに下がった。
が、背ビレがピンと立った後は、あわあわとした動きと顔を見せ、水にすっと沈み、ちょこんと顔を覗かせて、アリカと目が合うと沈んで、また浮かんで顔を見せる。
恥ずかしがっているような動作っぽく見えたので、アリカは警戒を緩めた。
「敵意はないのか、こいつ?」
その言葉にボスは肯定を表す尾ビレの頷きや、浮き沈みで頷きのような動作を見せる。
「ちょっと待っててね、軍手とか水分とか食べ物とか、しっかり準備して戻ってくるから」
浮き沈みで頷きのように返すボス。
やはり言葉が通じるし、敵意はない。不思議な存在だと思いながら、アリカは一旦家に戻る。
「……うーん、どうしよう。相談ってか、報告だけでもしておこう」
アリカはスマートフォンを手に取り、ロック解除しようとしたら、着信音が鳴る。
「わっっ!!」
ビックリして手から滑り落ちそうになりながらも、なんとか掴まえて、落下を防ぐ。
そして画面を見ると、そこには『仁久レイジ』と出ている。
「はい、藺草です」
アリカはそのまま通話ボタンをタップして応答した。
丁度話をしようとしていた相手から掛かってきて、少し気持ちが跳ね上がるも、スマートフォンを落としそうになった方で、心臓が跳ね上がったような気分の方が大きかった。
『あぁ、仁久だ。すまない、いま大丈夫か?』
「大丈夫ですよ」
先日約束した、お弁当の注文だろうか。と思いつつアリカは返事をする。
『この間話してた、ストレージャーという職を覚えているか?』
「あ、はい。もちろん」
『うちのストレージャーが、アリカに会ってみたいと言っててな……。もちろん面倒であれば、断ってくれても構わない』
「別に大丈夫ですよー。一応ウチ、ハンターさん向けの食堂でもありますし」
『……そうか。店の開いている日に、連れて行っていいか?』
「どうぞどうぞ。お待ちしてます……ってか、頂いた電話で申し訳ないのですが……」
アリカもレイジに用がある。そのため、断りを入れてから、さっきあった事を報告すると、レイジは絶句していた。
『……あの魚が?』
「はい……」
『よければ俺も同席していいか?』
「あ、それはありがたいのですが、お忙しいのでは?」
『いや、最近はこの辺りに、ダンジョンは出ていないから、調査もなくて暇なんだ。今日・明日は休みだしな』
そして、レイジは15分後くらいに着くとの事で、アリカは彼を待つ。
「くそう……気持ちオシャレして迎えたかった……」
ダンジョンで、ボスに会う(卵を掘り起こす)ため、作業しやすい格好かつ、長靴と軍手装備だ。
化粧を軽くしたところで、どうせ汗だくになって流れ落ちる。そっちのほうが今より悲惨な顔になる。
それなら、化粧はしない方がマシである。
ダンジョン内は晴れているのに日焼けもしないため、紫外線対策もいらない。
そんな不思議な空間なのもあり、化粧品の消費をしなくていいダンジョンは、とてもありがたい。
なぜか天気は、外とダンジョンはリンクしているが。
そして、店のドアが開いた。
店は電気を消して、『closed』の看板を出しているので、お客さんは入ってこない。そのため、待ち人が来た事がわかる。
「あ、レイジさん。おやすみのところすみません」
「いや、気になるし、ダンジョンボス相手だ。何かあったら大変だ。知らせてくれてありがとう」
「こんにちは〜」
レイジの影からひょこっと顔を出した、ロリ服を身に纏い可愛らしい格好をした、ストレージャーのタケル。
アリカとタケルはバチっと目が合う。
「「あーーーーっ!!」」
お互い指をさし合い声を上げる。
挨拶をした時より、タケルの声のトーンは落ちている。
「アリカ、生きてたのか!」
「タケルこそ!」
知り合いのようだが、第一声が生存確認である。
「……タケル、アリカと知り合いなのか?」
「姉だよ、姉!」
「……え?」
姉の目の前で、いつも通りのロリータファッションでいる『弟』というのは、アリカの心情的に大丈夫なのだろうか……とレイジは思ってしまった。
「姉って言っても、双子ですけどね。会うの7、8年ぶりくらいですけど」
アリカはへにゃりと笑う。
「…………ふたご?」
アリカとタケルは、どう見てもそっくりには見えない。
タケルは服装に合わせて、化粧もしっかりしている。
アリカはいつも通りの、清潔感ある凛々しいけれど可愛らしい顔である。
2人を交互に見て、レイジは二卵性双生児の方向に結論づけた。
「タケルの化粧落としたら、この顔になりますよ」
アリカは自分を指さして笑う。
「ちょっ、おまっ、すっぴん顔バラすなよ!!」
タケルが慌てて口走る。
「つーか、料理人てアリカだったのかよ……。いつハンターになったんだよ」
「会わなくなって、ちょっとしてからかな? 世間とギルドに求められない非戦闘職なんだから、名乗り出すわけないじゃん……あんたの番号とかも知らなかったし」
そして、アリカはレイジに向き直る。
「先ほどお伝えしたとおり、あの魚が待ってるんで、ぼちぼち向かいます?」
「そうだな」
そして、ダンジョンに全員で入る。