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78 番外編32 泡沫の姫は転生して無双する

悲恋な絵本を読んだ後のユーリとアナ



「なんでこの王子様は、自分を助けてくれた、いわば恩人とも言える人魚のお姫様を、隣国のお姫様なんかと間違えたんだろうね? 不思議だよね?」


「ねー」


「そもそも一国の王子様なのに、隣国のお姫様の顔を知らないとか、まずいよね。外交はどうなっていたのかな? 鎖国でもしてた? でもそんな記述はどこにもなかったよね?」


「ねー」


 ソファにかけたユーリが膝で広げているのはアナの絵本だ。


 くっつくように隣に座ったアナは基本的にユーリの言うことに同意しかしないが、アナとしても思うところがあるらしく、王子様の顔を、「わるいこ!」と言いながらジェノベーゼのしっぽではたいて見せた。


 ユーリの反応が気になり窺い見たシリウスだが、こちらも基本的にアナを否定することはないので、にこにこしながら優しい目で見つめている。


 娘と甥は相変わらずの相思相愛だ。


 娘たちの邪魔をしないよう、シリウスとサフィニアはテラスでお茶を飲んでいるのだが、さっきから会話が気になって仕方ない。


 そわそわしているのがお見通しだったのか、サフィニアにくすりと笑われてしまったほどだ。


「どう考えても王子様が悪いのに、泡になって消えるなんて、人魚のお姫様がかわいそうだよ」


「そうなのー。かわうそなのー」


「じゃあ、この物語の続きを僕たちで考えてみる? 人魚のお姫様を幸せにしてあげようよ」


「ゆーり、てんしゃいしゃんなのー!」


 なぜそのような結論に至れるのかシリウスにはわからないが、アナがあの絵本を読んでからしょんぼりしていたのも事実なので、その提案には感謝しかない。


「まず人魚のお姫様が泡になったから、王子様も泡にしようかな」


 油断していたところに、ユーリがまったく悪意のない顔でとんでもないことを言い出した。


「あわぶくー」


「そうそう。泡になって、文明も文化も違う別の世界で、赤ちゃんとして産声を上げました」


「あかちゃん!」


「人魚のお姫様は、今度は人間のお姫様に生まれ変わりました」


「おひめしゃま、よかったのー」


「お姫様はやっぱりお姫様でないとね。あ、今度は魔法が使えるお姫様にしようかな。もう絶対に悲恋にはならないように。王子様はどうしようかな……まぁ、カワウソでいいかな」


 なぜだ。


 ユーリは紙に「カワウソ(前世王子様)……っと」とつぶやきながら書き記した。


「かわうしょー」


「アナはカワウソ、見たことがある? 魚を頭からむしゃむしゃ食べる姿はちょっと怖いけど、かわいいよ」


 なぜ食べる姿に着目したのか。それしか情報がなかったせいで、最後の取ってつけたようなかわいいが空々しく聞こえる。


 アナが想像でカワウソの絵をぐりぐりと書き殴っているが、残念ながらシリウスの位置からはどんな絵になっているのか覗けない。動物に詳しいアナのことなので、そこまで外してはいないだろう。


「すくすくと育ったお姫様はある日、前世のことを思い出しました。自分の前世が人魚のお姫様であり、自分ではなく隣国のお姫様を選んだ王子様がいたことに。そしてそのせいで、泡になってしまったことを」


「おひめしゃま、たいへんー」


「そこにカワウソ(前世王子様)が現れました」


 唐突過ぎる再会。


「カワウソ(前世王子様)はなにか伝えたいようですか、お姫様はカワウソ語がわかりません」


 まさかの因果応報。


「しかしお姫様は心優しいお姫様だったので、行き場のなさそうなカワウソ(前世王子様)を使い魔にすることを決めました」


 使い魔。


「カワウソ(前世王子様)はかわいいので、お姫様はたくさんご飯をあげました」


「あなもおやつー」


 さりげなくビスケットを口に入れてもらい、お茶も飲ませてもらうアナは至れり尽くせりだ。ビスケットのかけらがポロポロこぼれているので、ソファは大変なことになっているに違いない。


「あ、カワウソ(前世王子様)の顔にビスケットのかけらが……」


 カワウソ(前世王子様)の扱いが酷すぎる。


 実はユーリ、ものすごく腹に据えかねていたのだろうか。わからなくはないが。


「おひめしゃまはねー、ぼうけんするのー」


「それ、ララみたいでいいね! じゃあ、お姫様は使い魔のカワウソ(前世王子様)を引き連れて、冒険の旅に出ました」


 ララとブラウニーの影響が至るところに。


「あなもでるー」


「いいね! アナはなんの役がいいかな?」


「じぇのべーぜ!」


 まさかの宣言に、さすがのユーリも目を丸くしている。


「えっ? ジェノベーゼ? アナがジェノベーゼになるの? え?」


 ジェノベーゼも、え? という顔でアナを見上げている。


 誰も理解が及ばない中、アナは気ままに片手を掲げた。


「じぇのべーぜ、しょーかん!」


「ええっ? 召喚? えぇと……お姫様の召喚術により、召喚獣ジェノベーゼが現れました」


 アナがジェノベーゼの姿で登場するという、なんともややこしい展開にユーリが食らいついている。


「あなも、おひめしゃまと、ぼうけんなのー」


「召喚獣ジェノベーゼ(中身アナ)が一緒に冒険をしたいと申し出ると、お姫様は快く仲間に入れてくれました」


 なんとか軌道修正できたようだが、お姫様はカワウソ(前世王子様)と召喚獣ジェノベーゼ(中身アナ)を引き連れて旅をするという、ますますわけのわからない展開になっている。


 それに合わせてアナもジェノベーゼをとことこ歩かせているのを横目に、シリウスはしばらく放置してしまっていた妻と向き合った。


「すまない、つい内容が気になってしまった」


「大丈夫です。怒涛の展開に、わたしもお姫様がどうなるのか気になりました。とても」


 サフィニアもシリウスと同じだった。そしてふたりして子供たちの創作物語にのめり込んでいく。


「お姫様は魔法で次々魔物を屠りながら、ようやく魔王城へとたどり着きました」


 いつの間にか旅の目的が魔王討伐になっており、仲間が増えたり、仲間割れしたり、仲直りしたりと、ここに至るまで紆余曲折あったものの、そろそろ終着点が見えてきた。


「すでに満身創痍の仲間たち。追い打ちをかけるように、魔王のすべてを賭けた攻撃がお姫様へと向けられます」


「おひめしゃま、にげてー!」


「あわや直撃、というところで、お姫様の前にその身を晒したのはカワウソ(前世王子様)でした」


 カワウソ(前世王子様)にようやく見せ場が。


「お姫様を庇ったカワウソ(前世王子様)に魔王の攻撃が直撃し、カワウソ(前世王子様)は地面へと倒れ伏します」


「かわうしょー……!」


「お姫様は慌ててカワウソ(前世王子様)をその腕へと抱き上げました。満身創痍のカワウソ(前世王子様)は最後にお姫様の顔を見上げて、なけなしの気力で想いを伝えます。『キュー……』」


 カワウソ(前世王子様)が、かわいそう過ぎた。


「お姫様はカワウソ(前世王子様)の献身に涙を流します。その涙がぽろりとこぼれてカワウソ(前世王子様)の頰に落ちると、みるみるカワウソ(前世王子様)は人間の王子様の姿に!」


 ようやくカワウソ(前世王子様)が報われ、シリウスの胸も熱くなる。ふとサフィニアを見ると、こちらはこちらで感涙していた。


 その気持ちはよくわかる。あの最後の『キュー……』の切なさと言ったらなかった。


「ふたりの想い合う心によって編み出された浄化魔法。聖なる光が魔王へと降り注ぐと、魔王はたちまち勢いをなくして打ち倒されました」


「かったのー!」」


「そして平和になった世界で、お姫様と王子様(元カワウソ)は末永く幸せに暮らしました。おしまい」


 ユーリが物語を紡ぎ終え、お姫様が幸せになったことでアナも満足そうににこにこしている。


 その様子を眺めながら、ユーリは童話作家とかになった方がいいのではないだろうかと、シリウスはわりと真剣にそう思った。


 仕事のかけ持ちは大変ではあるが、やりたいと言うのなら全面的に応援する。


 創作物語もひとまず無事に終わりを迎えたこともあり、シリウスは仕事に戻ろうかと席を立った際、ちらっと目に入ったのはアナの描き殴ったカワウソの絵。


 それが思ったよりカワウソの特徴を捉えており、やはりアナは学者だろうか、いや、画家か、しかしユーリとふたりで絵本作家という可能性も……などと、未だ方針の定まらない娘の将来についての思案しながら執務室へと向かうのだった。


 

(侯爵と童話作家の二足の草鞋……。学者と画家と音楽家の三足の草鞋を履きそうなアナよりは……まあ、できなくもないか)


王太子の補佐と侯爵の二足の草鞋を履いているせいで、色々と基準が狂っているシリウス

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― 新着の感想 ―
いつもいつもアナの好奇心旺盛さに感動して末は博士かなんて考えてるシリウスが親バカで大好きなのですが、ユーリの文才にも兼業作家も道もいいだろうな…って思ってるの最高でした 身内に…甘い! シリウスのい…
召喚獣ジェノベーゼ(中身アナ)のくだりが最高でした ユーリ、有能すぎて末恐ろしい
ふざけた感想にお返事いただき、恐悦至極にございますm(_ _)m めちゃくちゃ心に刺さる「きゅー」でした。
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