77 番外編31 ジェノベーゼの価値、プライスレス
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「ぐぁぁぁーー!! なんでこんなことに……!」
王太子の泣き言が聞こえるのはいつものことだが、毎度毎度頭の痛いことばかり起きるのが王太子の執務室である。
頭を抱える王太子の前に置かれているのは、ざっと五十はありそうな大小さまざまな宝石。
といっても大半は偽物だ。鉱石を加工して素人目にわからない精巧な模造品を量産し、売り捌こうとしていた詐欺集団から押収されたものである。
しかし王太子の頭を悩ませているのは、その中に五つだけ、本物が混ざっているということにあった。
ことの発端は王太子の母である王妃陛下が、誕生日には若葉色のブローチがほしいと息子に命じたことにある。
それだけで親子関係が察せられるものだが、別段親子仲が悪いわけではない。単純に王太子の選んだ品に信用がないので申告制になっただけだ。なにを贈るか考えなくていいので、これもある種の親心なのかもしれない。
そんなやり取りがあった後、執務と公務で忙しい王太子は宝石商に対して、緑系統で適当にいい宝石を持ってくるよう言いつけ、ちょうどいい大きさの五つを購入。
そして今になってブローチに加工しなければならないことを思い出して慌ててそれらを保管庫に取りに行ったはいいものの、そこで模造品を運んでいた騎士と廊下の角を曲がったところでまさかの正面衝突。本物と偽物が混ざり合うという結果に。
すべて、冗談のような本当の話である。
とりあえず緑以外の模造品は除いたものの、それでも残りは五十近くあった。
「この執務室は呪われているんじゃないのか!?」
呪われてはいないだろうが、きっと愛されてもいないのだろう。
王室お抱えの宝石鑑定士を呼んだが、まさかの新婚旅行真っ只中。幸せな夫婦が帰って来るまでの数日をじりじり待つわけにもいかず、代わりの鑑定士を呼び、午後には到着するだろうというところで待機中に王太子の我慢の限界が来ての、冒頭の奇声である。
「なぜもっと早くに処理しておかなかったのですか」
王妃陛下への誕生日プレゼントだ。確かに仕事ではないが、最優先案件だろう。
「買っただけでなんかやった気になっていたんだから仕方ないだろう!」
シリウスが呆れ混じりに嘆息すると、話を聞きつけたのか王太子妃が乗り込んできた。
王太子妃からすれば義母である王妃陛下との嫁姑関係は悪くなく、むしろ良好ではあるが、王太子の粗忽のせいでそこにいらぬ蟠りを残したくないのだろう。さすがにこればかりは放っておいたらまずいとばかりに、ジョシュア王子を抱っこしたまま王太子の正面に仁王立ちするので、シリウスは慌てて椅子を用意した。妊婦と知っているのは今のところまだシリウスだけである。
王太子妃は相変わらずサフィニアがお気に入りのようで、アナを抱っこしたサフィニアも遅れて姿を見せた。
人のことを言えない立場だが、仮にも王太子妃なのに、ほかにお茶会をする友人はいないのだろか。気を遣わずのんびりとお茶を楽しみたいのなら、相手はサフィニアで正解ではあるが。
「本当に、冗談は顔と頭と性格だけにして!」
だけ、と言っているがそれはもう全部だ。王太子を構成するすべてが、王太子妃にとっては冗談のようなものらしい。
本物と偽物が見分けられずに沈んでいる王太子に、王太子妃がさらに追い討ちをかけていく。
「腐っても王族でしょう? 本物くらい自分で見分けなさい!」
「無茶を言うな!」
素人目では見分けはつかないが、生まれてから本物に囲まれてきた王太子ならば見分けられてもいいのではと、シリウスも思う。
「宝石なんて、興味を持ったこともないんだぞ!? これだって、全部同じ石に見えるし……大きさしか違いがわからない!」
確かに王太子は宝石よりも、道に落ちている変な形の石とかに興味を持つ性質ではあった。
だが大きさの違いしかわからないというのはさすがにどうなのか。シリウスでも濃淡くらいはわかる。どれが本物かはわからないが。
「……もう正直、偽物でいいのではと思いはじめている」
さすがにそれはだめだろう。シリウスはすかさず進言した。
「王妃陛下に偽物をつけさせて罰を受けるのは殿下だけではないことを、お忘れなく」
王太子とぶつかった騎士や新婚旅行中の鑑定士、宝石商にまで火の粉が降りかからないとも限らない。王太子妃とて無傷でいられるかどうか。なんならシリウスもついでだからと連帯責任で罰せられかねないのだ。
「ちちうえ、しょんぽり?」
「ジョシュ……」
「ジョシュア。あなたはこういうだめ人間の見本市のような大人になったらいけませんよ。本質を見極める目を養うための努力を怠って、こんな風に情けない大人になってしまうのは嫌でしょう?」
王太子妃はここぞとばかりの辛辣さだ。
母親の言葉が響いたのかは不明だが、素直にうなずいたジョシュア王子を見て、王太子が撃沈する。
「げぼくしゃん、なきむししゃん?」
シリウスは王太子を慰めようとするアナを制した。
「泣き真似をしているだけだから、慰めなくてもいい」
「ここに味方はひとりもいないのか!? 敵地なのか!? なんで俺だけアウェーなんだ!」
大人たちが冷たいのは仕方がないが、よくわかっていない子供に慰められて満足なのだろうか。
否定的な発言をしていないサフィニアに一縷の望みをかけて縋ろうとした王太子だったが、相手は熱心な信者。真剣に祈られて途方に暮れた顔でシリウスに助けを求めてきたが、妻がわざわざ祈ってくれているのだから、真摯に受け止め、己の過ちを見つめ直し、悔い改めてほしい。
「喚く暇があるのなら、少しは努力してください。この中からひとつでもいいので本物を見つけ出して、ブローチ制作をお急ぎください。すでに職人は別室にて待機済みです」
「ぐぬぬぬぬ……」
王太子の唸り声がおもしろかったのか、アナとジョシュア王子が腹を抱えて大笑いしている。
「ぐぬぬっ」
「ぐぬーっ」
王太子の真似をする子供たちはのんきでいいなと思いつつ、シリウスも王太子だけに任せることなく、本物を見分けられないかと覗き込むが、最近の模造品はよくできていて素人目には本気でわからない。
サフィニアの腕から降りてシリウスの足を登って来たアナを抱き上げると、本物と模造品の入り混じった山を指差した。
「おたから?」
「まあ、そのようなものだ」
隙をついて手を伸ばしたアナがむんずとひとつ掴んだのを見たサフィニアが慌てた。
「アナ! 食べたらだめよ?」
「あな、たべないのー」
そう言いながらジェノベーゼにくんくんと匂いを嗅がせている。
「ジェノベーゼに食べさせるのもだめだ」
「じぇのべーぜも、たべないのー」
アナはみくびるなとばかりにぷんすこする。
「傷つくといけないから離しなさい」
これだけあって偶然本物を掴む確率は低いと思うが、念のためそう促すとおとなしくぱっと手のひらを開いて離したが、反対の手もつられて開いてしまったのか、ジェノベーゼまでもが石の山の中へところりと転がった。
ジェノベーゼを回収しようと手を伸ばしたとき、王太子が重々しく告げた。
「これは、試練なのかもしれない」
またなにか意味不明なことを言い出した。
「本物を見分ける目を養うために、王太子としてジョシュアに命じる。この中から本物を見つけ出すこと! なお、シリウスの娘の手を借りても構わない」
ジョシュア王子は遊びだと思っているのか、素直に、はーい、と手を挙げている。アナも真似して、片手を挙げた。こちらは安定の、うんー、だが。
「ばかだばかだと思っていたけれど、本当にばかだったのね」
王太子妃が呆れを通り越してもはや残念な生物を見る目になっている。いつもそんな感じではあるが。
側近たちがさりげなくクッションたっぷりの椅子を二脚用意して、王太子の執務机にそえると、アナとジョシュア王子は命じられた通りに宝探しをはじめた。ふたりとも楽しそうなので止めはしないが、王太子の魂胆は誰の目にも明らかだ。
「子供に責任を押しつけるつもりですか」
王太子が偽物を贈れば処罰は免れないが、ジョシュア王子が選んだとなれば話は変わる。孫からもらったものは、路肩の石ですら嬉しいのが祖父母というものらしい。
ジョシュア王子が“偶然”どこかから拾ってきた綺麗な石でブローチを作った、ということにしてしまえば丸く収まりはする。模造品ではあるが、鉱石には違いないのだ。
この場にいた全員で容赦なく王太子を責めていると、アナとジョシュア王子が早々に本物を選び終えた。
遊んでいるように見えて、子供たちなりに周りから非難される王太子を憐れみ、手伝いをしたつもりなのだろう。ふたりともやり切った顔をしている。
そこへ待望の鑑定士が現れ、それまで張り詰めていた空気がほっと弛緩した。王太子など安堵し過ぎて椅子からずり落ちそうになっている。
アナたちが選び抜いた本物を守るかのように、ちょこんとジェノベーゼが立っていたのだが、それごと鑑定士に持って行かれてしまった。
仕方がない。後で回収すればいいだろう。
「あーー、死ぬかと思った」
「場合によっては我々も道連れですから、普段の行動をもう少し見直して、廊下は二度と走らないようにしてください」
「昔廊下を走って叱られた意味を、この年になってようやく理解したかもしれない」
身に染みるのに、時間がかかり過ぎだ。
鑑定が終わったとの報告を受け、王太子に任せるとまたろくなことにならない気がしたので、シリウスは率先して鑑定された宝石を取りに向かった。
鑑定士は本物は右側に鑑定書とともに置いてあると言っていたが、一番右端にいるのはジェノベーゼである。
だが、まあ、鑑定の邪魔とならないように端っこに置かれただけだろう。ジェノベーゼの前脚の下にそれぞれ鑑定書が収まっているのも、きっと気のせいだ。
ジェノベーゼは鑑定士にベタベタ触られた体が気になるのか、全身を丁寧に毛繕いをしている。
しかしなぜジェノベーゼまで鑑定されてしまったのか。無言のシリウスを見上げるジェノベーゼの不思議そうな目は、確かに翠色ではあるが。
美術館や博物館に展示されている国宝級の宝石と同じ年代に採掘された、非常に希少価値の高いエメラルドのため、価値はつけられないという内容の鑑定書を、シリウスは見なかったことにしてポケットへとねじ込み、ふと気づく。
それぞれ鑑定書が添えられた本物である五つの宝石。
アナとジョシュア王子が選んだ五つに非常によく似ている。
濃淡くらいはわかるシリウスなので気づいたが、大きさの違いしかわからない残念な目を持つ王太子は気づかなかっただろう。
子供だからこそ、無垢な瞳で真実を見出せるのだとしたら、シリウスや王太子が本物を見分けられないのは当然のないことなのかもしれない。
(……先に職人のところに持って行くか)
王太子を間に挟んで、また冗談のような事態が起きたらさすがに笑えない。
シリウスは待機していた職人に本物だけを預け、残りを騎士団へと運び、最後にジェノベーゼをアナへと返却した。
「じぇのべーぜ!」
アナはきらきらした笑顔でジェノベーゼを抱きしめ、ジェノベーゼも嬉しげに瞳を煌めかせる。
その瞳が国宝級の石であろうと、ガラス玉であろうと、ジェノベーゼはジェノベーゼだ。
価値をつけるのは野暮というもの。
なにより、自在に空を飛ぶ時点で普通のぬいぐるみではないのだ。
これ以上の付加価値は必要ない。
もはやどんな情報が出てきても驚きはしないシリウスだった。
ジェノベーゼを見た鑑定士の心の声
(なぜ歴史的価値の高い国宝級のエメラルドが、ぬいぐるみの目に……? さすが王族、やることが違うな……)




