74 番外編28 きのこの名前を考えよう。
短めです。
番外編14にちらっと出てきたきのこのお話です。
「きのこ?」
「ええ、きのこです」
執事長が深々とうなずく。
急にきのこの話を持ち出されて困惑するシリウスへと、詳しい説明をすべく執事長は続けた。
「アナ様が以前発見された夜光るきのこですが、調査の結果、やはり新種だったらしく、発見者は名前を考えるようにとの要請がありました」
シリウスを驚かせるためだけに採ってきたきのこが、まさかの大発見だったらしい。
新種だとは思っていたが、本当に新種だったとは。
「そういうのはだいたい発見者の名前から取るものだろう。無難に、アナスタシア茸、とかでいいのではないか?」
「アナ様が了承すればそれでよいと思います」
どうやらアナに決定権があるらしい。
発見者なので当然の権利ではあるが。
仕方ないのでアナを執務室に呼びつけると、サフィニアに抱っこされ、その肩に半分顔を埋めた状態で現れた。背中を優しくとんとんとされているからか、だいぶ瞼も落ちかけている。
「……眠いのか?」
「そうですね、遊び疲れたみたいです。もうすぐお昼寝の時間なので、このまま寝かせようと思います」
「それならまた後日でも構わないが」
アナの睡眠時間を奪うほどの火急の用件でもないのだ。
「あな、ねんね……ちがう、のー…………」
否定しているが、後半はもうほとんど寝息だった。腕に持ったジェノベーゼの鬣もすやすやと揺れている。
「では手短に。アナが発見したきのこだが、アナスタシア茸という名前でいいな?」
「……やー」
嫌なのか。
夢うつつでも、アナスタシア茸という名前が嫌なことはわかるらしい。
「それならどんな名前がいいのか考えておくように。以上、解散」
すでにアナは寝落ちしていたので、代わりにジェノベーゼがしっかりとうなずいていた。
きのこの名前を考えよう。と銘打たれた議会が数日後シリウスの執務室で開催され、シリウスが考えた安直過ぎる候補たちはすべてアナによって却下されるに至った。
「せっかく自分の名前がつけられるのだから、『アナスタシア』から取った方がいいだろう」
「あな、やー」
「そこまで言うのなら、きちんと自分で候補を考えてきたのか?」
「うんー! ひしょしゃん!」
「秘書?」
誰のことかと思えばサフィニアだった。彼女はてきぱきと名前の候補が書かれた紙をテーブルへと並べていく。その姿は正しく秘書と言えた。
「サフィニアは秘書ではなく、アナのママだろう」
「ひしょしゃんなのー」
新しいごっこ遊びなのか譲らないアナにこれ以上言い聞かせるのは諦め、名前の候補をひとつずつ確認していくことにした。
「『じぇのべーぜ』『じぇのべーぜ・おりじなる』『じぇのべーぜ・ぷれみあむ』『じぇのべーぜ・ぷらちなむ』『じぇのべーぜ・かわいー・おうましゃん』……」
異例のジェノベーゼ率の高さ。
そして『じぇのべーぜ・かわいー・おうましゃん』に至っては、ただの個人の感想である。
もちろんシリウスから見たジェノベーゼは、愛嬌のある顔立ちや姿をしているのでかわいいに当てはまるのだが、人によっては恐怖の対象だ。暴れ馬の名は伊達ではない。
「とりあえず、この『じぇのべーぜ』と『じぇのべーぜ・おりじなる』は、すでに存在するから却下だ」
ふたつ取り下げたところで残りもジェノベーゼの名前入りなのだが。
「もしかして、ジェノベーゼが最初に発見したのか?」
「じぇのべーぜとねー、あな」
「それなら、アナとジェノベーゼの名前を合わせて、アナ・ジェノベーゼ茸でどうだ?」
「うー……ん?」
拒絶はされなかったが、後ひと押し足りないようだ。
「それなら、アナ・ジェノべ茸ではどうだ?」
「ううー……ん?」
煮え切らないアナになにが問題点か率直に尋ねた。
「どの部分が気に入らないんだ」
「たけー」
「茸か……」
どうやら根本から気に入らなかったらしい。
「椎茸も舞茸もえのき茸も平茸も、みな茸がついているものだろう」
きのことはそういうものなのだと説明すると、アナはぷんすこしながら言った。
「しめじ!」
「しめじ、は…………いや、違う。しめじは、しめじ茸だ」
危うく三歳児に打ち負かされるところだったシリウスは、どうにか持ち直してすぐに反論したが、間髪をいれずに切り返された。
「えりんぎ!」
「…………」
三歳児に完敗した。
やたらきのこに詳しい娘だった。
すべて食べれるきのこであることを思えば、思考のほとんどを食欲に支配されているアナらしくはあるのだが。
「あな、ばたーそてー」
「夕食はきのこのバターソテーにしてもらうから、まずは、夜光るきのこの名前をつけなさい」
「りぞっとー」
「きのこのリゾットもつけるから、今はこっちの名前だ」
食欲の権化であるアナは、自分の意見が通ったことを満足そうにしている。
サフィニアもきのこ料理は好きなので、親子揃ってにこにこだ。
執事長もすぐさま、きのこの在庫確認の指示を出している。
夕食のメニューは決まったが、肝心の夜光るきのこの名前は未だ決まらず。
すでに疲労がにじむシリウスがため息をつくと、サフィニアがそういえばというように尋ねてきた。
「その夜光るきのこは、食用だったのですか?」
「いや、毒性はないが、食用向きではないらしい」
そう報告書に記されていた。
つまり、食べても特に問題はないが、おいしくはない、ということだ。
「そうですか……」
サフィニアはちょっと残念そうに引き下がる。おいしければ食べる気だったのだろうか。
あれだけ光っているきのこだ、食べたら自分も光りそうで怖い。食べようと思えるその勇気を讃えたい。
そんなシリウスの考えを読んだらしいジェノベーゼが、体の一部が光っても平気だというように目をちかちかさせて見せたが、そういう意味ではないのだ。ぬいぐるみと人間では、根本的な体の作りが違う。
ぬいぐるみの目が光ること自体おかしなことなのだが、シリウス以外誰も気にしないので、その件に関しては気にしなくていいものだともう割り切った。
「アナの名前を使うのが嫌なら、夜光るきのこらしい名前はどうだ? 星とか、蛍とか、夜光るものの名前をもらえばいい」
「よるは、ねんねなの」
それはそうだが。
「よふかし、わるいこ」
その通りだが。
「びよーの、たいてき」
「美容を気にする年齢ではないだろう?」
単に誰かの受け売りで、意味を理解して言っているわけではないことはわかるが。
するとシリウスとの会話でなにか閃いたらしいアナが、「ひしょしゃん!」とサフィニアを呼びつけ、新しい紙を用意させると、勢いよくクレヨンを握った。
そしてごりこりと力強く書かれた文字は、『よふかしきのこ』。
これまではジェノベーゼの圧が強い名前ばかりだったが、ようやくきのこに一歩近づいた。
「かわいいお名前ね!」
これにはサフィニアも大絶賛だ。
おそらく響きがかわいかったのだろう。相変わらずサフィニアの感性はよくわからない。
「『よふかしきのこ』に決めるか?」
『〜茸』という形ではないが、『〜きのこ』でも大丈夫だろう。『じぇのべーぜ・かわいー・おうましゃん』よりは、きのことわかるだけましだ。
「あな、よふかしきのこー」
「では、よふかしきのこで進めよう。――執事長、これで頼む」
「それではこちらで回答しておきますね」
夜光るきのこの名前は、『よふかしきのこ』ということで決着がついた。
ひと段落して気の緩んでいたシリウスは、後日、アナが再び新種のきのこである虹色きのこを採って来ることなど、もちろん知る由もなく……。
早めに決まってよかったな、などとのんきに思いながら、きのこの絵を描きはじめた娘を眺めながら、妻と穏やかに夕食のきのこ料理についての他愛ない話をするのだった。
「パパー、みてぇー」
嬉々とするアナの手にあるのは見たこともない、笠の部分が見事に七色にわかれた、虹色のきのこ。
再び新種のきのこと相見えたシリウスは、冗談のようなその色合いにしばらく思考を放棄したが、毒きのこかもしれないという可能性に気づくと慌てて取り上げた。
幸い虹色きのこに毒性はなさそうだったが、次もそうとは限らない。
シリウスはアナに、もう二度と変なきのこを採って来ないことを、苺タルトと引き換えに約束させたのだった。




