59ー一瞬の出来事
教会からの帰り道。手芸品店に寄って、色んな色の刺繍糸を買った。
緑でも、色々あるのだ。黄色や青も買った。明日は先ず、図案を考えよう。
「今日は沢山走りましたね」
「うん、たのしかったのら」
「わふん」
ピカが眠っても大丈夫だよ。と、言ってくれる。俺は帰り道、ピカに乗せてもらっていたのだ。
「ありがと、らいじょぶら」
ピカのもふもふと、少し高めの体温、それにピカが歩くと伝わってくる、ゆったりとした揺れがちょうど心地良くて眠気を誘う。
よく走ったし、ちょっぴり眠くてトロンとしていたのだ。
そんな俺は、突然ガシッと掴まれそのままヒョイッと抱き上げられた。どこからか、走ってきた男に抱き上げられたのだ。男は、俺を肩に担いで走り抜けて行く。
「ぴゃッ!」
「わぉん!」
「ロロ坊ちゃま!」
俺を担いだ男は、直ぐ横をゆっくりと走っていた幌馬車の荷台にドサッと俺を投げ入れ、自分も荷台に飛び乗った。途端に馬車が全速力で走り出す。
投げられた俺の小さな体は、馬車の荷台で勢いよく転がったのだ。
「ぐふッ!」
何なんだ!? 半分眠りそうだった俺の頭は追いつかない。何が起こったんだ!?
一瞬の出来事で、ピカの反応が遅れた。ちびっ子な俺は、何も抵抗できなかったのだ。
「わぉーん!」
ああ、ピカが追いかけて来ている。大丈夫だ。ピカなら馬車を見失う事はないのだ。
それよりも、木で出来た荷台に投げ込まれた俺だ。ちびっ子だから、吹っ飛んでしまい体をしこたま打ち付けた。
体中が痛いのだ。咄嗟に体を丸めたらしい。それでも、肘から血が出ている。
「キュル」
ああ、そうだ。ポシェットの中にチロがいた。俺を治そうとしてくれているのだ。
「ちろ、でてきたららめ」
俺は、男に気付かれない様にチロに言った。小さな幌馬車だ。俺を攫った男が同じ荷台に。もう1人、御者台で馬車を走らせている。
こいつら何なんだ? もしかして、人攫いなのか?
でも、真っ昼間に街の真ん中でこんな事をするなんて無謀だ。街の人達が見ているのに。
それにしても体中が痛いのだ。
「うぅッ」
「チビ、悪く思うなよ。俺達も金が欲しいんだ」
俺を売るって事なのか? 俺はもう貴族じゃない。身代金目当てではないだろう。
なら、やっぱり売るのか?
逃げなきゃ。でも、俺は弱っちい。まだちびっ子なのだ。
体を起こそうにも、痛くて動けないのだ。
「わおぉーん!」
ピカ、無茶したら駄目だ。魔法で攻撃して、万が一にも他の人を傷付けたら駄目だ。
とにかく、馬車が止まるまで後をつけて欲しいのだ。
俺は目を開けて、周りを見ようとした。首を持ち上げるのも痛い。手足に力が入らない。どうしたのだ。しっかりしなきゃ。
「大人しくじっとしているんだ。痛い目に遭いたくないだろう? 無防備に犬に乗っていてくれて助かったぜ」
俺を狙ったのか? どうして!?
動いて抵抗したくても体が動かない。なんて弱っちいのだ。
「うぅ……」
怖くて声が出ない。流れる景色は、街からどんどん離れて行く。意識を、朦朧とさせながら考える。どこに連れて行かれるのだ? 俺は一体どうなるのだ?
馬車は走り続ける。防御壁は過ぎたのか? 何も分からない。
馬車は俺達の家とは反対側に向かっていた。こっち側まで来た事がないのだ。
幌馬車の荷台で、目を開けて前を見る。御者台から見える景色を見ていたのだ。
もう街中ではなくなっている。木が多い。木立を抜けると小さな湖が見えてきた。
その畔に古いレンガの様な造りで、蔦が這っている門や塀が見えてきた。
小さくて古いけど、廃れてはいない。頑丈そうな高い塀に囲まれた小綺麗な邸宅だった。
門を入って行くと、並びには納屋や厩舎もあった。庭には木造のテラスがある。その柱にも蔦が這っていた。
これは、きっと何かの花だ。花が咲いたらとっても綺麗な庭になるのだろう。
ちゃんと手入れもされている。どこかの貴族の別邸なのかな?
ああ、もう空が夕焼けなのだ。どれ位馬車で移動したのだろう。
今日はお昼寝をしていないから眠いなぁ。でも、身体中が痛くて眠れない。てか、眠いなんて言っている場合じゃないのだ。
なんて、考えていた。玄関の前で馬車は止まった。
ピカが少し遅れて走って来た。
「よし、付いて来ているぞ」
「成功だな」
え? どういう事なのだ? もしかして、態とピカを付いて来させたのか?
「ヴヴー!」
ピカが威嚇している。ピカ、やっつけるなら今なのだ。
「おっと、このチビが怪我してもいいのか?」
俺はまた担がれ、小刀を突きつけられてしまった。俺を盾にするつもりなのだ。
そうか、俺は人質なのだ。ピカを大人しくさせる為の道具だ。
「ぴか……いいから……やっちゅけて」
「わふぅ……」
そんな事できないと、悲しそうな目をする。ピカ、いいのだ。俺、ポーションを持ってるから、多少は怪我しても大丈夫なのだ。
怖いし、痛いのは嫌だけど、この際仕方がない。
「余計な事言うんじゃねーよ。黙ってな」
そう言って、男は俺のお腹を殴ったのだ。グーパンだ。
「ぐぇ……」
「わふッ!」
俺は、ウェッて吐いてしまった。さっき食べたプリンなのだ。
「うわ、きたねーな!」
「おい、手荒な事すんじゃねーよ」
もう1人の、御者をしていた男がやって来てピカに話しかける。
「チビに怪我をさせたくなかったら、大人しくするんだ」
こっちの男の方がリーダーなのか? それより、お腹が痛いのだ。
「ゲホッ……ケホッ」
「クゥ〜ン」
ピカ、大丈夫なのだ。
お読みいただき有難うございます。
今日から少しの間だけ、ロロくん災難です。
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