290ー早く言ってね
「坊ちゃま、アイロンあてますか?」
「うん、まりーおねがい」
「はいはい」
刺繍の仕上げだ。裏側からそっとアイロンをあてる。
これはいつもマリーがやってくれる。おれはまだちびっ子だからアイロンは使わない。
この世界のアイロンは、前世の日本にあったような軽い手軽な物ではないのだ。
流石に、魔石で熱を発生させているので火は使わないのだけど。
魔力を少しずつ加えながら、熱を調整するんだ。俺はまだそれができない。
だから仕上げのアイロンはいつもマリーにお任せなのだ。
そしてクリーンをして完了だ。
「ただいまー」
お昼ご飯の頃になって、やっとディさんが戻ってきた。手に持っている籠に大量のお野菜を入れて。
また、特盛サラダだ。俺は普通盛りで良いのだよ。
「でぃしゃん、おかえり」
「ロロ、今日は家にいたの?」
「うん、でぃしゃん」
こっちこっちと手でディさんを招く。ここに座ってと、ソファーをトントンと叩く。
「ん? どうしたの?」
「れきたのら」
ジャジャジャーン! と、お披露目だ。
「ロロ!」
ディさんが、俺ができたと見せたスカーフを手に取る。そして、じっと見ている。
「凄いね、とっても綺麗だ。有難う!」
「ふふふん、いいのら」
えへへ、頑張ったのだよ。ディさん、刺繍を見ているけど瞳は光っていない。精霊眼で見ていない。どうしてかな? 見てみてほしいのだ。
「でぃしゃん、みてみて」
「精霊眼でってことかな?」
「うん、みて」
「わかった。じゃあ、見せてもらうね」
そう言ったディさんの瞳がゴールドに光った。暫く真剣なお顔をしてジッと見ている。
「ロロ、これはどうして?」
「なんなのら?」
「いや、ロロはここまで付与できなかったよね?」
そう言われても分からないのだ。説明をしてほしい。
ディさんが言うには、今まで俺は所謂『なんとなく感じる』程度のお守りだった。どちらかというと防御の方に特化していて、攻撃といえばプチゴーレム達のビリビリくらいなのだ。
それも、連れ去られないようにだ。
その集大成とでも言うのか。ディさんのスカーフでは、物理攻撃と魔法攻撃の両方に対する防御力アップが付与されていたらしい。
そこまでは今までの流れだ。だけど、それだけじゃなかった。
「いつの間に、攻撃力上昇まで付与できるようになったの? しかも危機感知だけじゃない、運も高めるよ、これ」
おふ……と言われても。分からないのだ。
「ロロ、何を思って刺繍していたのかな?」
ディさんに、とっても良いお顔でニッコリとされた。ちょっぴり迫力があるのだ。
あれれ? 俺って責められているのかな? ん?
「まさか、責めている訳ないじゃない。でもね、知りたいんだ。どうしてこうなったのかをね」
ん~、どうしてと言われてもだ。俺って何を思って刺繍していたっけ?
「えっちょぉ……いたいいたいはらめ」
「うん、それはいつも通りだね。それから?」
「えっちょぉ……あぶないのはいや」
「ああ、それが危機回避と運を高める事になったのかな? で、攻撃力はどうかな?」
「ん~とぉ……あ、ちゅよちゅよ!」
「んん!?」
ディさんだからとっても強いんだと思ったんだ。もしかしたらそれかも知れない。
「ああ~、そうなの?」
「うん、しょれしかないのら」
どれだけ強いのかな~? 唯一のSSランクってどんなのかな~? 強いね~ってさ。
それがまさか攻撃力の上昇になるなんて思わないよね。
まあ、良い事ではないか。腕を組んで、うんうんと納得する。
「ロロったら、アハハハ! 有難う! 嬉しいよ!」
ディさんに抱きつかれちゃったのだ。喜んでもらえて良かった。
予想外の付与はあったのだけど、まあそれも良い感じだし。
「ロロ、そんな軽い感じではないね。これってバレたら結構マズイよ」
「え……」
「まあ僕が持っている物だから、エルフはそうなのかくらいにしか思われないだろうけどね」
ディさんが言うには、一つの物にこれだけ幾つもの付与ができる人はいないらしい。
ほうほう、いないのか。なら、どうしよう?
「うん、秘密だ」
「わかったのら、ひみちゅ」
プクプクとした人差し指を、プニッと唇に当てる。また秘密が増えてしまったのだ。
「えっちょぉ、りあねえやれおにいにもらめ?」
「話しても良いよ」
「しょれと、ちゅくるのもいい?」
「うん、リアとレオなら良いんじゃない? どうせ人でこれを鑑定できる人はいないよ」
エルフなら別だけどね。とディさんが言った。そうなのか。レオ兄は鑑定眼を持っているけど、見えないのかな? そんなに違うのか。
「人とエルフだと最初から持っている魔力量も素質も全然違うんだ。でも、レオやロロはエルフに近いと思うよ。リアやニコだってかなりできる方だ。きっとロロ達のお母様はとても魔法の素質があった人なんだろうね」
そういえばマリーが、母様は魔法杖を持っていたと言っていた。その魔法杖はどこにあるのだろう?
俺は見た事がない。もしもあるのなら、見てみたい。




