289ー完成なのら
「キュルン」
「ちろ、きょうはぴかはいないのら」
「キュル」
いつもピカの上に乗って日向ぼっこしているから、チロさんは所在なさげだ。
「おいれ」
「キュルン」
俺の肩に乗ってきた。チロさん、本当に大きくなったのだ。
あのお祭りの夜から急に成長したと思う。
「ね、チロは大きくなったよね」
ディさんもそう言っている。
「一度見てみようかな?」
見てみるとは、ディさんの精霊眼なのだ。
チロが大きくなったから、ディさんが精霊眼で見る事になった。
ディさんのエメラルドの様な瞳が、ペカーッとゴールドに光ったのだ。
「チロって回復に特化しているのだと思っていたんだけど」
ん? そうだろう? だってチロは状態異常だって回復できる。
「うん、そうなんだけど」
ディさんが精霊眼で見た結果なのだ。
チロは勿論、回復ができる。普通の回復だけじゃなくて、状態異常だって回復できる。でも、それだけではなかったのだ。
「チロは支援魔法も得意なんだね」
「キュル」
支援魔法、自分以外の誰かに身体強化をしたり、防御を強化したり。そんな事が得意なのらしい。
そういえば、お墓参りに行った時もみんなが怪我をしないようにと魔法を使っていた。お祭りの夜にもそうだった。
「ちろはみんなが、いたいいたいしないようにって」
「そう、よくやっていたよね?」
「うん」
やっぱディさんも気づいていたのだ。
「チロ、有難うね。みんなを守ってくれていたんだね」
「キュルン」
ふふふ、なんだかチロが大人に見えるのだ。
「ロロ、もうチロは赤ちゃんじゃないよ。大人でもないけどね」
「しょうなの? けろ、いちゅも、ねているのら」
「アハハハ、そうだね」
だってチロは相変わらず眠っている事が多い。蛇さんだからかな?
「ロロ、秘密を忘れたかな? チロは普通の蛇さんじゃないよ」
「しょうらった」
チロも神獣で、あの女神の神使なのだ。普通じゃない。
え、それとよく眠っている事と、関係あるのか?
「ん~、ピカはチロよりずっと長く生きている。だからだと思うんだけど、チロはまだ眠いんだろうね」
ほうほう、じゃあピカさんはお爺ちゃんなのかな? そんな事はないだろう? 確かあの泣き虫女神が、ピカもまだ子供だと話していた。
「ピカもまだ大人じゃないから、お爺ちゃんじゃなくてお兄さんだね。アハハハ」
ほうほう、そうなのか。
「ピカは三人目のロロのお兄さんだ」
「うん、でぃしゃん」
いつも俺の側にいてくれるピカ。両親が亡くなって、俺が泣いていた時にやって来た。
あの女神が遣わしてくれたのだろう。
あれからずっと側にいる。俺が攫われた時もそうだった。
「さて、僕はお野菜を採りに行こうっと」
いつも通りのディさんだったのだ。俺はちょっぴり思い出に浸っていたというのに。
「ふふふふ、いつも通りね~」
「ね~」
セルマ婆さんもいつも通りなのだ。こんな毎日が俺は楽しいのだ。
じゃあ俺はディさんの刺繍を仕上げてしまおうかな。
トコトコと家の中に入ると、マリーが話しかけてきた。
「あらあら、ディさんと一緒じゃなかったのですか?」
「うん、でぃしゃんのししゅう、しあげるのら」
「はいはい、あと少しで出来上がりでしたものね」
「うん、しょうなのら」
マリーが俺のお道具箱を出してくれる。
もうずっと前にディさんが持ってきたサラサラした綺麗な大判のスカーフ。
こんな綺麗な生地を見た事がない。これもあれかな? エルフしか持っていないとか特別な物なのかな? エルフの国で織られた物だと話していたし。
なんて思いながら、チクチクチク。
小さな手でぷっくぷくの指で、細かい刺繍をしていく。
淡い若葉色の様なグリーン。グラデーションで、端にいくほど色が濃くなっている。角度によってキラキラと光って見える。そこにチクチクと刺繍をしていく。
同じ緑の刺繍糸でも濃淡をつけて、葉っぱが上に向かって伸びている様に見えると良いのだけど。いたいいたいは駄目、守ってねと思いを込めながら一針ずつ刺繍をしていく。
「とっても綺麗ですね」
「まりー、しょう?」
「はい、ロロ坊ちゃま本当にお上手になりましたね」
「えへへ~」
マリーが褒めてくれた。隣に座って俺の手元をジッと見ている。
時々、そこはこっちから針を入れると良いですよ。とか、アドバイスをしてくれる。
「えっちょ、こうして……こっちからもろって」
「はいはい、そうです。お上手ですよ」
「むじゅかしいのら」
夢中になると、思わずお口がタコさんのお口になってしまうのだ。午前中はずっとチクチクと刺繍した。
「れきた」
「はい、できましたね」
ディさんご依頼の刺繍ができ上がった。
広げると、テーブルの端から端まである位の長さだ。でもとっても軽い。薄い生地だからとっても刺繍が難しかった。すこし力を入れると生地がつってしまう。
だからそっと、優しく刺繍した。俺の大作なのだ。
「まぁ……本当に綺麗です。頑張りましたね」
マリーが、ほぅ~ッと感嘆の息を漏らしながら言った。綺麗にできたよね。うん、頑張ったのだ。
大判のスカーフの端に沢山の葉っぱを刺繍して、それが両側から中心に向かって伸びているように刺繍した。緑の糸を何種類も使っている。
生地の色に合わせて、端の方が濃い緑で真ん中に行くにつれだんだんと薄くしてある。
図案を描いている時にちょっと楽しくなってしまって、凝ってしまったのだ。