282ー驚き過ぎだ 2(テオ視点)
マリーが、今のと言った。
それから、この街に来て直ぐの頃のロロの話を聞いた。未だに時々夜泣きをするのだという事も。
「ロロ坊ちゃまは覚えておられないのですよ。まだ2歳でしたから」
いかん、涙が出そうだ。僕はこんな話に弱いんだ。
ロロはまだちびっ子だ。突然の変化に心が追いつかなかったのだろう。
まだ両親に甘えていて当然の歳なんだ。
「テオ様、泣かないで下さいよ」
「ジル、うるさいぞ」
ジルの言葉で、涙が引っ込んだ。
「リア嬢ちゃまとレオ坊ちゃまに、相談なさってみてください。私は賛成です」
「そうか、話してみよう」
「旦那様は、直ぐに一緒に暮らせなくてもお顔を見たいでしょうし」
父上だけじゃなく、お祖父様やお祖母様は気が気じゃないだろう。
こんなに可愛くて利発な子供達を見たら、涙を流すだろうな。
そういえば、ロロを2階に連れて行ったままディさんが戻ってこない。
「ふふふ、きっと一緒に眠っておられるのですよ」
「え、そうなのか?」
「はい、よくロロ坊ちゃまと一緒にお昼寝なさいますよ。あらあら、お茶のお代わりをお入れしましょうね」
マリーの性格も良かったのだろう。朗らかで大らかだ。
話しを聞くと、マリーの息子さんも一緒に亡くなったという。マリーだって辛かっただろうに。
ロロ達兄弟と、孫娘二人を引き取って育てている。
もっと早くに、気付いていれば力になれただろうにと思う。
四兄弟とマリー達は自分の力だけで、こうして暮らしてきたんだ。子供達とマリーだけで1年だぞ。
ああ、本当に今度こそ泣きそうだ。
「……え?」
何かフワフワするものが、足元に当たった。ほんのり温かい。見てみるとフワフワとした真っ白な大きな鳥さんだ。
「ふふふふ」
「ジル、フォリコッコだよな?」
「はい、さっき外から入ってきて座り込んだのですよ。アハハハ」
気が付くと、俺達が座っている足元に大きなフォリコッコが座り込んで丸くなっていた。
フォリコッコってこんなに人に慣れていたか? 臆病だから人の前には姿を現さないのじゃなかったか?
「慣れていますね」
「おう、慣れてるな」
きっといつもこうしているのだろう。当然の様に家の中に入ってきて、思い思いの場所にいる。しかもよく眠っているじゃないか。フワッフワの羽毛だ。
「アハハハ、本当に僕達の今までの常識なんて、大した事ないと思い知らされるよ」
「ええ、本当に」
この小さな家にどんな思いで越して来たのだろう。マリーの話を聞いていると、お金には困らなかったのだと思いたい。
それでも、兄弟だけでどんなに心細かった事だろう。マリーがいてくれて本当に良かった。
よく離れず一緒にいてくれた。
「マリー、有難う」
「あらあら、何ですか?」
「マリーが一緒にいてくれて本当に良かった」
「まあまあ、私は何もできませんから」
そんな事はない。マリーの存在がどれ程心強かった事だろう。
「マリー」
「あら、ドルフ爺さん」
「夕ご飯にどうだ?」
ドルフ爺さんが手に持っていたのは、やはりマンドラゴラ。思わず笑ってしまう。
「アハハハ、どんだけいるんだ」
「きっとどっかで増殖しているんだと思うんだ。しつこいんだよ」
「ドルフ爺も、食べているのか?」
「おう、毎日食べているぞ」
「毎日!?」
「ああ、美味いぞ」
昨日スープに入っていたから、美味しいのは分かった。
でも、マンドラゴラって高価な薬湯の材料にもなっていなかったか?
「万病に効く霊薬の元だと教わりましたけど」
「どんな病にも効く薬なんてないぞ。それこそ万能薬でもない限りはな」
「ドルフ爺、そうなのですか?」
「そうだぞ。だが、マンドラゴラは栄養価が高い。それで健康になる人もいるだろうな。ワッハッハ」
そんな事、誰が知っているんだ。何しろマンドラゴラ自体が、ダンジョンか森の奥深くにしか生息しないとされている。しかも、マンドラゴラだと気付かずにそのまま引き抜いてしまうと、状態異常を起こして気絶するんだ。
だから持ち帰った者なんて、ごく僅かだ。誰も栄養成分まで研究していないだろう。いや、できなかったんだ。
「直ぐそこに生えているからな。毎日引き抜いても、どっからか出て来る。ここじゃあ、珍しくもなんともないぞ」
いやいや、それが普通じゃないんだって。
「ふふふふ、ドルフ爺は毎日抜いていますからね」
「おう、ロロが毎日見つけるからな」
ああ、あれだ。ロロ曰く『バシコーン』だっけ。あの小さなハンマーみたいなので殴るんだ。
ちびっ子なのに、キリッとした表情をして『とぉッ!』と声をあげながら殴る。
あの小さな丸いフォルムの身体でだ。可愛いったらない。しかも手に持っているのがあれだ。
「ふふふ、ピコピコハンマーだそうですよ」
「アハハハ、そのネーミングは何だよ」
「ロロ君は楽しいですね」
「あれもロロが土で作ったんだ。コッコちゃんの羽みたいな飾りが付いているだろう?」
「ドルフ爺、ロロが作ったのか!?」
「え? でも音が鳴ってましたよね?」
「ふふふふ、そうなんです。とっても可愛らしい音でしょう?」
いやいや、マリー。そこもおかしいぞ。ドルフ爺も、あれは面白いと言いながらお茶を飲んでいる。
僕がズレているのか?
「テオ様、ズレていません」
「だよな? 僕は普通だよな?」
「はい、普通です」
なんだかまた今迄の常識が、揺らぎそうだ。




