254ールルウィン祭 夜の部 8
誰かが俺を呼んだのだ。だから、何だ? と思ってそっちを見たら、直ぐそこにブラックウルフが牙を剥いて迫っていた。
これはヤバイのだ。ほんの一瞬の隙を突かれてしまった。
俺はララちゃんを、自分の後ろに隠して前に出た。ポヨンとした幼児体形に、手にはコッコちゃんの羽を模した飾りのついている可愛らしいピコピコハンマーを持って。
ブラックウルフが、俺達を目掛けて飛び掛かってきた。
「ろろ……ふぇ……」
ララちゃんが俺の後ろで、しゃがみ込んで怖がっている。ララちゃんを守るのだ。
ピコピコハンマーを持った手を、大きくふり上げて思い切り叩きつけた。
「とおッ!」
――キュポン!
そして忘れちゃいけない、ちびっ子戦隊。フォーちゃん、リーちゃん、コーちゃんだ。
俺の足元にいたのに、一斉にジャンプして飛び掛かって来た。
「ピヨピヨ!」
「クックー!」
「ピヨヨ!」
ロロを守るアルね! やっつけるアルね! 八つ裂きアルね! と口々に言って、飛び蹴りを入れている。過激な事を言っている子がいるぞ。
あれ? フォーちゃん達って、あんなに高くジャンプできたっけ?
俺も、もう一回なのだ! 俺は魔力を込めてピコピコハンマーを叩きつけた。
「たあッ!」
――キュポポン!
「ピヨピヨ!」
「クックー!」
「ピヨヨ!」
ピコピコハンマーと、フォーちゃん達三羽の飛び蹴りが炸裂だ。
また横からブラックウルフが出てきた。
「えいッ!」
――キュポポンポン!
「ピヨピヨ!」
「クックー!」
「ピヨヨ!」
すごく緊迫している場面なのに、この音だ。おまけにちびっ子戦隊の鳴き声だ。
本当、緊張感が全くない。ちびっ子が羽付きのピコピコハンマーを振り回しているのだ。かっちょよく決まらない。
――ズザンッ!!
「ロロ! 偉いぞ!」
駆け付けてくれたクリスさんとギルマスが、一瞬の内にブラックウルフを斬り倒していた。
ふぅ~、なんとか助かったのだ。
「ららちゃん、へいき?」
「ろろ……ろろ! ええぇぇーーんッ! ろろー! こわかったのー!」
「らいじょぶなのら」
ヨシヨシとララちゃんの背中を撫でる。
俺の服をギュッと掴んで涙を流している。怖くて声を上げる事もできなかったのだろう。
「うえッ! ヒック……ろろがぶじれよかったのー!」
「うん、ららちゃんもぶじれ、よかったのら」
そんな俺達を、クリスさんが大きな腕で抱きしめた。
「良かった! ロロ、よくやった! ララを守ってくれて有難う!」
「えへへ~」
咄嗟の事だったけど、ララちゃんを守る事ができて良かったのだ。
俺の足元には、フォーちゃん達がピヨピヨと興奮気味に鳴いている。
楽勝アルね! やったアルね! 口ほどにもないアルね! なんて言っている。
有難う。助けてくれたのだね。よくやったのだ。
そこにニコ兄も、少し興奮しながら戻ってきた。
「ロロ! スゲーな!」
「にこにい、びっくりしたのら!」
「これ! ピコピコハンマー、強いな!」
「う、うん?」
俺はそこではなくて、ニコ兄が走り出したからビックリしたのだけど。あの土壁だってビックリだ。ニコ兄も無事で良かったのだ。
こっちはみんな戻って来て、どんどんブラックウルフを討伐していた。
やっとドルフ爺が無事にテントに辿り着いた。凄く長く感じたのだ。
「くーちゃん、しーるろなのら。このてんと、じぇんぶはいる?」
「そうねーぇ、任せてちょうだい~」
クーちゃんの体が一瞬ペカーッと光った。
眼には見えないのだけれど、シールドを展開してくれたのだろう。
「大丈夫よーぅ。ちゃんとシールドを張ったわーぁ」
「くーちゃん、ありがと」
「ふふふぅ、良いのよーぅ」
クーちゃんとそんな話をして、余裕も少し出た。
その頃ディさんは、ブラックウルフを操っていたものと対峙していた。
◇◇◇
(ディさん視点です)
血の様な真っ赤な目に、赤黒い体毛。ブラックウルフよりもまだ一回り大きなウルフ種。
赤い目と赤黒い体毛からそれはレッドウルフと呼ばれていた。
ブラックウルフの上位種だ。森の奥深くにしか生息しないと言われているレッドウルフ。それが何故か5頭もそこにいた。
冒険者でも、Aランクでないと討伐できないとまで言われている、ウルフ系で最強の魔獣だ。
それがどうして、僕の目の前にいるんだ?
高みの見物だったのだろう。なのに突然僕が目の前に現れたから、全身の毛をそばだて牙を剥いて威嚇している。
「おかしいな。どうしてこんな場所にいるんだ? まあ、このまま逃がしたりはしないけどね」
僕は一斉に飛び掛かって来たレッドウルフに向かって手を翳した。
「これで終わりだよ」
風属性魔法で大きな刃を飛ばす。大鎌の様な刃が幾つも現れてレッドウルフに向かって飛んでいき、一瞬で首を斬り落とした。
ドサッと音を立ててバラバラになった首と体が地面に落ちる。
あれから約300年、毎年ここで結界の強化と補強をしてきた。今までこんな事は一度もなかった。
どういう事なんだ? 何が起こっているんだ?
とにかく僕は、テントの方が気になってまた瞬間移動で戻って行った。
◇◇◇
ディさんの精霊眼でも見る事ができない程遠くに浮かぶ不気味な人影があった。
空に浮かぶ大小2つのお月さま。その光で下に浮かぶ蝙蝠の様な真っ黒な翼を持ったもの。
ブラックウルフを討伐する事に必死で、誰もその事に気付かなかったのだ。いや、気付ける距離ではなかった。
だってディさんでさえ気付かなかったのだから。