253ールルウィン祭 夜の部 7
「ロロ、ララを頼む」
「わかったのら!」
クリスさんが、助けに走った。
クリスさんは、リア姉が持っている様なロングソードより一回り小さい剣を二本持っていた。
「クリスは双剣使いなんだ。ああやって両手に剣を持って戦うんだよ」
「しゅごいのら!」
クリスさんの後を、フィーネとマティが走って行く。剣を手に颯爽と走って行く後ろ姿がかっちょいい。
双剣かぁ。かっちょいいなぁ。ピコピコハンマーもう一個作るか?
「ららちゃん、いっしょにいるのら」
「ろろ、こわいのよ」
「らいじょぶなのら。みんなちゅよいのら」
「うん」
そう言いながら俺の腕を、震えながら両手で抱える様に持ってくる。
俺は念のため、持って来ていたピコピコハンマーを手に持つ。
「お祖父様! お祖父様!」
突然、甲高い耳に響く様な声が聞こえた。
「リュシィ! 駄目よ! 戻ってきなさい!」
王弟殿下の孫娘、リュシエンヌが、飛び出したんだ。
まさか魔獣が出てきている中を飛び出すなんて、誰も思わなかった。その中に突っ込んで行くなんて。
瞬時に動けず、王弟殿下の奥さんのカナリーさんが叫んだのだけど遅かった。
ああ、どうするのだ!? リュシエンヌの近くに、真っ黒な魔獣が迫っている。
それに気付いたリュシエンヌは恐怖からなのだろう、逃げる事ができずに尻餅をついてしまっている。
「あの馬鹿!」
助けになのか、引き戻しになのか、飛び出したのがニコ兄だった。
「にこにい!」
「ニコ坊ちゃま!」
「ニコ! 戻って!」
マリーとユーリアも、叫ぶ。もう駄目だ。リュシエンヌがやられてしまう。という時だった。
普段から畑の中を走り回っているニコ兄だからこそ、追いつけたのだろうと思う。足腰が鍛えられているから、この砂利の上でもあれだけ走れるんだ。
もう少しでリュシエンヌだという場所で、ニコ兄が突然しゃがみ込んだ。
俺は何をしているのか全然分からなかった。間に合わない、ニコ兄も危ないのだ。
するとドゴゴゴッと音を立てて、ニコ兄の身長位の高さの壁がブラックウルフの前に現れた。
ニコ兄の土属性魔法だ。あんなに大きな土壁を、作れるようになっていたとは知らなかったからそれはもう驚いた。
素早くニコ兄がリュシエンヌの前に出た。
ブラックウルフは突然目の前に現れた土壁に、一瞬怯んだもののそれでもその壁を越えて来る。
だが、ニコ兄が体勢を整えるだけの時間は稼げた。
そして聞こえてきたあのオマヌケな音。
――ボボーン!
ニコ兄が、ブラックウルフを思い切りぶん殴っていた。ニコ兄の手には、俺の作ったピコピコハンマーが輝いている。いや、輝いてないけど。それほど、びっくりしたのだ。
当然この音がする。この緊迫した中に響くオマヌケなこの音。作る時に、音も想像して決めておけば良かったと俺はすっごく後悔したのだ。
ニコ兄はまた大きく振りかぶって、ピコピコハンマーを思い切り叩きつける。
「たぁーッ!!」
――ボボボーン!
「とぉーッ!!」
――ボボボーンボン!
ニコ兄がピコピコハンマーで、ブラックウルフと戦っている。ピコピコハンマー、思った以上に強いぞ。あれで魔力をもっと込めたらやっつけられるかも。
ニコ兄が、ボボーン! とぶっ叩いていたブラックウルフが血飛沫を上げて倒れた。ニコ兄が倒したのかと思いきや、フィーネが剣で斬って倒したらしい。
「ニコ! よくやったわ!」
「フィーネ! ありがとう!」
「ニコ、偉いぞ!」
「マティ、どうってことないぞ!」
「テントに戻るわよ!」
「おう! ほら、立てよ! 戻るぞ!」
「だ、だ、だって……立てないのよ!」
ああ、もうなんという事なのだ。リュシエンヌは恐怖で腰を抜かしているらしい。
何をしに出て行ったのだ。
「仕方ねーな。ほら、乗れよ」
ニコ兄が、リュシエンヌに背中を向けてしゃがんだ。
おや、ニコ兄がおんぶをして連れて帰ってくるらしい。男前なのだ。
リュシエンヌをおんぶして走るニコ兄に、戻ってきたウィルさんがニコ兄に駆け寄って声を掛けている。
「ニコ! すまない!」
「おう!」
これは、迷惑だぞ。もっと周りの事を考えないといけないのだ。
「もう、お説教じゃすまないわ」
ああ、カナリーさんが怒っている。
ニコ兄の背中にしがみついているリュシエンヌを見つめる目が怖い。
「カナリーさん、僕も出るよ。ブラックウルフを操っている奴を見つけた」
「ディさん!?」
ディさんは精霊眼で見ていたのだ。ずっと遠くを見ていた。
ディさんが最初に言った。これは先頭集団だと。それを操っている本体を見つけたという。
「でぃしゃん、あぶないのら!」
「大丈夫だよ。ロロはカナリーさんとマリーと一緒にここにいるんだ。怪我人を頼むよ」
「わかったのら。きをちゅけるのら!」
「ああ」
そう言ってニッコリとしたかと思うと、シュンッとディさんの姿が掻き消えたのだ。
その風圧で俺の短い前髪と、ララちゃんのふんわりしたポニーテールが揺れた。
「え……」
あれか? 転移ってやつなのか? 俺を助けに来てくれた時みたいに。
「あれは瞬間移動よ。私達の眼では追えないくらいに速く移動しているの」
「しゅごいのら……」
別格すぎて、俺は言葉が出なかったのだ。
怪我人が続々と運び込まれ、テントにいたギルドのお姉さん達が対応している。
ウィルさんや、クリスさん、フィーネにマティやニコ兄も直ぐそこまで戻って来た。
だから、きっと俺は油断していたのだ。みんな強くて、最強の部類だというブラックウルフをどんどん討伐していくから、もう大丈夫だと思い込んでいたのだ。
テントの前でギルマスや冒険者達が戦っていた中から、決死の覚悟なのか? 数頭のブラックウルフが、冒険者達を躱して俺達に襲い掛かって来た。
「ロロ! ララ!」
誰かが叫んでいる。俺の名前を呼ばれたのだ。




