201ー親方
「遊び半分の冒険者は駄目だって事だよ」
そっちなのか。実力がないと、と言う事なのだね。
小さなお店なのだ。ドアを開けると、カランコロンと木の音がした。なんだか懐かしい雰囲気もする店の中に入ると、革の匂いが俺の小さなお鼻を刺激した。
「う、う、うえッ、うえっぷしッ!」
「アハハハ、くしゃみが出ちゃったね」
「でぃしゃん、革のにおい」
小さなお店の中は、所狭しと革でできた色々な物が置いてあった。俺には何が何なのか、全く分からないのだけど。多分あれだ。防具やら何やらだ。バッグ等の小物もある。
お店の奥から、細身で身長はそう高くないのに、二の腕がやたらと太いおじさんが出てきたのだ。
何歳くらいだろう。ギルマスくらいの歳じゃないのかな? 職人らしく、厚い生地でできたカーキ色のエプロンをしていて、手には手袋をしている。
一つに引っ詰めた赤茶色の髪と、意志の強そうな焦げ茶色の瞳が鋭く、無精ひげのちょっぴり強面のおじさんだ。
「よう、レオ、リア。できてるぜ」
「親方、有難う」
「その、でっかい犬か?」
「そうなんだ。ロロが乗るんだ」
「ディが抱っこしているちびっ子か?」
「そうだよ、一番下の弟なんだ」
「ほう」
レオ兄が『親方』と呼んだおじさんが、俺をジッと見た。ちょっぴり怖い感じがするのだ。
思わずキュッとディさんにしがみ付く。
「ロロ、大丈夫だよ。あんなんだけど、怖くないよ」
「ディ、あんなんって何だよ」
「アハハハ、だって怖がっているじゃない」
「あー、ちびっ子」
「ちびっこじゃないのら。ろろなのら」
「あぁん?」
しまった! つ、つい、言い返してしまったのだ。
「ぴょぇッ!」
またまた俺は、ディさんにしがみ付きプルプルする。
「アハハハ。ロロ、大丈夫だよ」
「ちびっ子。今、何て言ったんだ?」
「らから、ちびっこじゃなくて、ろろなのら」
「おう、ロロか」
「しょうなのら」
親方の大きな手が伸びてきた。そして、俺の頭をグリグリと撫でたのだ。
撫でるのに『グリグリ』という表現はおかしい。力が強過ぎる。俺のお首を痛めてしまうではないか。
「やめれ」
「あぁぁん?」
おぉっとぉ。またつい言ってしまったのだ。しかも手を払ってしまったのだ。きょえぇー。
「ぴぇッ」
言うだけ言って、また直ぐにディさんにしがみ付く。お顔をディさんの体にくっ付けながら、チラッと横目で恐々見てみる。
「アハハハ! なんだこの可愛い生き物は!?」
「親方、揶揄わないでよ。可愛い末っ子なのよ」
「おう、リアの剣帯から見るか」
「ええ!」
リア姉が、剣帯が欲しいと話していたのを思い出したのだ。父様に貰った剣帯と同じ革にしたいからと、ホーンディアという左右に二本ずつ角がある鹿の魔獣を狩ったのだ。その皮で作ってもらうのだと話していた。
お肉はみんなで美味しくいただいたのだ。
親方が店のカウンターから出してきたリア姉の剣帯。俺が作ったリア姉のおリボンの色と同じ真紅に染められた革に、カービングで細かなお花模様が施されている。
豪華な花ではなくて、凛とした様な花だ。おひさまに向かって花を咲かせていて、今にも涼しげな香りがしてきそうだ。
これは綺麗だ。リア姉にとってもお似合いなのだ。親方の印象とは正反対の、とっても繊細なカービングに見惚れてしまった。
「ひょぉ~、きれいなのら」
「そうだろう、俺の力作だ。ちびっ子は見る目があるじゃないか」
「ちびっこじゃないのら」
「アハハハ、ロロだったな!」
「しょうなのら」
「俺は、コックスだ」
「こ、こっ……おやかた」
そんな事を言われても、もう俺は親方でインプットしちゃったのだ。なかなか良い奴らしい。
「アハハハ! それでもいいぞ!」
この親方、冒険者だけじゃなく貴族の間でも腕が良いと有名らしい。革の扱いが上手でカービングの腕も、親方より上手な人がいないとさえ言われているほどなのだそうだ。
それに頑固で、自分が認めた人じゃないと作らないし仕事を請けてくれない。此れ見よがしにお金や身分を、ちらつかせてくる貴族なんかだと話しもしないそうだ。
この見た目で頑固な性格なのに、大の猫ちゃん好きらしい。
看板にもなっているこの工房のマークがある。それが猫ちゃんの肉球なのだ。
貴族の間では、この猫ちゃんの肉球マークの革製品を持っている事が、一種のステータスにまでなっているそうだ。
リア姉の剣帯の端っこにも、そのマークが入っている。
俺は猫ちゃんの肉球なのか、ワンちゃんのものなのか区別がつかない。どっちでもいいのだ。
「わふん」
「え、しょう?」
ピカが、全然違うのに。と、言っている。でも、ピカさんはどっちでもないよね。フェンリルなのだもの。
親方が出してきた剣帯を、早速リア姉が腰に巻いてみている。
「どうだ?」
「ええ、とっても柔らかくて良い感じだわ。それに、本当に綺麗ね」
なんだか、勿体ないわ。なんて言っている。そこに父様から貰った剣を留める。良い感じなのだ。
「りあねえ、おにあいなのら」
「ロロ! 有難う!」
リア姉が抱きつきそうになって、途中で止まった。まさかディさんに抱っこされている俺に、抱きつく事はしない。よしよし、安全地帯なのだ。
「レオに頼まれたのが、これだ」
また親方が出してきたのが、何に使う物なのだろう? とっても長いベルトなのかな?