189ー笑うのら
映像は花畑から横に向きを変えた。白いチェアーのテーブルセット。その側で剣の稽古をしている、今より少しだけ幼いリア姉とレオ兄、それを見ているニコ兄が映った。剣の稽古をつけているのが、きっと父様だ。
父様はリア姉や俺と同じ金髪の髪をかき上げながら、木剣を持っている。ニコ兄が楽しそうに笑っていた。
ニコ、もっと離れないとあぶないよ。と、少し低めの優しそうな男の人の声が入っている。ああ、これが父様の声なのだ。
そして、白いチェアーに座っていたのが、俺だろう赤ん坊を抱っこした母様だった。そのそばにはマリーもいる。
レオ兄やニコ兄と同じ藍色の長い髪をそよ風に靡かせて、溶ける様な微笑みを浮かべ腕に抱いた俺を見つめている。その瞳はレオ兄や俺と同じラベンダー色をしていた。
ふふふと笑いながら、リア姉達の方を見た。そして、映像を見ている俺達の方をゆっくりと向いたのだ。
その映像の中にいる母様が、微笑みを浮かべながら呟くように話し出した。
「沢山笑いながら元気に育って欲しいわ。リア、レオ、ニコ、そしてロロ。4人は私達の宝物よ。笑っている時は一緒に笑いたい。泣いている時は抱きしめてあげたい。迷っている時はそっと背中を押してあげたい。忘れないで、私やお父様も貴方達を心から愛しているわ。ずっとずっといつまでも愛している」
そう言って、抱っこしていた俺に優しくキスをした。
奥様、ずっと皆様ご一緒ですよ。そう男の人の声が入っていた。
そうですよ。皆様ずっと一緒です。と女の人の声もする。
声を堪えながら、マリー達は泣いていた。この声はきっとマリーの息子さんとその奥さん、エルザとユーリアの両親の声だ。その声に反応して嗚咽が漏れる。
そして、映像が終わった。
その場にいるみんなが泣いていたのだ。
突然亡くなった。突然家を追い出された。予期せぬ事だったけど、それでもなんとかルルンデの街で生活して来た。
1年だ。たった1年だけど、リア姉達にとっては辛い1年だったに違いない。やっと生活が落ち着いてお墓参りに来る事ができた。
そんな今までの感情が、堰を切るように一気に溢れ出したのだ。
「母上……父上」
ニコ兄の肩を抱きながら、レオ兄も堪えていた涙が頬を伝っている。俺を横から抱きしめているリア姉だって、流した涙が光りながら零れ落ちている。
「う、うぇッ、ふぐぅッ、とーしゃまぁ! かーしゃまぁ! ボクはここにいる! ここにいるのら! げんきなのら! 毎日たのしいのら! うぇぇぇーーん! ああぁぁーーん!!」
俺は号泣だ。だって、その前から何度も泣きそうになっていた。いや、最初から泣いていた。
俺は覚えていない。でも確かにそこには父様と母様がいたのだ。
俺を大切そうに、両手で抱っこしていた母様が映っていた。
「ロロ!」
「うえぇぇーん! かーしゃま! とーしゃまぁ!」
「ロロ! 俺達が一緒にいるぞ!」
「そうだよ、ロロ。みんな一緒だ」
「ロロ坊ちゃま」
もう両親に会えないけど、この世にはいないけど。でもリア姉、レオ兄、ニコ兄がいる。
マリーが、エルザが、ユーリアが。ルルンデに帰ったらディさんやドルフ爺だっている。
だから、大丈夫だ。安心して欲しいのだ。
俺はまだまだ泣き虫だけど、でも直ぐに笑ってみせる。みんな一緒だから。
『なんだよぉー! 泣けるじゃねーか!』
ああ、場の空気をぶった切る奴がいたのだ。
『あんた! 空気を読みなさいよ!』
ほらまた叱られている。泣き笑いになってしまうのだ。
そうだ、笑うのだ。父様と母様に俺達の泣き顔だけを見せるのではなくて、みんなの笑顔を見せなきゃと思うのだ。
「しょうら、ぴか。ププーの実をたべるのら」
「わふ」
「ロロ、今なの?」
「らって、りあねえ。おはかれたべるって、のこしてたのら」
「はいはい、そうですね。食べましょう、みんなで食べましょう!」
「ロロには敵わないなぁ」
レオ兄も笑顔になった。リア姉も、ニコ兄だってもう大丈夫だ。俺も笑うのだ。
「えへへ~」
広くて青い空の下、みんな一緒だ。母様、父様、見てるかな? みんな一緒なのだ。
そして、ロック鳥の奥さんが、持っていた魔道具なのだけど。
『あなた達が持っている方が良いわ』
と、言ってロック鳥の奥さんがくれたのだ。
「実はね、他にも映像が映っているだろう魔道具が幾つかあるんだ。どうしても見る気になれなくて、ピカに持って貰ったままなんだよ」
レオ兄がそう言った。そうか、両親が亡くなってレオ兄達だって、ショックからちゃんと抜け出せていなかったのかも知れない。
それよりも、毎日の生活を安定させる事を優先したのだろう。
それに……この1年、俺は沢山手を煩わせた。
最初の頃は、よく泣いていた。誰かがそばにいないと駄目だった。
俺は、1人が怖かった。世界の何もかもが怖くて、1人で家の外に出ることさえ怖かったのだ。
あの頃は今よりもっと夜泣きをしていた。
それが少しずつだけど、外へ出られるようになったのは、マリー達だけじゃなくてドルフ爺やセルマ婆さんのお陰でもあるのだ。
マリーがお洗濯を干す時は側で見ていた。セルマ婆さんが日向ぼっこに誘ってくれた。ドルフ爺が、俺を抱っこして畑の中を散歩してくれた。そうやって、みんなに支えてもらって俺はなんとかやってきたのだ。
「れおにい、かえったらみたいのら」
「そうだね、みんなで一緒に見よう」
みんなで一緒にだ。そこから一歩ずつ歩き出すのだ。俺達は一緒にいるのだから。
「とーしゃま、かーしゃま、またくるのら」
俺は笑顔でそう言えるのだ。小さなお手々も振っておこう。
 





