165ーロック鳥
真上で旋回でもしているのか? レオ兄が座っている御者台の向こうに白いものが見えた。
白い大きな翼をゆっくりと動かして、俺達を獲物かどうか見定めるかのように風に乗って悠々と飛んでいる。
真っ白な大きな鳥、ロック鳥だ。遠目で見ても、鍵爪が分かる程に大きい。
「すげー!」
「ひょぉー!」
「ニコ、ロロ、顔を出したら駄目よ!」
ニコ兄と一緒に、思わず御者台の後ろから顔を出して見ようとした時に、リア姉に叱られてしまった。
「坊ちゃま、危ないですよ!」
マリーは両腕でユーリアとエルザを抱き寄せている。
「ニコ、こっちに来て!」
「ユーリア、大丈夫だ! まだ遠いんだ!」
「ニコ、直ぐに近くまで来るからユーリアの言うことを聞くんだ!」
レオ兄の声まで緊張が混ざっている。
いかん、これはただ事ではないのだ。魔獣が出て来た時にだって、レオ兄はこんな声を出していなかった。
「にこにい、あぶないのら」
「ロロ、そうか?」
「うん、らめらめなのら」
ニコ兄と一緒にリア姉の側へと戻る。
「キュルン」
チロが俺の頭に乗ってきた。これはあれだね。ピカーッてやつをするのだね。
「ちろ、みんなにもらけろ、れおにいとお馬さんにいっぱいれきる?」
「キュル」
任せてよ。と、言ったチロが光った。すると、馬車を白い光が包み込んだのだ。
俺の木の短剣はいらないらしい。そんな気はしていたよ。
それでも持っておこう。俺の武器なのだ。
「キュルン」
「ちろ、ありがと」
状態異常に掛からない様にしてもらったのだ。状態異常の耐性を強化できるだけで、完全無効ではないらしい。
それでもレオ兄には充分だそうだ。元々の耐性が高いのだろう。
「キュルン」
「しょうなの?」
「ロロ、チロは何て言ってるの?」
「れおにいは耐性が高いから、これで状態異常にはならないって」
「そう。馬車を操っているから、レオさえ無事なら大丈夫よ」
うん、何か盛大にフラグが立ったような気がするのだ。
「わふ」
「らいじょぶ」
ピカが心配してくれている。物理攻撃をしてきたらピカが守るよと、言ってくれる。
ピカさん、頼むよ。何しろロック鳥は飛んでいる。こっちは不利なのだ。
馬車の真上から大きな音が聞こえて来た。
ピカが、レオ兄の横に体を半分出した。
バサッバサッと翼を動かしている音が、直ぐそこに聞こえる。
「わぉーん」
ピカさんが鳴いた時だ。幌の天井に何か衝撃があった。ロック鳥が攻撃しているのか? それをピカが風魔法で防いでいるらしい。
こっちは何もしていないのだ。なのに攻撃してくる。これではこの道を通る事ができない。
ロック鳥が旋回して真正面から、馬車目掛けて飛んで来るのが見えた。デカイ! 俺が余裕で背中に乗れるくらい大きいぞぅ。
「みんな、耳を塞ぐんだ! 威嚇してくる!」
レオ兄が御者台から叫んだ。俺はギュッと体を硬くして両手で耳を塞いだ。
それでも聞こえてくるロック鳥の鳴き声。
――ギャォォォーーッ!
「ぴゃッ!」
これはモロに俺達を狙って威嚇している。レオ兄は大丈夫なのか? 馬車を操っているのに気を失ったりしたら大変なのだ。それにお馬さんもだ。
「わふん」
「え、ピカ?」
レオ兄とお馬さんは平気らしい。俺達兄弟も魔力量がそこそこあって耐性があるのだそうだ。
だけど、マリー達はそうじゃない。
「マリー! エルザ! ユーリア!」
ニコ兄が叫んだ。マリー達がロック鳥の威嚇で麻痺を起こし、バタッと倒れ込み気を失っていた。真っ青で、苦しそうな顔をしているのだ。
やばい、やばいのだ。マリーが、エルザが、ユーリアが大変なのだ!
「レオ! 戻りましょう! これじゃ無理だわ! マリー達を助けなきゃ!」
「分かった!」
レオ兄がお馬さんを繰って方向を変え、来た道を戻る。
「ちろ! はやく! はやくなのら!」
「キュル」
チロさんは状態異常を回復できる。とにかく回復なのだ。
俺の頭に乗っていたチロが小さく鳴くと、白い光が出てマリー達の体を包み込んだ。
よし、これで大丈夫だと思うのだ。レオ兄に確認してもらわないと。
上ってきた緩やかな坂道を、馬車は急いで下って行く。
俺は木の短剣を手に、馬車の後ろから飛んでいるロック鳥を見る。
まだ大きく旋回をしている。こちらを窺っているみたいなのだ。
「らめ! いたいいたいはらめなのらッ!」
思わずロック鳥に向けて、手に持っていた短剣を思い切り振った。
するとあら不思議。俺の体から何かが抜けた感覚がして、短剣から白い光が出たのだ。
その光がロック鳥を目掛けて飛んでいく。
あれ? チロさん何かしたのか? でも、鳴かなかったし。どうなっているのだ?
「ロロ! 何したんだ!?」
「にこにい、わからないのら!」
残念ながら、その光をロック鳥は軽くヒョイと避けた。でもそれでロック鳥は、旋回をしながら飛び去って行ったのだ。きっと、巣に戻ったのだろう。
「ロロ!」
「れおにい! まりー達を見てほしいのら!」
「分かった」
馬車を端に寄せて止めたレオ兄は、荷台へ移動してきた。
「ロロ、回復はしたのかな?」
「ちろがしたのら」
「そう、なら大丈夫だ」
レオ兄が、マリー達をジッと見ている。
「うん、麻痺は回復しているよ。大丈夫、少ししたら気がつくよ。ここで、止まっておこう」
「れおにい、いたいのいたいのとんれけしゅる?」
「ああ、ロロの回復か。大丈夫、必要ないよ」
良かったのだ。マリー達が突然バタッと倒れ込んだ時は、焦ったのだ。
体が一瞬で冷たくなった。冷や汗も出る暇がなかった。心臓が止まるかと思ったのだ。
マリーやエルザ、ユーリアも大切な家族なのだから。




