139ーひみちゅ
これは、しまったな。クラウス様、忘れてくれないかな?
「ロロ、もう忘れられない」
「えー」
「アハハハ! なんだか緊張していたんだけど、ロロがいつも通りで肩透かしだ」
「えぇー」
緊張なんてする必要ないのだ。クラウス様はちゃんと謝ってくれたのだから。
何か用事があったのではないのかな? でも、いつもこの時間は誰もいないのだ。
「分かっているよ。リアとレオはクエストを受けているんだろう? 今日はピカがいないけど、一緒に行ったのか?」
「しょうなのら」
「今日はロロの顔を見に来たんだ。あれからどうしているかと思っていたから」
そうなのか。もしかして、心配してくれていたのかな?
「げんきなのら」
「ああ、元気そうで良かったよ。父上もロロの事を気にしているんだ」
「しょう? 気にしなくていいのら。もうあやまってもらったのら」
「ああ、有難う」
クラウス様や領主様だって、沢山傷付いた。だから、もういいのだ。
「おや? 珍しいお客様だね」
ディさんなのだ。いつの間にか、手にはお野菜を沢山入れた大きな籠を抱えている。麦わら帽子を被って、首から汗を拭く布を掛けている。
とてもじゃないけど、SSランクの最強冒険者には見えないのだ。
「ディさん、お久しぶりです」
「本当だね〜」
ディさんはもう慣れたものだ。まるで我が家の様に、いそいそとキッチンに入ってお野菜をジャバジャバと洗いだした。鼻歌も出ちゃっているのだ。
俺達は、それを毎日見ていてもう慣れているのだけど、クラウス様は初めてだ。ポカーンとお口を開けて見ている。
呆気に取られているのか?
「ロロ……ディさんはよく来ているのか?」
「まいにちなのら」
「え、毎日……?」
「しょうなのら。楽しいのら」
「ロロ、今日のお野菜はドルフ爺が育てたお野菜なんだ。とっても美味しそうなんだよ。それでね、もっと美味しく食べたいんだ。ピカはもうププーの実を持っていなかったっけ?」
きっと、サラダのトッピングにしたいのだ。でも、ププーの実はとっても美味しい。そんなの、いつまでもあるわけがない。
「え、わかんないのら」
「そうだよね。美味しいからもう食べちゃったかな?」
「たぶんなのら」
「早くピカが帰ってこないかな~」
そんなにププーの実が……いや、違うのだ。サラダが大事なのだ。お野菜をより美味しく食べる為のトッピングなのだ。
それだけで充分に美味しいププーの実なのに。
「あらあら、確かお墓にお供えしたいからって、幾つか残していたと思いますよ。まだ余分にあるんじゃないですか?」
マリーはそんな事をよく覚えているのだ。俺は全然覚えていないのだ。
「ロロ坊ちゃまは、早くに寝てしまわれるからですよ」
「しょっか」
「なら、待っていよう。楽しみだねー」
ディさんが嬉しそうなお顔をしている。ププーの実はとっても美味しい。サラダのトッピングには勿体無いくらいなのだ。
「くらうしゅしゃまも、ごはんたべてく?」
「え? いいのか?」
「まりー、いい?」
「はいはい、もちろんですよ。もう少ししたらリア嬢ちゃまとレオ坊ちゃまも帰ってこられますよ」
「そ、そ、そうか。私はいてもいいのだな」
「もちろん、いいのら」
「はい、お口に合うか分かりませんけど、宜しかったら食べてください」
そっか、クラウス様はお貴族様だから、普段食べているものも違うのだろうか?
俺達は庶民だからね、マリーの手料理なのだ。最近はそこにディさんお手製の野菜サラダがつく。そのサラダが、どんどん大きくなっているような気もするのだが。
「じゃあ、クラウス君のサラダも作らなきゃ! 後はププーの実をトッピングしたらいいだけにしておこうっと」
ディさんがまたキッチンに戻っていく。ご機嫌なのだ。
「ロロ、ププーの実ってあの?」
「しょうなのら。前に森でとってきたのら」
「凄いな。僕は食べた事がないよ」
「しょう? めっちゃおいしいのら」
「アハハハ、そうなのか~」
うん、打ち解けてきたのだ。最初は緊張した表情をしていたクラウス様。
開け放っている玄関からお顔を半分だけ出して、挙動不審気味に様子を窺って入って来なかった。
あの事件は、みんなの意識を変えてしまったのだ。
街の人達は、もちろんみんな知っている。だって、街中で俺は攫われたのだから。
レベッカ様が、とうとうちびっ子を拉致したぞと、一瞬で広まったのだ。
その後も、以前から我儘で迷惑だと評判の悪かったレベッカだけじゃなく、領主様の奥様も捕まったと直ぐに話は広がった。
しかも、奥様が首謀者だと聞いてみんな驚いたのだ。まさか、あの奥様がと思った。街は暫くその話で持ちきりだったのだ。
そんな中、領主様とクラウス様は、レベッカが迷惑を掛けた人達に謝罪して回ったという。
貴族は庶民を見下していると、リア姉とレオ兄から聞いた事がある。それは2人がそんな扱いを受けたからだろうと、俺は思っている。
この街の領主で貴族なのに、庶民に頭を下げて回った領主様。気持ちの強い人なのではないかと思うのだ。
責任感があって、庶民だからと見下さない人だ。俺みたいなちびっ子に対して、誠実に謝罪してくれた。
リア姉と同い年なのに、領主様と一緒に謝罪していたクラウス様。大人なのだ。
母親や妹と離れ離れになってしまったクラウス様は、どんな気持ちで過ごしているのだろうか?
俺は、リア姉、レオ兄、ニコ兄と離れるなんて考えられないのだ。そんなの考えただけで胸がキュッとなってしまう。俺の小さな胸がだ。
マリー達と離れるのだって嫌なのだ。もう、みんな家族なのだから。




