初めての夜会①
「なんとしてでもサラに私を好きになってもらうよ」
エルヴィス様にそう言われて、ときめかない人間などいようか。
実際、公爵夫人になるつもりなどさらさらない私ですら大いにときめいたし、それから三日間は夜もなかなか寝付けなかった。
しかしだからと言って、私の生活が大きく変わったかと言えば、そんなことはない。
強いて言うならば、月に一度のお茶会でエルヴィス様から放たれる色気が倍増したことくらいだろうか。
あと、ほんの少しだけエルヴィス様との物理的な距離が近くなった。
正直なところ、エルヴィス様と過ごす時間は楽しいし、ドキドキすることだってある。
けれども、これが「好き」という感情なのかはわからない。
常人離れしたエルヴィス様の色気にあてられているだけかもしれない。
「二週間後に開催される夜会に、共に出席してもらえないかな?」
エルヴィス様からそう誘いを受けたのは、私がそのように悶々と考えている時だった。
「カジュアルな夜会だから、気軽に参加してくれたらいいよ」
聞けば、伯爵位以上の子息令嬢を招いて毎月開かれている夜会らしい。
そんなところに気軽に参加なんてできるわけがない。
「エルヴィス様、お誘いはありがたいのですが、お断りさせていただきます。王城で開催される夜会に着て行けるようなドレスは持っておりませんし、そもそもそこに参加するだけのマナーや教養が私には身に付いておりません」
一括りに“貴族”と言われることもあるけれど、伯爵位以上の上位貴族と、それ以下の下位貴族の間には、大きな差がある。
上位貴族の子ばかりが集まる夜会に出席するなんて、恥を掻きに行くようなものだ。
しかし私のその言葉を聞いて、エルヴィス様はにこりと微笑んだ。
「もちろん私がお願いする立場だから、ドレスはこちらで用意させるよ。ちなみにサラの花よ…失礼、家庭教師を引き受けたいという人物も見つけてある。王家が一目置く人間から教育を受けるというのは、君にとってもメリットになるはずだよ」
おそらく私が断ることなどお見通しだったのだろう、完全に退路を断たれてしまった。
それに、エルヴィス様の最後の言葉は全くその通りだった。
自分が今後どのような道に進むかはわからないものの、質の良い教育を受けることは必ず私の役に立つだろう。
一度夜会に出席して恥を掻くだけで、“王族御用達の家庭教師”を付けてもらえるのだから、悪い話ではない気がする。
私が少し乗り気になったのが伝わったのだろう。
「実は、仕立て屋を城に呼んでいるんだ。時間も限られていることだし、今すぐ案内しよう」
そう言うエルヴィス様に連れられて、私達はいつの間にか客間へと向かうことになっていた。
「じゃあ、採寸が終わったら教えてね」
エルヴィス様はそれだけ言い残して、颯爽と客間を後にした。
残されたのは、顔見知り程度の侍女と、仕立て屋であろう数人の女性。
「まずは、ベネット子爵令嬢のご要望をお聞かせください」
「マダム」と呼ばれる女性にそう問われて、私は口籠ってしまう。
今までドレスは予算内で買える既製品を手直しする程度だったので、何もないところから要望を伝えるなんて難しすぎる。
「可能であれば、着回しがきく物がありがたいです」
金銭的に豊かではない者も多いので、下位貴族であれば同じドレスを着用することも黙認されている。
おそらく私が一生で手にするドレスの中で最も高価な物になるだろうから、一張羅として長く持ち続けたい。
そう思って要望を伝えたところ、部屋にいる全員が呆気にとられた顔をした。
「いえ、あの、すみません。ドレスを一から仕立てるなんて初めてのことで。よくわからないので教えていただければありがたいのですが…」
恥を掻くのは夜会での一度きりだと思っていたのに、まさかこんなところでも。
恥ずかしすぎて、後半は声も聞こえないほどに小さくなってしまった。
しかしマダムは私のその言葉を聞いて、すぐに優し気な表情を浮かべた。
「もちろんでございます。ベネット子爵令嬢にぴったりの、素敵な一着を仕立てましょう。長く使っていただけるのであれば、これほど嬉しいことはありません」
おそらく貴族令嬢としてはふさわしくなかったであろう私の要望まで、きちんと拾い上げてくれるマダムに、鼻の奥がツンとするのを感じる。
「よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げた私を、皆が驚愕の目で見ていたことには気がつかなかった。
採寸終了後すぐに客間へとやって来たエルヴィス様は、大きな宝石のついたネックレスを手にしていた。
「ドレスの色や形については、サラに任せるよ。当日はこのネックレスを貸そうと思っているから、それも考慮してもらえたら嬉しいかな」
宝石には詳しくないので、それがなんという名の宝石なのかはわからないけれど、エルヴィス様の瞳のように真っ赤な宝石だった。
「…承知いたしました」
ネックレスを見たマダムが一瞬息を止めた気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。
そう思わせるほどに、大きくて煌びやかな宝石だった。
まともなアクセサリー類を持っていない私には、借りる以外の選択肢はないのだけれど、私よりもこのネックレスが本体になりそうな勢いだ。
「せっかくなので、この宝石に合う色にしてください」
私がそう告げると、エルヴィス様の口角が僅かに上がった。
「そういたしましたら、やはり同系色が良いかと思われます。暗めの赤色でしたらネックレスも映えますし、ベネット子爵令嬢の髪色にもお似合いかと」
マダムからの提案に、私は首を縦に振る。
どの色だとネックレスが映えるとか、私の髪色に似合うとか、正直あまりわからないけれど、プロに任せておけば間違いないだろう。
「では、それでお願いいたします。着回しづらそうですけれどね」
着回しを考えるなら紺がいいのかな、と考えていた私は、思わず本音が漏れてしまう。
そんな私の言葉に、マダムは苦笑いして「ベーシックな形のドレスなので小物でなんとでもなりますよ」と答えてくれる。
彼女の顧客に着回し力を求める人間などいないだろうに、私に寄り添ってアドバイスをくれるマダムには感謝してもしきれない。
そんなやり取りをしている横で、「何度も着てくれる予定なのかい?」と、エルヴィス様だけはなぜか上機嫌だった。