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第一王子の胸中 ※エルヴィス視点

「えっ…」

ベネット領に新しくできたという施設に足を運んだ際に、私が最初に聞いたのは困惑の声だった。

そのような反応をされる行動はとっていないはずだ。

なぜなら私は、ただ馬車から降りただけなのだから。


ここで言葉によって理由を問えば、咎めているように捉えられてしまうかもしれない。

なるべく自然な“不思議そうな表情”を浮かべて声の主を見ると、弟であるハロルドと同い年くらいの少女が青い顔で立っていた。

「大変失礼致しました」

少女はすぐに謝罪の言葉を口にしたけれど、依然として彼女はどこかぼんやりとしていた。


自分で言うのもなんだが、私は整った容姿をしている。

加えて、やや複雑な立場にあるものの“第一王子”という身分だ。

年若い女性に熱のこもった視線を向けられることには慣れている。

しかし、目の前の少女からの視線は、今まで感じたことのないものだった。

その目は、まるで私ではない何かを映しているようだった。


ベネット子爵の紹介によると、この少女がベネット子爵令嬢であり、ベネット領で何度も耳にした「素晴らしいサラお嬢様」だそうだ。

子爵令嬢が領民に“春の妖精”と称されるのも納得の、可憐な容姿である。

そのことは私を憂鬱な気持ちにさせた。


歳の近い少女と関わりを持つのはただでさえ面倒なのだ。

小さな領地で領民からちやほやされている見目麗しい()()()()()が、ややこしい人物ではなければ良いのだけれど。


「ロスメア王国第一王子のエルヴィス・ヘイワードです。今日はよろしく頼みます」

面倒だとは思うものの、第一王子としての理想像を壊すわけにはいかない。

いつも通りの笑みを浮かべて自己紹介をするが、どのような反応が返ってくるのだろうか。

今までの経験上、顔を赤くして辿々しく挨拶をするか、ここぞとばかりに距離を詰めてくるかのどちらかだろう。

前者であることを願うばかりだが、自分に自信のある令嬢はたいてい後者なのだ。


「サラ・ベネットと申します」

子爵夫人に続いて口を開いたベネット子爵令嬢は、たったそれだけを言って口をつぐんだ。

まるで私と懇意になることなど望んでいないかのような、無難で最低限の挨拶だった。


ひょっとすると、彼女は“他とは違う私”を演じているのかもしれない。

自分でも捻くれた考えだとは思うが、王族たるもの簡単に他者を信じるわけにはいかないのだ。

しかしこちらとしても、必要以上に親しくなるつもりはない。

このままの距離を保ってくれるのであれば、私としてはありがたい。


そのように考えていたにもかかわらず、ベネット子爵令嬢…サラ嬢は、本当に私に興味がないようだった。

それどころか、むしろ私を避けているかのような様子すら見せた。


読み書き教室の紹介をするときも、彼女はわざと自分の功績を小さく見せるような言い方をした。

ベネット領の識字率が向上しているのはデータが示しているのだから、これに関してはもっと誇るべきであろうに。

何よりも、“娯楽のための本”という新たな存在を考え出したのだ。

無から何かを生み出すことの難しさは、わかっているつもりだ。


「屋根もない土地から始めたのですが、領民の寄付によってここまでの施設になりました」

サラ嬢は美しく微笑みながら、そこに自らの尽力など感じさせないように言う。


領民達に話を聞いたときからわかっていたことだが、彼女は自領の民から絶大な支持を得ている。

それは本来誇るべきことなのだ。

領民から認められる領主というのは、実はそれほど多くない。


「サラ嬢の人望のおかげですね」

この言葉は私の本心だった。

長年付き合いのある領民から好かれているのだ。

彼らにとって、彼女が信頼に足る人物であることは間違いないのだろう。


しかしサラ嬢は、私のその言葉を聞くと途端に嫌そうな顔をした。

それはほんの一瞬のことだったけれども、彼女のその反応は私にとっては予想外のことだった。


「いいえ、それは違います。領民の善意を、私の手柄にするつもりはありません」

そう断言する彼女は、私に良く見られようなどとは微塵も思っていないようだった。

その言葉を聞いて、サラ嬢のその様子を見て、私は彼女への信頼度がぐんと増すのを感じた。


「自分は領主の娘なのだからしてもらって当然だ」と、奢った考えを持つ令嬢も多い中で、サラ嬢の考え方はとても好ましく思われた。

彼らの行為をきちんと評価し、感謝の気持ちも忘れない。

文字にすると当然のことのように思われるけれど、実際にやるとなると意外と難しい。

そこに上下関係がある場合は余計に、だ。


「領民の善い行いは、彼ら自身のものとして評価されるべきだと思っております」

第一王子である私に対して強い口調でそう続ける彼女から、私は目を離すことができなくなった。

もっと彼女の考えが知りたい。

その思いから、私は視察の予定を変更したのだった。


そして翌日、私は自身が通る予定だった道で大規模な崖崩れが発生したことを聞かされた。

「すぐに被害の状況を確認するように。私も急いで城に戻ろう」

もしも私が予定を変更していなければ、この国は第一王子を失うことになっていただろう。

それがどれほど国を乱すことになるか。

そう思うと、背筋に冷たい汗が伝った。


とにかく今は早急に城に戻らねば。

「話の続きは、後日必ず」

そう言ってサラ嬢に笑顔を向けると、彼女は傷付いたような表情をした。


…この娘も、自分のことしか考えられない人間だったのか。

滞在中のサラ嬢の様子を見ていたら「違う」とわかるものの、焦っていた私はそう考えてしまった。

このような状況ですら「私との時間を優先して」と言うような、傲慢な令嬢だったのか、と。


しかし彼女が発した言葉は、私が予想もしていないものだった。

「今はご自身の感情を大切になさってください」

「“第一王子”ではなく、“エルヴィス様”が、ご無事で本当によかったです」

その彼女の言葉を聞いて、彼女のこれまでの態度に納得がいった。


彼女は、私を“一人の人間”と考えているのだと。

彼女にとっては、領民達も私も、同じであるのだと。

そのように言うと、私が民を見下しているかのように思われるかもしれない。

けれども私は生まれてからずっと、“私”ではなく“第一王子”として生きてきたのだ。

良くも悪くも、自身が他の者とは違う立場にあるということは、幼い頃から痛感してきた。


「あなたは、“個人である私”の無事を喜んでくれているのですか?」

そう言う私の声は、わずかに震えていた。

どうか頷いてほしいという期待と、しかしそうではなかった場合への恐れと、その二つの感情が入り混じった震えだった。


「はい。私だけではなく、多くの人間が“個人であるエルヴィス様”を大切に思っているはずです」

…彼女には敵わない。

私が期待していた以上の答えを返してくれるのだから。


「どうかエルヴィス殿下ご自身も、“個人としてのエルヴィス様”を大切になさってください」

そうだ、私自身が一番、私を“第一王子”としてしか見ていなかったのだ。

そのことに気づかされて呆然とする私の目の前で、サラ嬢が頭を下げるのが目に入った。

彼女が謝ることなど何もない。

むしろ礼を言いたいくらいなのだ。


「サラ嬢、謝らないで。こちらを向いてください」

自分の口から出た言葉は、自分のものとは思えないほどに柔らかかった。

そうか、本来の私はこのように喋るのか。


「ありがとう」

第一王子としてではなく、私個人としての礼だった。

きっと私は上手く笑えていないだろう。

しかし彼女はそんな私を見て、今までで一番素敵な笑みを浮かべたのだった。

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