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第一王子とのお茶会

あの崖崩れから半年が経過した。

事故発生のあの時刻、本来ならば第一王子があの道を通る予定になっていたため、一般人の通行が規制されていたそうだ。

そのおかげで、大規模な災害だったにもかかわらず、巻き込まれた者はいなかったという。

本当によかった。


そして今、私は王城の客間でお茶を飲んでいる。

実は今日でもう五回目の登城だ。


一度目の登城の日は、訳もわからず父と共に城に呼び出された。

国王陛下から直々に話があるということで、私も父も、肉食動物に睨まれた小動物のようにプルプルと震えていた。


「我が息子エルヴィスは、君のおかげで命を救われたと言っている。第一王子がこの度の事故に巻き込まれていたならば、国の混乱にも繋がったことだろう。王として、そして父親として、ベネット子爵令嬢には礼を言わねばならん」


それは違うと、今なら思う。

私が始めた図書館(仮)が、巡り巡って第一王子の命を救ったと言えなくもないけれど、別に私が命を救ったわけではない。


けれどもその時は、まさか国王陛下からそんな言葉を掛けられるとは思ってもおらず、頭が真っ白になってしまった。

結果、私はその場でなんと返事をしたのか覚えていない。

ちなみに、父も覚えていないらしい。

謁見の間を退出する際、陛下はとても満足げな顔をしていたので、無意識の私が上手くやってくれたのだと信じている。


そしてその後、あれよあれよという間に私だけがエルヴィス殿下とお茶をする流れとなり、なぜか二人きりのお茶会が毎月一回のペースで継続的に開催されることとなった。


その中で、いつの間にやらエルヴィス様からは名前で呼ばれるようになり、私も彼を“王子殿下”と呼ぶことを禁じられた。

考えるほどに頭がクラクラしてくる状況なので、考えることは放棄した。

毎回みっちり三時間もお茶の時間が設けられているのだけれど、エルヴィス様は暇なのだろうか。


いつにも増して忙しそうな城内とは時間の流れが異なるかのように、この客間だけはゆったりとした時が流れている。

エルヴィス様がお茶を飲む姿はまるで絵画のように美しく、何度見ても見惚れてしまいそうになる。


そんな私の視線を受けて、エルヴィス様は手を止めて笑みを浮かべる。

第一王子としてのエルヴィス様の完璧な笑顔とは違った、美しい中にどこか妖艶さを含んだ笑みに、私は毎回ドギマギしてしまう。


「弟ハロルドの立太子が決まったからね。城内が慌ただしくてごめんね」

エルヴィス様はなんでもないことのようにそう言うけれど、その話題に触れるべきかと考えていた私は、自身の鼓動が速くなるのを感じる。

そう、第一王子であるエルヴィス様が生きているにもかかわらず、なぜか第二王子であるハロルド殿下が王太子になることが正式に決まったのだ。


詳しくはわからないけれど、これはかなり繊細な話題であるはずだし、軽々しく首を突っ込んで良いのかわからない。

しかしエルヴィス様から話題が振られたのだから、多少ならば聞いても構わないのだろう。

「私は、てっきりエルヴィス様が王太子になられるとばかり思っていました」

その言葉を聞いて、エルヴィス様が目を見張る。

…どうしよう、失敗したかもしれない。


私の動揺が伝わってしまったのだろうか、エルヴィス様はすぐに目元を和らげた。

「サラが知らないということは、ご両親がまだ知らせるべきではないと思っていらっしゃるのだろう。秘密にしているわけではないから、そのうち君も知ることになるよ」


やはり、何か事情があるのだろう。

エルヴィス様と茶飲み友達となってしまっている現状で、その理由を知らないのは良くない気がする。

帰ったらすぐに父に聞かないと。


「まあ、そんなことはどうでもいいよ。ところで、今日はとても大切な話があるんだ」

国の一大事にかかわる決定を“どうでもいい”と言い切ることに物申したい気持ちはあるものの、エルヴィス様があまりに真剣な表情をしているので、私は無言で頷くほかない。


「私に婚約者がいないことは、サラも知っていると思う」

もちろん知っているし、これについては本当に謎だ。

彼より年下であるハロルド殿下の婚約者はすでに決まっているので、“十五歳で亡くなる運命のエルヴィス王子に婚約者は不要だ”と『カガヒメ』の制作者が考えていたせいではないかと、私は思っている。


「サラ、私の婚約者になってはもらえないだろうか?」


一瞬、何を言われたのかわからなかった。

あまりに急展開だし、こんなことになるとはまさか予想もしていない。

「私はサラに、好意を抱いているんだ」

エルヴィス様の真っ直ぐな言葉に、顔に熱が集まるのを感じる。

けれども、相手は第一王子。

好きだの嫌いだので伴侶を決めて良い身分の人ではない。


「…子爵家の私が、未来の王兄となるエルヴィス様の婚約者など務まるはずがありませんし、子爵家が王族と縁を結ぶなどという前例もないはずです」

下位貴族が王族に嫁いだ例などないうえに、王室法ではやんわりとそれが不可能である旨が規定されている。

攻略対象者であるハロルド王太子との万が一に備えて調べたことがあるから、これについては間違いない。


「その点は心配しなくて良いよ。ハロルドが王位を継ぐことになったから、私は将来公爵位を賜ることになるだろう。サラには、公爵夫人として私を生涯支えてほしいと思っているんだ」

いやいやいや。

公爵だってとんでもなく高い身分なのだから、心配しなくて良い理由にはならない。


「そう言っていただけるのはありがたいですが、やはり私には荷が重すぎます」

領地の運営については、両親の姿を見て学んでいる。

逆に言えば、領地運営について私は両親のやり方しか知らないのだ。

両親のことは尊敬しているけれども、彼らのやり方が公爵家で通用するとは思えない。

そもそも、公爵夫人にどのような役割が求められるのかすら、私は知らないのだから。


そう思って全力で拒否したにもかかわらず、エルヴィス様の口元はなぜか弧を描いている。

「では、私の好意が迷惑なわけではないんだね?」

そう言うエルヴィス様は優しげな表情をしているのに、瞳だけは獲物を狙う獅子のように鋭かった。


「嫌われているのでなければ、私はなんとしてでも君を手に入れるよ?」

エルヴィス様にそう言われると、私は返す言葉もない。

「…第一王子から正式に申し込みがなされれば、私達は断ることなどできませんからね」

彼は王族で、私達は子爵なのだ。

もしも国王陛下がエルヴィス様に賛成しているのであれば、他者がなんと言おうとも彼の願いは実現するだろう。


そう、他者がなんと言おうとも。

国民が反対したとしても、それを実現できるだけの権力を持つのが王族なのだ。


私はこの国が、そして私自身の生活が平穏であり続けることを願っている。

『カガヒメ』の逆ハーエンドを回避したいのだって、一番の理由はそこなのだ。

もしも第一王子であり未来の公爵である人間の婚約者が下位貴族であった場合、国民からの反発は避けられないだろう。

その際に真っ先に攻撃されるのは弱い立場である私達であろうし、王族への求心力だって低下するかもしれない。

そんな未来を、私は望んでいない。


私のせいで国が乱れるかもしれないなんて、考えただけでゾッとする。

私は平和なこの国で、図書館をつくって、たくさんの本に囲まれながら生きていきたいのだ。


いつの間にか固く握りしめていた両手に、エルヴィス様がそっと自身の手を重ねる。

「命令を下すことはできるよ。良くも悪くも、私にはそれだけの権力がある。けれども、私はそんな形での婚約を望んでいないんだ」

そう言う彼の声色は、とても優しい。

自身の発言の重さを理解しているからこそ、発せられた言葉なのであろう。


「君の気持ちを無視して、ことを進めるつもりはない」

エルヴィス様のその言葉に安堵しかけたものの、続く発言に私は今度こそ何も言えなくなった。

「だから、なんとしてでもサラに私を好きになってもらうよ」

そのストレートな物言いと、彼から放たれる規格外の色気に、いよいよ目眩までしてきた。


「強引でごめんね。けれど、サラが言ってくれたように自分の気持ちに素直に生きようと思ってね」

そう言って私の掌に口づけをするエルヴィス様を、私はただ呆然と眺めることしかできなかった。

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