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第一王子の視察②

「では、娯楽のための本を作りたいという思いから、この施設を?」

図書館(仮)の内部を一通り案内した後で、エルヴィス殿下は「なぜこのような施設を始めようと思ったのですか」と聞いてきた。


全てを嘘で塗り固めるのは得策ではないだろう。

辻褄が合わなくなって困るのは自分なのだ。

ならばと、できる限り正直に説明しておくことにした。

隠しキャラの可能性がある彼とは、今後もどこかで接点があるかもしれないのだから。


「はい。私一人ではできることも限られますので。物語の書き手を増やしたいというのもありましたし、“娯楽のための本”が受け入れられるかも自領で試せたらと思いまして」

エルヴィス殿下からの問いかけに正直に答えつつ、“心優しき少女の純粋なる善意による行い“ではないことをアピールする。


「屋根もない土地から始めたのですが、領民の寄付によってここまでの施設になりました」

ついでに自分の功績ではないことも付け加えておく。

識字率の向上について、私はきっかけになっただけなのだ。


「サラ嬢の人望のおかげですね」

そんな私の思いも虚しく、エルヴィス殿下は何がなんでも私の手柄にしたいらしい。

しかし、これについてはきちんと否定しておかなければならない。

「いいえ、それは違います。領民の善意を、私の手柄にするつもりはありません」

正直に言うと、【庇護欲煽動】能力も少しは影響しているだろう。

でも、「私のチート能力があるから領民が助けてくれるのは当然だ」などとは一ミリも思っていない。


少しきつい言い方になってしまったからだろうか、私のその言葉を聞いてエルヴィス殿下が僅かに目を見張った。

しかし、言うべきことは言わないと。

「領民の善い行いは、彼ら自身のものとして評価されるべきだと思っております」

私がそう言うと、エルヴィス殿下は少し驚いたような顔をした。


その後も、エルヴィス殿下の質問が止むことはなかった。

彼は図書館(仮)に興味を持ってくれたようで、護衛から「そろそろお時間が…」と声を掛けられた時には、すでに予定していた時間を大きく過ぎていた。


満足そうなエルヴィス殿下の表情を見て、自身の役目を果たせたと安堵していた時だった。

彼はにっこりと笑ってとんでもないことを言い出した。

「実に興味深い施設でした。もしサラ嬢さえよければ、明日も少し話を聞かせてもらうことは可能でしょうか?」


ひいいいいいいい!!!

私は思わず心の中で叫び声をあげた。

むしろ口に出さなかった自分を称えたい。


「もっ、もちろんでございます」

第一王子からのお願いを断るなどという選択肢は、下位貴族である私達にはない。

「明日の朝すぐにマーレイ領に向かう予定になっていたが、半日程予定をずらそうと思う。先方にもそう伝えてほしい」

私の承諾の言葉を聞いてすぐに、エルヴィス殿下が傍に控える男性にそう指示を出した。

まさか図書館(仮)見学のために、第一王子の予定を変更させることになるなんて。


しかしこれはチャンスでもある。

“娯楽としての本”の素晴らしさを、どうやって領外に広めようかと思案しているところだったのだ。

もし仮に第一王子がその存在を伝えてくれるのであれば、これほど頼もしいことはない。

第一王子を広告塔として利用しようという魂胆が漏れ出てしまわないように、私は顔の筋肉に力を込めた。




翌朝。

明け方まで降り続いていた雨もすっかりと止み、雲一つない青空が広がっていた。


昨日は“読み書き教室”の説明がメインだった。

それほど歴史がある施設でもないので、私としては語り尽くしてしまった感がある。

なので、できることなら今日は“娯楽本の可能性”について、エルヴィス殿下にアピールしていきたいと思っている。


「この部屋にある本については、全て領民が無料で読めるようになっております」

本の内容に興味を持ってもらえるよう、誘導を試みる。

「これらは全て手作りなのでしょうか?」

エルヴィス殿下はそう聞いてくるけれど、どう見たって手作りだ。


「はい。印刷所に頼むと費用がかかりますので」

そんなことをしてしまうと、あっという間に破産してしまう。

「少し不恰好ではありますが安くで作れますし、字の練習にもなるので一石二鳥です」

私がそう言うと、エルヴィス殿下は声をあげて笑った。


「そしてこの本が、教室で使っている教科書です」

そう言って手渡した本を広げて、エルヴィス殿下は「ほう…」と言葉を漏らした。

「この内容は、サラ嬢が考えたのですか?」

「考えたといいますか、多くの国民が幼い頃から聞かされているであろう物語の内容です。家庭によって話の細部が違いますから、領民達の意見を元にできるだけ多くの者が親しみやすい形にしました」

そう、私はただ形にしただけなのだ。


「とても素晴らしいと思います。弟のハロルドにも見せてやりたいのですが、一冊お譲りいただくことはできますか?」

エルヴィス殿下のその言葉を聞いて、ようやくゲームでの攻略対象者の名前を思い出した。

【王太子:ハロルド・ヘイワード】だ。


エルヴィス殿下の弟ということは、第二王子なのだろう。

自国の王子の名前を知らないとは何事かと言われそうだけれど、図書館づくりに必死でそれどころではなかったのだ。

王子達は国民の前に姿を現すことに対して消極的だと聞いたことがあるので、私だけの責任ではないと思いたい。


「もちろんです。そちらは新しい物ですので、ぜひお持ち帰りください」

平静を装ってそう答えるけれど、やはり納得がいかない。

どうして第二王子のハロルド殿下が、王太子になるのか?

この国は長子が王位を継ぐことになっているので、普通に考えれば第一王子のエルヴィス殿下が王太子になるはずなんだけど。


そんなことを考えていると、急に辺りが騒がしくなった。

何事かと思っていると、図書館(仮)にエルヴィス殿下の護衛が転がり込むようにして入って来た。

「何があったのだ」

エルヴィス殿下が発言を促すと、護衛は真っ青な顔で口を開いた。


「ご報告致します。ベネット領からマーレイ領に繋がる道路で、崖崩れが発生したとのことです」

その言葉を聞いて、今まで笑みを絶やすことのなかったエルヴィス殿下が、僅かに眉間に皺を寄せた。

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