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王太子:ハロルド・ヘイワード④

ハロルド殿下に言われていた期限の日がきた。

話し合いの場に指定されていた王城の客間に現れた私達を見て、ハロルド殿下は顔を顰めた。

「兄上とアイリーンまで…」

そう言って私を睨みつけるハロルド殿下に怯まないよう、私はほんの少しだけ胸を張る。


「一人で来るようにとは、言われておりませんでしたので」

それが屁理屈であることなど、言っている自分がよくわかっている。

私の言葉にハロルド殿下の視線はますます鋭さを増したが、彼はそのままエルヴィス様へと目線を移して口を開いた。

「とりあえず、席についてください」


四人分のお茶を用意すると、使用人は一人残らず部屋を出て行った。

おそらく、事前にハロルド殿下が指示していたのだろう。

王城内の客間には、私とエルヴィス様、そしてハロルド殿下とアイリーン様の四人だけ。

息を吐くのも躊躇うような静寂が、私達を包んでいた。


このままではいけないと、怯みそうになる自分を鼓舞して口を開く。

「あの後、私なりに考えたのです。ハロルド殿下の本意がどこにあるのか」

私のその言葉を聞いて、ハロルド殿下の眉が僅かに動いた。

前回話した時にも思ったことだけれど、ハロルド殿下は感情が割と表に出やすい人物のようだ。


「考えた上で、ハロルド殿下が誤解をなさっている可能性があるのではと思い、お二人にもついて来ていただきました」

そう言って私がエルヴィス様とアイリーン様を手で示すと、ハロルド殿下は苦虫を踏み潰したかのような顔をした。

「話したのか」

目の前で自分に敵意を向けている相手が王太子であることは、意識的に考えないようにする。

「畏れ多いことを」などと言い出したら、話が進まなくなってしまう。

「話すなとは、言われておりませんでしたので」

私が当然のような顔をしてそう言うと、ハロルド殿下は「君はそればかりだな」と言って溜息を吐いた。


「前回のお話を聞いて、ハロルド殿下はエルヴィス様に王太子の座を譲ろうとお考えなのではないかと思いました」

私がそう言うと、ハロルド殿下が一瞬言葉に詰まったのがわかった。

「…ずいぶんはっきりと物を言うんだな。でもまあ、その通りだ」

ハロルド殿下のその言葉に、「私のことなど一ミリも好いてらっしゃいませんものね」と言うと、「ふんっ」と鼻であしらわれた。

きっと【王太子:ハロルド・ヘイワード】は、俺様キャラだったのだろう。


しかし今は、この世界のハロルド殿下に向き合わなくてはならない。

「どうして、そのようにお考えなのでしょう?」

王太子の座を譲ることについて、ハロルド殿下はずいぶんと軽々しく発言をしているように思われる。

けれども、それは国王によって決められたこと。

ハロルド殿下が望んだからといって、簡単に「はいそうですか」と聞き入れられるものではないだろう。


「私と兄上に、上に立つものとしての力の差はないからね。兄上を王太子に推していた派閥と、私を推していた派閥、そのどちらの言い分も理解できるものだった」

ハロルド殿下は、私の目をまっすぐ見据えてそう言う。

「であれば、第一王子である兄上が王太子になるべきだったと、私は思っている。私と同じく、正妃である母上に育てられたのだから」

ハロルド殿下の言葉は、ただ私一人に向けられているもののように感じた。

まるでこの部屋には、私と彼の二人しかいないかのように。


そこまで話すと、ハロルド殿下は自嘲気味に笑った。

「君には悪いが、最終的に私が王太子に選ばれたのはアイリーンがいたからだ。であれば、アイリーンが兄上の婚約者になれば、なんの問題もあるまい」

アイリーン様の能力の高さを褒めているのか、彼女を物のように扱って軽視しているのかわからないその言葉に、私はどう返事をすればよいのかわからず固まってしまう。


アイリーン様の王太子妃としての能力は、誰もが認めるものなのだろう。

けれども、彼女は本当に“王太子妃”になるために幼い頃から努力を重ねてきたのだろうか。

お茶会の場で「ハロルド様をお慕いしている」と言ったアイリーン様の様子を思い出し、私は胸の奥が重くなるのを感じた。


しかし私が口を開く前に、エルヴィス様が言葉を発した。

「ハロルド、おまえの考えはわかった。けれども、私は王太子になどなりたくない」

エルヴィス様のきっぱりとした口調に、ハロルド殿下が僅かに目を見開く。

「以前も伝えたはずだ。私は、最初からおまえが王太子になることを望んでいる。母上にとっても、それが最良の選択だ」

そう言うエルヴィス様の声には、有無を言わせぬ迫力が感じられた。


そんな状態のエルヴィス様に反論するハロルド殿下は、さすが王太子といったところだろうか。

「しかし母上も、兄上が王太子になることを望んでいらっしゃいました」

ハロルド殿下のその言葉を聞いて、エルヴィス様は溜息を吐く。

「母上本人はそうだったとしても、母上の生家がそうは思っていなかっただろう。個人の感情で決めるべき事柄ではないのだから」

何も答えぬハロルド殿下に、エルヴィス様はさらに言葉を続ける。

「そもそも、なぜおまえは立太子から二年が経った今頃に、そのようなことを言い出すのだ?」


それは本当に、私も一番疑問に思っていたことだった。

エルヴィス様を差し置いて自分が王太子になることに対して思うところがあるのなら、立太子の前に発言すべきだろう。

王太子になって二年が経過した今言ったところで、その主張が通る可能性などないに等しいはずだ。

加えて、一国民の目から見て、ハロルド殿下は王太子として精力的に公務に励んでいるように思われた。

ハロルド殿下が今更「王太子の座を譲りたい」と言い出すのは、不自然なことこの上ない。


説明せずに切り抜けることなど不可能だと悟ったのだろう、ハロルド殿下がおもむろに口を開いた。

「兄上がおっしゃったように、このようなことを感情で決めようとする私は愚かなのでしょう。そういった意味でも、やはり私には王太子の地位はふさわしくない」

そう言って微笑むハロルド殿下は、ずいぶんと幼く感じられた。


「…私の一番の願いは、アイリーンに幸せになってもらうことなのです」

その言葉に、私だけでなく他の二人も僅かに肩を揺らした。

どうしてここで、“アイリーン様の幸せ”などという言葉が出てくるのか?


戸惑う私達のことなど見えないかのように、ハロルド殿下は言葉を続ける。

「私の婚約者になって以来、苦労をかけ続けた彼女が幸せになるためなら、私は何を投げ打ってもかまわない」

そう言う殿下は、苦渋に満ちた表情をしていた。

ハロルド殿下はそこで言葉を切ると、息を大きく吸い込んでアイリーン様へと向き直る。


「正直に答えてほしい。アイリーン、君は兄上を慕っているのだろう?」

ハロルド殿下のその言葉を最後に、部屋には再び重たい沈黙が流れた。

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