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王太子:ハロルド・ヘイワード②

昨日のハロルド殿下とのやりとりを思い出し、私は何度目になるかもわからない溜息を吐く。

「三日後にまた話をしよう。それまでに考えておいてほしい」

ハロルド殿下はそう言っていたけれど、私は一体何を考えればよいのやら。


ハロルド殿下の婚約者になるかという問いに対しては、考えるまでもなく否だ。

けれども、その答えだけでこの話が完結するとは思えない。

ハロルド殿下が何を思っているのか、彼のことをほとんど知らない私には見当もつかない。


いくら一人で悩もうとも、良い解決策が思い浮かばないだろうことはわかっている。

ハロルド殿下のことを良く知る人間なら、彼の思考が読めるのかもしれない。

けれども、エルヴィス様やアイリーン様に、まさかハロルド殿下から「婚約者にならないか」と言われたなどと、どうして言えようか。


考えぬいた挙句、唯一思い浮かんだ人物はダグラスだった。

同じクラスであり次期宰相でもあるダグラスなら、ハロルド殿下についても私よりは詳しいはずだ。

普段の私への態度に思うところはあるけれど、なんだかんだで私はダグラスを信頼している。

彼なら、言いふらす心配もないだろう。


そう思った私は、教室の机に突っ伏すダグラスに声を掛ける。

「ねえ、ちょっと二人きりで話がしたいの」

私のその言葉に、クラスがしんと静まり返ったのがわかった。




「ごめんなさい、まさかあんなに注目されるとは思っていなかったの」

ダグラスが気を利かせて個室を用意してくれて助かった。

あのように衆人環視の場で話せるような内容ではないのだから。


そう言った私に、ダグラスは肩をすくめてみせる。

「別にそれはいいけど、エルヴィス殿下には言うなよ。あの人、サラが関わるとやたらと俺に当たりがきついんだから」

ダグラスのその言葉に、私は思わず笑ってしまった。


そのまま紅茶を用意することもなく椅子に座った私は、単刀直入に切り出した。

「ハロルド殿下に、婚約者にならないかと言われたわ」

私のその言葉にダグラスは目を見開くものの、なんの返事もない。

聞こえなかったのかと思い、もう一度同じ言葉を繰り返すと、ダグラスは勢いよく椅子から立ち上がった。


「はあああ?」

まあ、当然の反応だろう。

私だってあの場でそう言いたかったくらいだ。

「いやおまえ、なんでそんなことになってるんだよ」

倒れた椅子を元に戻しながらダグラスはそう問うてくるけれど、そんなの私だって教えてほしい。


「つまり今の縁談は解消するということか? おかしいだろ。アイリーン嬢が殿下をどう思っているかはわからないが、ハロルド殿下は彼女をとても大切にしていらっしゃるんだぞ」

ダグラスはそう言って、右手で眉間を押さえる。

「ええ、私も、ハロルド殿下が本気で私と婚約したいと考えていらっしゃるとは思わない。殿下は、私をエルヴィス様から遠ざけたいとお考えなのかもしれないわ」

私のその言葉を聞いて、ダグラスは眉間の皺をさらに深めた。


「最近は俺も、父上の補佐と言う形で王城に行くことがあるんだ」

ダグラスは言葉を選びながらも話を続ける。

「ハロルド殿下とも話をする機会がある。けれども、以前話した限りでは、おまえのことを悪く思っているようでもなかった。むしろ、兄であるエルヴィス殿下の思いが届くと良いなと、そう言ってらしたぞ」

ダグラスの話の内容には首を傾げざるをえないけど、彼が嘘をついているとは思わない。


「じゃあどうして? 私に関する悪い噂でも流れ始めたのかしら?」

ダグラスと会話をした時のハロルド殿下の考えが、大きく変わるような何かがあったのかもしれない。

それほどまでに昨日のハロルド殿下の態度は酷かった。


しかしダグラスは私の問いに首を横に振る。

「おまえの噂は何も聞いてない。ここ最近の噂なら、エルヴィス殿下とアイリーン嬢だろう」

ダグラスからその二人の名前が出て、私はふとあることを思い出す。


「アイリーン様と言えば、ハロルド殿下は『兄上もアイリーンと共に過ごせば彼女の素晴らしさがわかるはずだ』ともおっしゃっていたわ」

あれはどういう意味だったんだろう。

前回のお茶会で見た限り、現時点でもエルヴィス様はアイリーン様のことを認めていたように思われる。


「ちょっと待て。ハロルド殿下は、おまえを婚約者にしたあげく、アイリーン嬢とエルヴィス殿下をくっつけようとなさっているのか!?」

そう言うダグラスは、薄らと額に汗を浮かべている。

彼の慌てた様子を不思議に思いながらも、私は昨日のハロルド殿下を思い出す。

「そう言われると、そういう風に聞こえたわ。あと、『王太子の座を兄上に譲る』とも」

確かに、あの時の彼の発言は、“アイリーン様の婚約者”という地位も含めてエルヴィス様に譲る、という意味だったのかもしれない。


「…そっちが本命なんじゃないか?」

そう呟いたダグラスは、青白い顔をしていた。

「えっ?」

ダグラスの真剣な表情に、私はそれ以上言葉を発せない。


ダグラスは少し考えるような素振りをした後で、おずおずと口を開いた。

「おまえも聞いたことくらいあるんじゃないか? ハロルド殿下とエルヴィス殿下、どちらを王太子にするかで長い間諍いがあったんだ」

ダグラスの言葉に頷きながらも、内心では首を傾げる。

なぜ今その話を?


「互いに勢力は拮抗していたが、王妃殿下とハロルド殿下は、エルヴィス殿下を王太子にとお考えだった」

初めて聞くその内容に、私は僅かに目を見張る。

血の繋がらない母と異母兄弟からそう思われていたエルヴィス様を少し誇らしく思った私は、相当に空気が読めないのだろう。


私が無関係なことを考えている間にも、ダグラスの話は続いた。

「そんな中で、最終的にハロルド殿下が王太子になったのは、エルヴィス殿下の意向と、アイリーン嬢の存在が理由だと言われている」

「アイリーン様の?」

話の途中であるにも関わらず、思わず言葉を発してしまった私に、ダグラスが力強く頷く。


「アイリーン嬢は八歳の頃にハロルド殿下の婚約者に据えられた。ハロルド殿下が国王になることも視野に入れて、彼女はその頃から王妃教育を受けている」

八歳というと、私が前世を思い出すよりもさらに前の頃だ。

そんなに昔から、アイリーン様は“未来の王妃”になるかもしれないという重圧を背負ってきたのか。

それを考えると、感情の読めない彼女のことを思い切り抱きしめたくなってくる。


「対してエルヴィス殿下の婚約者は、いまだに決定していない。これは、アイリーン嬢を王妃にしたいペレス侯爵家の暗躍によるものだとも言われているが、それは定かではない」

娘が王妃になるということは、未来の王の外戚になる可能性が高いということ。

私は想像することしかできないが、それは高位貴族にとって大変な名誉なのだろう。


「とにかくそんな状態で、エルヴィス殿下はおまえを婚約者にしたいと言い出された。相手は子爵家の子女だ。わかるだろ?」

ダグラスの言葉に、私は電気が走ったかのような衝撃を受けた。

…私の存在が原因で、エルヴィス殿下は王太子の座を諦めたのか。


今まで、心のどこかで「私が彼を救った」という思いがあったのかもしれない。

少なくとも、私が前世の記憶を思い出したことで、彼の人生が良い方向に進んだと思い込んでしまっていた。

もちろん、彼が死を免れたことは手放しに喜びたい。

けれどもダグラスの話を聞いて、今を生きる彼にとって、私の存在が足枷になっている可能性に思い至り、絶望的な気持ちになる。


身体中に力が入らない。

おそらく酷い顔色をしているであろう私に、ダグラスは言い聞かせるように言った。

「でも今までの話は、噂と俺の推測だ」

いつの間にか彼は私の両肩を強く掴んでいる。


「一方的な思い込みが事実を歪めてしまうことがあるということは、俺も経験してよくわかった。おまえもだろ?」

感情が昂っているからだろうか、ダグラスの両手に力が籠る。

至近距離にある彼の瞳には、強い光が宿っていた。


「ちゃんと話をしろ。無責任な噂や、一部分しか見ていない人間の推測を信じるんじゃなくて、きちんと本人の話を聞け」

ダグラスの言葉に、私は決意を固めた。

エルヴィス様と、そしてハロルド殿下と、きちんと話をしよう。

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