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騎士団長令息:レナード・スコット④

スコット騎士団長が出て行ったことで、部室には沈黙が訪れた。

いまだに呆けた状態のレナード君に、ローナがおずおずと声をかける。

「レナード君が、本当に進みたい道を選べそうでよかったわ」


その言葉に、私も頷きながら同調する。

「本当に、お父様は始めからありのままのレナード君を認めてくださっていたのね」

そう、ただ言葉が足りなかっただけだったのだ。


「ああ」だか「はあ」だかわからない言葉を返すレナード君に、ローナが満面の笑みを向けた。

「レナード君がこれからもレナード君らしくいられることが、私はとても嬉しいわ」

ローナのその言葉に、レナード君が勢いよく彼女へと向き直った。


「本当に、そう思ってる?」

そうローナに問いかけるレナード君は、なぜか捨てられた子犬のような目をしている。


「ええ、もちろん」

ローナはレナード君の右手を両手で包み込み、言葉を続ける。

「私達は、ありのままのレナード君が大好きよ」

ローナのその言葉を聞いて、レナード君の表情が変わった。


彼はそのまま跪き、片膝を立てた状態でローナを見上げた。

ローナが包み込んでいたはずの彼の手は、いつの間にかローナの手を握りしめている。

「ねえ、ローナ。以前、婚約者が決まっていないと言っていたよね?」

いきなり何を言い出すんだ、この男は。

なんの脈絡もなくそのようなことを言い出すレナード君に、ローナも不思議そうな表情を浮かべている。


しかし彼は、真剣な顔でローナを覗き込む。

「僕ではいけないだろうか?」

「はっ?」

当事者でない私が漏らしてしまった声が、想像以上に大きく響き、私は慌てて自身の口を塞いだ。


しかし私の声などお構いなしに、レナード君は言葉を続ける。

「ローナの前向きな姿勢が好きだよ。“義務を負う身であったとしても好きなこと全てを諦める必要はない”という君の言葉で、僕も前向きな気持ちになれたんだ」

レナード君からの告白を、呆気に取られた様子で聞いていたローナの頬が、徐々に赤みを帯びていくのが見てとれた。


まさか友達の告白シーンに、それも“恋人”ではなく“婚約者”にならないかという告白の場に立ち会って、私はその場でのたうち回りたい気持ちにすらなる。

けれども、あれ? そういえば?


「ちょっと待って! レナード君、あなた婚約者は!?」

『カガヒメ』の攻略対象者には全員婚約者がいたし、そもそも伯爵家の子息の婚約者がこの年まで決まっていないはずがない。

感動的な告白ではあるものの、そこに“現在結ばれている婚約は破棄するよ”という内容が加わるのであれば、手放しに応援するわけにもいかない。


しかしレナード君は、なんでもないことのように返事をする。

「今まで全て断っていたんだよ。自分に誰かを幸せにするだけの力があるとは思っていなかったからね」

彼にそう言われて、私の頭の中は疑問符でいっぱいになる。


この点に関しても、『カガヒメ』とは、状況が異なっている…?

レナード君がそんな嘘をつくような人間でないことがわかっている以上、そう考えるほかないだろう。

一体彼の周りで、何が起こっているのか?


私が首を傾げている傍らで、映画のワンシーンのようなやり取りは続けられた。

「でっ、でも! スコット伯爵家の御令息であるレナード君なら、もっと条件の良い御令嬢との縁談も結べるでしょう?」

「“誰か”と結婚をしたいのではない。ローナと夫婦になりたいんだ」

「実家に大きな力があるわけでもないわ」

「僕が利益のために君に求婚しているとでも? 見くびらないでほしいな」

「容姿だって、格別美しいわけではないし」

「君の艶やかな黒髪も、聡明そうなその瞳も、とても魅力的だよ」


そんなやりとりを、私は息を殺して見守る。

今この場で私ができることは、己の存在感を消すことだけだ。

そのうちに、最初は困惑の表情を浮かべていたローナの瞳が、徐々に潤み出すのがわかった。


「…私は身体が弱くって、妻としての務めを果たすことができないかもしれないのですよ」

躊躇うようにそう言うローナの声は、僅かに掠れていた。

今まで彼女はそれを理由に婚約を断られたことがあるのだろう。

そう言った時の彼女の悲愴な表情は、私の心を締め付けた。


しかしレナード君は、安心させるような笑みを浮かべてローナを覗き込む。

「子どものことはなんとでもなるよ。必要とあらば、養子をとることだってできるんだから」

レナード君のその言葉に、ローナの目から大粒の涙が溢れた。


レナード君は立ち上がり、ローナの頬に手を添える。

「僕は必ず官僚になるよ。なんといっても、スコット伯爵家の息子だからね。粘り強いし根性もある」

金銭的に苦労はかけないよ、と笑うレナード君は、頼もしいことこの上ない。

「次男だから婿養子にだってなれる。キャンベル伯爵家の跡継ぎ問題も解決できるかもしれない」

そう言いながら、レナード君は自身の親指でローナの目元を拭う。


「どんな時にも前向きに頑張る君と、人の幸せを心から喜べる君と、僕は共に人生を歩みたいんだ。どうだろうか?」

レナード君の言葉に、遂にローナは自身の両手で顔を覆った。

指の隙間から漏れ出る嗚咽が、静かな部室内に響く。


「嬉しい…本当に、嬉しい」

ローナは涙を流しながらも、震える声で言葉を続ける。

「私のことを知った上で、そう言ってくれる人が現れるなんて」

そんなローナの背中を、レナード君は優しくさすり続けていた。


―――『攻略』。

今回の場合、【騎士団長令息:レナード・スコット】が【伯爵家令嬢:ローナ・キャンベル】に攻略されたのか、その逆なのかはよくわからない。

けれども、これが彼らにとってのハッピーエンドなのだろう。

大切な友人である二人の幸せな結末に、私は心が暖かくなるのを感じた。




数日後、レナード君とローナの婚約が正式に結ばれたと聞かされた。

キャンベル伯爵夫妻は、思いがけない良縁に泣いて喜んだらしい。

寄り添いながらそのことを伝える二人を見て、私は今度こそ飛び上がって喜ぶのだった。

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