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騎士団長令息:レナード・スコット③

「え? レナード君は騎士科に進むの?」

文学部の部室で、雑談として進路について話していたところ、衝撃の事実が発覚した。


王立学園では、第二学年から希望者は“騎士科”というコースに進むことができる。

文字通り騎士を目指す人間に向けた進路で、騎士になるために必要な剣術や体術が授業に組み込まれているらしい。

代々騎士団長を輩出するスコット家の御令息としては当然の進路なのだろうが、正直なところあまりイメージが湧かない。


「仕方がないだろう。スコット家の息子なんだから」

そう、“仕方がない”。

本人に騎士としての素質があろうとなかろうと、それは仕方がないことなのだ。


けれども私は、彼が人一倍真面目に勉学に取り組んできたことを知っている。

私だけでなく、同じ文学部員であるローナも、きっと知っているはずだ。

そして彼が本心では騎士科に進みたくないことも、わかってしまっている。


「二人とも、そんな顔しないでくれよ」

レナード君にそう言われてローナに視線を向けると、彼女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

きっと、私も似たような顔をしているのだろう。


「少し前までは、僕も絶望的な気持ちだったさ。自分が騎士に向いていないことくらいわかっているし、何よりも僕は勉強が好きなんだ」

“騎士に向いていない”と言い切った彼だったが、そこには悲壮感など全く感じ取れない。


「けれども、騎士科に進んだからと言って、自分の好きなこと全てを諦める必要はないということに気づかされたからね。ねえ、ローナ?」

そう言ってローナに笑いかけるスコット君は、清々しい表情をしていた。

「前衛で戦う騎士としては力不足かもしれないが、その分頭脳を生かした戦い方ができるように努力するさ」

その言葉を聞いて、私は胸が熱くなるのを感じた。


しかしそこで、部室の扉を叩く無機質な音が響いた。

この感動のシーンで邪魔をするのは誰かと、不機嫌な面持ちで扉を開けると、そこに立っていたのは思いもよらぬ人物だった。

「エルヴィス様…?」

どうしてここに、と言葉を続けるより前に、扉の陰からもう一人の人物が顔を覗かせた。

「父上!?」

そこには、険しい顔をした騎士団長が立っていた。


突然の騎士団長の登場に、私は言葉を発することもできない。

かろうじて「どうしてこちらに?」と尋ねてくれたローナが、とても頼もしく思われた。

「今日は非番なんだが、学園に用事があってね。その帰り道にエルヴィス殿下とお会いして、文学部にも案内してもらったのだよ」

にこりともせずにそう答えるスコット騎士団長を前にして、レナード君は顔色を失ってしまっている。


「本当は前を通るだけのつもりだったんだが、気になる話が聞こえたものでね」

騎士団長にそう言われて、もはや誰も一言も発せない。

「お邪魔しても構わないかい?」と続けられた言葉に、私達は首を縦に振ることしかできなかった。


騎士団長に椅子に座るよう促すと、彼は目元をわずかに和らげる。

けれどもその視線はすぐに鋭いものとなり、目の前に座るレナード君へと向けられた。

「…おまえは、仕方がなく“騎士科”に進むつもりなのか?」

スコット騎士団長が怒っている、と、この場にいる全員が思ったことだろう。

騎士団長のあまりの威圧感に、思わず顔を俯けてしまう。


「そのような半端な気持ちで」とか、「スコット家の子としての自覚が足りない」とか、そういうことを言われてしまうのだろうか。

もちろん、会話の内容が外に聞こえてしまったのは私達の失態だし、レナード君も口に出すべきではなかったのかもしれない。

けれども、心の中で何を思うかは本人の自由だ。

そんな思いを抱きながらも前向きに努力しようというレナード君を、否定されるのは辛い。


しかし、続くスコット騎士団長の言葉は、予想外のものだった。

「おまえが騎士科に進みたいのであれば止めない。だが、無理に進む必要もない」

…それは、一体どういう意味だろう。

レナード君やローナも、その言葉に込められた真意を測りかねているようで、不安げな表情を浮かべている。


そんな私達を見て、スコット騎士団長は軽く息を吐くと、ぽつりぽつりと胸の内を吐露し始めた。

「私はお前に、騎士になってほしいとは思っていない」

騎士団長のその言葉に、レナード君は大きく目を見開いた。


「おまえが本心では官僚に憧れていることも、その素質があることもわかっているさ。けれども、我々は陰から見守る以外にしてやれることがないと思っていた」

そこでふっと口元を緩めたスコット騎士団長は、優しい父親の顔をしていた。


「学生時代、テストの成績は下から数えた方が早かったからな。私も、私の父も、そしておまえの兄も、みんな似たようなものだったよ」

バツの悪そうな表情でそう言う騎士団長に、いつもの威厳は感じられない。

「きっとおまえもそうだろうと思っていた。だが予想は大きく外れた。“鳶が鷹を産む”とは、まさにこういうことを言うのだと思ったよ」


騎士団長のその言葉に、レナード君は弾かれたように立ち上がった。

「父上は僕のことを、恥ずかしい存在だと思ってらしたのではないのですか? スコット家に生まれながら、騎士としての才能がない僕を」

そう言うレナード君の瞳は、僅かに濡れているようにも見えた。


そんなレナード君の言葉を、スコット騎士団長は強い言葉で否定した。

「そんなこと、神に誓ってもありえない。私達家族は皆、おまえのことを誇らしく思っている。もちろん、周囲からの期待に応えるアレクシスも素晴らしい。だが、新たに道を切り拓いていくおまえも、とても素晴らしい」

スコット騎士団長は、おそらく話すのが上手なタイプではないのだろう。

けれども、必死に言葉を紡ぐ彼の言葉は、疑いようもない本心のように思える。


「助言することはできなくとも、せめて『頑張れ』と、伝えておくべきだった」

言わなくても伝わっているだろうと思い込んでしまっていたよ、と言う騎士団長からは、後悔の気持ちが強く感じられた。


「…スコット家の息子である私が、騎士にならない道を選ぶことを、周囲が納得してくれるでしょうか」

そう言うレナード君の両手は固く握りしめられており、小刻みに震えていた。


そんなレナード君の肩に手を置きながら、騎士団長は諭すように語りかける。

「我がスコット家に生まれたものとして、おまえには国民の安全を守る義務がある。だが、それはなにも騎士にしかできないことではあるまい」

スコット騎士団長のその言葉は、騎士のトップに君臨する者だからこその重みがあった。

騎士以外の人間を認めるその言葉が、逆に騎士としての彼の素晴らしさを引き立たせる。


「おまえなら、私達とは違う方法で、その義務を果たすことができるのではないか?」

騎士団長はそう言うと、今までにない強い視線をレナード君に向けた。

「勝手に自分を過小評価するな。いくらおまえであっても、私の息子を侮るのは許さないぞ」

騎士団長のその言葉に、レナード君は大きく頷きを返した。

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