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騎士団長令息:レナード・スコット②

スコット家について、レナード君は何かしら思うところがあるらしい。

そのことを彼自身の口から聞いたわけだけれど、だからと言って私達の関係が変わったり、気まずい空気が流れたりすることはなかった。

あの日の会話など存在しなかったかのように、レナード君は通常通りに過ごしている。


彼は文学部としての活動をするわけでもなく、相変わらず毎日部室で教科書を読んでいる。

同じものがレイチェル様の鞄に入っているのを見かけたことがあるので、おそらく第三学年で使う教科書なのだろう。

しかし、活動をしていないといえども彼はれっきとした文学部の部員。

この度の“文学部設立して以来の快挙”を、レナード君も祝う義務がある。


「ということで、今週末にお祝いの食事会をします」

部長権限でそう宣言すると、レナード君はわかりやすく眉を顰めた。

「えらく急だな」

彼の言葉はもっともだけれど、一刻も早く開催したいのだ。


「思い立ったらすぐに行動するのが、私のやり方なの」

いつどこでどうなるか、先のことはわからないのだ。

後悔することがないように、やりたいことは早めに実行すべきだと、私は思っている。


「王都内の有名レストランは、もう予約が取れないんじゃないか?」

先程まで読んでいた教科書を閉じて、レナード君が考える仕草をする。

名門伯爵家の子息である彼の頭の中には、いくつかの候補が挙がっているのだろう。

けれども、有名レストランでの食事だけが“お祝い”ではない。


「お祝いをするのに、どうして有名レストランが必要なの? 三人揃ってお祝いをする、ということ自体が重要なのよ」

私はそう言って、昨夜遅くまでかけて書き上げたリストを机上に置く。

「ここに書いてあるお店は、どこも個室が用意されているの」

店名と一押しメニューが羅列してあるそのリストを見て、レナード君は顔を引き攣らせた。


「ローナが好きそうなお店をピックアップしているわ。あなたの好みも一応聞いておこうと思って」

私の言葉に、レナード君は呆れたような顔をした。

「いいよ、任せる。サラの方がローナの好みを知っているだろう」

彼はそう言うと、再び教科書に目を落とした。




「ローナ、おめでとう!」

私のその言葉に、ローナが頬を染める。

目の前のテーブルには、彼女が成し遂げた“文学部設立して以来の快挙”である、歌劇本が置かれている。

ボルドーの表紙に印刷されているのは、ローナが描いた絵。


文学部としての活動を始めて、ローナは十日もしないうちに『シンデレラ』の挿絵を完成させた。

初めてそれを目にした時の衝撃は、今でも鮮明に覚えている。

長年私が求めていた“絵本”が、ようやくこの世界に誕生したのだ。


興奮した私が様々な人間に見せて回ったところ、モーガン侯爵夫人がそれに食いついた。

「サラが今作ってくれている歌劇本に、このような挿絵を入れることは可能かしら?」

侯爵夫人にそう言われたと告げた時、ローナは驚きのあまり腰を抜かしてしまった。


そして先週、モーガン侯爵夫人も満足する歌劇本がようやく完成した。

今日はそのことを祝うための食事会なのだ。


「でもまさか、私の絵をモーガン侯爵夫人に褒めていただけるとは思ってもいなかったわ」

運ばれてきたローズティーに口を付けながら、ローナが遠くを見つめてそう呟く。

「今回のことで、侯爵夫人から直々にお手紙をいただいたの。それを見て、絵を描くのを否定してきたことを、両親に謝られたわ」

ローナの言葉を聞いて、自身の頬が緩むのを感じる。

このことがきっかけで彼女の趣味がご両親に認められたのであれば、それだけで文学部を設立した甲斐があったと言えよう。


すると、ローナの正面の席に座っていたレナード君が目を丸くした。

「え? ローナのご両親は、君が絵を描くことに反対していたのか?」

こんなに素晴らしい絵なのに、と続けるレナード君に、ローナはにっこりと微笑みかける。


「両親の気持ちもわかるのよ? いまだに婚約者も決まっていない私が、自室に籠って絵ばかり描いていることを、不安に思っていたのでしょうね」

その言葉を聞いて、伯爵家の御令嬢であるローナの婚約者が決まっていないことに、私は驚いた。

しかし、以前に彼女自身が「病弱だ」と言っていたことを思い出す。

前世では意識する機会もなかったが、この世界において、貴族に嫁ぐ女性は“血を繋ぐこと”が求められる。

婚約に際しても健康な身体が望まれるのかもしれないと思い、複雑な気持ちになってしまう。


「うちは三人姉妹で、男兄弟はいないのよ。けれども、姉二人はすでに嫁に出てしまっているの。だから…ね? わかるでしょう?」

加えて、キャンベル伯爵家に婿入りする男性と婚約することが求められているということか。

貴族の義務であると言えばそれまでだけれども、前世の記憶のせいでやり場のない思いが湧き上がるのを感じる。


そんな気持ちの私とは対照的に、ローナは晴れ晴れとした表情で話を続ける。

「もちろん、それに関して努力もするし、必要があれば妥協もするわ。でもね、だからと言って好きなこと全てを諦めなくちゃいけないことにはならないでしょう?」

そう言って笑う彼女は、なんて強い女性なのだろう。

横を見ると、レナード君がそんなローナを凝視していた。


「ねえ! 今日の記念に、みんなでお揃いのものを買おうよ!」

会計を終えてレストランを後にした私は、高揚した気持ちが抑えられなかった。

王都の中心街を歩きながら、頭に浮かんだことをそのまま提案してみる。

「なんの記念だよ」

レナード君は呆れたようにそう言うけれども、どこか楽しそうだ。


店のショーウィンドウを見ながら歩いていると、ふいにローナが足を止めた。

「綺麗…」

その言葉に釣られて店の中を覗くと、そこには様々な色のガラスペンが並んでいた。

金額もそこまで高くはない。


「実用的とは言い難いけれど、いいんじゃないか?」

レナード君のその言葉に促されて入ったその店は、決して品揃えが良いとは言えないものの、こだわりを感じさせる商品がずらりと並んでいた。


店内を歩きながらいくつかの商品を見ているうちに、一本のガラスペンが目に留まった。

「これらは全て職人の手作りですので、同じものは一つとして生み出されません」

店員からもそう言われて、私はますますそのペンから目が離せなくなる。


ローナやレナード君も気に入る物が見つかったようで、ローナは橙色のペンを、レナード君は濃青色のペンを、それぞれ手に持っていた。

「文学部としての、初めてのお出かけ記念ね」

ローナにそう言われて、胸が暖かくなるのを感じる。


「じゃあ、私はこれで」

友達とお出かけをしてお揃いの物を購入する。

前世で憧れていたその行為に、私はものすごく浮かれていたのだろう。

私が手にしたガラスペンを見て、二人が僅かに目を見張ったことには気づかなかった。

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[気になる点] |彼は文芸部としての活動をするわけでもなく |活動をしていないといえども彼はれっきとした文学部の部員 サラが設立したのは、文学部なのでしょうか文芸部なのでしょうか……?(他の箇所に…
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