図書館への第一歩②
領民に文字の読み書きを教える場を設けて、早くも三ヶ月が過ぎた。
最初は数人の子どもが遊びがてらに覗きに来ていただけだったが、今では百人近くの領民が私の授業を受けに来てくれている。
二十人程度に分けて毎日数回の授業を行っているため、近頃の私はとっても忙しい。
「サラ様、さようなら!」
「さようなら。気をつけて帰ってね」
肉体的な疲労感はあるけれど、毎回満面の笑みを浮かべて帰って行く領民達のおかげで、精神的には全く疲れていない。
むしろ以前よりも好調だ。
「サラ様、この本読めるようになりました!」
教科書を掲げて領民が得意げにそう教えてくれたりして、やりがいを感じる機会も増えてきた。
やっぱり慣れ親しんだ物語を題材にしたのは成功だった。
「昨日夫が仕事終わりにやったものなのですが、見てやってください」
そう言って手渡されたのは、前世で言う“国語ドリル”のようなものだ。
子どもである私は日中にしか授業を行えないが、夜しか都合がつかない領民だっている。
そんな人達に向けて、少し前からは添削での授業も開始したのだ。
こちらも受講者は右肩上がりに増えている。
授業自体はまだまだ始まったばかりで、領民の識字率の向上にどの程度繋がっているのかはわからない。
しかし、彼らが学ぶことに対して興味を持つようになってきているのはひしひしと感じる。
勉学において、なんと言っても一番重要なのは“本人のやる気”なのだ。
まずはこの傾向を素直に喜びたいと思う。
また、本の作成もぼちぼち進んでいる。
今はもっぱら前世で定番だった童話や昔話を書き起こす作業をしている。
もちろん、作者名は書かない。
権利関係で訴えられる可能性はないだろうけれど、自作として発表するほど厚かましくはない。
何より、自身が作家として名を揚げるためにしていることではないのだ。
針と糸を使っての製本だから手作り感は満載だけれど、今は美しい本を作ることを目的にしていないから気にしない。
とりあえず、まずは“娯楽としての本”の可能性を、できるだけ多くの人に知って欲しい。
どれも十ページ以内にまとめているので、これらの本についても借りられることが増えてきた。
ただの文字の羅列ではなく、一つの意味ある話を読み切るのは達成感が段違いらしい。
「借りていた本、とっても面白かったです」と言われるたびに、口角が上がるのを感じる。
長年語り継がれていた名作を書き起こしたのだから、当然と言えば当然なのだけれど。
本当ならばこれらは絵本にしたい。
就寝前に親が子に読み聞かせられるような“娯楽本”についても、その存在を広めていきたい。
しかし私に絵の才能がないことから、とりあえず今は文字だけになっている。
これについても、追々なんとかしたいものだ。
ところで、読み書きの教室を始めて気づいたことがある。
おそらく私は物語のヒロインとしてチート能力を有しているようだ。
名付けるならば【庇護欲扇動】といったところだろうか。
例えば、今私が授業している場所はかつて領民が所有していた空き家だ。
当初は吹きさらしの空き地で授業を行っていたのだが、それを見かねた領民が使っていない空き家を提供してくれたのだ。
また、教室で使う机や椅子についても、増設を考えていたタイミングで別の領民が寄付してくれた。
挙げればまだまだたくさんある。
紙や筆記具については“社会貢献”ということで、専門店から利益の出ないような金額で買わせてもらっている。
授業で手一杯な私を手伝うために、添削課題については読み書きができる領民がチェックしてくれたりもする。
私のために軽食を用意してくれる領民もいれば、「疲れが取れるハーブティーです」などと差し入れをくれる領民だっている。
私が何か特別なことをしているわけではない。
これはヒロインである私に、「何かしてあげたい」と思わせる能力が備わっているとしか考えられない。
正直なところ「申し訳ないな」と思うこともある。
領民から差し出されるものは、私の努力云々とは無関係に、自動的に付与された能力によって与えられたものなのだから。
けれど、この取り組みに関しては私利私欲で行っているものではない。
彼らの厚意によってより良い学びの場を提供できるようになるのだと割り切り、ありがたく受け取ることに決めている。
しかし、これで少しは納得がいった。
【庇護欲扇動】能力でもなければ、ゲームのように“四人の男性にちやほやされ続ける”といった結末は訪れないだろう。
だからといって、未来の国の上層部を巻き込んだ逆ハーレムが形成されるのはどうかと思うけれど。
とにかく、早い段階で自分のチート能力に気付いたのは助かった。
これでモテモテ学園生活回避への対策が立てられる。
ゲームでの彼らが好んだ、庇護欲が掻き立てられる女の子とは逆を目指せば良いんだ。
じゃあ、どんな子に対して庇護欲にかられるんだろう。
子どもっぽくて頼りない子…かな?
ならば私が目指すべきは“自立した大人の女性”だ。
この目標を立ててから、私はますます図書館の設立に向けて力を尽くすようになった。
色恋沙汰には目もくれず、仕事に没頭する女性は自立している感じがするでしょう?
そう言えば、前世の私もどちらかというとそういった女性に憧れていた気がする。
大人になる前に死んでしまったみたいだけれど。
もちろん、自身の勉強も忘れない。
賢い女性は近寄り難い気がするし、庇護すべき対象にもなりづらいだろう。
何よりも、教師役をしている私の成績が悪いと、生徒である領民達も不安に思うに違いない。
「サラ、少しは加減しなさい」
両親からはそう忠告されることもあるけれど、私は全てに全力で取り組んだ。
領民のために、自分自身のために。
それ以上に、そうすることが楽しくて仕方がなかったから。
前世では思うように身体が動かせなかったので、その反動なのかもしれない。
そうして毎日を全力で過ごしているうちに、私は十三歳になっていた。