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モーガン侯爵夫人の誕生会

「今度私の誕生パーティーを開催するのよ。レイチェルも来るから、サラもぜひ参加なさいな」

モーガン侯爵夫人からそんなお誘いを受けたのは、侯爵邸での打ち合わせを終えた時だった。


「本当に身近な人だけを呼んだ、小規模なパーティーよ。遠慮する必要はないわ」

侯爵夫人はそう言って優雅に微笑むが、「じゃあ行きます」などと軽々しく返事ができるわけがない。

侯爵家の人間相手に、こうして親しく言葉を交わしていることの方が異常なのだ。


レイチェル様と共にモーガン侯爵邸に訪れたあの日、侯爵夫人に()()()されたのは、リリー歌劇団が演じる歌劇のストーリーを書き起こして本にすることだった。

「クラーク侯爵から“歌劇の本”を見せていただいた際に、ぜひ同じものを作ってほしいと思ったのよ」

そう言うモーガン侯爵夫人は、少女のように生き生きとしていた。


それ以来私はモーガン侯爵邸に通うこととなり、リリー歌劇団の出資者であり大ファンである侯爵夫人に満足してもらえるような本を作るために、話し合いを重ねている。


やりとりの中で、侯爵夫人が私に対して友好的であることには気づいていた。

私という人間を知ったうえで好意を持ってもらえるというのは、とてつもなく嬉しいことだ。

けれどもまさか、侯爵夫人の誕生パーティーに誘われるほどだとは思っていなかった。


「お誘いはとても嬉しく思います。私も、モーガン侯爵夫人のお誕生日をお祝いしたいとは思っております。しかし、子爵家の子女である私が参加するのは、いくらなんでも場違いではないでしょうか?」

侯爵夫人の親しい相手であれば、おそらく全員が身分の高い方々なのだろう。

そんな人達が集められた小規模パーティーで、上手く立ち回れる自信など皆無だ。


おそらく私の不安な気持ちは、侯爵夫人にはお見通しだったのだろう。

「サラ、あなた今まで夜会やパーティーにはほとんど出席してこなかったのでしょう? 今後のために、そういった場に慣れておく必要があると思うの」

確かに、前世の記憶を思い出してから、『カガヒメ』の攻略対象者との接点を減らすためにも、夜会やパーティーの類いは全て断ってきた。

下位貴族の中でも、人一倍そのような場に慣れていない自信がある。


「私が主役のパーティーなら、何かトラブルがあっても庇ってあげられるわ。失敗しても良い場なんて、なかなかなくてよ?」

侯爵夫人のその言葉を聞いて、彼女の真意を理解する。

私のためを思っての招待なのか。


「…ありがとうございます。念のため、両親に聞いてからお返事させていただきます」

そう言って頭を下げる私を、侯爵夫人はいつもより柔和な表情で見つめていた。




侯爵夫人直々のお誘いを、子爵である私の両親が断るはずもなく、私はモーガン侯爵夫人の誕生パーティーに出席することになった。

事前に聞いていた通り、ダグラスの婚約者であるレイチェル様も参加するとのことで、とても心強い。


そして、今回はなぜかエルヴィス様も参加するらしい。

「ダグラス君が生徒会に入ってくれたからね、彼とは今まで以上に密に接することになるだろう? ぜひとも彼のご家族とも親睦を深めたいと思ってさ」

エルヴィス様は当然のように言うけれど、かなり無理がある気がする。


「まあ! そういうことでしたら、エルヴィス殿下は私の両親の誕生パーティーにも出席してくださるのですか?」

レイチェル様が悪戯っぽくそう尋ねると、エルヴィス様は苦笑いしていた。

その様子を見て、「やっぱり私のためなのかな」と思ってしまうのは、相当自意識過剰なのかもしれない。


自分の思考が少し恥ずかしくなって下を向くと、すっかり着慣れた赤いドレスが目に入る。

このドレスを着るのは三回目だけれど、今回のパーティーの参加者の中でそのことを知っているのは、おそらくエルヴィス様とレイチェル様の二人だけ。

ということで、私は今日も胸を張ってこのドレスを着用している。

元々素敵なドレスだけれど、着るたびに愛着が増してきて、何度だって着たくなるのだ。


「そのドレス、サラが気に入ってくれているみたいで嬉しいよ」

エルヴィス様にそう言われて、私は弾んだ気持ちで答える。

「はい、大好きです」

しかし私がそう言うと、エルヴィス様が突如として固まってしまった。

不思議に思ってレイチェル様の顔を窺うと、彼女も目を見開いて固まっている。

そこでようやく、私の発言がまずかったことに思い至る。

「あの、ドレスが! このドレスが、大好きなのです!」


そうは言ったものの、エルヴィス様が蕩けるような笑顔を浮かべて私のことを見てくるものだから、顔に熱が集まってしまう。

見るからに上機嫌なエルヴィス様を見て、後から合流したダグラスに「何があったんだ?」と耳打ちされるけれど、曖昧に笑って濁すことしかできなかった。


「やあ、楽しんでいるかな?」

いつものメンバーで話していると、急に後ろから声がかけられる。

振り返ると、そこには二人の男性が立っていた。

「モーガン侯爵…」

声をかけてきた男性については、モーガン侯爵邸に飾られている肖像画で顔は知っていたものの、初めて会うその人相手に上手く言葉が出てこない。

さすがこの国の宰相、オーラが違う。

隣の人は護衛だろうか?


モーガン侯爵はそんな私に気を悪くするでもなく、自身の右手を差し出しながら言葉を続ける。

「ベネット子爵家サラ嬢。妻や息子がお世話になっているね」

彼の手を両手で握り返しながら、私は「いえ、そんな」と返すのが精一杯だ。


「少しあちらで話そうか」

苦笑いしながらそう提案するモーガン侯爵に、私は首を縦に振る。

エルヴィス様の無言の圧に居心地の悪さを感じているのは、私だけではなかったようだ。


会話の内容が聞こえない程度の距離に移動すると、モーガン侯爵は私に新しい飲み物を頼んでくれた。

「君は覚えていないかもしれないが、二年前の崖崩れが発生したあの日、私もエルヴィス殿下と共にベネット領に訪れていたんだよ」

私と同じフルーツの入ったノンアルコールカクテルを傾けながら、モーガン侯爵はそう言った。


「あの時、君の作った施設に殿下が興味を示していなければ、私はこの世にいなかっただろうね」

『カガヒメ』の世界では、この人も命を落としていたのか。

目の前で元気そうにしているモーガン侯爵に、胸が詰まる思いがする。

「そういう縁もあって、実は君の“本作り”を、私は密かに応援しているのだよ」

モーガン侯爵はそう言って、優しい顔で笑った。


「ところで、君に紹介しておきたい人物がいてね。スコット騎士団長だ」

そう言うとモーガン侯爵は、隣に立つ大柄な男性を手で示した。

「レオナルド・スコットです。はじめまして」

はじめまして、と言われたのだから、おそらく初めて会うのだろう。

けれども、私はなぜか彼を知っているような気がする。


「彼も私と同じ理由で、君の活動を応援しているのだよ」

モーガン侯爵にそう言われて、なるほどなと思う。

「ということは、スコット騎士団長も二年前の視察にいらしていたのですか?」

ひょっとすると、その時に会った彼の顔を覚えていたのかもしれない。


しかしスコット騎士団長は、緩く首を横に振った。

「いいや、私ではなくて…お、噂をすれば。アレクシス!」

そう言ってスコット騎士団長は、少し離れた場所にいる男性に声をかける。

彼の視線を辿って「アレクシス」と呼ばれた人物に目を向けた私は、心臓が止まるかと思うほどに驚いた。

…攻略対象者だ!


「私の息子のアレクシスです」

スコット騎士団長は、そう言って自身によく似た青年を手で示した。

赤茶色の髪に濃紫の瞳、そして“騎士団長の息子”。

「アレクシス」と紹介された青年の姿は、画面越しに見た攻略対象者そのものだった。

なるほど、攻略対象者に似ているから騎士団長に見覚えがあったのか。


けれどもおかしい。

攻略対象者は、クリス先生を除いては全員が同じクラスの学生だったはず。

目の前にいる()()()は、どう見てもエルヴィス様よりも年上だ。


「当時騎士見習いだったアレクシスが、二年前の視察に同行していたのですよ。モーガン侯爵同様に、エルヴィス殿下が予定を変更されなければ、あの崖崩れで命を落としていたかもしれません」

スコット騎士団長のその言葉を聞いて、私はますます混乱する。


『カガヒメ』の中で、あの崖崩れに巻き込まれて生き残った人物はいなかったはず。

この世界においても、予定を変更していなければ同行していた全員が亡くなっていただろうと思われるほどの規模だったと、エルヴィス様から聞かされている。

ということは、目の前のアレクシス・スコットは攻略対象者ではないのか?

だが、他人の空似というにはあまりにもそっくりすぎる。


そんなことをぐるぐると考えていた私を現実に呼び戻したのは、続くスコット騎士団長の言葉だった。

「サラ嬢は王立学園の第一学年でいらっしゃるのですよね? 実は、うちの次男が同学年なのですよ」

その言葉を聞いて、背中に冷たい汗が伝うのを感じた。

とてつもなく嫌な予感がする。


「レナードと言うのですが、ご存知ありませんか?」

…“レナード”は家名ではなかったのか。


【騎士団長令息:レナード・スコット】。

まさか彼が攻略対象者だったとは。

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