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学園生活の開幕

王立学園への入学、すなわちそれはゲームの開始。

もちろん私は、この世界を“ただのゲーム”だと思っているわけではない。

ここは今の私が生きている、現実世界なのだから。


しかしだからと言って、『カガヒメ』の内容はこの世界とは無関係だと、切り離して考えることもできないでいる。

大きな事故には繋がらなかったものの、二年前には実際に崖崩れが発生しているのだ。


大丈夫、私の日常は守られる。

もう何度目になるかもわからないけれど、私は自分にそう言い聞かせる。

第一王子であるエルヴィス様だって生きているし、他にも『カガヒメ』の設定とは異なる部分もあるはずだ。

何より、私自身が【ヒロイン:サラ・ベネット】ではないから。

大丈夫、大丈夫。


そのように心配する一方で、学園生活に対して楽しみな気持ちもある。

前世では入退院を繰り返していて満足に学校にも通えなかったので、今日から学園生活が始まるのかと思うと気持ちが高揚する。

やっぱり、持つべきものは健康な心身だ。


焦茶のブレザーにチェックのスカートの制服は、私にとてもよく似合っている。

鏡に映る自分の姿を見て、思わず顔が緩んでしまうくらいに。

せっかくなのだから、怖がるばかりではなく、学園生活を目一杯満喫したいというのも本心だ。


「さて、行こう」

私はそう呟いて、『カガヒメ』のメイン舞台となる王立学園へと足を踏み出すのだった。




教室に入ると、クラスの八割程の生徒がすでに集まっていた。

その全員が一斉に私を見た気がしたので、思わず息を止めてしまう。

私はただの子爵令嬢なのだからそんなはずはないだろうに、やはり過敏になっているのかもしれない。


とりあえず、一旦落ち着かなくては。

私は指定されている席に座り、教室内をぐるりと見回す。


『カガヒメ』の攻略対象者は、四人中三人がクラスメイトだった。

しかし、ハロルド・ヘイワード王太子以外は、名前も家柄も覚えていない。

なんなら、なぜ彼らがヒロインに惹かれるようになるのか、そのきっかけすら全く覚えていない。


攻略対象者には全員婚約者がいることだけは確かだ。

それは当然のことで、私達下位貴族の子とは違って、高位貴族の子息子女は学園入学前に婚約者が決まっているのが通常なのだから。

王族であるにもかかわらず、婚約者が決定していないエルヴィス様の方がイレギュラーなのだ。


彼らの婚約者から呼び出されるとか、虐められるとか、そういった描写はなかったはず。

話の中でさらっと存在が明かされるだけで、ゲーム内ではシルエットすら登場していなかったように思う。

つまり今のところ、気をつけるべきは“攻略対象者に好意を抱かれないようにする”ことだけだ。


きっと大丈夫。

心の中でそう呟いて、私は姿勢を正して前を見据える。

すると、それを見計らったかのように教室の扉が開き、白衣を着た男性が教室へと入って来た。


赤茶の瞳に、紫がかった長髪を一つに束ねたシルエット。

見覚えのあるその姿に、私は目を見開く。

「今年度このクラスの担任を務めることになりましたクリス・ローレンスです。教科は地学を担当しています。みなさん、一年間よろしくお願いします」

【学園教師:クリス・ローレンス】…!


そうだ、確か彼も攻略対象者だ。

詳しいことは依然として思い出せないものの、彼も高位貴族の子弟だったはず。

念のため、後でエルヴィス様にクリス先生のことを教えてもらおう。


ゲームの内容をほとんど覚えていない私にとって、攻略対象者を知ることは、対象者をうっかり攻略してしまわないための自己防衛だ。

全く関わらないことは不可能なので、“その他大勢のうちの一人”と認識してもらうためにも、対策を練らないと。


私としては、【クリス先生ルート】は絶対になしだ。

もちろん他の攻略対象者のルートもなしなのだけれど、クリス先生ルートは絶対になし。

教師が在学中の生徒と恋仲になってしまうなんて、普通に考えれば懲戒解雇ものだ。

漫画やゲームの中であればときめく関係なのかもしれないけれど、常識的に考えると教師としての自覚がなさすぎる。


そんなことを考えていると、いつの間にかホームルームは終わっていたらしい。

賑やかな教室の中で、私は一人机を見つめる。

攻略対象者は残り二名。

教室内にピンとくる人物はいないけれど、クラスメイトであることは間違いない。


手掛かりを探すために必死に前世の記憶を辿っていたところ、不意に窓からの光が遮られるのを感じた。

不思議に思って顔を上げると、目の前には迫力のある美人が立っていた。

「私、ハロルド王太子殿下の婚約者、アイリーン・ペレスと申します」

聞き覚えのあるその名前に、身体が固まってしまう。


以前「これだけは覚えておきなさい」とレイチェル様に手渡されたリストの中に、彼女の名前が載っていたはずだ。

確か、ペレス侯爵家アイリーン嬢。

ハロルド殿下の婚約者、つまりは未来の国王妃。


クラス全体が、私たちのやり取りに意識を向けているのを感じる。

それはそうだろう。

次期王妃であるペレス侯爵令嬢が、子爵令嬢である私に一体何の用があるというのか。


「お初にお目にかかります、ペレス侯爵令嬢。私、サラ・ベネットと申します」

なんとかそう告げたけれど、緊張と不安でどうにかなってしまいそうだ。

静まり返った教室の中で、私の胸の鼓動だけが大きく響いているように感じる。


「アイリーンで構いません。学園内では皆平等ですから」

ピクリとも表情を変えずにそう言うペレス侯爵令嬢に、私の方が狼狽えてしまう。

この圧倒的なオーラ差を見て、どうして平等などと言えようか。


「それはそうですけれども…」

「私も、あなたのことは“サラ”と呼ばせていただきますわ」

私の反論に被せるように言うアイリーン様を前にして、私は肯定することしかできなかった。


でも、どうして私に?

そんな疑問に内心で首を傾げていると、クラスメイトのヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。

「あの方がエルヴィス殿下の…」

「ああ、だからペレス侯爵令嬢が…」

その嫌な雰囲気に、私は一つの仮説に思い至る。


アイリーン様がどこまで知っているのかはわからないけれども、エルヴィス様は私に好意を寄せていることを隠してはいないようだ。

アイリーン様は、私とエルヴィス様が交流を持っていることに、何かしら思うところがあるのかもしれない。


クラスメイトの話し声はアイリーン様にも聞こえているだろうに、全く動じることなく佇む姿は「さすが」としか言いようがない。

「私、以前からサラとお話ししたいと思っておりましたの。仲良くしてくださいませね?」

無表情で告げられるその言葉は、内容に反して全く友好的には感じられない。


「そっ、それは光栄でございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

なんとか声を振り絞ってそう答えると、アイリーン様は僅かに口の端を持ち上げた。

感情の読めないその表情に、私は背中に冷や汗が伝うのを感じた。

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