女子会への招待②
お茶会当日、私は胸の鼓動が治まらずにいた。
レイチェル様とそのご友人が参加する集まりということは、つまりこれは前世で言う“女子会”。
入退院を繰り返していたせいで親しい友人がいなかった前世の私は、ひっそりと“女子会”なるものに憧れを抱いていたのだ。
レイチェル様は「気を張らなくて大丈夫よ」と言っていたけれど、私自身が万全の状態で臨みたい。
そんな思いから、「夜会の際に用意してもらったドレスで出席する予定です」と王城での定例お茶会で告げたところ、エルヴィス様は黙り込んでしまった。
直前まで「私も連れて行ってほしい」と駄々を捏ねていたというのに、一体どうしたというのだろう。
そしてなぜか、翌日にはエルヴィス様から贈り物が届いた。
開けてみると、赤い宝石が用いられたブローチだったので、ありがたく使わせてもらうことにする。
上位貴族は人前で同じドレスを二度着ることはないと聞いたことがあるので、短期間にドレスを着まわす私を哀れに思ってのプレゼントなのかもしれない。
ブローチのおかげでドレスの印象も大きく変わったので、さすがはエルヴィス様と言ったところだろうか。
そして、美しく着飾った私の手には数冊の本。
どこからどう見ても一級品のドレスと、手作り感溢れる本は、絶望的に相性が悪い。
けれども、「サラの作る本をみんな読みたがっているの」とレイチェル様に言われたのだから、持って行かないという選択肢はない。
慣れない支度に手間取ってしまったからだろうか。
私がお茶会会場であるクラーク侯爵邸に着いた時には、すでに参加者全員が揃っていた。
「遅れてしまって申し訳ありません」
指定されていた時間まではまだ余裕があるものの、一番最後になってしまったことに冷汗をかく。
「いいえ、遅れてなんていないわ。来てくれてありがとう」
そう言うレイチェル様は、女神か何かだろうか。
基本的には穏やかで優しいレイチェル様だけれど、間違った行動に対してははっきりと指摘してくれるので、私は彼女に全幅の信頼を寄せている。
彼女が「大丈夫」と言うのだから、この場は安心して良いのだろう。
「みなさま、はじめまして。サラ・ベネットと申します。サラとお呼びください」
レイチェル様に促されて自己紹介をすると、控えめな拍手が返ってきた。
事前に聞いてはいたものの、好意的な態度で迎え入れられたことにほっと胸を撫で下ろす。
「サラは私より二歳年下だから、ローナ様と同い年ね」
そう言うレイチェル様の視線を辿ると、黒髪藍目の大人しそうなご令嬢と目が合った。
「ローナ・キャンベルと申します。ローナとお呼びくださいませ」
そう言って控えめに笑うローナ様は伯爵家のご令嬢だと、レイチェル様がこっそりと教えてくれる。
「実はレイチェル様から、サラ様がお作りになっている本のことをお聞きしましたの。見せていただくことはできますか?」
はにかみながら伝えられたローナ様の言葉に、思わず前のめりになってしまう。
「もちろんです! 本日何冊かお持ちしておりますので、ぜひご覧ください」
そう言って手渡した本を、ローナ様は丁寧な手つきで受け取った。
食い入るように文字を辿るローナ様の横顔を、私は息を潜めて見守る。
様々な娯楽に触れているであろう伯爵令嬢が、私の作った本を目の前で読んでいる。
それがどれほど緊張することか。
ローナ様が本を読み終える頃には、掌がしっとりと汗ばんでいるのを感じるほどだった。
数分後、本から視線を上げたローナ様の瞳は、うっすらと潤んでいるように見えた。
「とても素晴らしいと思います。私、恥ずかしながらあまり身体が丈夫ではなくて。刺繍だけではどうしても暇を持て余しておりましたの」
これならベッドの上でも楽しめますわね、と続けられた言葉に、私は胸が熱くなる。
「そう言っていただけて、とても嬉しいです。老若男女、身分を問わずに楽しめる娯楽をと思って、作り始めたものですので」
柔らかい笑みを浮かべながら頷いてくれるローナ様に、私はさらに言葉を続ける。
「本当は幼い子どもも楽しめるような挿絵をつけられたら良いのですが、なかなか上手くいかなくて」
以前エルヴィス様に聞いたところ、この世界における絵とは“油絵”もしくは”水彩画”がメインであり、写実的なものが好まれるという。
そういった理由もあるのだろうか、もっとポップな、“イラスト”と呼べるような絵を描く人物を、いまだに私は見つけ出せていない。
私がそう言うと、ローナ様は僅かに瞳を揺らした。
「サラ様は、どうしてこのような本をお作りになったのですか?」
ローナ様にそう問われ、私は一瞬口籠る。
「…面白そうだったからです」
私の返答を聞いて、ローナ様が目を瞬く。
「社会貢献だとか、慈善事業だとか、そういった理由をご想像されていたのであれば、申し訳ありません。私はただ、面白そうだと思ったから作ってみただけなのです」
ローナ様をがっかりさせてしまうかもしれないけれど、私は胸を張ってそう言った。
「それは、大変素晴らしいことと思います」
まさか肯定されると思っていなかったので一瞬頭が真っ白になったけれども、ローナ様のその声はお世辞を言っているようには思えない。
「素敵で、とても羨ましい」
そう呟いたローナ様は、僅かに顔を曇らせたように見えた。
そんなローナ様に私が声を掛けるよりも前に、他のご令嬢が言葉を発した。
「サラ様のドレス、とても素敵だなと思っておりましたの。どちらで仕立てられたのですか?」
“The 女子会”といった話の内容に胸が躍るものの、この服を仕立ててくれた店の名前を私は知らない。
「お恥ずかしい話なのですが、私ファッションには疎くって。このドレスはエルヴィス殿下が手配してくださったものなので、お店の名前がわからないのです」
正直にそう答えたところ、一瞬にして部屋全体がしんと静まり返った。
どうしよう、“第一王子と仲が良いアピール”をしているように思われたのかもしれない。
そう思った私が慌ててレイチェル様に視線を向けたのとほぼ同時に、周囲からは黄色い声が上がった。
「エルヴィス殿下が、これほど情熱的なお方だとは知りませんでしたわ」
「本当に、あのエルヴィス殿下がそのようなことをなさるだなんて」
ご令嬢方は頬を染めながらそのように言い募るけれども、一体どこに騒ぎ立てる要素があったのだろうか。
私が疑問に思っているのが伝わったのだろう。
「とある歌劇の影響なのだけれど、異性に服を贈る行為は”あなたを私色に染め上げたい”といった意味だと考えられているのよ」
そう教えてくれたレイチェル様だったが、彼女の耳もほんのりと色付いていた。
しかし、レイチェル様の表情はすぐに真面目なものとなる。
「サラも気づいたようだけれど、先程の発言を悪い意味で捉える方々も存在するでしょう。もう少し気をつけて発言なさいね」
その言葉を、私はきちんと受け止める。
“非の打ち所がない淑女”であるレイチェル様の指摘は、ありがたいことこの上ない。
「はい」と言う私の返事を聞いて、レイチェル様はにこりと笑みを浮かべた。
「もうすぐ入学ですからね。学園へ入学すると、さらに様々な考えを持つ方と関わることになりますから。次年度はエルヴィス殿下が生徒会長を、私が副会長を務める予定ですので、困ったことがあれば遠慮なくおっしゃってね?」
レイチェル様の言葉に、私の身体がぶるりと震える。
…いよいよ、『カガヒメ』の舞台が開幕するのだ。




