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主人公“サラ・ベネット”という人間

「うそでしょ…」

私は()()()を知っている。

当然だ、十年間この子として生きてきたんだから。

でも、そういうことを言っているのではない。


もう一度、鏡に映った自分を見る。

蜂蜜色の真っ直ぐな髪に、ぱっちりとしたピンクの瞳。

透き通るように白い肌にはシミの一つもない。

控えめに言っても、お人形のような美少女。


やっぱり、この子は『カガヒメ』の主人公だ。

そのことに思い至った瞬間、私の知らない記憶が次々に蘇る。


かつて私は別の世界で生きていた。

入退院を繰り返していた私が、無機質な病院で本を読んだりゲームをしたりして時間を潰していたことを覚えている。

余命宣告がされているくらいだったんだもの、きっと死んでしまったんだろう。

苦しんだ記憶はないので、おそらく安らかな最期だったのだ。


よかったね、と思う。

自分のことなのに、どこか他人事のように感じるのは仕方がないことだろう。

その人であった記憶はあるものの、今の私と同一人物ではないんだから。


じゃあ、今の私は?

そう、私はサラ・ベネット。

かつて私が生きていた世界で社会現象を巻き起こした乙女ゲーム、『輝く姫と四人の貴公子』通称『カガヒメ』のヒロインだ。


確か、美しい子爵令嬢であるヒロインが王立学園に入学し、そこで見目麗しい四人の男性達から言い寄られる…というような内容だったはず。

なぜそんなに情報が曖昧なのかというと、実は私はこのゲームを一度しかクリアしたことがないから。


理由は簡単、合わなかったのだ。

それぞれ婚約者がいる高貴な男性が、揃いも揃って一人の少女に熱を上げるというストーリーが、まず好きではなかった。

私がクリアしたのは王道のルートらしいんだけど、なんとそこでは最終的に攻略対象者の四人全員が婚約者を捨ててヒロインを甘やかし続けるという結末を迎えていた。


恐ろしい話だ。

攻略対象者は皆それなりの身分の男性なのに、この国はどうなってしまうんだろうと本気で心配した。


でも、ゲームに対して文句を言うつもりはない。

あれだけ人気があったのだ、素晴らしい作品だったんだろう。

ただ私の好みじゃなかっただけで。


ともあれ、そんな“国の存続を揺るがしかねない人物”として、今の自分が存在しているわけだ。

これはいわゆる異世界転生というものなのだろう。


どうして、なぜ転生してしまったのか。

そのことについては、きっと考えたってわからない。

神様の悪戯なのかもしれないし、ひょっとすると私が知らないだけでよくあることなのかもしれない。


とりあえず、ゲームの中で待ち受けるのが自身の破滅や死ではないことには安堵する。

それらを回避するのは難しそうだけど、モテモテ学園生活からなら逃れられそうな気がする。

前世ではいろんな乙女ゲームをやったのだ。

攻略対象者の好感度が下がる選択肢はだいたいわかる。


「五年後かあ…」

そう、ゲームの舞台は王立学園。

この国では、十五歳になる年に貴族の子ども全員が王立学園に通うことになっているので、おそらくそこからがゲーム開始なのだろう。


同じ貴族といえども、『カガヒメ』の攻略対象者は皆かなり身分の高い人達だった。

この国の王太子も含まれていたはず。

そんな人達と下位貴族である子爵令嬢が、学園以外で接点をもつ機会なんてない。


「そうなると、王立学園に入学するまでの間は、ゲームのことは気にせずに過ごせるってことよね」

自分の顔がだらしなく緩むのを感じるけれど、鏡に映る私はそんな顔でも可愛かった。

さすがこの世界のヒロイン。


実は、前世を思い出してから気になっていることがある。

「この世界って、図書館ないよね?」

学術書の貸し出しをしている施設があるのは知っているけれど、確かそこは一定の地位にある人物しか使えなかったはず。

前世の図書館のように、誰もが無料で本を借りられる施設については聞いたことがない。


この世界で本は高価だ。

紙自体はそうでもないので、おそらく印刷技術が未発達なせいだろう。

貴族である私ですら、両親にねだったら「誕生日にね」と言われてしまうくらいには値が張る。

ましてや、庶民が簡単に手に入れられるような代物ではない。


でも私は、誰もが本を楽しめる場を作りたい。

前世の私が本に救われたから。

前世で孤独な時間を埋めてくれた本が、この世界でも誰かの役に立つかもしれない。


「図書館…つくろう!」

ゲームの世界への転生に気づいてからおよそ二十分後。

ゲームとは全く関係のない方向に、私は新たな挑戦をすると強く決意した。

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