三時間目
三題噺もどき―ひゃくはちじゅうろく。
お題:檸檬・ポロシャツ・諦め
「っぁーーー…」
自分にしか聞こえないような。小さな唸りが漏れた。
「だる…」
続く言葉ももちろん。聞こえない。誰にも。自分にしか聞こえない。
もし聞こえたんなら。それはどうか、忘れてもらって。何もなかったことにしてもらって。
「……」
ここに誰かが居たこと自体を。忘れてもらって。
「……」
そんな心配などしても意味はないのは分かっているのだが。時間が時間だし。
この時間にここにいる奴は、不良か不真面目か不健康なやつか―いじめられっ子か。
大抵のよい子は、三時限目の授業を意気揚々と受けている頃だろう。
「……」
古い校舎の。古いトイレの。奥の個室の。1つ。
そこに何をするわけでもなく座っている。
―いやまぁ。正確には動けない理由があるのだが。
「……」
はぁ。
しかし。失敗したなぁ、これは。
普段はもっと警戒しているし、今日も怠ったつもりはないのだが。―トイレ行くだけなのに警戒するのも面倒だが。そうしないといけないのだ。―昨日夜更かししたせいで、集中が切れていたかのかもしれない…。それか、ゲームで推しが来たからテンションが妙に上がって、注意散漫になっていたかもしれない。
「……」
ま。どちらにせよ。なんにせよ。
失敗は失敗だし。やらかしはやらかしだ。
―帰るまでに乾くかなぁこれ。
「……」
昔のアニメみたいなタイプなんだよな。どれだけ典型的ないじめっ子を地でいくつもりだあいつら。見た目からしていかにもだし。形から入ってみました感があるんだよなぁ。馬鹿っぽいし。―なんだ、いじめの形から入るって。
「……」
いつもなら、アイツらと被らないようにしているんだが。
だから、わざわざこんな人の少ないトイレに来ていたりするし。今日はそれが裏目に出たのか。
いつの間にバケツに水とか汲んでんだよ。
暇か。ヒマなんだな。ヒマだからこんなことしてんだろうな。
「……」
さてと、落ち着いて腰を下ろしたところに。だ。
まぁ。油断してたのもあるし。
―誰がこんなところで、いきなり水ぶっかけられると思うよ。全く。
「……」
しかも、水かけるの妙にうまいのなんなんだ。脚立に乗ったにしても頭に直接あたることがあるかよ。たいして身長高くなかったと思うんだが。
まぁ、去り際というか。かけられた直前、顔を上げたら、頭は見えたから。丁度いい高さの踏み台でもあったのだろう。
「……」
頭から綺麗に水にぬれたせいで、地味に重い。
下半身はまぁ。何とか。濡れてはいるが大したことはなさそう。
それに対して上半身の濡れよう…。今日はまだ暑いから、夏服のポロシャツ生地の制服を着ているのだが。じわりじわりと水がしみてきて気持ちが悪い。
―切られて血が滲んでいくのはこんな感じなのだろうか。まぁ。今回は水が広がっているだけなのだが。体温で下手に温められていて。気味悪さが際立っている。
「……」
脱ぎたいのはやまやまなのだが。
脱いだらそれはそれで…。
あぁ、もう。
「……」
授業の隙間を見て着替えに行くか…。幸い今日は体育があったからジャージがあるはずだ。―何もされていなければだが。
「……」
もう。ホントに。
だるい…。
動くのも面倒だ。
というか。何しにトイレに来たんだったか…。
「……」
あぁ、そうだ。
携帯の使用禁止のこの学校で。ちょっと開こうと思ってトイレに来たんだった。
濡れてないだろうか…。
「……」
そう思いながら、ポケットの中を探る。
手に取ったそれが濡れていなかったことを確認し。そのままつかみ出す。
―と、一緒に何かがコツンと床に落ちた。
「……?」
あぁ。眠気覚まし兼小腹が空いた時用の飴玉だ。ちなみに檸檬味。甘いだけのだと、眠気覚ましには向いてない。
ついでだし。食べてしまうか。この様子だと昼食にはあり着けそうにない。
「……」
ビッと、袋を破き。口の中に放る。
「……」
カロン、と。口内の歯に当たる。
そのまま、なんとなく飴を転がしている。
檸檬の酸味が口の中に心地よく広がっていく。
「……ふぅ…」
そのまま携帯をいじる気にもならなくて。
ただ何となく天井を見上げる。
ぼうっと。
さっき去り際に言われたことを思い出した。
「……しね…ね、」
まぁ。
何もかもうまくいかない。思い通りにいかない。こんな人生を。
捨てるのが惜しいも何もないし。
現状についてもあれこれ諦めがついてしまっているから。
「……」
それも悪くはないなぁ…。
と。